アレグリアバンディッツ

かつたけい

第一章 赤い髪の少女

 それを確認した瞬間、無防備にも内部の操縦席をのぞかせていた胸部外扉が微かな音をたてて閉じた。操縦席内の機械が破損せぬように、と。

 候補が腐るほどいる操縦者の命などよりも、金のかかる精巧な機械部品のほうが遙かに大切なのである。そのためのプログラムだ。


 外側、胸部の装甲を、数発の弾丸が虚しく跳弾し、オレンジ色の火花が散った。


 一番外部の厚い装甲が閉じたのに続いて、内部でいくつもの薄い装甲が、左右から、上下から次々と閉じ重なっていく。




 ……ノウハ、シンパクスウ、テイシ、カクニン。


 マニュアルパイロット、カイジョ。


 キタイノレイキャクノノチ、プログラム、ヘンコウ。


 オートパイロット……プログラムP―2、イコウスル。




 薄暗闇の窮屈な棺桶には、大小無数の計器類が並び、様々な色の信号灯が明滅している。


 閉じた装甲板の裏側は大きなスクリーンとなっており、荒れ地と、そこにポツンと存在する自動車を映し出していた。自動車の屋根に銃を両手に構えた少年が立っている。

 空を……こちらを、見上げている。

 それは、困惑の表情であった。超高解像度スクリーンは、その手の震えまで捉えていた。


 少年は目を見開いていた。少年の半ば錯乱した狂気の世界の中、自分の網膜が……脳が捉えた映像が、一瞬にして現実の世界に引き戻した。だが、それは、彼をますます混乱させるばかりだった。


 計器の一つが素早い点滅を始めた。まるで透明な手がそこにあるかのように、中央の大きなレバーが大きく引かれた。スクリーン上の少年の姿が……地面が、ゆっくりと、下へと流れて消えていく。薄暗い黄色の雲と、全体に広がる赤紫色の空、それが画面一杯に広がった。


 それは上昇を続けた。


 今度は何を……そして、誰を護るのだろうか。それは、誰の意志で。






   第一章 赤い髪の少女


     1

 地獄への揺りかごは、闇と不快な熱気とに包まれていた。


 どのような極寒極暑の地での戦いになるか分からない。故に必要最低限の空調設備は搭載されている。だが本来の目的はあくまでも機械を守るためと云う事であり、搭乗者に快適さを楽しんでもらうためのものではない。機体冷却のあおりによる熱波があまりに酷くて、内部空調の効果など微々たるものでしかない。


 しかしもう、搭乗者は慣れっこのようだ。汗をかきこそすれ、それほど不快気な表情は浮かべていない。


 指が素早く動く。書いてある文字など全く読みとる事の不可能そうな暗闇の中で、込み入った配列のキーを、慣れた手つきでなぞるように叩いていく。細い指が、実にしなやかに美しく動く。繰り返しの動作で、体が覚えてしまっているのだろう。


 左側のパネルには、無数の小さなキーがみっしりと詰まっていた。右側はキーとレバースイッチが混在している。体を捻るように密集したキーボードに手を伸ばしていたが、身を返して右側のレバーに指が伸びる。


 続いて左手が頭上に伸びる。二本のレバーを捻りながら、前方に倒した。と同時にその右横にある青いボタンを押す。


 計器のランプだけが唯一の光源であったこの狭い空間内が、少しだけ明るくなる。薄暗い森林の画像が映っていた。外の風景を映し出しているようだ。

 機体前方、胸部装甲の裏側がすべて情報を映し出すスクリーンになっている。その大きな画面の左右には、それぞれ小さなサブモニターが二機ずつ配置されており、文字や、線だけに簡素化したいわゆるワイヤーフレームの地形などを表示していた。


