#13 『夜闇の中の出逢い(1)』
■
帝国の南で聖女による『黒影の壁』の浄化が行われた。
浄化による壁の後退は帝国中の多くの人たちが見ていた。
そして、帝国民の聖女への信仰を高める結果となった。
興奮冷めやらぬその光景から、約10日が経過した。
実際に実地に出向く聖女は、主に聖教派の帝国騎士と聖教の修道士の護衛を連れ、最南端へと出向いていた。
その一方、聖女を連れて帝国に出向く命を与えられていた、王国貴族ゼファ・フィアーノはこの機に帝国内の貴族たちとの会談を組んでいた。
聖女は主に聖騎士や聖職者たちと動いていたため、ゼファの一番大事な仕事は政治的な部分だった。
その仕事とは、各地で政治的な結びつきを強め、情報のやり取りや、信頼関係を構築すること。
ウィス帝国は王国と南の国境線を接する国だ。
シルリア王国の次に巨大な国。
皇帝による世界の統治を野望に掲げる危険な国であるが、現在の王国に対しては形だけの友好を謳っている。
腹は見えないが、それでも友好国。
仲良くする必要がある。
帝国の中央都市から南に200キロほど。
大都市アラクウェル。
領主の屋敷の大きな庭では、豪華絢爛な貴族の会食会が行われていた。
聖女は人前に出ると混乱するとのことで出席していないが、聖教の偉い人たちが音頭を取って、会を盛り上げている。
会食会の話題は、巨大な魔物に単身で挑んだ王国貴族にして騎士団最強の名を持つゼファ・フィアーノの武勇伝でも、フィアーノ家の麗しき白銀の令嬢アシェリーへの縁談の申し込みやや身の上話もなかった。
この両名を含め、領主も、パーティに出席などしていられない、喫緊の事情があった。
この会食会の話題はその事情の勝手な憶測にさらわれていた。
その事情とは――、大胆にも帝国の護衛隊が山賊に襲われた事件である。
その手口は鮮やかで、ほんの一瞬の間に同行していた王国の使者の一員――アシェリー・フィアーノが誘拐されてしまったのだ。
王国と帝国の間の責任問題にもなり兼ねないこの問題について、ゼファ・フィアーノとヴァンメル・アラクウェルの話し合いがなされていた。
――帝国は、治安の悪化が懸念されており、犯罪者による強盗、殺人、窃盗、身代金目的の誘拐などが横行している。
アシェリー・フィアーノの誘拐もまた、そういった犯行の一つであり、彼らの目的が何かと言えば――、
「山賊が仲介屋を通して犯行声明を出している。相手は、帝国金貨で500枚を要求しているようだ」
身代金の要求だ。
「ふざけたことを言うな! その仲介屋とやらをぶん殴り! アシェリーを取り返す!」
「気持ちは分かるが、帝国にも内々の事情がある。仲介屋を害するとあなたも私も不利になる」
「お前の事情など知ったことか! アシェリーを救えれば良し! それ以外は悪し! だ!」
「だからこそこっちに任せて欲しいんだ。お嬢様はちゃんと取り返してみせるよ」
「金を払ってか?」
「そうだ。問題はなかろう」
「そんなやり方は好かない! アシェリーを助け、敵を殺す!」
フィアーノ公爵家は王国の超武闘派の騎士系貴族筆頭。
ゼファはその中でも一騎当千の魔法騎士である。
ゼファがそうと言えば、それは妄言の類ではない。
「おいおい……。確かに、俺らが相手してるのは賊だが、帝国には帝国のルールがあるんだよ」
「ルール? 誘拐犯になぜ下手に出ねばならないんだ。なぜそんなものを俺が気にせねばならん!?」
「知ってんだろ? 帝国じゃあ、犯罪も戦争もビジネスなんだ。奪って殺して犯して……ってのが帝都が決めた、帝国人の生きざまだ」
「その理屈なら、俺が賊や仲介屋とやらを殴って何が悪い!? それが俺のビジネスだ! 戦争だ!」
「賊を殴るのは止めてない……問題は仲介屋だ。帝国貴族はあれを緩衝材にして、政治的なバランスを取っている」
帝国は順法意識が低く、秩序の乱れた国家である。
聖教の威光以外で帝国で広く秩序を守らせるためには仲介屋の力が必要である。
「クソ。……アシェリーが攫われているのに動けないとは! そもそもなぜ、娘は誘拐されたんだ!」
「少ない護衛が仇となったみたいだ」
「護衛を減らすことを言ったのは帝国兵だろう! 帝国兵が守るからと、街へ連れて行ったんだろ!?」
「まさかこんなことになるとは思わなかったんだ。こっちだって、急いで動いている。アンタの娘は必ず取り返す……だから少しは黙っておいてくれ」
「ふん!」
ゼファは興奮冷めやらぬ目をヴァンメルに向ける。
――あの武者の怒りがずっと向けられては敵わない、とヴァンメルは話を切り上げた。
■
はいはーい。こちら現場のイストです。
聖女キリエが闇を祓い、流石に死んだかと思ったあの日から、約2週間が経過した。
僕はどうにか聖女の魔法を使って自分を治癒した。
『ルナティック』は治せないとか言ってたけど、案外いけた。
なんか知らないけど、前世の知識とか使って上手く治せた。
人形の魔物だか悪魔だかに切り落とされた右手も普通に治ってた。
現代医療でも難しいことを難なくやってのける魔法。
そこにシビれる!あこがれるゥ!
