第3話 陽キャ主人公

「あ、すんません、僕あれっす、同じクラスの倉井くらい一太いったです」


 大嫌いな相手だというのに、ヤミ子の部屋では散々悪口言ってる相手だというのに、いざ本人を前にすると、ついついヘラヘラペコペコとへりくだってしまう。情けなっ。


 いやまぁ、助けられたのも事実だしな。


「何で九月にもなって改めてクラスメイトに自己紹介してんだ、お前は。で、打ち上げは?」

「へ? いや、行ってないです」

「何でだよ。お前、文化祭の楽しいとこ全部我慢して、みんなが嫌がる皿洗いとか清掃とか一人で黙々と頑張ってただろ。華乃かのもめっちゃ感心してたぞ? 打ち上げっつーなら、一太が一番弔われるべきなんじゃねーの」

「いや殺さないでよ。労われる、でしょ」


 あと掃除とかずっとやってたのは僕にとってはそれが一番楽だからだ。

 あんな内輪ノリに入っていくなんて地獄だし、かと言って何もやらずにいては、妙に学校行事にやる気を出す陽キャメンバーに陰口叩かれるからだ。陰口なんて卑劣な真似が僕は一番嫌いだからな。


 ちなみに華乃さんというのは、これまた学年カーストナンバーワンの女子で鈴木正真の恋人のことである。

 彼女からは文化祭中に直接お褒めの言葉をいただいていた。

 ちょっと好きになりかけたが、どうせビッチだからやっぱ嫌いになった。ヤミ子と一緒に陰口言いまくった。


「あ、そっか。なははははっ、一太、お前ツッコミのセンスあんなー。教室で全然喋んねぇから知らんかったわ」

「すんませんっした……教室でずっと一人ラノベ読んでて……」

「あ? 何がだよ。てかその敬語やめろ、気色わりぃなー」


 ああ、こいつ、ガチでフランクに接してきてやがる……他意が見当たらない……。

 まともに話すのなんて初めてなのに、それ以外の選択肢なんて端からないかのように呼び捨てしてきやがる……。


 やめろって。お前が良い奴だってのは十分わかったから、これ以上関わらないでくれ。光に当たると萎縮しちゃうんだよ、僕たちは。

 ずっと悪口言ってた罪悪感とか感じさせないでくれ!


「つーかいつまで寝そべってんだよ、お前ー。なはははっ、やっぱおもしれーわ、一太って」


 当たり前のように手を差し伸べてくる鈴木正真の言葉で、ハッと思い出す。


 そうだ、こんなクソ善人野郎とくっちゃっべてる場合じゃなかった。早くしないと煮物がべっちゃべっちゃになっちゃう。


 僕は鈴木を無視して、かき集めた煮物をタッパーに詰め始める。

 未だ行方不明のタコさんも早く見つけ出してあげないと……!


「……一太……?」


 降ってくるのは、怪訝そうな声。


 フっ、そうだ、キモいだろう。地面に散らばった煮物を必死でかき集めるチビデブ陰キャだ。

 これでも優しくできるか? できないよな。

 明日、陽キャグループに二軍・三軍まで集めて、この話で一笑いでも取るんだろ?

 いいよ、もう、勝手にやってろ。

 そんなお前らの悪口を僕はヤミ子と伊吹に聞かせまくってやるからな!


「地面に落ちた煮物食べると胃が鍛えられていいんだよなぁ……」


 内心の強気とは裏腹に、つい、ぶつぶつと言い訳を呟いてしまう僕だった。

 だ、だってしょうがないじゃん! いくら強がったって、ドン引きされるのが辛いってことには変わりないんだから!


 いや、むしろこの言い訳でさらにドン引かれたか……さっきから、こいつ、言葉も出ないようだし……


 え?


「あ、一太! こっちにもあったぞ! これ、タコだよな?」

「鈴木……っ、くん……?」


 鈴木正真は、地べたに四つん這いになっていた。

 僕と同じ目線の高さで、手に持ったタコを誇らしげに掲げて、ニッと白い歯を見せてきた。


 何なんだ……何なんだ、こいつ……!?


「お、ちくわも発見! そっちはどうだ、一太。まだ見つかってねーもん、あるか?」

「い、いや、たぶんこれで、全部、かな……」

「そっか……にしても、これ、うまそうだな。俺も一つもらっていいか?」

「え? は?」

「んだよ、手伝ってやったんだから、ちょっとぐれぇいいだろー? ちょうどタンパク質が足りてねーって体が訴えてたとこだったんだよ」

「は、はぁ。別に、いいけど……」


 いやマジで何を言ってんだ、何をやってんだ、こいつはさっきから!? しれっとした顔で! 意味不明すぎて適当に返事しちゃったよ!


「じゃ、ちくわいただくわ。……ん!?」


 何の躊躇もなく、ちくわを口に放り込んだ鈴木は、目を見開き――そして咀嚼し、飲み込んで、


「……マジかよ、これ……旨すぎだろ……。昔、父さんに作ってもらった味思い出して泣きそうになったわ……! こりゃ、お前も必死にもなるわなー」


 目を輝かせながらそう言って、ごくごく自然に僕の手を取り、鈴木正真は立ち上がる。


 僕は動揺を鎮められぬまま。何も返答できずに、何とか「うひっ、うひっ」と口だけで笑うことしかできない。ヤミ子かよ。


「つーかよ、もしかして俺、邪魔だったか? 一太だって、相当ムカついてたよな。自分でやり返すつもりだったか?」

「い、いや無理だし。ムカついてたけどどうせ一瞬で返り討ちにされるだけだし。ただのチビデブだし。君みたいに恵まれた体だったらよかったんだけどね」


 これ以上黙ってるのも感じ悪いと思って、早口で返答してはみたが、緊張しすぎて何か嫌味っぽくなってしまった。


 くそぉ、さすがに嫌われたかな。まぁ、いいけどね、僕も君のこと嫌いだし。陰で悪口言いまくりだし。君も仲間内で僕のことバカにしてればいいよ。


 と、僕が恐る恐る、陽キャ野郎の顔色をうかがうと、


「お、マジか。いいじゃん、そういう向上心あるやつ好きだわ、俺。手伝わせてくれよ」

「は……? 向上心……?」


 何だこいつ、マジで会話にならん。

 今の僕の言葉をどう解釈したら向上心なんて単語が出てくるんだ。僕から一番遠い三文字ランキングトップ5に入るぞ、向上心とか。

 そんで何でそんな嬉しそうなんだよ。


「じゃ、さっそく明日からなー。覚悟しとけよ、一太」

「え、ええー……」


 僕の肩をポンと叩いて、颯爽と立ち去ってしまう鈴木正真。


 明日から……? 覚悟しとけ……?

 え? もしかして僕、パシリにされた? 

 フランクな態度でトラブル解決してやった後、その恩義に付け込んで奴隷化するヤクザの手口だったの?


「くそぉ、ハメられた……これだから陽キャは……! ちくしょう、覚悟しとけよ。絶対ヤミ子たちに愚痴ってやるからな……!」


 鈴木正真の広い背中と爽やかな刈上げに向かって、僕は超小声でそう啖呵を切ってやった。


 ん? そういや、あの男、打ち上げはどうしたんだろう……?

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