 前方のメインスクリーン上に大小様々な文字や矢印等が表示される。サブモニターの一つにはその情報を捕足する文字が絶えまなく表示され、上端へと流れて消えていく。


 左手が再びキーに伸びる。スクリーンの文字情報が変化する。周囲の空気を構成する成分、温度、湿度、風量、その他音等の情報。キー操作を続ける。

 画面に人の形のコンピュータ画像が浮き出る。

 それは真っ赤に塗りつぶされているが、ごつごつとした、まるで鎧を着ている騎士のように見えた。真っ赤なその形が、少しずつ位置を変えながら、次々に表示されていく。無数に出来た残像が、後ろから追うように消えていく。……空気の流れと温度を調べ、数分前のこの場所の様子を探知しているのだ。

 それにしても、スクリーンに映った通りの大きさだとするならば、それはなんという大きさだろうか。十メートルを軽く超えているのだから。


 木々の隙間から、どんよりと空一面を覆う雲が見えた。雲に切れ間が出来、太陽の光が差し込んでくる。カメラはそれを捉え、スクリーンに表示する。薄暗い空間で木々による緑と茶色だけを表示していたスクリーンであったが、その上空の光を受けて明度が増した。そのスクリーンによる光が、狭い「棺桶」の中をうっすらと照らし出した。


 シートにすっぽりと納まっている小柄なその影は、何か考え事をしているかのように、うつむいている。燃えるような赤い髪が両目を覆っており、表情を完全にうかがい知ることは出来なかったが、その口元は薄く笑っていた。端麗な、まだ幼さを残した赤く小さな唇が、おもむろに開かれた。


「さあ、行こうか、ウーズィ。殺し合いゲームの始まりだ」


 小鳥のように高く澄んだ、そして無垢な少女の口調であった。



     2

「宇宙人どもめ。くだらぬ、愚かなことを始めおった。なにが地球の平和を最終的に守るための正義の戦だ。自分らの勢力争いのための舞台として、下卑た陰謀劇の舞台として、この薄汚れた、落ちぶれた星を選んだだけであろうが。貴様らのつまらぬ将棋遊びなどで、この星をもう傷つけないでくれ。もう我々を……」


 小高い丘に、一人の老人が立っていた。


 錆びた鉄のような赤黒い空。険しい山々が周囲一帯を遠く取り囲んでいる。

 風が吹いている。

 遙か昔に人類の大半を滅ぼしたという、恐ろしい細菌を多量に含んだ死の風だ。

 皮肉なことに、現在の人類は常にこのような空気にさらされていないと、体内の抵抗力が保てず、他の未知の細菌に接した際に簡単に蝕まれてしまうという。


 眼下に人の影が二つ立っており、絡み合うように互いの位置を素早く入れ替え、戦っていた。足下から土煙が舞う。中世の騎士のように、右手にサーベル、左手に盾を持ち、突き、払い、なぐ……だが、その戦いは、姫を守る名誉のあるものではなかった。そしてそれらは人間ですらなかったのである。それは身長十メートルを超える、鋼の巨人であった。


 一体は草のような深い緑色を基調とした、無骨な装甲に覆われている。


 一体は焦茶色の、流線型の目立つ装甲であった。


 茶色の巨人が、緑色の巨人の首を、刀の横なぎの一振りで、吹き飛ばした。力でねじ切った、そんな強引な攻撃だった。残った胴体の切断面からはパイプ、コード、機械部品がのぞき、激しく火花を散らしている。茶色の巨人は返す刃を一端引くと、一気に緑色の巨人の胸を貫いた。貫かれたその箇所が爆発を起こした。


 巨人は、人型の戦闘兵器であった。


 茶色の巨人は、転がっている緑色の巨人の頭部を拾う。だが突然にそれを地面に投げ捨てると、背中に備えられていた長銃を右手に持ち、近くの丘を目がけて撃った。青い光の一閃。うねる鞭のように、獲物に襲いかかる蛇のように、細かい波を描く。


 さきほどから丘の上に立ち叫んでいた老人であるが、すでに彼の姿はそこには存在していなかった。空気に溶けたかのように、一瞬にして存在が消失してしまったのである。丘の一部が深くえぐられ、まるで月面のクレーターのようであった。


