原作開始前
第1話 プロローグ
俺は幼稚園の頃に親に連れられて行った近所の道場で剣道に出会ってから、剣道一筋の少年だった。
幸運にも俺には剣の才能があったのだろう。もちろんそれに驕ることなく努力も重ねてきた甲斐もあって同世代では敵無しの腕前で、小学生4年生の時に初出場した全国道場少年剣道大会でチャンピオンになって以来6年生まで3連覇し、その後もインターミドル3連覇し、さらにはインターハイ3連覇を達成した。
もちろん大学推薦は引く手数多だったが、剣道部先輩に声掛けられて地元の警察に就職し、剣道の特練員として訓練に励んだ結果、翌年には初出場の全日本剣道選手権大会で優勝を果たし、名実ともに日本一の剣士となった。
マスコミに囲まれて取材されたり、同僚に祝福される順風満帆な人生を歩んでいた俺だが、悲劇は突然訪れる…
それは仕事を終えた帰り道、バイクを運転中に目の前にある赤信号で停車し、そのままハンドルに体を預ける。
「ふぅ…今日も疲れたなぁ。毎日丸一日練習って体が持たん…」
剣道の特練生である俺の仕事はお巡りさんのように困った人を助けたり、悪いヤツを捕まえることでもなく、さらに刑事さんのように捜査に駆けずり回ることでもなく、警察官になってからほぼ剣道の訓練漬けの毎日である。
「さっさと帰って寝よ…」
俺は目の前にある信号が青信号に変わったのを確認すると体を起こしてハンドルを握り、アクセルを回してバイクを発進させる。
今にして思えば…その時左右を確認していればと思うが、当時の俺が覚えているのはけたたましい『キィィイイイイイイイ!!』というブレーキ音と音の発信源に顔を向けた時、視界に飛び込んできた迫ってくるトラックとトラック運転手の慌てた顔を最後に意識を失った。
◇
俺が目を覚ますと知らない天井が目に飛び込んできた。
「こ、こ…」
俺は『ここは何処だ』と言おうとしたが、口が上手く動かせず、さらに顔を動かそうとするも、全身に感覚が無いことに気づく。
「あんた…気づいたの!?」
自分に覆い被さるように視界に入ってきた母に声を掛けられる。
「か…ぁ…さ…」
俺が「母さん」と呼ぼうとした事に気付いた母は目に涙を浮かべながら、事情を説明してくれる。
「良かった。あんた…自分がバイクに乗って事故に遭ったのは覚えてる?」
俺はトラックのことを思い出し、首を縦に振る。僅かだが首が動いた事を確認した母は涙を拭いながら安堵の顔を浮かべる。
「記憶もしっかりしているようで安心したわ…身体の方は大丈夫よ。麻酔が効いてるだけだから。[[rb:先生 > 医者]]が『本当にトラックと生身でぶつかったんですよね!!』って驚いてたくらいよ。ただ…」
どうやら俺は日頃鍛えるおかげかちゃんと受け身を取れたことや、トラックの下敷きにならなかったり、何よりもヘルメットをちゃんと被っていたりと多くの幸運が重なった結果、奇跡的に助かったみたいだ。
「左腕は何度か手術してボルトを入れてしっかりとリハビリすれば日常生活は問題なく送れるらしいけど…」
俺は母の言い難そうな顔を見ながらトラックとぶつかりそうになった時、左腕を盾にしたことを思い出しながら左腕を見ると、包帯がグルグルに巻かれていた。
「だから、剣道はもう出来ないだろうって言われたわ。」
俺は半年後には無事に完治してリハビリを終えて退院し、職場に戻るも剣道の特練員は外されて一般の警察官として勤務することになった。
「まぁ…よく考えればもう辛い練習をしなくていいし、剣道出来なくても仕事をクビにならないなら万々歳じゃないか。それに…ムフフフ…」
