第17話
ユージは冷えた焚き火の前にいた。ずっと椅子の役割をはたしている不満げな倒木に腰かけ、ユキナの横でぼんやりと森の東が白んでくるのを見た。話すこともなくなり、じっと自然の運行を眺めていたのだ。
いや、ヘヴンの映像の変化のことを、自然の運行などと言えただろうか。
とはいえ、森の情景はリアルだった。夜が深まり、鳥の影が飛び、星々がきらめき、朝焼けが東の闇を払う情景は、ユージを感動させた。
自然とは映像なのか。あるいは自然とは観念なのか。
――時間は無限の思索を誘ってきた。ユージは色々と考えながら、どこかで、すべての思考の先にミオがいる気がした。ミオのために世界が存在した。
ユージはときおり立ち上がり、そっとテントの中をのぞき、ミオの寝顔を視て心を落ち着かせた。レイカの姿もミオの近くにあった。レイカはミオのベッドに寄りかかり、座りこむかっこうで眠っていた。彼女なりにミオを近くで守ろうとしているようだった。
ユージが立ち上がる都度、ユキナが視線をよこしてくる感じがした。
ユキナもずっと自然を見ていた。夜や森や消えてゆく火を。ユージはユキナについて考えた。
ユキナはおそらく日本人だろう。それも、珍しい言葉を使う。かつて西日本で使われていたものだ。なぜ、こんな大柄な、野生の女戦士とも言うべき姿をしているのだろう。それに、なにやら武術を使う。もし戦ったら自分は勝てるのだろうか。ブレイクとどちらが強いのか。
いや、なぜ自分は戦いのことばかり考えるのか。ほかの生き方はできなかったのだろうか。
――ユージはそんなとりとめのないことを考え続けた。
ときおりユキナと視線が交わった。それは性的なものではなく、いわば臆病な別種の動物が、お互いの性分に興味を持ち、眼で語り合うような雰囲気をおびていた。そして事実、そのときどきのユキナの心持ちが、なんとなくわかるようになってきた気さえした。ユージの心の中で、ユキナは友人に似たものになりつつあった。
やがてテントの中からシンヤがのそのそとやってきた。朝日に銀髪がきらきらと輝いて、思索の時間が終わった。
「おはようさん」
とユキナは右手を上げた。シンヤは言った。
「エンジェルはこなかったな」
「せやな。あたしらが、油断すんのを待っとんのかな」
「かもなー。さて、替わるぜ。どっちかテントに入れよ」
そうしてシンヤは、ユキナとユージの顔を交互に見た。ユージは立ち上がってテントの中をのぞきこんだ。そこにミオの寝顔があるのを確認して、
「おれは、まだいいよ。ユキナが、休んだらいい」
シンヤはユージの横に座った。倒木は無言でシンヤを受け入れた。シンヤは朝日の方にまぶしそうに顔を向けながら言った。
「考えたんだけどよー。見えなくなるなら、見えるようにすりゃいいかな、とか」
「エンジェルのことか?」
「そうだな。なにか、色を着けるとかな。たとえばだが。おれの魔法で、光学迷彩みたいに、背景の映像を表面に転写して、透明であるように見せかけるものがある。もしそれと同じような原理だとすれば、表面に着色したり、目印をつければ、姿を追うことができる」
「魔法……」
「おっと。おれが魔法って言ってるのはよー。環境スクリプトの組み合わせのことだがよ。まあ、呼び方なんてなんでもいいけど」
そう言ってシンヤは、左手を地面にのばして土を掴むと、そのまま手を額にかざした。一瞬、左手が光をはなつと、そこに土色のナイフが現れた。次にシンヤはそのナイフを地面に突き刺した。そこで手をはなすと、ナイフはおのれの形質を忘れたかのように砕け、再び土に還っていった。
「いまのは、環境スクリプトによって、一時的に土をナイフにしたんだ。環境スクリプトは、マナの消費と引き換えにヘヴン・クラウドの森羅万象のすべてを記述し、上書きすることができる」
「すべてを記述する……」
「そうだ。それでよー。魔法ってのは、ようは瞬間的に機能する環境スクリプトのことだと言える」
「なるほど。それで、竜巻を出したり、エンジェルに火の玉をぶつけたり」
「そうだ。しかし、おれの身体能力は。……生命力や筋力は、おまえらには劣るぜ。剣だってお飾りに近い。おれは、魔法に――マナの容量と、オリジナルの環境スクリプトに全部かけてる。結局さ、それが一番応用がきいて、効率がいいはずなんだ。おれの結論としては」
「たしかに、シンヤの魔法はすごかったな」
「まあな。しかし、あんなんで驚いてたら、もっとやばい魔法を見たとき、ぶっ倒れるぜー」
そう言って、シンヤは左手の指をぱちんと鳴らした。すると青白い火花が朝日の中にまたたいた。
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