 戦いを邪魔するうるさい老人を始末した巨人は、再び首を拾った。長銃を背中に戻そうとした矢先、自分自身の頭部が爆発し、大地に崩れた。倒れた背中に、さらに幾条もの光線が貫く。爆発が爆発を呼び、轟く低い爆音とともに、周囲の地形と自己の姿とを粉々に吹き飛ばした。


 空中から銃を構えた緑色の巨人が十機、その巨体に見合う特大の落下傘で降下してきた。それぞれ手にはその巨体に見合う巨大な銃を持っている。


 薄暗い空が、雷雲でも訪れたかのように、さらにどんよりと暗くなる。

 巨人だけではない。空中に戦闘艦のようなものが数隻浮かんでいる。それが空を覆い、地面に影を落としていたのである。


 雷のような閃光に、轟音が続く。降下中の機体に一体、また一体と光が照射されると、それは爆発を起こし、煙をあげて落ちていった。

 地上からの攻撃であった。


 また別の巨人があらわれた。

 それは大きな翼を広げ、空中を飛んでいた。水中を進む魚のように、重力の存在など微塵も感じさせない優雅さであった。それらもまた二種類あり、敵味方に別れているようだった。


 険しい山に遠方を囲まれた、のどかであった丘陵地は、わずかな時間の間に轟風、爆音の耐えぬ乱戦の地と化した。


 焦土となるも時間の問題であった。



     3

 スクリーンには、鬱蒼とした森林の映像が表示されている。左右の補助画面それぞれには、焦茶色の鎧で全身を覆われた巨人が銃を構えている姿が映し出されている。味方の機体だ。

 メインスクリーン中央に表示されていた緑色の照準が縮小しながら左上へと動き出した。……標的を認識、緑色の巨人が右手に鈍い銀色の光を放つ刀を握り、立っていた。


「敵一機。散開」


 端的に状況と、部下への指示を出す。


 部下三機の反応は素早い。

 軽く跳躍し、右に左に散って木陰に隠れた。


 三機が三機とも、腰に異様な物をぶらさげている。緑色の巨人の、首であった。頭部の輪郭を形作る装甲板に、ワイヤーロープを通し、二つ、三つと腰に下げている。何のまじないか習慣かは分からぬが、それにより彼らの一機一機が負け知らずの強者であることがわかる。

 それら三匹の猛禽が、同時に一匹の獲物を狙っていた。

 彼等には、それが小鹿にでも見えていたのであろうか。


 疾駆する黒い影が三方から迫り、緑の巨人へと襲い掛かる。

 緑の巨人としては、それらが交差するのを待っていなければならない義理もなく、自ら軽くタイミングをずらしていた。左側面から襲う一機に体を向け、軽く膝を折り、跳んだのである。

 宙で二機のシルエットか重なる。不意をつかれた攻撃を受けたその一機の、様子がおかしかった。……首がなくなっていた。運よく爆発は起こらなかったが、制御機能を失ったその巨体は、無様に地に落ち、地響きを立てた。


 緑色の巨人はそのまま宙を駈け、そして巨木を両脚で蹴った。たわみ、すべての枝が揺れ、葉が舞い落ちる。その巨人の体躯を考えれば、樹齢数千年の巨木と云えどもへし折れておかしくないものであった。だがそうはならず、そのまま緑の巨人は反動で逆方向へと跳んだ。無骨な外観の装甲に似合わず、驚くほどに身軽な動作だった。機体性能の故か、それとも操縦者の技量故かは分からない。


 緑の巨人が着地ざまに横に払った刀は、見事なタイミングで残る二機のうち一機の着地時の足下を狙った。だが、すでに精神的に持ち直したのか、その標的は背中と脚のバーニアの噴射により、一瞬だけ着地を遅らせた。

