#15 『夜闇の中の出逢い(3)』




 ■ SIDE:アシェリー




「聖教が……そんなことを?」


 疑念を覚えたのは一瞬。

 イストが実際にそれを経験したというなら、それは事実なのだろう。


 アシェリーは、その瞳に闘志を携える。


 聖教の教えは道徳的で、善行を尊び悪行を註する。

 本を読むのが好きだったアシェリーにとって、聖教の経典は多くをそらんじれるほど読み込んだ本の1つだ。


 枢機卿や教皇にも何度か会ったことがある。

 人の好い人たちだと思っていた。


 だがその裏で、隠れながら平気でそんなことをしていたのだと思うと――。


「許せない」


 周りの子たちも同調するように頷いた。


「僕もそう思うよ。……でも、聖教は巨大な組織だ。世界最大の宗教人口を抱え、異教徒や無神論者に対して迫害を行っている事実も聞こえてくる……。戦い方は考えなければならない」


「それで、私たちの力が必要ということね……」


「そうそう。僕1人だとできることも限られるしね」


「聖教が敵なら、最悪の場合王国……いえ、世界そのものが敵になる可能性すらある……っ」


「具体的な戦い方はまだ決まってないけど、僕はどうにかして聖教に仕返しをしたい。そのために、僕には仲間がいるんだ」


「ならば、私たちがあなたの下に付きましょう」


「仲間になってくれるってこと?」


「ええ」


「なら、……そうだなぁ。ここにいる5人を初期メンバーとして、……これからの打ち合わせでもしようか」


「そうね。今話し合っておかないと、連絡手段もないと――」


 アシェリーがそう言うと――、メイドの1人がそれを遮って言う。


「お嬢様とイスト様。上から無礼な客が来たようです」


 上からは、梯子にゆっくりと手をかける盗賊の姿が見えた。




 ■




「俺らの命を取らなかった甘さが、お前の欠点だ、若造」


 スキンヘッドの盗賊がそう言うと、次の瞬間――、天上からぶら下がった十メートルもある縄梯子が外された。

 そして、盗賊のうちの指導役のような人間が現れる。


「取引相手がお前らをどう使いたいのかは知らんが……、イレギュラーが起これば皆殺しにしても良いと聞いている」


 僕はその取引相手が十中八九聖教の連中だと思っているが、この盗賊たちには知らされてなくてもおかしくない。


「それで……僕らを地下に閉じ込めて、どうやって殺そうってわけ?」


 僕は挑発するようにそう言う。


「舐めたガキだ。だが、さっきは俺もしてやられた。油断しねえ。挑発したらタイマンで戦えるとでも思ってんのかもしれねえが、んなことしねえよ?」


「なおさら、僕らをどうやって殺すつもりなのか分からないな?」


「ただ、ここで待つ……お前らの衰弱をな。食料も水もないんだ、3日もすれば弱るだろうし、そうなってからじっくりとやるだけだ? ただ、投降するつもりなら……考えてやってもいいぜ?」


