第22話 ドワーフたちの実態【サイド回】
【サイド:ヤーポンド】
俺の名はヤーポンド。
種族はドワーフだ。
ドワーフの街、シトルリンダの工房で、働いている。
シトルリンダは、生産力世界一といっていいほどの、大規模な工房都市だ。
だがその実態は、みんなが想像するような、すばらしいものではない。
俺たちの親方は、最低最悪な人間だった。
親方のバーボンは、パワハラは当たり前の、昔気質な頑固者だった。
最初は、親方の仕事を見て、俺たちも尊敬をしたもんだ。
だが、しだいにその醜悪な人間性に触れ、親方を軽蔑するようになった。
とはいえ、親方に逆らうことはできない。
俺たちはひたすら武器を作り続けなきゃならなかった。
そうしなければ、親方の愛剣レーバテインでまっぷたつだ。
親方は、シトルリンダが世界一の工房であることを信じてやまなかった。
シトルリンダが世界一であることに、ほこりとこだわりを持っていた。
だから、その世界一の座を維持するためなら、なんでもやった。
生産力のかさましや、帳簿の書き換え、仕入れ先に嘘をついてまで、素材を安く調達したりした。
はっきりいって、ほとんど犯罪だ。
親方は本当に厳しい人だった。
俺も何度も殴られた。
だがそうやって、親方に揉まれていくうちに、自分も立派な職人になれるのだと、信じて頑張るしかなかった。
そんなある日だ。
俺たちの街に、魔王軍が攻めてきた。
俺たちは自分たちで作った自慢の武器を持って戦った。
しかし、俺たちはしょせんは職人だ。
戦闘員じゃない俺たちは、あっけなくやられてしまう。
最初はこちらが優勢かと思われたが、相手は卑怯にも、武器を奪い、戦ってきた。
相手も武器が同じとなると、戦闘力で劣るこちらが負けるのは必然だった。
あっというまに、親方の首がとられてしまった。
あんな親方でも、まだ学ぶところはあったのにな……。
いや、あんな親方、死んでくれてせいせいするというものだ。
俺たちはあっけなく降伏した。
さて、親方が死んでも、俺たちの境遇は変わらない。
街を治めるのが、親方から、魔王軍の誰かにかわるだけだ。
俺たちは毎日の飯を食うために、武器をつくりつづけなければならない。
おそらくは戦争中の魔王軍だ、俺たちに無理難題をふっかけるつもりだろう。
くそ……親方よりも悪いことにならなければいいのだが……。
無休で死ぬほど働かされたりするのだろうか……。
奴隷のような扱いは、さすがに嫌だな……。
俺たちはあくまで職人としてのほこりは、捨てたくない。
そう、恐れていたのだが……それらはすべて杞憂に終わる。
俺たちを工房に集めた魔王は、思いがけない言葉を口にした。
「クックック、今日からお前たちにはノルマを与える! 一週間でSランクの武器を5本、Aランクの武器を50本つくれ! わかったな……!」
俺は、言葉を失った。
の、ノルマだって……!?
そんな、今までこの工房に、ノルマなんていう概念はなかった。
親方は、作れるだけ作れといってきた。
決められた武器が完成して、時間が余れば、また新しく別の武器を作らせられた。
それが、一週間でたったのSランク5本、Aランク50本でいいだって……!?
これまで、通常なら一週間でSランクなら15本、Aランクなら150本ほどは生産してきたっていうのに……。
それだけのノルマでいいなら、かなり楽勝だ。
「わ、わかりました……。それだけでいいんですか……?」
「それだけって……これ結構きついと思うけど……?」
きついと言われてもなぁ……。
俺の計算だと、そのノルマなら、一日8時間ほど工房を稼働させるだけで達成できてしまう。
そうなれば、それ以外の時間、余ってしまうことになるが……。
「も、もし納期より早めに終わったらどうすればいいですか……?」
「は……? いや……納期より早く終わることなんかあるのか……? いやまあ、もしもその場合は、普通にあとは休みでいいけど……」
「あ、ありがとうございます……!」
や、休みだと……!?
休みなんて概念、久しぶりにきいた。
これまでは武器をはやくつくれば、それだけ追加で発注がきていた。
それはすべて、親方の見栄からくるものだった。
親方は、生産量世界一を維持するために、無理やり工房を常に動かそうとしていたのだ。
だが、それがなくなり、休みができるなんて……。
最高すぎる。
何年振りの休みだ……?
