人間辞めますか?魔力返納しますか?

化野生姜

魔力返納課・第三係

レポート1.「本日は晴天なり」

「魔力の返却は法律で定められた義務なんですぅ!聞いてますかー?」


 海沿いの街からそう遠くない沖。


 海上から伸び上がる巨大な竜巻の中でフロアは自身が飛ばされないよう、また水に落ちないよう魔力で足元を支えつつ、風の中心にいる男性へと声をかける。


「…あー、今日も良い日だ。煮干しがうまい」


 周囲には魚やボートが飛び交い、さながらパニック映画のよう。

 高齢男性はその中心で懐から出した煮干しをぽりぽりかじる。


「ありゃ、ダメだね」


 フロアの上司で魔法返納課・第三係長のトーチは口にタバコをくわえ、腕時計をチラリと見てから首を振る。


「このまま続けたら、定時には帰れん」


「えー、じゃあどうするんですかあ?」と今にも泣きそうになるフロア。


「こうするの」


 ついでトーチが腰にゆわえつけていた縄を一度引くと、港で待機していた派遣【勇者】のサウスが、固定式ボウガンからロープを発射する。


「風を止めるなら今のうちですよー?」


 上の老人に聞こえるようトーチは声をかけるも「え、何だい?手持ちの煮干しはこれだけなんだよ」と答える老人。


「ダメだこりゃ。さっさとやっちゃいましょう」


 ボウガンから発射した紐は風に巻き込まれて上昇し、紐の反対側は港を経由しフロアたちの腰に結びつけられていた。


 紐は魔力が伝わりやすい素材。つまり――「ほい、フロアくん」とトーチの声にフロアは自身では最大量の(魔法使い連盟では平均以下の)魔力を流し込む。


「おっ、きょ?」

 

 魔力を流した瞬間に紐が収縮し、老人に巻き付く。

 バランスを崩した老人はそのまま下へと落下し――


「…煮干し、まだ食べかけなのに」


 海面に浮きつつ、天をあおぐ老人。


「紐の反対側には魔法の呪文が彫られていたんだけど、それでも浮力魔法を使えるあたり、さすがギルド内で五指に入るほどの実力を持っていた魔法使いだね」


 感心の声をあげつつ、トーチは腰のポーチに入れていた球体の魔力吸収装置――通称【オーブ】を老人の額に当てる。


「はい、マナコさん。返納義務違反で魔力没収ね」


 みるみるうちに額に当てられた【オーブ】に燐光が溜まり、老人から離す頃には煌々と光を放つ球体へと変化する。


「…あのな。最後に」


 まるで、ご臨終間際のような老人の言葉に思わず「はい?」と耳をそば立ててしまうフロア。


「さっきの風で巻き上げた小魚。あとで煮干しにしてくれ、甘辛い味付けでな」


「あー…はいはい」


 風が止んだ周囲には船に紛れて浮かぶ大量の小魚の姿。


「後で、お手伝いさんに言っておきますから」


 その言葉に老人は安心したように目を閉じ――疲れたのか、コウコウと安らかな寝息を立て始めた。



「ううう…疲れた」


 思ったよりも魔力の出し過ぎで疲労こんばいでデスクに突っ伏すフロア。


「魔法返納課・第三係…高齢化した魔法使いや勇者の魔力暴走を防ぐために創設された部署だとは聞いていますけれど。なんでギルドで【勇者】見習いをしている人間まで、こっちに派遣されるんですか?」


 返納課の部隊詰め所のデスクで休憩の菓子をかじるサウスに「ま、社会勉強だから」と課長のトーチは湯呑の茶をすする。


「ギルドも政府も年々方針が変わるから。【魔王】討伐を中心にした時代からは随分と平和になったし、むしろ高齢化による社会問題の方が深刻なのよ」


「…まあ、第三まであるってことは大変な部署ところなんでしょうけど」と、室内を見渡すサウス。


「でも、派遣の俺を含めて三人だけって、大丈夫なんですか?」


 役所の返納課の端っこにある第三係室は物置さながらで、あちこち片付けられていない書類の束や埃を被った荷物が見えた。


「ん、まあ。作られたばかりだからね。俺が係長で、フロアくんが正職員。でも始めたばかりだから上下関係なんて無いもんだと思って」


「…それって、係長の服装もってことですか?ギルドで定められた職業ジョブでは僧侶って聞きましたけど」


 出勤初日ということで正装用のローブを着用していたフロアや甲冑などの装備を着込んできたサウスに対し、柄シャツ半ズボンサンダルに、簡易袈裟をかけただけのラフな格好のトーチはかなり浮いていた。


「あ、俺のこれ?いいの、いいの。軽装の方が動きやすくて良いから、次来る時には二人ともこんな感じで良いからね」


 そう言いつつ、布一枚を引っ掛けたような簡易袈裟をピロピロ振るトーチだったがフロアが机から動けないのを見て「あ、それとフロアくん」と声をかける。


「帰ったら、ご飯を食べてしっかり寝るようにね。睡眠は最低九時間。三食抜かさず、あとストレッチでいいから軽い運動を心がけるようにね。社会人の基本」


「あ…はーい…」


 息も絶え絶えという感じで返事をするフロアに終業を告げるチャイムが鳴り「んじゃ、お先に」とトーチはタイムカードを切りに階下へと降りていった。

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