 銀色の光が虚しく空を切る。


 緑の巨人はあらためて刀で突きかかろうとしたが、後ろからのもう一機の攻撃を察知し、急遽身を真横に踊らせた。

 巨木を背に、二機と向かい合う形となった。

 二対一となったこの戦いは、膠着状態が続き、一様に決着を見せなかった。長期戦となれば、一機で多数を相手にせねばならない側が不利となっていくのは必至だろう。もしも、疲労感を覚える普通の人間が搭乗しているならばの話だが。


 不意に、焦茶二機のうちの一機、操縦席内部のスクリーン映像の右側半分が、真っ暗になり見えなくなった。映写機の映像が投影されている幕を、誰かが引き裂いたかのように。


「この星から出ていけ、宇宙人め!」


 集音器がとらえた音声が、それぞれの操縦席内に反響した。


 少年達が木々の枝の上に立っていた。

 何やら液体のつまった風船のような物を、それぞれ手にして。



     4

「逃げろ!」


 エイジは叫んだ。

 二人の仲間が木から降りるのを確認すると、彼は残った左手の水風船を適当な一機に投げつけた。素早く一段低い木の枝へ、さらに低い枝へ、そして地面へと飛び降りた。

 投げた風船は、巨人の左腕に命中した。粘度を帯びた黒い液体が弾け、こびりついた。


「タク、もうそれはいい。捨てろ。走れ。急いで逃げろ」


 エイジは幼い子供に叫び、避難を促す。

 タクは、両腕に樹液のつまった風船を沢山抱えていたが、兄の言葉に風船を捨て、小さな腕を力一杯振り回して走り出した。


 エイジの親友であるカンツとウー、二人の少年はエイジのすぐあとに続いた。

 ウーは突然よろけて、地面に膝をついた。小太り気味のウーに、少しは痩せろなどと軽口を叩きながらエイジは後戻りして彼に近寄った。

 エイジがウーへと手を差し出したその時、戦う巨人の多勢の側、地面や木々と同じような色をした一機が彼等の方を向いた。

 巨人は、機体同様に特大サイズであるその銃口を、彼等へと向ける。エイジはただ前方を、その銃口を睨んでいた。

 銃口に、光が収束していく。






 彼らの家には、まだ直接の被害はなかった。家々の間隔はかなり離れているし、例え壊されても数カ月もあれば家族で建て直せるような粗末な造りだ。ただ、麓の町が少なからず戦火に巻き込まれ、物資の供給が滞っている状態が続いていた。そういう意味では生活に影響はあるが、多少の蓄えはあるし、今回の戦乱は現在のところ子供にはあまり関係のない話だった。

 それと嫌悪感の有無は別であるが。

 「彼等」の来襲は、わざわざ市民を混乱に陥れ、意図的に建物を破壊するようなものではなかった。……それよりもっと酷かったのだ。「ただ何も考えていないかのよう」に「好き勝手に戦っているだけ。他人が巻き込まれても知ったこっちゃない」、町の人間たちは口々にそんなことを云っていた。要は地球人の存在価値は「彼等」にとってはアリ以下なのだ。


 エイジは十六歳。同年代の大半の少年達と一緒で、学校に通った事はない。物心ついた時からずっと親の手伝いをしてきた。木を伐採し、乾燥させ、焼く。コツがいるが単純な、燃料を造るための仕事だ。


 読み書きは母から教わった。本を沢山持っている友達がいて、難しい言葉を覚えてからは、よくその友達の家に遊びに行った。貸りた本を、仕事の合間に読むのが楽しかった。

 特に歴史の本を読むのが好きだった。現在の複雑なこの世界は、猿が自己の肉体を変化させながら少しずつ少しずつ築いてきたのだ。その年月の変化や、様々な人物の活躍を空想するだけで、夢幻のドラマを感じ、楽しく思えるではないか。ただし……近代の歴史はいくら読んでも理解出来なかった。当然である。要所要所が、黒く消されているの だから。破かれて無くなっている頁もあった。それはその一冊だけではなく、そして、その家だけのことではなかった。


