private eyes only 名探偵と生徒会長

@harutakayasuno

第1話 謎めいた告発

 書類の半分ほどに目を通したところで、皆川樹里はため息をついた。机の上にあったファイルにそれを仕舞い、リュックサックの中にしまい込む。どうにも内容が頭の中に入ってこなかったためだ。時間つぶしに今後の予定を少しでも確認する作業を行いたかったが、どうにもうまくいかない。頭の中にもやもやした感情があると、なかなか他のことに手が付かないのが彼女の性分だった。

 東南海高等学校の生徒会室は、本校舎三階の端にある。中はいたって簡素な作りで、ロッカーと本棚に囲まれた物置のような小さな教室の中央に長方形のテーブルが鎮座し、窓際に学習机がもう一つあるだけである。あまり日のあたりはよくなく、何のものかわからないプリント類が床に散乱し、教室全体にほこりがかぶっていた。生徒会長に就任するまで部屋を訪れたことのなかった樹里は、初めてそれを目にしたときあっけにとられたものだった。それから一か月ほどこの生徒会室に通う日々が続いているものの、慣れることこそできても満足はできそうもない。

 窓際の、生徒会長と書かれた席札の置かれた机の上で突っ伏して悶々としながら、樹里は人を待っていた。彼女の頭のもやもやを取り払ってくれるという人物を、である。

 10分ほどそうしていると、ガラガラ、という音とともにいくつかの足音が生徒会室の中に入り込んできた。ノックをせずに入ってきたということは、彼女がまっっていた人物で間違いはないだろう。

「会長、お待たせしました。すいませんっす」

 あまり謝意が感じられない軽い挨拶とともにやってきたのは、生徒会で書記を務める斎藤平助だった。髪を茶髪に染め上げ、中身をパンパンに詰めたエナメルバッグを背負うその姿は、とても〝品行方正な人物が務める〟生徒会役員には見えない。

 その背後にいるのは、知らない顔だった。150センチほどの小柄な体にサイドテールの黒髪、こちらの考えを見通しているかのような澄んだ瞳をした女子生徒だった。胸元のリボンが緑色であるため、斎藤と同じく1年生であることがわかる。樹里は慌てて崩れていた前髪を手探りで整え、パイプ椅子から立ち上がって彼女と相対する。

「連れてきましたよ、例のクラスメイト」

「初めまして。飯山春です」

「ど、どうも、初めまして。生徒会長の皆川樹里です。じゃああなたが……」

「はい、見習いですが、探偵をやっているものです。早速ですが、届いた紙を見せていただけますか?この学校に関わる人間についての告発文を」

 どうやら彼女に話は伝わっているようだ。そう思い樹里が斎藤の方を見やると、彼はポカンとした表情で春の方を見ていた。

「えっと、俺話したっけ?紙のこと」

 そう言いながら呆然としている彼の横をすたすたと通り過ぎ、春は長方形のテーブルのそばにあった椅子を引いて座った。

「それじゃあ、始めましょうか」

 そう言いながら樹里の方を見つめる春の目は、より一層澄んで見えたのだった。


 午後4時前。最後の時限が終わって30分ほどたち、校庭や各教室などで部活動にいそしむ生徒たちの声が響き始める時間帯である。本日木曜日は本来放課後の生徒会は開かれず、昼休みのみ活動が行われるのが通例なのだが、今回、その昼休みに発覚した問題についての議論が急遽交わされることになった。副会長と会計は用事で来られなかったため、生徒会のない日は暇をしている樹里と、部活動を休んだ斎藤、そして彼がヘルプとして連れてきた春の三人で緊急の会が開かれることになった。

「これが、昼間の会で意見箱から見つかったの」

 樹里はリュックの中から封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。春はおもむろに自分のリュックから取り出した薄い手袋をし、それを手に取った。樹里はその様子を見て、その探偵らしいしぐさに感心するとともに、仕方のないこととはいえ、素手でペタペタと封筒を触った自分の行動を少し後悔した。

「封筒自体はどこにでも売っているものですね。中には紙が2枚、ルーズリーフと、コピー用紙ですか」

 春は封筒からまずルーズリーフを取り出す。中には書きなぐった字でこう書かれていた。

 〝この学校の教師の中に、覚せい剤に手を染めている人物がいる。〟

 昼間その紙をみている樹里と斎藤が顔をこわばらせている一方、内容を推測していたと考えられるものの、初めて見た春は特にリアクションを取ることはなく、紙全体を調べていた。

「なるほど。文字は黒のボールペンで書かれていて……0.5ミリのものですか。これもどこにでも売っているもですね」

 そういいながら春はルーズリーフをテーブルの上に置き、もう一枚のコピー用紙の方を封筒から取り出した。A4の大きさのそれを手に取ってそれを広げた時、今度は彼女の顔が一瞬こわばったように見えた。

 コピー用紙には写真が印刷されている。押し入れの中に白い粉が詰められた小さな袋がいくつか入っているものだ。他には衣服と思われるものがたたまれておかれており、押し入れの手前には少しだけ畳が見えるなど、生活感が感じられる。それだけに、袋詰めになった白い粉が異彩を放っていた。

「……なるほど。これが意見箱の中から見つかったのですね。コピー自体はコンビニでデータをプリントして物でしょう。そういえば、意見箱は、確か職員室の前に置かれているものでしたよね。生徒会に意見を申し入れる、という。生徒会選挙の時に、誰かが話していた気がします」