俺は辛い練習の日々を思い出しながら、通帳を開いてほくそ笑む。
治療費については、トラック運転手からの自動車保険が手に入り、さらに職場からの帰り道の事故は労働災害の対象となるそうで治療費を差し引いても有り余る金が手に入ったことで懐事情は潤っているのだ。
「でも、仕事終わってから暇なんだよな。なんか趣味見つけねぇとな。」
俺の独り言を聞いていた俺の仕事の指導をしてくている先輩警察官が待ってましたとばかりに声を掛けてきた。
「そんな剣道チャンピオンのお前に取っておきのゲームがあるんだ。お得意の反射神経や剣道の技術がそのまま発揮出来る最高のゲームだぞ!」
俺は熱く語る先輩に押されながらも顔を傾げる。
「元、ですけどね。でも、反射神経は別としても剣道なんてゲームで何の役に立つんですか?」
剣道一筋であまりゲームに触れてこなかった俺だが、テレビゲームはコントローラーをピコピコするものだと知っている。
「ふっふっふっ!コントローラーを操作する時代は終わったんだ。フルダイブ型MMORPGって知ってるか?」
俺は先輩の顔を見ながら、首を横に振る。
「知りませんけど……。」
「簡単に言うとだな…ゲームの中に自分が入り込んで自分の作成したキャラクターを自分の身体のように思うがまま動かせるんだよ!!それでオススメなのがこのゲームだ!!」
先輩が自信ありげにスマホを差し出してくるので、俺はそのディスプレイに表示されたゲームを見る。
「ユグドラシルですか?まさかゲームの中で自分の体のように動かせるなんて…なんか凄く面白そうですね!!」
俺は右手で無意識に左腕の手術痕を撫でている事に気づくと、先輩の言葉でやっぱり剣道に幾ばくかの未練があったことに気付かされて作り笑いを浮かべた。
「そうだろ。実は俺はユグドラシルではちょっとした名の通ったプレイヤーなんだ!戦士職は元の身体能力や反射神経も影響されるんだ。だから剣道チャンピオンのお前ならユグドラシルでもきっと最強の剣士になれるぜ。何なら俺の使ってない装備もやるし、俺たちのギルドも紹介してやるよ。」
それが俺と今後の俺の人生そのものを狂わせることになる『ユグドラシル<Yggdrasil>』との出会いだった。
◇
俺は仕事を終えるとその足でゲーム一式を一括購入して、帰宅後に必要な手続きを終えて、ゲームをスタートし、最初のキャラメイクに移る。
「まずは名前は『確か普通リアルネームは避ける方がいい。』って先輩が言ってたから蘭丸の名前でいいか。」
蘭丸とはウチの愛犬の名前で、名前の由来は何故か有名になった本能寺の変で織田信長と共に焼死した小姓の名前である。
「次に種族か…はぁ!?」
俺は数百種もある種族一覧を見て唖然とする。
「意味わからんから…人間一択だな。好きこんで蟲種族とは選ぶ奴いるのかね…。えーと…身長や体格は自分に近い方がいいな。」
身長や体格が変わると今まで同じように剣が振れなくなるからな…身長は175cmくらいで体型も普通に設定した。
「顔や髪型まで変えられるのか…えっとどうせなら蘭丸って感じにするかな…」
俺は某有名戦国○双の森蘭丸を思い出しながら髪型は黒色で長髪で後ろで一つ結び、目は切れ長というイケメンに作って細かなキャラメイクを終えた。
「よし。最後は職業選択だが、初期で選べる剣士職はファイターか…いずれはサムライとかになりたいなぁ。」
どうせならこのゲームでも最強の剣士を目指してやるぜ!!
