なんやかんやで!~中学時代の二人のお話~

宇部 松清

【神田夜宵視点】この時期の萩ちゃんはモテる

 体育祭のシーズンだ。

 体育祭は、まぁまぁ好きだ。


 体育の成績がそこそこ良いからとかじゃない。僕は本当にそこそこだから、そこそこの活躍しか出来なくて、勝利に貢献出来てないと思うし。


 だけど――、


「やっぱぇ〜!」

「行っけぇ――! 南城なんじょう――っ!」

「すげぇすげぇ、また抜いたぞ!」


 好きな人が、めちゃくちゃ恰好良い。


 本番は四日後。今日はまだ練習だというのに、クラスメイト達が本番さながらに立ち上がって熱狂する。


はぎちゃん、頑張って!」


 クラスの期待を背負ったたすきをなびかせ、余裕に満ちたフルスマイルで鮮やかにゴールした彼は、僕の方を見てピースサインを作り、


夜宵やよいーっ、見てたかぁーっ!?」


 と八重歯を見せる。


「見てたよ! すごいよ萩ちゃん! カッコ良かった!」


 応援席から声を張ってそう返すと、彼は拳を振り上げて「よっしゃあ!」と吠えた。


 それを先生から「南城、気持ちはわかるがまず座れ」とたしなめられ、こちらをちらりと見て照れたように笑う。全力の笑顔も、こういう照れた笑いも、僕は全部大好きだ。


 だけど。


「南城君カッコいいよね!」

「わかるー! 普段ちょっとバカっぽいけど走ってる時は超カッコいい!」


 これがある。

 普段ちょっとバカっぽいって何だ。萩ちゃんは馬鹿じゃないぞ。


 体育祭の当日だけではなく、この練習期間から、終わってしばらくの間も、萩ちゃんの『女子からの』株はぐんぐんと上がる。本人はあまりわかっていないみたいだけど。萩ちゃんの前でわざと物を落として拾ってもらったり、何かと理由をつけて一緒に帰ったり、こないだは手相を見てあげるとか言って手を握る子までいた。


 僕はそれを見る度にもやもやしてしまう。それは僕が萩ちゃんのことを好きだからだ。だけど、僕は男だし、萩ちゃんも男だから、そういうのはおかしいんだって。男の子は女の子を好きになるのが当たり前のことだから。


 女の子は良いな。


 きっと今日の帰りも萩ちゃんの争奪戦だ。女の子に囲まれて歩く萩ちゃんの後ろを、僕はとぼとぼと歩くのだ。だって帰り道は全く同じ。僕と萩ちゃんはお隣同士だから。これがあとしばらく続くのだ。


 そんなことを考えて、応援席の芝生の上で膝を抱える。恰好良い萩ちゃんはずっと見ていたいけど、女の子からの人気が出ちゃうのは嫌だ。だから、体育祭は好きだけど、ちょっと嫌い。それで、足して二で割って『まぁまぁ好き』になる、というわけだ。


 後ろからとんとん、と肩を優しく突かれた。萩ちゃん? と思って振り向くと、


「神田君、どうしたの? 具合悪い?」


 委員長の駒田こまださんだった。


「ううん、大丈夫。ちょっと疲れただけ」


 そう返すと、「なら良かった」と言って、彼女は僕の隣に座った。


「さっきのリレーすごかったね。南城君、ほんと足速くてすごいなぁ」

「そうだね」

「私なんか運動全然出来ないから、憧れちゃう」


 ちょっと頬を赤くして笑う。もしかして駒田さんも萩ちゃんのことが好きだったりするのかな。これ以上萩ちゃんのことを好きな女子が増えるのは嫌だ。


 僕ってなんて嫌なやつなんだろう。萩ちゃんは女の子が好きなんだから、たくさんモテた方が嬉しいに決まってるのに。


「駒田さんも、萩ちゃんのことが好きなの?」


 つい口が滑った。

 それを聞いたからってどうするわけでもないのに。


 すると彼女はますます真っ赤になって、


「なんでそんなこと聞くの?」


 と尋ねてきた。


「別に」


 本当に、「別に」だった。だってたまたま出ちゃっただけだから。深い意味なんて――本当は、あるけど。


「神田君は、私が南城君のこと好きだったら、どう思う?」


 おずおずと、駒田さんが聞いてくる。


 どう思う、って聞かれても。そう思ったけど、もしここで僕が「困る」とか言ったら、「じゃあやめるね」ってならないかな、なんて安直に考えた。人の嫌がることをしてはいけまけん、と普段からみんなに言うような委員長の駒田さんである。もしかしたら、僕が困るって言ったら、諦めてくれるかも。そんなことを考えた。


「ちょ、ちょっと、困るかも」


 そう言ってしまってから、急に恥ずかしさが込み上げてきて、僕は慌てて膝の中に顔を埋めた。顔が熱い。


「わかった」


 駒田さんはそう返した。


「えっ!?」


 顔を上げてそう返すと、駒田さんはさっきよりもさらに真っ赤な顔をしていて、「神田君が困るなら」と言った。さすが委員長と思ったけど、人に言われたからってすぐに諦められるものなのかな、とも思う。困ると言ったのは僕だけど、僕なんだけど、そんなことでやめてしまえるような気持ちだったのかな。


 ただどうやら、それは僕のとんでもない思い違いだったらしい。

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