まあなんだろう?
火事場の馬鹿力ってやつかな?
佳境でこそ本当の自分の力が開花する的な。
【浄化】と【治癒】の魔法を僕がなぜ使えたかは、神様だけが知ることだ。
今になってみても良く分からない。
本来、聖女しか使えない魔法だ。
多分帝国の修道士や騎士どもの信仰とやらよりも、僕の日頃の行いの良さの方が重視された結果だと思う(適当)。
神様ありがとう、こんど饅頭でもお供えするよ(適当)。
最近いろいろと大変なことが多かったけど、今の僕は大分フリーダム。
聖教の闇の部分を見てしまったり、世界中で崇められている聖女の力を使えてしまったりと、ちょっとどうにもならない爆弾を抱えてしまったが……。
逆になんかもうイイ感じ。
いくとこまで行っちゃったなって感じ。
逆に、そう逆に笑えてくる。
もう陰謀論を鼻で笑えなくなってしまった。
聖教の奴らが聖女を使ってなんか悪どいことをしているのは決定的になってしまった。
ちなみに、今の僕は、とりあえず帝国を徒歩で北上している。
北には王国があるので、しばらくは徒歩で向かうつもりだ。
途中にいろいろ魔物の巣とかがあるので、場当たり的に対処しながら。
今のところ、盗賊とか、聖教の危険人物たちとか、「怪しい奴め殺せ!」的な人々には遭遇していない。
というより、人のいる村や町を避けて進んでいる。
僕が生きていることはあまり多くの人に知られたくないしね。
「……今日はここらへんで休むかな」
火をつけて、キャンプ地を作る。
【氷障壁】という便利な魔法を手に入れてから、魔物の心配もする必要が無くなってきた。
障壁は魔力を大量に込めれば一晩中くらいは持つ。
シャドウの影響か聖女の力の影響か、身体の中の魔力総量がやたら増えており、魔法の大きさ、射程、持続性などが大幅に伸びている。
しかもちょっと前まで使えなかったとは思えないほど、体になじんでいる。
魔法って便利。
見たことのない魔法は使えないけど、見たことがある魔法なら大体は使える。
全部と言えないのは、あの人形が使っていた魔法は複雑すぎて魔力の構成を思い出せないからだ。
魔法は魔力の練り方を身体に覚えさせる必要がある。
それができないほど複雑だと、使うことはできない。
それだけあの人形が特殊な存在であったとも言える。
「そろそろ焼けたかな……?」
ウサギを狩って皮をはぎ、可食部を焼いて……出来上がり。
おいしそうな焼きウサギ。
匂いにつられて動物や魔物が近寄ってきているみたいだが、障壁のせいで近寄れないようだ。
こんな食事を続けてたら健康に悪そうだけど、栄養管理なんてできない。
偏食はいずれ直さないとならないな。
ガブリ、とウサギ肉にかぶりつく。
「調味料があればもう少し良いんだろうけど……」
この世界には合成調味料の類は無い。
キッコー〇ンも、味〇素も、ウスター〇ースもない。
新潟県産コシヒカリも、品種改良を重ねて臭みが消えた鶏肉も、極上の和牛もない。
科学技術の進んだ前世と比べれば当然だが、美味しいものが少ない。
大豆と小麦をカビさせて、腐らせたら醤油になる……的な雑な知識はあるのだが、何しろ雑なのでこの異世界では役立ちそうにもない。
なんて、言っても仕方ないことか。
ウサギ肉さえ食えない人のことを考えれば、僕は恵まれている方だ。
――空腹の紛れたところで、両手で魔法の練習をしながら、今後の方針を考える。
即ち、ルケ家に帰るか帰らないかだ。
僕が帰った場合、聖教は味方ではありえない。
