爺さんの過去
東の空がまだ薄暗く、夜と朝の混じり合う時間に爺さんと私は鑑定屋の裏、地下へと続く階段の前に立った。
「そうだお前さん、折角の記念だ。写真を一枚撮って行こうではないか!どうせフィルムは使いきらにゃ現像はできん」
そう言うと爺さんは私に「ほれ早く貸してみろ」と有無を言わさずカメラを取り上げ、レンズを私と爺さんが入るように向けボタンを押した。
カシャッと心地よい音の後にジィーと何かを巻き上げるような音が聞こえた。
「こればっかりは現像してみないと上手く撮れとるか分からんが、それもまた楽しみであろう」
ニカッと笑う爺さんは「それじゃあ行くか」と私の尻を叩きながら階段を一歩一歩降りていった。
地下に降りてから数メートルは地上からの光が差し込み思っていたよりも明るかった。
ただ蒸しっとした暑さとなんとも言えない重たい気配は拭えなかった。
「お前さんもここが何となく不快なのは分かるだろ?」
地下の奥地を目指す途中爺さんが話しかけてきた。
「えぇ、何だか息苦しいと言うのか身体が重たいと言うのか」
「そうだ。それが本来動物が持っている危機感だ。そしてその危機感に人は知識を持つことでより精度を上げることが出来ていたのだ」
隣を歩く爺さんは「今は動物よりも危機感がないけどな」と付け加え足元にあった石を蹴った。
しばらく進むと入り口からの光は届かず先が見えなくなってきた。爺さんはライトをつけて先を照らした。
「ここから先は久し振りになるな。もう少し先まではこのまま進むことが出来る。だけど進んだ先に崩落しているところがあって、その近くは空気が薄くなっていたり、身体に良くないガスがもれている」
「それじゃあ取り敢えず塞がっている近くまではこのままで大丈夫と言うこと?」
「そうだな、取り敢えず直ぐに命を落とすようなガスでは無いから仮に範囲が広がっていたとしても対処は出来る」
爺さんはそう言いながら「念のために」と私の前を歩き始めた。先に自分が倒れるようなことがあれば前には進むなと念を押して。
結局どのくらい歩いたのか分からないが、爺さんの言う崩落した所までは何事もなく進むことが出来た。
さて、問題はこの目の前に立ち塞がる崩落した岩が階段上に折り重なった壁である。
爺さんの言う通り大きな岩もあるが、比較的動かせそうなものも多く、天井の近くは小さいながらも隙間がある。そこの岩を退かしていけば何とかなりそうなのだが。
「なぁ爺さん。爺さんの欲しいと言ってた私自身てこの為だったんでしょ?」
「そうだ。若者よ後は任せた」
爺さんは壁の前に腰掛けてカッカッと笑っていた。
「流石にこれは時間がかかるぞ。爺さん石を落とすから安全な所まで離れていてくれ」
「あぁもう離れているぞ。それ頑張れ」
随分と用意の良いことだ。
「なあ爺さん。折角ここまで一緒に来たんだ。いい加減お前さんや爺さんじゃなくて名前で呼びませんか?私は
「おや、これはなんと。ワシは
「いやさっぱりです。夏目爺さん」
「久し振りに名前で呼ばれるとしっくり来んな。まぁよい。そうか、やはりもう夏目と聞いても芥川と聞いてもピンと来ないか。この名はな、昔有名な作家の名前だったんだよ」
「作家?」
「そう。今はすっかり無くなってしまったが、話を自ら書いていた人達だよ」
「それは凄い。どんな話だったんだろうな」
「それはもう分からないな。或いは知識の書が見つかればかな」
「そうなんですね。何だか知識の独占ってすごく罪なことですね」
「そうだな。それでな芥川の祖先の事は知らんがワシの夏目と言うのはその有名な作家が祖先に当たるそうだ」
夏目爺さんの言い方は何処か誇らしげだった。
きっと誰かに聞いて欲しかったんだろう、夏目爺さんの生い立ちを聞きながら私は数時間かけて岩を落として行き、一人が通れる隙間を作った。
停止した世界の記憶の形を求めて ろくろわ @sakiyomiroku
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