天使たちのドグマ

浅里絋太

第一章

第1話

 海に面した港湾都市の絢爛けんらんたる夜景の中に、ユージは立っていた。黒い絹のような海面が広がり、波間に周囲の灯りが移ろう。波止場には小さな波音が打ち寄せ、潮と苔の香りがただよっている。

 そこは港町をモチーフにしたヘヴンだった。

 ユージの視界には、薄暗く続く海沿いの道が見えた。そこの石畳の上に妹のミオと、黒い塊――天使エンジェルが見えた。

 ミオは柔らかそうな服を着ていた。ベージュ色のコットンパンツに、ゆったりとした薄桃色のブラウス。髪はショートボブ。そういった見た目は生きていたときとなんら変わらず、ゆえにユージの胸を締めつける。


 今しがた激しい戦いが終わったところで、ユージの右手には青く光る電磁ナイフがあった。ナイフはいまだ獲物を求めているかのように、耳障りな低い音をたてていた。

 ユージはミオと逢うとき、戦闘服ではなく灰色のパーカーを着ていたのだが、そのパーカーは傷だらけになっていた。

 周囲にも戦いの痕跡が見て取れた。石畳や金属製の手すりに、刃で斬りつけたあとや殴打のあとがある。


 二メートルほど先で倒れている天使エンジェルは夜をまとっていた。黒いローブに黒いフードをかぶり、その内側には白っぽい金属質の体が見えた。機械式の死神とでも言うべきか。それにしても、AIの神が送りこんでいる正義の執行者であるはずなのに、こんな悪魔じみた外見だというのは、なんの冗談なのか。いや、そもそもだれがエンジェルなどと呼びはじめたのだろうか。

 エンジェルは電磁ナイフに腹と胸を裂かれ、地に伏していた。細かく痙攣し、消えていきそうに思われた。事実、体の端々が黒く、暗くなっていっており、背景の石畳がほのかに透かし視えるようになってきていた。


 ミオはエンジェルに向かって腰をおろし、目を閉じた。エンジェルの体に右手を当て、しばらくそのままの姿勢でいた。

「なにをしているんだ?」

 と、ユージは尋ねた。するとミオは顔を上げて言った。

「祈っているの。彼のために……」

 ユージはため息をついてから、電磁ナイフを腰のホルダーにしまった。「どうなってるんだ、いったい」。そうつぶやく。

 海に目を向けると、波に反射する夜の光が視界を覆い、にわかに立ちくらみを感じた。

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