つくもがみ統括本部―記録課―
鈴木しぐれ
プロローグ 五つ目の課
五つ目の課―1
付喪神統括本部には、五つ目の課が存在する。
『記録課』。在籍者は一名。
この課の存在を知る者はごく一部――女郎花と筆頭のみである。作った張本人である女郎花は、誰にも言うつもりはなかったのだが、ひょんなことから筆頭に知られ、そこからは記録課の職員含め三人の秘密、機密事項ということになっている。
「少し顔を見に行こうかしら」
女郎花は、特別資料室に誰もいないことを確認して、扉に『使用中』のプレートをかけて人払いをした。そして、壁に沿って積まれている段ボール箱を動かし、そこに隠された扉と対面する。
ノックをして、訪ねてきたことを中の人物に知らせる。間をあけて三度目にノックしたところで返事が返ってきた。今日は早く気づいてくれたようだ。
懐から取り出した鍵で藤色に色づく扉を開け、部屋の主に声をかける。
「時雨、調子はどうかしら?」
「変わらずですよ」
部屋は扉の可動域以外の壁全てに本棚がそびえ立ち、床にも本が積まれている。無造作に置かれているように見えるが、一応法則性があるらしい。本の海の中心にアンティークのテーブルと椅子が鎮座している。
彼女は、テーブルに広げていた本たちから顔を上げてこちらを見た。目にかかりそうな前髪がさらりと揺れた。
「今日はどの記録がご入用ですか、女郎花様」
「その呼び方はやめなさいって言ってるでしょー」
「本部の皆さんは付喪神、つまり神様で、私はただのヒトです。身分が違いますよ」
「はいはい、ここでは本部で働く仲間。様はやめて、ミーナさんって呼んでちょうだい」
「はい、女郎花さん」
穏やかに微笑む彼女は、ヒトである。
記録課職員は、唯一ヒトの職員である。混乱、動揺が広がるのは目に見えているため、機密事項となっている。初代の『時雨』という名前を受け継いで、本部内のことを記録している。現在は八代目である。
「あら、初代の記録を見ていたのね」
「自分が生まれる前のことを読むのが楽しくて。つい時間を忘れてしまうんです」
「ちゃんと食べてるのかしら? 睡眠も大事よ?」
「両方、人並みにはしていますよ。料理自体はけっこう好きですし」
「そう。顔色もいいし、無茶はしてないようね。閉じ込めるようなことをしていて、言うことではないけれど」
「出口だってちゃんとありますし、閉じ込められているなんて、思っていませんよ」
時雨は、本当に何も気にしていない顔をして微笑む。もちろん、彼女を閉じ込めているわけではない。本に溢れたこの部屋の奥には、キッチン、バストイレなどが完備されている一人暮らしには持て余すくらいの広さの部屋が続いている。最近はそちらにも本が進出しているらしいが。
本部の裏口がすぐ近くにあり、ほぼ時雨の専用となっているそこから自由に出入りが出来るのだ。鍵は中の者を閉じ込めるものではなく、本部の者たちが入れないようにするためのものである。
とはいえ、彼女は食料を買いに行ったり、本屋に行ったり必要最低限の外出しかしない。
「もうちょっと外出してもいいのよ?」
「ここにいる方が落ち着きますし。書いていられたらそれで幸せですから。それに、私のことを覚えている人は多くありません。会う人もいないですよ」
「……」
時雨としてここに来る際、筆頭の彩で周囲の人々の記憶をある程度消去、または操作する。彼女は、自分と関わりのあったほとんどの人間の記憶を消すことを望んだらしい。そこまでする必要はないと言い聞かせたが、決意は揺るがなかった。元々彼女は筆頭が連れてきたのだが、一体どこでこんな子を……
「そんなことより」
彼女の呼びかけで、女郎花はハッと我に返る。
「何かしら?」
「過去の記録を見ていて思ったんですけど、歴代の時雨たちの代替わりが早くありませんか?」
彼女は本棚をぐるりと見上げて言う。言葉遊びではなく、純粋に疑問に思っているようだった。あまり気は進まないが、女郎花はその質問に質問で返す。
「……あなた、もし自分が書けなくなったら、どうする?」
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