 中途入学となるが、弟のタクは来年度から町の小学校へ行ける事になっている。エイジが今までよりも多くの時間を仕事の手伝いにあてるから、と父親に頼んだのだ。


 「町の学校」、と云っても、二クラスだけしかない。生徒の総数は数十人程度のもので、単純に年少年長で区分されている。授業料などはたいした額ではないのだが、大概の家庭は学問の必要性などあまり感じてはいないし、何よりも、働き手が減少することが困るため学ばせる家は少ない。


 学問に興味を持つ者が変人扱いされる御時世といい、穴だらけの史書といい、人類を退行させようとする誰かの恐ろしい陰謀だろうか。などとエイジは本気で考えたこともあったが、何を幼稚なと友人に馬鹿にされるに決まっているので誰にも話したことはない。

 自国の野蛮な歴史を隠す行為、正当化する行為など、今日始まった事ではないのだし。何しろ彼のいるこの国は、昔は「正義と自由の国」と云う大変に誇りのある国だったそうだ。そう考えれば、国民のためという今さら自己欺瞞にもならない大義名分のもと、上の連中が色々と策動するのは当然のことだったのかも知れない。すでに、国益云々という時代ではないというのにだ。


 エイジは毎晩遅くまで父と一緒に仕事をする。

 ふと仕事の手を休め、夜空を見上げると、真っ黒な天幕に無数の星々が張り付いているように輝いている時がある。恒星の輝き。昔、人類はそれらの恒星間を宇宙船で軽々と渡ったらしい。もっとも今となっては夜空に星が見える事など希少である。地球全体を覆う黒い雲と汚染された空気とで、滅多にその星々の輝きを見る事は出来ない。気流の関係で雲のほとんどが散ってしまう時がある。風が夜にそのプレゼントを持ってきてくれるその時まで、エイジはただその雲の向こうの世界を想像するだけである。

 大気汚染、地質汚染、資源枯渇、戦争内乱による技術の後退、二酸化炭素の増加に始まる地球温暖化による砂漠化の進行、海面の上昇……無垢な魂の少年たちが、届かぬ星々にほのかな夢を見られるのも、時折幻想世界のように空を覆う虹色の光も、過去の人類の過ちがもたらした皮肉な結果であった。

 汚染などの諸問題は、遙か昔の出来事とはいえ、自分ら人類が解決していかねばならない問題であるはずだ、とエイジは考えている。今、目の前で自分に銃を向けている巨人、地球内のことで彼らにあれこれ云われる筋合いなどはない。


 自分たちは……地球人は、すでに十分に罰を受けたではないか。そして、今なお受けているではないか。自然を恐れて生きねばならない、惰弱な生き物へと堕ちたではないか。







 だがそんな思いなど通じるはずもなく、その巨大な手の中にある銃の引き金は情け容赦なく引かれたのだった。

 光が彼の体を包み込んだ。



     5

 これだけ間近に父の姿を見た事はかつてなかった。普段思っていたよりもずっと大きく、ずっと逞しい体だった……ただそれだけの事に、あらためて尊敬の念を抱いていたかも知れない。普段下品な冗談ばかり云っている父に、語り尽くせない感謝を覚えていたかも知れない。

 こんな時でさえなければ。


 エイジがウーの手を掴み、引き起こした時、巨人の構えた銃の圧倒的な威力が二人の少年に襲いかかろうとしていた。青白い光が銃口から放たれる。

 死ぬのか……。

 そう思った瞬間には、突き飛ばされるような横殴りの衝撃が彼を襲った。

 激しく押され、そしてその腕の中にいた。エイジの父、トウジであった。クマのような体躯に完全に包まれていた。

 瞬きするほどのほんのわずかの後、集約された高密度の光の束が絡み一条のまっすぐな線となり、光の照射を受けた地面は音もたてずに消滅していた。半径一メートル、深さ五十センチほどの小さなクレーターが出来ていた。