暗殺者でも送り込まれるか、政治的に圧力を掛けられるか……。
公に聖教の闇について告発しても、この世界にはスマホみたいな誰もが持ってる情報伝達の方法もない。
インターネットも、基本的人権も、民主主義もない。
やり返したい気持ちはある。
それは怒りだ。
それは悔しさだ。
それは、僕の正義だ。
あんなことをされてただ理不尽を黙っているのは、ダメだ。
同じように死んだ――あるいは今後死ぬ『ルナティック』の人たちにも。
ギースのような聖教の闇に殺された兵士たちにも。
理不尽に子供を奪われた両親にも。
僕自身にも。
やり返す正当性がある。
……でも、やり返すなら、方法が必要だ。
敵を正確に狙うことも必要だ。
あの爺さんだけが敵だと思っていれば、足元をすくわれるかもしれない。
あの人形の悪魔のように、あちらには大いなる戦力があるかもしれない。
「さて、どうしようか?」
前世で、いじめっ子を倒す方法をいろいろと考えていたときのことが思い出される。
少し不謹慎かもしれないが、考えているときは楽しかった。
ああ――父さんや母さんには悪いけど、僕はもう【イスト・ルケ】の立場を捨てるつもりだ。
僕が死んだのかもしれないと思ったまま、というのは可哀そうだけど……接触するリスクは、僕だけではなく、2人にも及ぶかもしれないからだ。
2人が僕が死んだのを乗り越えられないほど弱いとは思えない。
きっと立ち直ってくれるだろう。
何はともあれ、僕独りでは考えうる策にも限りがある。
まずは――、
「仲間を増やすところからかな?」
そんなことを考えていると――、少し遠くから馬の奔る音が聞こえてきた。
この近くに、道路はない。
わざわざこの森の中を通るのは、原住民か、盗賊くらいだ。
「何だろう?」
少し気になり、僕は火を消して闇に潜んだ。
遠くに灯りを焚いて夜の中を駆けるみすぼらしい馬車が見えた。
闇に紛れればシャドウが出る。
でも、何度か確かめて分かっていることだが、今の僕はシャドウに襲われないらしい。
既にシャドウが入り込んでいるからか、聖女の力を手に入れたからかは分からないが、夜に灯り無しで動けるのは――アドバンテージだと思う。
尾行とかやってみたかったんよね。
■
聖教の一部の者たちは、神の思し召しの下であれば、人の命を蚊ほども大切にしない。
自分の命をなげうつことも。
他者の命を消し去ることも。
我が子を手にかけることさえ。
ルケ領の教会で司祭をしていた男――ブレイドとてそうだ。
彼は王国内には聖女機関以外の隠れ蓑がなく、帝国に逃亡してきていた。
ブレイドは司祭の立場だが、聖女機関にとっては極めて重要な駒であり、その身は帝国でも丁重に扱われていた。
しばらくは王国に再入国すべきではないと判断され、ブレイド自身も、目立つ行動を止めることを決めている。
だが、特異な諜報、攻撃、防衛の手段を持つブレイドは、聖女機関にとってただ寝かせておくには勿体ない。
帝国を訪れた王国貴族――その娘、アシェリー・フィアーノの誘拐と、その身にシャドウを侵させること。
シャドウは魔力の電池として極めて都合が良い。
――モノを言わず、死んでも困らず、症状で魔力が増加している。
イスト・ルケ程ではなくとも、貴族の家系ともなれば魔力を回収するための道具として有効なのである。
彼女の誘拐――これを新たな使命として、ブレイドは動いていた。
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