 にやりと、盗賊の頭らしき人物は言った。


 僕は、息をついて、その男を見据える。


「なるほどね。でも梯子を外しただけで登れなくなるって思ってるのは、流石に浅はかなんじゃないかな? ――【身体強化魔法】」


 僕はそう言うと、盗賊のいる場所に向かって跳ねる。


「何!?」


 跳躍の衝撃で硬い石造の床にはひびが入り、僕が一瞬にして消えたことに盗賊たちは混乱する。


 僕に向かってこぶしを振り上げる頭の男の、やたら太い腕を防ぐ。

 重い攻撃だが、身体強化を施した僕の敵ではない。


「ちっ。ヒョロくせえ癖に怪物みてえな力だな」


「褒めてくれたところ悪いけど、容赦はしない」


「かかれ!」


 盗賊たちはまたナイフを取り出し、四方から僕を狙ってくる。

 学習しない連中だ。


 さっき勝てなかった敵に今なら勝てるなんて本気で思ってるのだろうか。


「くそ……ッ」


 ほんのわずかな時間ののち、既に僕の目の前には盗賊たちが血を流して倒れていた。


 盗賊たちが昏倒しているのを確認する。


「みんな、上がってきていいよ」


 地下に放置されていた少女たちに話しかけると、わきに置かれてた縄梯子を掛け、少女たちを誘導する。




 無事に少女たちが上り終えた後、アシェリーが話しかけてきた。


「この盗賊たちはどうするのですか?」


「どうするか……か」


 盗賊たちの処遇。

 殺すか、運んで衛兵に差し出すか……と言ったところだろう。


 別段、僕には彼らを生かしておきたい気持ちはない。


 ナイフを取って――僕は、転がっている盗賊たちを見る。

 盗賊……つまり人間だ。


 ナイフを首や心臓に突き刺せば死ぬだろう。


 ――人間を殺すことを、僕は好まない。

 好まないというか、やったことがないし、やるつもりもない。


 この世界では、山賊を殺すのは許可されているというか……むしろ推奨されているのだが、僕の中の基本的人権みたいな感性が、それをよしとしない。


 人は、曖昧さや先入観を持っている。

 完ぺきではない。


 圧倒的な暴力を持つものが、ざっくばらんに適当な指針で他者の生き死にを決めるのは危険だ。


 人は間違える。

 僕だって間違える。


 いずれ人を殺して何とも思わなくなれば、僕は本当の怪物になってしまうだろう。


 殺人に依存して、ストッパーがなくなれば止められなくなる。


 生き残った盗賊がどうなるかは分からない。

 また悪さをするかもしれない。


 分かってる。


 でも、彼らは別に僕を害したわけでもなければ、僕の家族や友達を殺したわけでもない。


 少しだけ考えて――僕は殺さないことに決めた。

 拾ったナイフを部屋の隅に投げる。


「いいんですか?」


「うん。じゃあ行こうか」


「……」


 少女たちがついてくる中。

 アシェリーだけ、歩みを止めた。


「すいません。忘れ物があるので、先に行っててください」


「? 分かった。盗賊たちが目を覚ますと困るから、できるだけ急いでね」


「お嬢様、私たちも付き添います」


「それなら僕も」


「いえ、イスト様は……心苦しいですが、外の馬車の準備などをお願いできませんか? 私たちは馬の宥め方は良く存じ上げないので」


「そう? 分かったよ」


 僕はそう言って、部屋に戻るアシェリーたちを見送った。




 ■ SIDE:アシェリー




 少しだけ迷って、でも自分がすべきことだと心に誓った。

 私は、事ここに至ってやっと、家族みんなが剣や魔法を学ぶ理由が分かった。


「……あなたたちも来たのね」


「はい。お嬢様の考えは分かります。幼少のみぎりより一緒だったのですから」


「止める?」


「いえ、止めるつもりはありません。私たちにも手伝わせてください」


「そう……なら、これ」


「頂きます」


 メイドたちはアシェリーからナイフを受け取る。




 イストを長く待たせるわけにもいかない。

 初めての経験ではあるが、手早く済ませなくては。


 『ザシュッ』と軽い音が鳴る。


 盗賊たちの喉元にナイフが深く刺さる。


 盗賊たちは、声を上げる暇もなく絶命していく。

 私は、怒りを押しつぶし、感情を冷めさせて、一人一人の命を刈っていく。


