小噺まとめ
葎璃蓮
で、大聖女がなんだって?
「本物の大聖女であり、真実の愛が私に降り注いだのでお前とは婚姻関係を破棄、更にはこの神殿からの退去を命ずる!」
「は?」
ここはメルセデス大帝国のイクサ大神殿。
朝のお祈りのついでに創世の女神の配下であるバルキリー様とちょっとおしゃべりをしていた所、扉が突然開いてそんなことを言われました。
『あらあら。この国のバカボンじゃないの』
「バルキリー様。バカボンじゃなくて第三王子のゾルダ様ですよ」
「何か言ったか?」
「いえ、第三王子殿下。ごきげんよう」
いつもながら突然に話を持ってくるのだけれど、今回は嫌な予感しかない。
この方、ちょっと考えればいいことをせずに思い付きでポンポンモノを言っては権力で実行させるので、神殿長や王様、兄上様方も頭を抱えているのよねぇ。
「婚約破棄と追放と聞こえましたが?」
「ああ、言ったぞ!お前、大聖女だなんて嘘をついて僕を利用しようとしただろう!」
「……は?」
バカボン……ゾルダ様が得意げに指を突き付けながらそう言ってますが、嘘や利用……とは?
「大体お前みたいな後ろ盾もない平民が大聖女とか老いあしいと思ったんだ。どうやって神殿長ナゴ様に取り入ったか知らないが、姑息な女を聖域においておけるわけがないだろう?」
「はぁ……。それで真実の愛とは?」
「ふふん。この私に相応しい家格と教養、美しさをもったローグ伯爵令嬢、ファム令嬢だ!」
ファム……ファム……?
『あれよ。あそこのアホ鳥。シグルド伯爵家のマリカ令嬢の時に、勝手にひっくり返って散々喚き散らして帰ってったアレ』
「ああ……あの時の」
バルキリー様が第三王子殿下の後ろを指さした先には白鳥の様な姿の少女が。
第三王子殿下の腕をぎゅっとつかんで頼りなげに寄り添っているけれど、目つきが怖い。
白と金の鳥をモチーフにしたドレスや小物を多用することから、伯爵家の白鳥とか言われてるけれど、中身を知っている他家のご令嬢たちからはアホ鳥とか言われている。
この方も、親の権力を笠に着ていろいろと後先考えずにやらかすものだから、お茶会にもあまり誘われないし、パーティで会っても遠巻きにされてるのよね。
はー、母親が現国王の姪ってだけでいいご身分だわ。
「お前は本物の大聖女であるファムを無視したり、孤立させようとしただろうが!」
うん、いつものアホ思考だわ、バカボン。
「恐れながら第三王子殿下。私、ナデシコ・エスパーダはローグ令嬢とお会いしたのは一度きり、シグルド伯爵家のマリカ令嬢に誘われたお茶会だけですが?」
「なんだと!?また嘘をついたな!」
「酷いわ!私を嘲笑ったくせに!貴女なんか聖女に相応しくないわ!」
「嘘では……」
ないよね。うん。
そもそも大神殿のお勤めやお仕事があるし、近隣の土地を巡って浄化作業もしたりでお茶会なんてめったに出れないし、直近で3か月前だぞ?
その前の……半年前あたりに一度会った?きりなんだけれど。
そもそも私と入れ替わりに帰ってったと記憶している。
「お前が嘘をついているのは解っていたが、ここまで嘘を重ねるとはな!本日をもってお前を大聖女の任から解き、国外追放を言い渡す!」
ばばーん!とポーズを決めたバカボン。
にやりと笑うファム令嬢。
……うん、バカとアホが結託すると面倒くさいだな。
バルキリー様はあまりの事に大笑いしまくって酸欠になってせき込んでいらっしゃる。
「第三王子殿下とファム令嬢にお聞きしますけれど」
「なんだ?許しはしないぞ?」
「なによ、もうただの平民なのに私に声を掛ける無礼、許さないわよ」
あーはいはい。それはいいから。
「そもそも、この一見は王様並びに王妃様、兄上様方のご了承は得ているので?」
「「え?」」
「ついでに言いますと、大聖女になれるのがこの世界でどんな立ち位置にいるのかご理解は?」
「「え?」」
……。
あれーーーー????
一般市民から陞爵された名誉騎士爵や準男爵、二代目の男爵家ならともかく、代々この国にいる子爵家以上の一般教養のはずなんだけれどな??