「確か先輩のキャラクターは『たっち・みー』って名前だったな。先輩にはまだゲーム買ったことは話してないから、探して驚かせやろう。」
こうして俺はユグドラシルというゲームを始めた。
◇
後で知ったことだが、ゲームを勧めてくれた先輩のキャラ『たっち・みー』は俺が絶対に誰も選ぶことのないと思ってた蟲種族だったと知った時は衝撃を受けた。
「仮面ライダーはバッタ型の改造人間だからな。俺もバッタ型の蟲種族を選んだんだ!どうだ!!かっこいいだろう?」
先輩は銀色に輝く全身鎧姿で兜を外しながらきっとにこやか(?)に言ってた。
「あ〜はい。そ、そうですね。」
ぶっちゃけ蟲の顔では表情が分からないし、会話すると口が縦ではなく、バッタのように横に開くので仮面ライダーって言うよりはエイリアンだなと思ったけど口に出さなかった俺は偉いと思う。
「というか…お前、何で人間種なんだよ!ちゃんと異形種選べよ!!俺のギルドは異形種限定なんだよ!!」
「いや…異形種じゃないとダメだって初めて聞きましたよ。」
そういう大事なことは先に言ってくれないと困る。
先輩は警察官の鏡みたいな人で困った人はほっとけない性格な上に仕事も人一倍出来るし、気配りも出来て本当にいい人なんだけど、こういう所いつも抜けてるし、脳筋なんだよな。
「まぁ、正式にギルドには入れれないけどサブメンバーって事で話通しておくよ!」
先輩のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』はゲーム初心者の俺に優しく接してくれて凄くお世話になり、おかげでゲームを初めてから数年後にはサムライを始めとした剣士系の職業を極めることが出来た。
「「「わぁあああああああ!!」」」
観客席で多くのプレイヤーが大歓声をあげているある年の公式武術トーナメント決勝戦で俺は先輩と対峙する。
「蘭丸、やっぱりここまで登ってきたな。」
ワールドチャンピオンとなった時に貰った白銀の鎧を纏う先輩が左手に持った白銀の盾を前に出しながら右手の剣を構える。
「先輩、その王座。俺がもらいますよ。」
対する俺は黒い袴姿で左手を左腰に差した刀に添え、左手の親指で鍔を押さえながら残りの指で鞘を軽く握る。
「はじめ!!」
審判の開始の合図を聞いて俺は真っ直ぐに先輩に向けて駆けながら左手の親指で鍔を弾き、刀の鯉口を切る。
「『居合切り』!!」
俺は自分の刀の間合いに入ったと同時に右手で素早く刀の柄を持ち、右手を身体の前に伸ばして刀を抜刀しながら、刀を真一文字に払うように一閃するとスキルが発動した証として刀身が光を帯びる。
一重にスキルと言っても、そのスキルを扱う者のステータスはもちろんプレイヤー自身の身体能力や反射神経によっても発動スピードが左右される。
「『パリー』!!」
俺の居合切りは先輩の差し出した白銀の盾に阻まれ、刀が弾かれる。
「『ダブルスラッシュ』!」
ファイタースキル『ダブルスラッシュ』は同時に二つの斬撃を生み出す技であり、先輩は体制を崩した俺に向けて右手の剣を袈裟切りしながらこの技を放つと、スキルの効果で逆袈裟にもう一つの斬撃が生まれる。
「『受け流し』!!」
俺はサムライスキルの『受け流し』を発動しながら先輩の剣を刀身に滑らせながら先輩の右側に回り込むことで迫り来る逆袈裟の斬撃の射程外に逃げる。
「「『スラッシュ』!」」
先輩はそんな俺に向けて右手を切り上げながら、ファイタースキル『スラッシュ』を放つと、同時に俺も同じスキルを放つ。
俺の刀と先輩の剣が激しくぶつかり合い『ガンッ』が響くとお互いが弾き飛ばられて数メートル後退した。
「いやぁー…先輩、流石ですね。」
「ワールドチャンピオンの俺と互角に渡り合ってよく言うな。まぁ、俺の見立て通りだったってことだな。」