「私は、あなたたちを許さない。あの人にはできなくても、私は――」


 だから、アシェリーが殺した。

 まだ手に震えが残っている。


 害にしかならない連中を、それでも殺せないイストの代わりに――、


「あの人は優しいの。私たちを治してくれて、盗賊だろうと命を奪わない。でもその優しさは少し危ういから……。だから私が助けなきゃ」


 アシェリーの生き方は決まった。

 それまでの弱い生き方は棄てる。


 イストのために生きると。


 ナイフから、盗賊たちの血がぽたぽたと滴る。

 最後に、これの首謀者が見てくれるかもしれないと、アシェリーはたった一文だが、メッセージを残した。

 合理的な判断ではなかったが、アシェリーも腸が煮えくり返っていたのだ。


「聖教は、私が叩き潰す」




 ■




 それから数日後。


 盗賊を倒し堂々と帰還したアシェリーに、ヴァンメル・アラクウェルはほっと胸をなでおろしていた。

 しばらくの間仲介屋が音信不通で、ゼファ・フィアーノが爆発寸前だったのだから当然だ。


 アシェリーの帰還を誰もが喜んでいた。

 ある一団を除いて――。




 聖女キリエを連れた聖教の一団は、帝国の次の浄化地点へ向かうため、パーティの場に連れ立っていた。

 聖女キリエの頭ごなしに、怒号が飛び交う。


「何が起こっている! ブライド司祭はどうした!? なぜ奴らが失敗した!?」


 眼鏡の男が詰められている。

 その男にも焦りの表情があった。


「私にも分かりません。……王国が娘の命を惜しんだ訳ではないでしょうが」


「分からないってなんだよ! 予定が狂ったじゃねえか! このままじゃ帝国の東の町まで影の壁に飲まれるぞ!」


「とにかく、ブライド司祭を待ちましょう」


 アシェリーの帰還は聖教にとって予想外のことだった。




 ■ SIDE:ブライド司祭




 アシェリー・フィアーノのことは、盗賊に攫わせ、シャドウに襲わせ、ルナティックに罹らせたところで、聖教で再び回収する予定だった。


 『黒影の壁』の浄化は場所を変えて何回かする必要があり、『ルナティック』罹患者を入手するのは重要な任務でもあったのだ。


 だが残念なことに、アシェリー・フィアーノは完全に五体満足に帰ってきてしまった。


 理由は不明だが、仲介屋と盗賊との連絡が途中で途絶え、交渉が上手くいかなくなり……、それから3日後に帰ってきてしまったのだ。


 謎の人物が助けてくれたのだと言う。


 『謎の人物』……?

 その人物が何をしようと、アシェリーが帰って来るという結果になる筈はなかった。


 シャドウに侵された者は、元に戻るはずがないのだ。

 盗賊たちは、ただ小娘たちを闇に放り出すことすら命令通りにやらなかったのだ。

 何一つうまくできなかった愚図だというだけだ。


 死体や屋内の様子から見て……、盗賊たちは瞬く間に制圧されたと見るべきだろう。

 この者たちは我々の駒だったが、殺されて同情される余地もない悪党だ。

 だから盗賊たちが死んだということ、それ自体はいい。


 だが1つ、……疑問が残る。


 ――これを誰が、やったのか。




 木造の小屋の床には、盗賊を切ったナイフで切りつけたような血の文字がある。


『これは我らの『救世主』への贄である。また、聖教への宣戦布告だ』


 書いてある文章はそれだけ。

 何を示しているかは大して分からないが、聖教にとって何か都合の悪いことが起きているのは確かだ。


 ブレイドにとっても意味の分からないことが起きている。

 自分の、否、聖女機関の邪魔をしようとしている者がいる。


 ブライドは、適当に盗賊の死体を集めると――、


「消してください」


 そう言った。

 すると、次の瞬間、ブライドの持っていた鞄から人形が出てくる。


 その人形は、死体へ向けて、闇を放つ。

 死体は消え、血が消え、死臭もいずれ消えるだろう。


 この場所にはまだ利用価値がある。他の盗賊や聖教の人間の拠点として有効活用することもできる。


「行きますよ」


 人形は、元の鞄の中に戻り、ブライドは、何か得も言われぬ胸騒ぎを感じながら、森の中に消えていった。



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