「う、うん」

 生徒会選挙、という言葉に樹里は思わず反応しかけてしまう。彼女にとって、それはあまり思い出したくないものだったからだ。動揺を悟られないよう、樹里は話を進める。

「木曜日と、月曜日の昼にそれをチェックすることになってるの。だいたいは無理難題だったり、くだらないものだったりするんだけど、真剣に考えるべきものがあった時、次の日の生徒会の集まりまでに各自そのことについて意見を考えておく、ていうことをしてるんだ。で、今日はそれが入ってて……」

「普段からこういう内容のものが入っていることはあったんですか?」

「いや、それはねえな」

 腕を組みながら、椅子に少しだらけた姿勢で座っている斎藤が答える。

「ほんとにくだらねえ、いたずら書きみたいなのが来たことは何回かあったけど、こんな写真付きのものは初めてだな」

「そう。ちなみに、この封筒、私以外の誰かに見せましたか?」

「ううん。こんな内容だし、先生たちには見せられないでしょ。ちょうど今日は生徒会顧問の西山先生もお休みだったし。いたずらかもしれないから、警察にも話しづらくて。そしたら、斎藤君が……」

「お前のことを会長に話したんだ。前、お前が探偵事務所でバイトしてるって話を聞いたからさ」

「それで、私を呼んだわけですね」

「そうなの。本当に、いったい誰がこんな手紙を……」

 樹里がそういいながら頭を抱えると、春は手に持っていたコピー用紙をテーブルの上に置き、樹里の方に姿勢を正した。

「いえ、考えるべき部分はそこではないと思いますよ」

「え?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。予想外の切り口をみせた春に対し、斎藤も困惑気味だ。

「ん?じゃあ、教師が誰かってことを先に考えたほうがいいってことか?」

「もちろん、それも考えないといけない。でも、先に考えなくちゃいけないことが一つ」

 そういって彼女はピンと左手の人差し指を立てる。

「なぜこれが意見箱に入れられたか、です」

「え?それは……」

 春が何を言いたいのか、樹里ははっと気が付いた。それに対し、斎藤は何が何やらといった表情のままだ。

「そりゃあ、この学校の教師の話だからだろ?」

「そう?じゃあ例えば斎藤は、、この学校の制服を着た人が犯罪をしているのを目撃したら、どうする?」

「警察に通報するな。もちろん……あっ」

 そういいながら斎藤もはっとした表情になる。

「そう。警察に通報する。犯罪を目撃したとして、いくらそれが自分の学校の生徒の人間だってわかったとしても、わざわざ学校の生徒会にそれを持ち込む人間は、普通はいない。つまり、この手紙の内容が事実だとして」

 春は再び封筒を手に取り、それを手ではためかせる。

「この事実をしった人間は、警察には通報しなかったんです。通報できなかった。それだけの理由があるんです。それがなにか、今は推測しかできませんが、それは必ず、念頭に置いておかなければいけません」


「よし、あったあった。これだ」

 春の指示のもと、三人はまず生徒会室の本棚から名簿を探すことにした。名簿の中には全校生徒や教師の名前の他、掲載を許可した人間の住所が載っているのである。新学期に全校生徒に配られるものなので、三人の手元には今なかったが、生徒会室にもそういった学校の情報に関する資料はあるはずだ、と春が言ったのである。

「それじゃあ、さっそく確認しましょう」

「確認って、生徒を?私は二年のことしかよく知らないけど……」

「いえ、教師の方です。教師の中で、独身、なおかつ住所が掲載されている人物を調べましょう」

「じゃあ、教師の方から探っていくのね。でも、どうして独身に絞るの?」

 樹里が春を怪訝な表情で見つめる。

「この写真はおそらく自宅の物でしょう。であれば、自宅に人を呼びやすい独身に絞っていくべきかと。もちろん他にも推測があってのことですが」

「なんだよ、推測って」

斎藤も不思議そうな表情で春に訪ねる。

「推測は推測。まだ明確な根拠のあるものじゃない。だから、まだ話せない」

 春は表情を崩さないままだ。


「とりあえず、この三人かな」

 春の提示した条件に見合っているのは、歴史の村松徹、数学の音無始、そして体育の教員で、生徒会顧問の西山英寿だった。

「では、三人の住所をネットで調べましょう。斎藤、スマホのマップに住所を入力してくれる?」

「おう、じゃあまず村松からだな」

調べた結果、村松は学校のある市から少し離れた一軒家に、音無は学校から徒歩15分ほどのマンションに、西山は学校から電車で20分ほどのアパートに住んでいることが分かった。

「会長さん。音無先生の授業は受けてらっしゃいますか?」

「う、うん。今日も授業があったよ」

「わかりました。村松先生は今日私たちのクラスで授業をしていました。つまり、今日休んだのはこの三人の中だと西山先生だけですね」

「そうね。じゃあ、とりあえず、音無先生に話を聞きに行く?村松先生はどうかわからないけど、たしか音無先生は数学研究部の顧問をしていたし、多分まだ学校にいるはず。」

「まあ、話をどう切り出すかは難しいですけどね。ここからは二手に分かれましょう。まずは斎藤は、音無先生に話を聞きに行ってくれる?」

「わかった。まあ、うまく聞けるかはわかんねけど。会長たちは?」

「村松先生がまだいるかどうか、職員室に探しに行くの?」

「いえ、私たちは、西山先生の自宅を訪ねに行きましょう」

「ええ!?」

 彼女の提案に樹里は思わず驚く。

「はい。私はもう行く気ですが、会長さんは、お時間大丈夫ですか?」

 そういって春は無表情のまま、くりんとした頭をすこしかしげる。彼女の瞳が再び樹里のほうを見透かすように見つめている。それに吸い込まれそうになった樹里は、深く考えることなく首を縦に振るのだった。

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