測定
和田いの
短編
俺は車の中で目を覚ました。
映画を見るためにイオンモールまで来たが、上映開始まで30分くらい時間があったので駐車場で少し寝ていた。
車から出て、イオンの中に入り映画館へと向かっていると、歩いていた人たちが急に立ち止まった。だいたいの人はキョロキョロと頭を動かして周りを見ている。
「停電?」
何やら通行人たちは停電だと騒いでいる。
しかし、イオン内の明かりはついている。
ガシャーーン!
と外から大きな音が聞こえた。
外へ出て道路の方を見ると、車が事故を起こしていた。
車の中で血を流している人が見える。
俺はスマホを取り出し119にかけた。
「はい119番です、火事ですか救急車ですか?」
「救急車お願いします」
「住所教えてください」
「えーと...イオンモール名取前の道路です。車2台がぶつかって中で人が血を流して倒れています」
「今出動指令を出しました。詳しい状況をお願いします」
「あの、信じてもらえるか分からないんですけど、急に目が見えなくなって事故になったんだと思います。イオン内の人、俺以外全員が急に目が見えなくなりました。近くの道路を走ってた人も同じように目が見えなくなったんじゃないかと思います」
「え」
「どうかしましたか?」
「現在こちらの通信指令センターでも同じような状況になっていて、私自身も現在何も見えていません。消防隊も目が見えていないようで、現在出動できる隊員を探している状況です」
それからいくつか話を聞き、電話を切った。
俺はYouTubeを開き、普段見ている配信者を見た。顔出しで雑談配信をしている。
話を聞いたところ、やはり目が見えていないらしい。コメント欄をみても目が見えなくなったと騒いでいる。一瞬、目が見えないのにどうやってコメント打ってるんだろうと思ったが、パソコンなら目が見えなくても打てる人は多そうだ。
他の配信もいくつか見てみたが、同じだった。
はじめは停電だと思った人も、すぐに異変に気づいていた。パソコンの音やテレビの音など、何かの音で停電ではないと分かった人もいれば、まだ17時なのに真っ暗なのはおかしいと気づいた人もいただろう。
おそらく、俺を除いて日本中の人の目が見えなくなっている。
ふと、映画を見に来たことを思い出した。
上映していないかもと思いながらも、俺は映画館へ向かった。
映画館の受付には人がいなかったので、勝手に映画館に入った。
スクリーンには映画の予告が流れていた。平日のためか人は少ない。座席に何人か座っている。その中に、寝ている女の人がいた。
俺は近づき、声をかけてみた。もしかしたら、みんなが目が見えなくなったタイミングで寝ていた人は、目が見えるかもしれない。俺はそれに当てはまらないからそんなことはないと思いながらも、一応聞いてみることにした。
声をかけても起きないので、軽く体を揺らした。
「大丈夫ですか?」
「ん...」
「すみません、目は見えますか?」
「え......なに!?だれ!誰か助けて!!」
俺は走って逃げた。ちょっと走ったところで、誰も目が見えていないことを思い出した。
俺は足音を立てないようにゆっくりと映画館の隅に移動した。パニックになった女の人の声で何人か集まっていたが、しばらく経つとそれも収まった。
さっきの女の人は、急に目隠しでもされたと思ったのかもしれない。俺の聞き方も良くなかった気がする。
どうやら、寝てた人は目が見えるという説は間違ってたようだ。
俺はスマホを取り出し、再びYouTubeを開いた。今度は海外の配信者を何人か見ていく。
さっきは日本人しか確かめていなかったので、他の国の様子が気になった。しばらく見てみたところ、海外でも日本と同じように全員目が見えなくなっている。
異常すぎる状況に、いまになって俺は胸が躍ってきた。
少しまわりを見渡すと、見たことのある顔を見つけた。一度も喋ったことはないし、マスクもしているが誰なのか分かった。
詳しくない俺でも知っているほど有名な人だった。プライベートで映画を見に来たのだろうか。
ファンではないが、実際こうして目の前で見るとかなり可愛い。せっかくなので握手だけでもしたいなと思った。
俺は話しかけた。
「すみません、橋本環奈さんですか?」
「あ、はい」
「昔からファンで...握手してもらえませんか?」
「はい。これからも応援よろしくね」
「ありがとうございます。これからも頑張ってください」
「ありがとう」
とても明るい声と笑顔で握手に応じてくれた。
名残惜しくも俺が手を離そうとした時、話しかけられた。
「ねえ、もしかして目が見えてるの?」
「見えてます」
「え、みんな見えてないのかと思った!見えてる人いたんだ」
「なぜか俺だけ目が見えてるみたいです」
それからしばらく2人で話した。ここだけではなく世界中の人が目が見えなくなっているという話も教えた。
その間に、映画館にいたうちの1人が、毒か何かを撒かれてみんなの目が見えなくなったんじゃないかと騒ぎだした。それをきっかけに映画館にいた客は俺たちを置いて、壁伝いに歩いて外へと向かっていった。
