紙ひこうきと放物線〜もし世代最高峰のホームランアーチストが"非"強豪校に入学したら〜

みなゆ

一章 高校一年生 入学から練習試合まで

第1話 スタンドの先を越えたくて

『フライを打つな、ゴロを打て!』


 そう指導するチームは、少年野球であれ、シニアリーグであれ、今はもうあんまりないと思う。


 それでも俺が所属していた少年野球チームの監督は、ゴロを打てと、フライを打つなと、強い口調で選手にそう指導してきた。


 始めはなにも思わなかった。野球もそんなに好きじゃなかったし。


 でも練習中たまたま、本当にたまたま、バットの一番いいところ、真芯より少し上の、一番遠くに飛んでいくところに、ボールが当たったことがあった。


 放たれた打球は、途中でバウンドしつつも、校内グラウンド最奥のネットにまで届いた。


 そのときの感触がすごく気持ち良くて。それからはずっと、その感覚を追い求めた。


 でもそれは傍から見れば、ただバットをブンブンと大きく振り回しているだけの選手で、それは事実そうで、だから監督からはよく、もっとコンパクトに振れとか、打ち上げるなとか言われて怒られた。


 それが嫌で、チームの練習では小さめのスイングで、ゴロやライナーを打つようにしていた。


 だけど一人こっそりバッティング練習みたいなことをするときは、自分の一番気持ちいいスイングで、ボールを遠くまで飛ばした。


 それでも試合では我慢ができなくて、大きなスイングでバットを振り抜いた。


 三振や凡退をすれば当然怒られたけど、ヒットやホームランになれば、監督も怒るに怒れないようだった。


 そんな息苦しさは、中学生になって、硬式クラブのシニアリーグで野球をやらせてもらえるようになってからも続いた。


 所属したクラブチームの監督は、小学生の頃の監督ほどゴロやライナーにこだわってはいなかったけど、そのかわりに選手へチームバッティングを強く求めた。


『ランナーが一塁にいるときは右方向に打て』

『初めて対戦する投手への初打席ではボールを見極め、ファールで粘るなどしてなるべく球数を投げさせろ』

『僅差の場面でノーアウト、またはワンナウトランナー三塁のときは、ゴロでも犠牲フライでもいい、ランナーを返すことだけ考えろ』


 ヒットを打っても、ランナー一塁のときに左方向に打ったら顔をしかめられた。

 リリーフで出てきた、自チームにとって初対戦の投手相手に先頭打者として打席に立ち、初球から手を出してホームランにしたときは叱られた。

 ノーアウト三塁で三振してしまったときは、ため息とともに出迎えられた。


 ボールを遠くに飛ばせる感覚を知ったあの日から、野球のことは好きになった。少なくともバッティングは好きだった。


 でも、嫌いになりかけてもいた。


 欲しいものがそこにあるのに、その時々の監督はいつも、それに手を伸ばすことはいけないことのように言っている気がして、怖かった。


 野球はチームスポーツだ。ただ振り回せばいいんじゃない。ホームランさえ打てばいいんじゃない。


 それは、分かる。少なくとも理屈では分かっているつもりだ。


 野球は競技で、ゲームである以上、まずなにより勝利を求められる。そのための最適解はきっと、必ずしもホームランじゃない。確率を考えればたぶん、そうなんだろう。


 でも嫌だった。息苦しかった。


 こんなことを言ったら怒られそうで、監督だけじゃなくてチームのメンバーにだって、酷く冷たい目で見られてしまうんじゃないかと怖くて口に出せたことはないけど、思う。


 勝ち負けなんかどうでもいいから、ホームランを打ちたい。


 自分のスイングをしたい。どんなに難しい球だって、スタンドまで運んでしまいたい。


 ボールを捉えたときにするりと抜けていく、手のひらの感触をずっと味わっていたい。


 そんなことを考えてしまうから、チームの勝利より、自分の快感を追い求めようとしてしまうから、きっと俺は、野球選手として失格なんだろう。


 そう思っていたから、ぜひうちに来て欲しいとスカウトしてくれた複数の強豪校からのお誘いに、素直に頷くことができなかった。


 どうしようもなく勝利を求められる場所に、こんな自分が立っていられるとは、とても思えなかった。


 高校は、地元の県立校にしよう。


 野球部は、どうしよう。野球はしたいけど、野球部に入ることは、入ることさえ、なんだか躊躇われることのような気がして、頭の中がぐちゃぐちゃする。


 そんな状態の自分へ新たに1校、うちに入学しないかというお誘いがあった。


 そこは強豪校じゃなくて、推薦枠をくれたわけでもなくて、学費免除とかがあるわけでもないから、本当にただ誘われただけ。


 でも、俺に声をかけてくれたその人は、今の俺にとって、どうしようもないくらいに欲しかった言葉をくれた。


「君は好きに打っていい。どんな場面でもホームランを打ちたいというのなら、それで構わない」


 甘い言葉。

 今の自分にとって、これ以上ないくらい、甘美な言葉。


「そのままの、君が欲しい」

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