落下星

小狸

短編

「はあ」


 溜息が勝手に出てきた。


 『溜息を吐くと、幸せが一つ減る』。


 これを考えた奴は、きっと幸せにあふれた奴なのだろう。たくさんもっているうちの一つが減っても、大して困らない奴が、幸せの少ない奴を下に身ながら言ったに違いない。


 とか。


 そんな風にしか解釈できない私自身が嫌になって、足を止めた。


 家から充分離れたし、もう走る必要はないだろう。


 八月十八日の夜、時間は二十時くらい。


 私は、外出していた。


 勿論もちろん一人である。


 中学生の女の子が夜に一人でいるなんて――と、お怒りになる気持ちも分かるが、家にづらいのだ。


 この時間になると、父が仕事を終えて家に帰って来る。そして母との喧嘩が始まるのだ。父と母とは、仲が悪い。少なくとも私が記憶力を得てから、彼らが仲良くしているところを見たことがない。


 どうしてこの二人が結婚したのだろうと思うし、どうして離婚しないのだろうと思う。


 まあ、それは私の知るところではない。


 ただ、そんな喧嘩に、彼らは私を巻き込んで来るのだ。


 怒号が、私にも飛んで来る。


 暗に、どちらかの味方をするよう言ってくる。


 そんな家にいて、まともな神経を保つことなどできるわけがなく――だから私はこの時間は、勝手に外出するようにしている。


 行ってしまえば、日課である。


 確かに――ここで不審者に鉢合ってしまえば危険なことに変わりはないけれど、この頃の私は――なんともひどいものだが――と思っていた。


 いっそ不審者に出会って、私の壊れた人生を滅茶苦茶にして欲しい。


 そんな破滅願望の元、私は走っていた。


 家を出る時、母が何かを喚いていたけれど、気にせず走り去った。


 これでも陸上部である、足には自信があるのだ。


 家から十五分ほど走ったところで、大きな森がある。そこを抜けると、一気に田舎の匂いが立ち込めてくる。


 向かう先は、交通量がほぼゼロの道である。


 いつもそこに寝転がって、空を見るのが好きだ。


 夜空の星々を見て――そして何となく、時間が過ぎるのを待つ。


 最初は綺麗だなとか思っていたけれど、だんだん何も思わなくなった。


 星はこんなに広いのに、宇宙はこんなに広いのに、どうして私は、こんなに窮屈なのだろう。


 綺麗な星々は、綺麗なだけだ。


 誰も、何も救ってはくれない。


 私が空から得る教訓は、そんなものだった。


 あの星の中の一つが落ちてきて――そして私を助けてくれたらいいのにな。


 そんな稚拙な空想が、頭の中にぷかぷかと浮かび上がる。


 カルシファーだって、ハウルの元に落ちてきたのだ。


 私だって――頑張って生きてきたんだ。


 ちょっとくらい、報われたって、良いじゃないか。


 そんな風に思って、思うだけ思って、時間が経過したことを確認して、家に帰った。


 喧嘩は終わっていたようで安心した。


 母はぶつぶつ呟きながら割れた食器を片付けていた。


 父は自分の部屋にこもってテレビを大音量で聴いていた。


 私は母の愚痴に付き合いながら皿を片付け、宿題を済ませてお風呂に入って、そしてベッドにもぐって。



「わああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 息を殺して、敷布団に口を押し付けて私は泣いた。


 どうしてだろう。


 どうして私だけ、こうなのだろう。


 私の家は、どうして、こうなのだろう。


 私の人生は、父と母の介護と手助けで終わってしまうのだろうか。


 なんでだろう。


 どうしてだろう。


 何も悪いことなんて、していないのに。

 

 泣き終えて、息を整えて、窓から夜空を見た。

 

 星の綺麗さが、とても残酷に見えた。

 

 あんな風に純粋でいられたらな――なんて思うことは。

 

 欲張りなのだろうか。


 「死にたいな」

 

 それだけ呟いて、私は寝た。

 

 中学二年生の、夏休みのことである。



(了)

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落下星 小狸 @segen_gen

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