流行語製造所ってなんだよそれ

@tanakasuzuki

今年の流行語は…

ここは日本の流行語が生まれる場所


具体的にどこにあるかなんて誰も知らないし、そもそもとして存在を知っている人がいるのかどうかも謎な施設なわけだが、何故か俺は今ここで工場見学をしている


本当になんでこんなところへ来てしまったんだろう


いや、原因はとっくにわかりきっている、酒だ、酒が悪いんだ








仕事が終わり、これからどうしようかと考える


同年代なんかいないような職場の就職してしまったせいで、誰かと一緒に飲みに行くなんてこともできずに、帰り道にコンビニでストゼロとお母さん食堂の適当な惣菜を買って、日々上がっていく物価に自分の財布の寂しさを嘆きながら家に帰り、

一人悲しく酔っ払っていた




酒もなくなり、適当にやることもなくスマホをいじっていると、偶然見つけたこの工場の見学申込みの広告、それを押してみると、申込画面が出てきた


申し込む、と書いてあるボタンの横には、後にも先にもこの一回のみ!この機会にぜひ!、という文字が


アルコールの入った人間というものは本当に恐ろしい、考えるよりも先に手が動いていたのだから


ことの重大さに気づいたのは、諸々の自分の個人情報を打ち終わったあとだった


これが詐欺とかのサイトだったらと考えると恐ろしい、見たところ、ちゃんとした工場見学のようでとりあえず一安心だった






「ということでですね、ここで日々次の年、そのまた次の年に流行る言葉は何にするかを話し合いで決めているんです。今ちょうど会議中なんで覗いてみましょうか、

あっ、くれぐれもお静かにお願いしますね。彼らはあくまで仕事中なので」




自分の過去の過ちを振り返っていたらいつの間にかこの工場の目玉の場所にたどり着いたらしい

案内役らしい頭の光が印象的なおじさんが、会議中と書かれたプレートのぶら下がったドアを開けて中に入っていく


やだな、俺も将来あんな感じの頭になるんだろうか、今からでもマッサージとかしたほうがいいのかな


そんな事を考えているうちに、周りにいたまだ高校生か大学生くらいであろう子たちが会議室の中の様子を見ようと中に入っていく


今気づいたがここにいる中で俺だけおじさんなんじゃないんだろうか

まあいい、逆に堂々としていよう、挙動不審な方がなんか怪しいし


またそんなどうでもいいことを考えていると中から何やら声が聞こえてきたので、俺も会議室の中に入ることにした









「いやね、別に私だって田中さんの”男の娘”という案を無闇矢鱈に否定したいわけじゃないんですよ?でもですね?それでもです、流石にまだ”男の娘”を流行語にするのは早いんじゃないかなと思うんです。多分世の中はついてきませんよ?」


