ひと夏の眠いフィルム

yusumai

第1話

ひと夏の眠いフィルム



1

「当たり前のことに感謝しろ」


いやまあ、いいたいことはわかるが、

それは少し学生の私たちに対して難儀なこと

ではないかと思う。

当たり前では無い、

そんな非日常を経験した者のみが

この言葉に該当できるとそう考えるからだ。

じゃあなんだ、そんな悲劇的な経験を

しろと言っているのか?

いや違う、

恐らくこいつはその非日常を知らずして、

当たり前へ感謝しろという抽象的かつ横暴な

指導を生徒にしているのだろう、

それを自信満々に話す様は狂気すら感じる。

そんなことを考えながら教室から窓の外を

眺める。



高校生になって2ヶ月が経った、

クラスは少しずつ活気に満ち始め、

孤立しているのは私ぐらいだ。

別にそれに対し特別悲しさや苛立ち

を覚えている訳では無い、元々あまり

人と関わるのが得意ではない億劫な性格

だったからか、周りから人が消えるのも

早かったし、中学の頃も1人で過ごしていたため何かを感じることはなかった。

いや、この40人近くいる教室で自分だけ

孤立している状況をここまで感じさせられると

多少なりと居心地の悪さを感じるという所が

本心なのかもしれない。

部活動にも所属していなかった私は

いつものように颯爽と教室を出て

自宅へと足を進める。

校舎から出るとグラウンドには意気軒昂な

部活動の声が聞こえてくる。

春の過ごしやすい気温の中、

心地よい風を浴びて歩くのは少し

不思議な気持ちになる。



ガチャ、、、

父は早くに他界し、母は仕事に出ているため

家には静寂が広がっている。

自分の部屋へ向かい引き出しに入っている

一眼レフカメラを取り出す。

制服をハンガーにかけて私服になる。

肩にかけるタイプのカバンに荷物をつめ、

自宅の近くにある公園へと向かう。

まるで山のようなその公園には凄く長い階段があり、そこを上り開けた場所に出ると絶景が

広がっている。

街を一望できるこのスポットは、

休日は人で賑わっているが平日は比較的

人が少なく、、というか人っ子一人いなく、

写真を撮るには絶好の場所だった。

私は、カメラのSDカードを差し替えて撮影を

始める。



昔、父にこの場所で撮った写真を見せて

もらったことがある。

街の景色をバックに母がこちらを向き満面の

笑みを浮かべているそんな写真。

今までネットで見たどんな写真より、

私にはその写真がとても美しく見えた。

それに感銘を受けた私はそれ以来、

父に場所を教えてもらい、平日は此処で

写真を撮るようになった。

父が亡くなった時はすごくショックを受けたが、そんな日も欠かさず写真を取り続けた。

しかし、いくら撮っても父のあの写真のような心が動くような1枚は撮れない。

何がダメなのか分からないまま、

今日も私はシャッターを切る。

「 カシャッ 」






























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