 機械の体の微かな駆動音、風の音、叫び声、三人の体が地面に倒れ転がる音。


 エイジは、熱波を背に受けて気を失い自分の上に倒れかかる父を抱き起こすと、ウーと協力してそれぞれ両方から父の肩を支え、歩き出した。

 周囲には薪が散らばっている。薪のほとんどは熱波により炭化し、崩れてしまっていた。父、トウジが背負っていた物だ。不幸中の幸いというべきか、おかげで致命傷は免れたようだが、重傷らしい様子に変わりはない。


 巨人たちは、エイジ達になど目もくれず、すでに彼ら自身の崇高な戦いへと戻っていた。


「負けるな。あんなの、やっつけちゃえ」


 タクが叫んだ。二機を相手に戦っている緑色の機体に向けての言葉であった。

 タクは好奇心から、兄達について来ただけ。現在戦っている巨人に乗る者達に、直接に迷惑を受けたことなどなかった。それどころか、麓の町などあちらこちらで、十メートル以上もある大きな大きな甲冑の戦士が戦っていると友達に聞いて、少なからず心を躍らせてもいたのである。

 だが、エイジたちを助けるために犠牲になった父の姿に、タクの心は変化した。ドングリのような幼い目には、父達をめがけて銃を撃ったそいつが敵に見えるようになった。二対一の戦いを平然と挑む卑怯者に思えた。だからタクは、まだ自分達に銃を向けているのを見たことがない一機で戦う緑色の巨人へと声援を送ったのだ。片や敵、片やまだ敵ではないという認識から。

 そして、まだ手に一つ残っていた水風船をぶんと投げた。それは敵である焦げ茶の機体の、顔に命中して中の水が飛び散った。


 視界のきかぬ方の機体を狙う事は当然である。故にそれを庇う事も当然である。カメラを水風船爆弾で汚された一機の、頭部の一つ目から、まるで涙でも流れるかのように黒い水がこぼれた。洗浄液がカメラを洗っているのである。

 その機体の前に、無事な一機が庇うべく立ちふさがろうと動く……その瞬間を狙われた。緑の機体が狙った。

 緑の機体は素早く踏み込みながら刀を振り上げると、カメラを洗浄している一機へと襲い掛かる。フェイントだった。庇うために立っていた機体が、無防備な仲間を守ろうと反応したその時が、緑の巨人の狙い目だった。銀色の刀は、金属と金属がこすれる耳障りな音をたてながらも、実にあっさりと、庇おうとしていた一機の首を飛ばしていた。そしてその首が地面に落ちるよりも早く、すでに次の犠牲は作られていた。


 エイジたちの見ている中、三機を相手に戦った緑色の巨人は、その三機をそれほどの苦戦もせずに、無傷で倒したのである。



     6

 少年達の視界には、残骸となった三機が転がっている。緑色の巨人は、戦いの決着がついた後、さらに一機一機の胸部をサーベルで貫いていった。人間同士の決闘で、倒した相手の命を確実に奪うために心臓を突き刺しているようにも見えた。実際のところ、それと同じだろう。つまりは搭乗者の命を確実に奪っているのだ。


 巨人は片膝をつき、地面にしゃがみ込んだ。胸の装甲は出入りするための扉にもなっているらしい。弾けるように上に開くと、さらに中にある二枚の薄い扉が左右にスライドする。


「うちゅう……じん? え……いや、違う、あれは……」


 少年たちは唖然とした。中から自分達と同じ姿をした……人間が出て来たのである。

 誰も、情報として宇宙人が戦っていることは聞き知っていたが、姿を見たことはなかった。単に漠然と宇宙人ととらえているだけで、考えてみれば、どんな姿なのか想像すらしていなかった。地球に訪れた目的、地球を戦地とする目的はすでに語られているのだから、姿は既に地球人には知られている。ただ、自分達が情報に疎く、思い巡らせることもなく、単に知らなかったのだ。