俺は映画館の中で、橋本環奈と2人きりになった。
30分くらい経っただろうか。まだ目は見えないらしい。
「あのさ、私の家の近くまで送ってもらってもいいかな」
「え?」
しばらく経っても目が見えないままだったため、家に帰ることにしたようだ。
俺が先頭を歩き、橋本環奈は俺の手首を掴みながら進んだ。
住所を聞いてナビに入力し、車で橋本環奈の家へ向かう。はじめは家の近くで降ろしてもらうつもりだったようだが、目が見えないと家に辿り着けないということで直接家まで行くことになった。
しばらく車を走らせたところで、急に人が飛び出してきた。
俺は人を撥ねた。
あまりスピードは出していなかったので、大きな怪我はしていないことを祈った。
「え、なに今の音?」
「......」
俺は何と言おうか迷った。
「ごめん、急に鹿が飛び出してきてぶつかった」
山道を走っていたわけでもないのに、そんな嘘をついた。
「え、大丈夫?」
「うん。だいじょぶそう」
倒れて痛がっている様子の人が見える。目が見えないまま歩いていたのだろう。こんな状況なんだからもっと注意して運転しとくんだった。
車は少しへこんでいるが、走ることには問題なさそうだ。
俺は何事もなかったかのように走り続けた。
道路には車が点々と止まっている。目が見えなくなったタイミングでブレーキを踏んでそのまま止まっているのだろう。
田舎のイオンに来ていたので、あまり車が走っていなくて助かった。
もしかしたら橋本環奈は人目につかないために、あえて人気のない遠くの映画館まで来ていたかもしれない。
しばらく走ると、止まっている車の数が増え、ついには道路を通れなくなった。
仕方なく車を降り、歩くことにした。
それから30分ほどで橋本環奈の家の前に着いた。
急に、連絡先を聞いてきた。
「あ、でも私見えないから電話かけれないね。うーん...どうしよ」
「俺からかければ出れるかも」
「そっか。定期的に私にかけて外の様子とか教えてもらってもいい?」
俺は電話番号を教えてもらった。
「ここまで送ってくれてありがとう。お礼にあげたいものがあるからちょっと待ってて」
そう言って家に入って行った。
俺は今、ある葛藤をしている。5分以上は葛藤してた思う。
橋本環奈は俺のフルネームまでは知らない。そのうち、みんなの目が見えるようになるかもしれない。だったらその前に、今ここで襲って有名人とセックスがしたい。そのあと逃げればきっと捕まらない。
しばらくして、橋本環奈が戻ってきた。
「これ、この前撮影で北海道に行った時のお土産...」
俺は橋本環奈に抱きつき胸を触った。暴れるのを抑えつけながらキスをしようとしたとき、視界が暗転した。だんだんと意識が失われていった。意識を失う直前、俺は何の映画を見に来たんだっけ...。最後にそんなことを思った。
気がつくと、自分の部屋にいた。
パソコンの画面がついている。俺は全てを思い出した。
画面にはこう書いてある。
119番通報 20点
事故で怪我してる人を自分の手で救出しなかった −30点
映画館に勝手に侵入 −5点
昔からのファンだと嘘をついた -1点
轢き逃げを隠した −30点
レイプ −50点
測定結果
倫理観 −96点
クラクションの音で素早く外に出た 30点
有名人に話しかけた 20点
測定結果
好奇心 50点
世界中の人の目が見えなくなったことに素早く気づいた 30点
寝てた人は目が見えるのではないかと仮説を立てた 5点
寝てた人がパニックになったとき冷静に動いた 5点
誤魔化すためにとっさに鹿だという嘘を思いついた 20点
測定結果
思考力 60点
このゲームをプレイした男性の人数 98万人
あなたの倫理観は下位10%です。
あなたよりも早くレイプした人 9万人
あなたよりも遅くレイプした人 23万人
測定結果の画面をあまり見たくなかったので、俺はゲーム画面をクリックした。するとタイトル画面へと移動した。
倫理観測定
※このゲームを開始すると仮想世界へと移動します。ゲーム内では、このゲームに関する記憶や仮想世界に行ける技術があるという記憶が失われます。また、偽の記憶を植え付けられます。偽の記憶というのは主に、車を運転してイオンに来たという記憶や映画館に行きたいという記憶です。車の免許を持っていない人は、免許を取った記憶も植え付けられます。ゲーム終了時には元の記憶が戻るのでご安心ください。
プレイ時間 2時間〜3時間
自分は倫理観のある人間だと思っていた。ましてや、レイプなんてするわけがないと。俺はこれから頭の片隅に、この大きな罪を抱えながら生きていくことになるだろう。
俺は頭につけていた機械を取り外しながら、このゲームをした記憶を消したいな、と思った。
測定 和田いの @youth4432
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