「何が早いんですか?知ってますか林さん、今、世の中で急速にLGBTに対する扱いが変わってきているんです。

むしろこのタイミングなくしていつこれを流行語にするっていうんですか!」


「だーかーら、そのLGBTとこれとはまた話が少し別なんですって」


「何が別なんですか、枠組みとしては同じものでしょう?!」


「え、じゃあなんですか、田中さんって男の人が好きだったんですか?そういうことなら僕田中さんと少し距離取りますけど」


「いや私はノーマルなんで普通に女の人が好きですけど」


「でも男の娘は好きなんですよね?」


「そりゃあ可愛い子に◯ん◯ん生えてたらそれだけでお得じゃないですか」


「それって男の人が好きってことと何が違うんですか?」


「どう考えたって違うじゃないですか何言ってるんですか」


「あ”ぁ”ァ”ーーー!僕その違いわっかんね!」


「ま、まあまあ林くんも田中くんも落ち着いて、ここは一つ、折衷案ということで私の意見である”おじショタ”を来年の流行語にするってことでどうでしょうか」


「白石先輩は少し黙ってください、それだけは絶対に通しません、私の”男の娘”が優先なので」


「なんでよ!おじショタいいじゃない、LGBTの観点で行くならこっちのほうがちゃんと同性愛じゃないの?」


「だとしても今回は私の男の娘が優先です」


「そもそも!田中さんも白石先輩もそれただの自分の癖でしょ?!なんで毎年却下されんのわかってて提案してくるんですか!?」


「なんでって…」


「そりゃぁ、ねぇ?」



「「ワンチャン狙ってるだけに決まってるでしょ」」



「会議進まねぇんだよいい加減にしろ!?ちょっとは僕の負担も考えて?!」





こんなにわけのわからない会議を見たのは生まれてはじめてかもしれない、


というかこれ会議なんだろうか、ただ自分の性癖押し付けてるだけのような、、


カオスすぎて俺の隣の子の顔(´・ω・`)こんなになってるじゃん

てか多分俺の顔もこんな感じになってると思う



「ぎ、議論が白熱しているようなので外に一旦出ましょうか。」



その言葉を合図に見学者は俺を含めみんな逃げるように部屋を出ていった

あそこにいたら自分の性癖が一つ増えてしまいそうだ





「はいということでですね、複数人の社員でその年にふさわしいと言えるような流行語を……」



嘘だろこのおっさん普通に続けやがった、誰もその説明について行けてないって

流石に今の会議室はインパクト強すぎて忘れたくても忘れられないやつだから


あ、いや違うな、このおっちゃんダラダラ汗かいてるし、次の行く先示してる手が少し震えてる、説明もさっきに比べて早口だし、実は結構焦ってるのか


「では次の場所に行きましょうか!」


おじさんの歩くスピードがちょっと早くなっていたのは多分気のせいだろう












先程の地獄から1分ほど歩くと開けた場所にいくつものモニターがある場所に出た

それと奥の方におばさんと20代ほどに見える人が数人座ってなにかを話し合っている


「ここではこの工場内で出された流行語案を検査します、誰もが言いやすい言葉かどうか、また、その言葉によって傷つく人がどれくらいいるのかをここで機械、そして最終的には工場長を含めた社員10人ほどで検査します」



最終的には人の手なのか、まあ誰がどう感じるかなんて現代の機械じゃそんな正確にはわからないんだろう

いつかここも完全機械化するんだろうか



にしてもさっきからブーブーうるさい、一体何の音なんだろう

結構な頻度で鳴ってるけど、故障か何かか?



「あの、すいません、さっきから鳴っているこの音ってなんの音なんですか?」



鳴り止まない音の原因を考えていると、隣りにいた高校生らしき女の子が案内役のおじさんに尋ねた



「あ、この音はですね、提出された言葉が機械によって弾かれている音ですね、最近不合格の割合が増えてきてましてね、やはり時代なんでしょうか、流行語一つ決めるのにも一苦労ですよ」


いや、時代もあるだろうけどそれだけじゃないと思うよおっさん

だってさっきからそこのモニターの上に、不合格の表示と一緒に単語が表示されているけど明らかにアウトな単語ばっかだもん、個々の社員ってさっきみたいなやばいやつが多いんだろうか

誰だよ亭主関白とか提出したやつ、一人だけ昭和に取り残されたやついるだろ

今それ世の中に出したらフェミニストに◯されるぞ


「その人が意図していなくても、誰かを傷つけてしまうとかで、昔に比べると流行語を決めるのにかかる時間が倍になってしまいましてね、本当に面倒な世の中です。

ああそうだ、それはそうと、一応ここがこの見学ツアーのゴールとなっていますので、今から事前にお渡ししておりました流行語案を書いていただいた用紙を回収させていただこうと思います」


案内役のおじさんがそう言うと周りの子達は思い出したようにカバンから一枚の紙を取り出す

俺も例に漏れることなくお気に入りの5年間愛用しているアディダスのリュックからお気に入りの一言を書いた紙を取り出した


「はい、たしかに人数分ありますね、ではこれにて、流行語製造所見学ツアー終了となります

皆様から頂いたこれらの言葉は、これから機械と工場長たちの検査にかけせていただきまして、通過したものについては正式に来年の流行語となります。

あ、これらの言葉は保管して毎年審査するので、来年自分の言葉が選ばれなくてもがっかりしないでくださいね。

来年がだめでもその次、またその次と選ばれるチャンスはあるので



では、来年をお楽しみに」














俺があの変な工場に見学に行ってから半年が経ち、気温もだんだん上がってきて半袖で過ごせる日が増えてきた

来週には新しい職場の同僚との花見の予定も控えている。あの工場の記憶もだんだん薄れてきた頃に、その言葉はじわじわと日本全土を侵食していっていた


はじめはツイッター上でちょっとずつ見える頻度が増えてきたかな、くらいだった。もともと俺はこの言葉が好きだったし、ツイッターが俺の好みに合わせただけだろうと楽観視していた


だが、どこかのインフルエンサーの目に止まったのだろうか、TVニュースまでもがこの言葉を取り上げ、紹介しだしたところで、少し違和感を覚えた


広がり方が尋常ではないのだ、それこそ、このままいけば今年の流行語になるのではないかと言うほどに


明らかに普通ではない広がり方、この言いようのない違和感の正体はなんだろうか


おれが違和感の正体に気づいた頃にはもう遅かった、外を歩けばオシャレなお

ねえさんやおにいさん、果ては子どもまで、みんながみんな、一つも自分に恥ずか

しがる要素なんて無いと言わんばかりに口にしている。俺は頭を抱えた、どうし

よう、絶対に俺のせいだ、あんな言葉を書いてしまったがために、こんな狂っ

た世界になってしまった。



「結局、今年の流行語大賞は◯◯◯○◯か、我ながら取り返しのつかないことをしてしまった、こういうときは、酒に逃げるしか無いな…」


とあるアパートの一室に、自分の過ちを悔いながらストゼロを一人寂しく飲むサラリーマンがいた






おしまい






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