そのおかげで私はこのバカボン……第三王子殿下と婚約する事になってんだけれど……。
「何をやっとるかゾルダよ。そしてローグ家のファムだったか?」
「あらあらあら、困った子たちねぇ」
「あ」
「「!?」」
ゴゴゴッゴゴ!!!! という音を立て、更には周りにバチバチと稲妻を纏っているのはこの国の王様、ヒビキ様。
その横にいるのは王妃ツクヨミ様だった。
あ、これ終わったな。
「父上、母上!この大聖女を語る女が悪いのです。私の愛するファムを虐げるから!」
「そうです!大聖女だなんて嘘です!ただの平民じゃないですか!」
「……ほう?」
「あらあらあら……」
バチッ!と第三王子殿下の足元に稲妻が落ち、二人は悲鳴をあげてその場にうずくまってしまった。
「そなたらに聞きたいのだが、この国……いや、この世界で【聖女】ではなく【大聖女】になれる条件を知っての物言いかな?」
「ごめんなさいねぇ、ナデちゃん。教育を間違ってしまったのね」
「いえ、ヨミちゃんが悪いわけじゃないわよ。ひーくんもあんまり怒らないで上げて?」
『そうそう。そもそもナデの存在自体、秘匿してる部分もあるんだし』
「そう?キリーちゃんにそう言ってもらえるとちょっと安心するわ」
なんてバルキリー様と4人話していても、あの二人は頭に???が付いたままだ。
そもそもさ、【聖女】や【大聖女】に自分が相応しいって言っておきながら、バルキリー様の姿も声も感じ取れないってどうなのか。
「お、おまえ!私の父上と母上に対してなんて口を!」
「平民だから教養もないのね!」
精一杯の反論を口にするも、私ら三人はふう、とため息をつくしかない。
「あのな、ボンクラ息子。ナデちゃんにはそうできる資格があるのだよ」
「そうよお。ナデちゃんの重要さはちゃんと伝えたはずなのにねぇ。そもそも、私とひーくんが結婚できたのだって、ナデちゃんのおかげなのよ?」
「「え?」」
ああ、あの時か。
いろいろ大変だったなぁ。バルキリー様と一緒にスパイじみた事やったりしてもんなぁ。
「お前、自分が5歳の時の洗礼を誰がやったか覚えているか?」
「5歳ですか……?ええと、この大神殿の【大聖女様】ですよね」
「そうなのだが……」
「え?」
王様が私を見る。
第三王子殿下も私を見る。
「え?……まさか……」
第三王子殿下は頭の巡りは悪くないんだ。
ないんだが、思い込みが激しくて自分正義なところが強いだけなんだよなぁ。
『小さいときは可愛かったのにねぇ。『らいせいりょさま』てあとくっついてきててさ。アヒルの子みたいに』
「そうなんだよねぇ。小さい頃は可愛かったし、オムツも替えたし子守歌も歌ってあげてたんだけどなぁ」
「「???!!!」」
ああ、ほんとうに小さい頃は綿毛の様に可愛かったんだよ。
ただ、優秀な兄上たちへのコンプレックスで一時癇癪が止まらなくなって、領地で養生してたんだけれど、その時の教育係があかんかったようだ。
「ナデちゃんはな、建国してからずっと【大聖女】としてこの国を支えてくれてる恩人なんだぞ?」
「私たちが結婚する時だって、数々陰謀から守ってくれたのに……」
「その話は聞いたことはありますが……先代の話ではなかった……?」
「先代なんて言った覚えはないわよ?」
顔面蒼白の第三王子殿下とファム令嬢。
そらそうだ。
自分ちの国の恩人の喧嘩売ったようなもんなんだからなぁ。
「さて、お前がナデちゃんと婚約したのも、お前の人となりを判断してもらう為だったんだが……。お前、婚約してから会いに来てないそうだな?」
「は……」
「ファム令嬢も、【大聖女】の話は一般教養として教え込まれるはずですよね?ローグ家にはのちほど当主の話を伺いますのでそのつもりで」
「ひっ……」
二人の圧に耐えきれなかった二人は、揃ってひっくり返った。
そもそもさ。
この国の【大聖女】てのは【聖女】とは役割が違うんだわ。
【聖女】はこの世界から選出される清らかな力を持つ乙女だったり男だったりする役職名。
【大聖女】はこの世界の創世の女神が自ら、配下を伴って異世界より召喚された者のことだ。
つまり、私は創世の女神よりこの世界の召喚された【
寿命は配下と共有しているのでこの世界に来てから200年は経っているし、まだまだ生きていくと思う。
そこで王族の後継者を見極める役割も担っているので、こんな風に滅多なことでは後継ぎに慣れない王族の選定を頼まれている。
公表はしないが、婚約者として過ごして人となりをみたりしているのだ。
いい子なら領地を選んであげたり、ちょっとした加護をバルキリー様にお願いしたりだ。
でもなぁ、ここまで婚約者に会いにも来ず、贈り物すらしてこず、あまつさえ王族であれば当然知っているだろう【大聖女】の存在を知らないってのもなぁ。
『バカボンどうなったー?』
神殿裏にある四阿でお茶を飲んでいたら、バルキリー様がやってきた。
ちょっとこの件を創世の女神様にご報告しにいっていたのだ。
「婚約は当然解消したわよ。そしてローグ伯爵家は降爵して子爵に。ファム令嬢は修道院送りだって。あと第三王子殿下とファム令嬢の教育係は揃って鉱山送りですって」
『まぁ一般教養を教えてないって時点でねぇ』
「私の存在が一般教養になるってのはどうかとは思うけれどさ」
『いやだって、アンタある意味この国の建国の立役者じゃない』
「思い付きで『Youら好きあってるならここに建国しちゃえYO!』てやっただけなんだけれどね」
あんときはもどかしかったわー。
好きあってるのに敵同士だからとかなんとかいっちゃってさー。
色々と走り回って権利関係とかOK貰いまくって来たのが懐かしい。
『そういえば神龍ちゃんが「今度うちの世界に遊びにいらっしゃい」てさ』
「まじですか?行きたい!」
『OKOK。
「ありがとう!」
まぁそんなわけでさ。
長い【大聖女】生活も、たまに刺激があるから楽しいんだよね。
やめられないわー。
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