勇者が死んだその先で(短編版)

サドガワイツキ

第1話 勇者が死んだ

 冬が近づき肌寒くなったある日の夕暮れ、勇者アルベリクは自ら命を絶った。

魔王グレアーを討伐し王都に凱旋してからひと月もたたないうちの出来事だった。


「ラウル。僕が居なくなった後のこの先を見届けてほしい」


 困ったような、寂しそうな笑顔でそんな遺言を残しながら……アルベリクは俺の目の前で自らの首を勇者の剣で貫き、息絶えた。

 そんな勇者の自死は、王の手により勇者としての過ぎた力が平和を脅かすことが無いように死を選んだ美談として国内外に広められ、アルベリクの命日は平和を愛した勇者の祝祭日とされるようになった。


 ―――全く反吐が出る。


 なぜアルベリクが命を絶ったのか、いや絶たなければいけなかったのか……俺や、一部の勇者パーティーの人間は知っている。それを知っていて保身に走った者もいれば、哀しみと絶望で山奥に引きこもったやつもいる。俺は、アルベリクの頼みを聞き届けるために王都に留まる事を選んだのだが。



 俺、“天騎士”ラウルは勇者パーティーではタンク職として、最前衛としてアルベリクと肩を並べて戦い続けた。相棒といっていい仲だった。

 そして、平凡な田舎町に生まれ育った穏やかな少年のアルベリクが天啓で勇者に選ばれ、故郷を旅立つことになったその旅の始まりから一緒の、アルベリクの最初の仲間だった。

 冒険者だった俺が同じように天啓を受けて天騎士として選ばれアルベリクを迎えに行ったからだ。

 俺はアルベリクを親友だと思っていたし、アルベリクもそう思ってくれていたのはを感じていた。

 だからこそ、アルベリクの最期の頼みを無下にすることはできなかった。

 俺は相棒の頼みを聞き、“この先を見届ける”ためにこうして王国に留まっている。

 王からは口止めを兼ねて高給での士官を打診されたが、興味は無かったので断って王都の宿に滞在し、適当に身体がなまらない程度に魔物討伐の依頼を受けて過ごす日々を送っていた。一応、王には『この王都に危機が迫った時に天騎士の力で守護結界を張る』と説明してある。こういっておけば王も俺には手出しをできないだろう……もっとも、勇者パーティーの盾である俺を傷つけることなど、今王都に残っている誰であっても出来ないのだが。


 アルベリクが命を絶った理由はいくつかあるが、真っ先に挙げられるのは幼馴染であり恋人であり婚約者である少女を、村長の息子に寝取られたことだろう。

 必ず帰ると約束して旅立って1年たらずの間に、アルベリクの幼馴染は村長の息子に身体を許し、その子供を身籠っていたのだ。

 魔王を討伐して村に戻ったアルベリクは間男の子供を宿した腹を膨らませた最愛の少女を見て、絶望の表情を浮かべていたのを覚えている。


「寂しかった」

「どうか許してほしい」

「貴方の分も幸せになるから」


挙句の果てに、


「勇者になんてならずに傍にいてほしかった」


 ……等と自分に都合の良い言い訳と謝罪を並び立てる幼馴染の娘をその場で斬り捨てなかった当時の俺を褒めてやりたいよ。


 加えて、幼馴染は俺が責任をもって幸せにする等といけしゃあしゃあと言い、謝罪の奥に優越感を隠さない村長の息子も不愉快だった。

 たかが田舎の小金持ちが何イキってんだと、もうどっちもクズだと辟易した。

 そもそもアルベリクが魔王を討伐してなかったらこんな田舎魔物に滅ぼされて、お前達殺されてたぞ、と。

 だがアルベリクは2人のそんな様子に、わかったとだけ告げて背を向けた。

 俺だったら糾弾するなり報復するなりしていただろうし、なんだったら立場を使って処刑するなり罪に問うなりしていたかもしれない。だがアルベリクは何もしなかった。

 ……その瞬間からアルベリクの諦めは始まっていたのかもしれない。



 そうして失意のうちに王都に戻ったアルベリクを待っていたのは、勇者の名声と人気を疎んじた王と王子によるアルベリクを失脚させる政治的な根回しだった。

 曰く姫に口説き迫り手ひどく断られただとか、国民の税金を王に無心して私腹を肥やしているだとか、まぁ大小そんなものだ。

 ありもしない悪評を広められ、魔王を討伐する前にはあんなにアルベリクを持て囃していたというのに王城の貴族も、王都の人間も、アルベリクを親の仇のように憎み王都でのアルベリクは針の筵のような状態だった。

 穏やかで平和を愛するアルベリクがそんな事をするはずがないのにな。

 俺や、勇者パーティーの一部が噂に反論したが、結局焼け石に水だった。


 そしてそれからしばらくして王から俺に命令が下った。反逆者・アルベリクを討伐せよ、といういわば暗殺の命令だ。俺に暗殺の命令が下ったのは、アルベリクと親しい俺に対する踏み絵と、パーティの中でアルベリクを殺すことができるのは相性的に俺だけだったからだろう。強欲魔術師や色狂いの聖女は論外だし、神弓のエルフはそもそもアルベリクに惹かれて協力してくれているエルフの国のお姫様である。となると俺しかいないってわけだ。


 ……もうね、アホかと、バカかと。


 俺は天騎士だぞ、別に王城にいる人間位俺一人で皆殺しにだってできるのに何考えてんだこのオッサンと呆れた。愚王ここに極まれり。

 俺が断るとは微塵も思っていない王子も、死体は玩具にして弄びたいから持ち帰ってほしいという姫も、そんな王達におべっかつかう貴族や大臣たちも、その場で斬り殺さなかった俺は偉いと思う。

 王の命令に呆れかえる内心を隠しつつも、そうですかと応えてから俺はアルベリクが仮住まいとしている丘の上の小屋へと向かって事の経緯を話した。俺はアルベリクが反乱を起こすならそれもいいと思っていた。


 正直に言えば、俺とアルベリクの2人だけでこの国の征圧なんて1日もかからず出来る。

 勇者であるアルベリクの聖剣は別に魔物相手しか発動しないわけじゃないし、別に人を殺したって問題は無い。勇者というのは人の便利な道具という訳ではなく、魔王を倒せるだけの圧倒的な力を持った人間というだけなので気に入らない奴を殺戮したっていい。別にそんな事をしても勇者の力が没収されるとかそう言う事は無いのだ。

 

 ――――だが、アルベリクは自ら命を絶つことを選んだ。


俺がアルベリクの死を王に告げると、王は大層喜んだ。流石にアルベリクの亡骸を姫に渡して冒涜されるのは嫌なので、アルベリクの亡骸は俺の“天剣”の技で光に還したが、討伐の証として勇者の剣を回収して王に渡した。

 その後は国王が自分の都合のいいようにアルベリクの死を美談として書き換え流布し、アルベリクを蔑んでいた王都の国民も掌返してその死を悼んでいた。クソみてえなやつらだな、と呆れかえった。

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