ヒト嫌いなドワーフがきた件について


「おい! いるんだろ! さっさと開けろ!」


 そんな事をドスの効いた声で言われ、俺は慌てて上半身を起こし、俺の上にのっていたスライムを思わず抱き締める。



 こんな態度の人が客人だとは到底思えない。俺に本当に危害を与えないのか?侵略者がやってきた場合はスライムが倒してくれていたが、今回はどうなんだろう。客人認定だと助けてくれないとかあるんじゃないか?


 武器になるようなもの……強いて言うならベッドの下にあったあの箱ぐらいしかない。最悪これらを投げつけられるよう、手元に用意しようとベッドからスライムを抱きしめたまま出て、ベッド下にしまい直した箱を引きずり出す。丁度その時だった。


「いい加減にしろよ!」


 乱暴に勢い良く扉が開け放たれる。そこにいたのは口ひげを蓄えた背の低いずんぐりむっくりとした体型のオジサンだった。


「ドワーフ……?」


 俺が思わず呟いた言葉に反応したのか、目の前のドワーフは眉を顰める。


「何が悪い?」

「え、あ、いや……別に……」

「フン。 随分待たせてくれたじゃねえか? 魔王といってもタダのニンゲンのくせに……農がドワーフだからと見くびってんのか?」

「え、あ、いや……別に……」


 そんなことない、と言おうとして思わず口篭る。迫力負けしたというと情けないが、正直目の前のドワーフがなんだか恐ろしく感じる。いや、恐ろしい……というよりは、なんていうのだろう。明らかに友好的ではない態度に気圧されてるという方が近いだろうか?



「むう。 マスターはタダのニンゲンなんかじゃない! 我らのマスターなんだから!」

「……我ら、のう。 まだお前さんしかおらんようじゃが?」

「む、むう……そ、それは……」



 俺のときとは違い、どこか穏やかな空気でスライムに声をかけるドワーフ。なんとなくそれで、このドワーフはニンゲンが嫌いなのだと思い始めた。だが、ここで少し違和感を覚える。何故ヒト嫌いなのに俺に会いに来たんだ?


「あの……貴方は何故ここに?」


 俺の問いかけにまた顔を顰めさせたドワーフは「商売しにきたんだ」と言い、背負っていたリュックをおろして床に腰を下ろし、胡座をかいた。


「商売……」


 正直全く商売しにきたようにはみえない態度に俺は困惑しながらもとりあえず目の前のドワーフ同様に床に腰を下ろし、抱きしめていたスライムを開放したあと、正座をした。思わずしてしまった正座をみたドワーフが不思議そうに片眉を上げながら「なんじゃその座り方は?」と口にしている。


 この問いかけに俺は言葉を選びながら口を開く。


「えっと……この座り方は正座……といいます。 大切な商談をする場合に……この正座をすることで、相手に……その……敬意を払います……」

「ほう?」


 俺の言葉をきいたドワーフはしばし何かを考え込んだあと、「よっこらせ」とおっさんみたいな──まあ見た目も言葉使いもおっさんなのだが──掛け声を出して、立ち上がったかと思うと、俺と同じく正座をしてみせた。


「おお、なんじゃこれは? なんか変な感じがするのう」


 気のせいかもしれないが、少し目の前のドワーフから俺に対する嫌悪感のようなものが薄れた気がする。


 いつの間にか人型になっていたスライムも、俺達の真似をして正座をしている。「おおー!」となんだか楽しそうな顔をしながら上半身を揺らしている。



「さて、本題に入ろうかのう。 お前さんは少し他のニンゲンとは違うようじゃし、農もそれなりのモノを出す」


 それなりの……もの?


 黙々とドワーフがリュックから取り出したアイテムを床に並べ始めた。


「……と、まずはこんなもんじゃな」

「わー、すごーい。 すごいですね、マスター!」

「ああ……うん……」


 左から青い液体が入った小瓶に、木の杖──木の枝のように少し歪んだ形をした棒の先端に緑の丸い珠がついている──、分厚い本が3冊、赤い表紙の本と黒い表紙の本、黄の色をした表紙がそれぞれ並んでいる。


「まずこれ、これはポーション。 回復薬じゃ」


 ポーション、という言葉に俺は驚く。ゲームの中ではこういったアイテムがなかったためだ。隣で正座をしていたスライムが不思議そうに「ポーション?」とつぶやいていた。



 次に、と、ドワーフが手を伸ばしたのは杖ではなく赤い本で、「これは魔王に渡せと言われて預かっておる本じゃ」と言われた。


「俺に?」

「おう。 差出人はわからねえが、農の元に届けられた。 こいつらを渡すついでに商売を定期的にしてくれと手紙もおいてあったわ」

「手紙?」

「まあ、その話は後でじゃ」


 そういって、ドワーフは最初に赤い表紙の本を俺に手渡した。


「これは?」

「さあな」

「え?」



 予想もしていない返答に困惑していると、ドワーフは「儂らには読めんかった」と続ける。


「読めなかった……?」


 表紙を開くと、表題紙の部分に日本語で書かれている。


「『この世界について』……?」

「お? なんじゃ。 お前さんには読めるのか」

「え? あ、はい……故郷?の文字……でして」

「ほおん」


 どことなく興味がなさそうな返事をしたドワーフは、「次はこれじゃ」と黒い表紙の本を俺に渡す。俺は『この世界について』と書かれた本を床に置くと、それをスライムが手に取り、「マスター、読んでもいいですか?」と尋ねてきた。


「ああ、いいよ」

「やったあ! ありがとうございます、マスター!」


 子供のようにはしゃいでいるスライムを横目に、俺は新しく手渡された本を見る。


「これは?」

「おそらく、魔物についてかかれておる」

「おそらく?」

「おう。 魔物の絵が描いておるからのう」


 魔物について……と、言葉にする間もなく「そんでこれじゃな。 いうておくがな、最初からこうじゃったぞ」と含みをもたせた言い方をされる。 


 気になった俺は早速、黄色い表紙の本を開き、そのまま最後までページを捲る。


「白紙……?」

「何度も言うぞ。 農らは何もしておらんからな」

「え、あ、はい……」

「最後。 これじゃな」


 そう言ってドワーフは木の杖を指差す。


「治癒の杖」

「ち、治癒の杖!?」


 想像もしていなかった言葉に思わず大きな声が出た。目の前のドワーフも、隣にいたスライムも俺の声に驚いたようでこちらを凝視している。


「なんじゃお前さん、治癒の杖を知っておるのか?」

「マスター、治癒の杖って?」

「え?」



 いや、俺は……そう口篭ると不思議そうな顔をしながら隣にいたスライムが俺の顔をのぞき込んでいる。



「治癒の杖。 農もはじめてみたものじゃ。 これもお前さんに見せろと言われて預かっておった」

「見せろ?」

「おう。 ただし、これらの本とは違って販売するようにと手紙には書いておったなあ」




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