それから、魔王は工房内を物色しはじめた。
そして、トンカチを手にすると、こんなことを言った。
「おい、このトンカチ、いつから変えてないんだ……?」
「それはもう……5年くらいになりますかね……」
「うーん、こんなんじゃ効率も悪いだろ……よし、俺が予算を出す。工房内の道具全部買い替えるぞ!」
「え……!? あ、ありがとうございます……!」
信じられなかった……!
新しい道具を買ってもらえるなんて……!
前の親方は、けっして道具を買い替えることを許さない人だったからなぁ……。
親方は、使い慣れた道具が一番だからと、言ってきかなかった。
それに、職人の魂は道具に宿るものだと、信じていたのだ。
だから、道具を買い替えるなど、けしからんと言っていた。
もちろん、俺も一部は同意する。
だが、いくらなんでも、ここまでボロボロになった道具は買い替えたほうがいいに決まっている。
たしかに、使い慣れた道具は使いやすいかもしれない。
だが、だったら同じ形の道具を、新しく買い替えればいいだけだ。
道具に魂が宿るなんてのは、綺麗ごとの迷信だ。
それもたしかに大事なことかもしれないけれど、使いにくくなるまでボロボロになってたら、本末転倒だ。
親方は昔気質で頑固なひとだったから、決して俺たちの意見は取り入れてくれなかったけどな……。
それから、魔王様はさらにこんなことも言ってくださった。
「ていうか、壁とかもやけに汚れているな……。見栄えも悪いし、掃除もちゃんとできてない……よし、工房を改装しよう!」
「いいんですか……!?」
「もちろんだ、気持ちのいい環境で仕事したほうが効率もいいからな!」
「ありがとうございます……!」
掃除なんか、する時間も気力もなかった。
俺たちは一日中武器をつくらされていたからな。
正直、工房を綺麗に保のも、仕事のうちだとおもうんだけどな……。
まえの親方は、掃除なんて軟弱物のすることだとかいってたからな……。
なんなら、あまり風呂にも入らない人だったからな。
臭くてたまらなかった。
工房の設備も、若干古いものばかりだった。
親方はこれがいいんだよといってきかなかったが、最新型の設備にしたほうが、絶対に効率はいい。
汚い壁なんかも、親方は味があるだの、これが職人の証だとかいってたけど、正直言って劣悪な職場環境だった。
それが改善されるのは、ほんとうにうれしい。
魔王様は、しっかり現実をみてくださっている。
あんな昔気質な頑固おやじとは違って、先進的なお方だ。
俺はさっそく、魔王様のことを信頼しはじめていた。
魔王軍に征服されて、ほんとうによかった。
魔王様の功績は、それだけに終わらなかった。
魔王様は、俺のもとに、一冊のノートをもってきた。
「おお……! これは、伝説のマル秘ノートじゃないですか……! い、いいんですか……!? 俺たちが見てしまっても……!」
「ああ、うん。まあ、前の町長死んでるしな。別にいいんじゃないのか? 適当に役立ててくれ」
「ありがとうございます……!」
それは、前の親方の隠し持っていたマル秘ノートだった。
そこには、武器を作る際のコツや、金属の調合の一番バランスのいい割合などが書かれていた。
これは、親方が俺たちに決して教えてくれなかったものだ。
親方は、これらの技術は、見て学べ、自分で盗めという人だった。
昔ながらの職人に、ありがちな考えだ。
きちんとマニュアルにして、教えてくれればすぐにすむのに。
それを下っ端は見て学べなど、非効率にもほどがある。
知識は共有したほうがいいに決まっているのに……。
俺の時代はこうだったからと、親方は言ってきかなかった。
正直、そんなのはクソみたいな前時代的な遺物だと思う。
悪しき風習だ。
親方は、下っ端に教えることはなにもないという人だった。
下積み下積みといってうるさかったな。
親方の口癖は、職人になど簡単になれると思うな!だった。
職人は10年つとめてようやく半人前らしい。
そんなことしなくても、このレシピを見ればすぐに即戦力だというのに……。
その点、魔王様はすばらしい。
知識を独占することなく、ちゃんとなにが効率的かをわかっておられる。
俺は、これからこの工房がさらに先進的なものにかわっていくのだろうと確信した。
俺はわくわくしていた。
魔王様のもとで、この工房がどう変わっていくのかを……。
ありがとうございます、魔王様。
俺はもっと、一流の職人になれるよう、がんばります……!
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