ワールドチャンピオンというジョブは公式武術トーナメントで優勝した者のみが就ける職業であり、このジョブを持つプレイヤーと戦う為には上位プレイヤー3人は必要だと言われる公式チートな職業であり、俺は当然持ってない。
「行きます!」
「来い!」
先輩は基本的に後の後の剣。相手の技を返して反撃するスタイルであるので、必然的に攻めていくのは俺である。
◇
こうして数十分間、激しく己の技やスキルをぶつけ合いながら行われた決勝戦はとうとう互いのHPがレッドゾーンに突入していた。
「「はぁ、はぁ、はぁ。」」
激しく動き回ったことでスタミナも消費し、互いに荒い呼吸を落ち着かせていくと激しい剣戟に気圧されて静まり観客席から声援が響き渡った。
「たっちさぁん!蘭丸くぅん!どっちも頑張れぇ!!」
「2人とも頑張れぇ!」
「どっちも負けんなよぉ!」
俺と先輩が観客席に目を向けると一際目立つ異形種集団アインズ・ウール・ゴウンのギルドの皆が応援してくれているのが目に入りほくそ笑む。
「蘭丸!!たっちなんてボコボコにしちまえぇぇぇ!!」
「ぶふぉ!」
ギルドの皆はギルド長である髑髏頭のアンデット種であるモモンガさん同様に俺達2人とも応援してくれているが、先輩と仲の悪い羊顔の悪魔であるウルベルトさんの応援を聞いて俺は思わず吹き出してしまう。
「はぁ〜ウルベルトの奴は…まぁいい。蘭丸、俺もお前もこれが最後の一撃だ。俺の持つ最強の斬撃で決める。」
先輩は観客席にいるウルベルトさんを見て溜息を吐きながら、俺に向き直ると両手で剣を持ち、上段に構えた。
「なら、俺は最速の剣で先輩を打ち破ります。」
俺は刀を鞘に納めて最初と同じ居合切りの構えを取り、深く腰を落とす。
俺と先輩の間合いは互いに一歩踏み出すだけで剣が届く間合いしかなく、この場において先輩の繰り出す技は1つしかない。
「『
公式チートジョブ、ワールドチャンピオンの最終レベルで取得出来る空間を断絶する防御力無視、回避不能な超弩級の最強スキル。
「『紫電一閃』!!」
俺が放つのはサムライスキルの最終レベルで取得出来る『紫電一閃』。
この技は雷のごとき速度で相手に近づき、鞘に高磁場を発生させてレールガンの要領で刀身を射出する勢いのまま居合切りを繰り出す俺の持つ最速、最強のスキルである。
互いの持つ最強の技により生まれた衝撃の余波は会場だけなく、観客席まで伝わり、会場全体には砂埃が舞う。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
砂埃が晴れていくと会場に立つだらりと力無く刀を下ろし、肩で息をするただ一人の勝者の姿が明らかになる。
「決着!!公式武術トーナメント優勝者は…蘭丸選手だぁ!!」
審判のアナウンスが響くと同時に倒れそうな程に疲れていた体から嘘のように疲れが抜けていく。
「蘭丸、新チャンピオンおめでとう。
倒れていた先輩も同様で試合が終わったことで0になったHPが全回復して起き上がり、俺に向けて右手を差し出す。
「先輩、ありがとうございます。
俺は先輩から差し出された手を握って微笑んだ。
俺はその後行われた9つあるワールドのチャンピオン達による最強のチャンピオン決定戦でも優勝して公式ランキング堂々の1位となった。
◇
この試合から数年後、俺は先輩が家庭事情や仕事を理由に引退し、さらに多くの既存プレイヤーが引退して過疎化したユグドラシルにおいて公式ランキング1位を維持し続けるも時代の流れに勝てず、ユグドラシルのサービスを開始してから12年という月日の末、サービス終了の日を迎えた。
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