 機体から降りてきたその姿に、少年達はみな唖然とし、無言になった。

 すらりとした体躯ではあるが、どこかまだ幼さの残る……そう、それは少女だった。肩まで伸びた赤い、柔らかそうな髪の毛が風になびく。材質はまったく見当がつかないが、微妙に青みがかった白い色の、上下繋がった服を着ている。腰の形やまだ発展途上中の胸の膨らみなど、その肉体が作り出すラインは、地球の人間の少女のものと何ひとつとして変わるところはなかった。

 機体内部がどれだけの熱気に包まれていたのかは分からないが、少女は額の汗を拭いながら、風を気持ちよさそうに浴びている。


「おい、あれ地球人じゃないか」


 やっと夢から覚めた心地のエイジは、隣のカンツに語りかける。


「あの娘が宇宙人から奪って操縦してたのか。それとも、あの娘はやっぱり宇宙人で、地球人と同じ姿をしているということなのか」


 カンツからの返事はないが、エイジは一人続けていた。


「……なんか、ムチャクチャかわいいな。好みだなあ」


 ウーが鼻の下を伸ばしている。


「アホ、こんな時に」


 カンツがウーのぷっくりとした頬に軽く肘うちを食らわせる。


 手がかり足がかりのある昇降用ワイヤーロープで地面に降り立った少女(の形状をした生物?)は、ひとしきり地球の風を堪能すると、次の行動に移った。自分が巨人を駆って刀で吹っ飛ばした、地に転がった巨大な首のところまで駈けて行くと、そこで何やら作業を始めた。

 何をしているのか、エイジ達には全く分からない。

 しばらくすると少女はそこから少し離れ、振り返った。左腕をかざして目を覆うとほぼ同時に爆発が起きた。転がった機械の首の、刀による切断面等から爆風による煙が激しく噴出した。内部の細かな機械が粉々に散り、表層の骨格だけとなる。……あの、呪術儀式のような、首を腰に吊るす行為のためだろうか。


 少女は自分の乗っていた機体に引き返そうとし、ふと足をとめた。ようやく少年達に気付いたようである。


 ウーは少女の外観に安心したのか、様々な興味がわいたか、ふらふらと近づいて行った。

 少女と目が合った。


 少女は赤い髪をなびかせながら、その大きな瞳で近寄ってくる小太りの少年を見ている。


「ウー、あんまり近づくな! 馬鹿」


 カンツの制止を聞かずに、ウーはさらにゆっくりと近づいて行く。敵意のないことを示そうとしているのか、大きく両手を広げた。そのまま近寄り続ける。

 少女は先ほどと変わらぬ体勢だが、少しその表情が訝しげなものになっている。

 ウーは少女と数歩の距離まで近寄ると、ようやく口を開いた。


「わたし、地球人」


 ニコリと笑った瞬間、ウーの肥満した大きな肉体は後ろに吹き飛ばされた。


 父トウジをとりあえず安全そうな場所に横たわらせて戻ってきたエイジの目に入ったのは、ウーが苦しそうにもがきながら地面を転がっている様であった。

 腰の右側と、右の太股と、それぞれのホルスターに銃らしき物を吊していた少女は、ウーの動作に反応するや少しだけ身を屈めて右太股にあった一丁を素早く引き抜いて、有無を云わせる隙も覚悟も与えずに、ただ発砲したのである。

 あまりの早業に、少年達は何が起きたのかまったく理解出来なかった。ただ、地に横たわる少年と、銃を構えた少女の姿と云った結果から、何が起きたのかは判断が出来た。


 ウーが、撃たれた! エイジは混乱しながら、走っていた。少女のいる方へ。ウーが倒れて転がっている方へ。ウーの生死を確認し助けようとしているのか、それとも少女に対して何かしようとしているのか、エイジには何のため自分が走っているのか分からなかった。ひたすらに、雄叫びをあげて走った。


 少女は今度はエイジに銃を向けて引き金を引いた。この躊躇のなさは、別に彼女の残忍さを証明するものではなかった。戦争の理由は別として、現在の状態から自身を守ることは全くもって正当な行為だし、その銃に、殺傷能力などなかったことを、エイジは身をもって知ったのである。

 光弾も実弾も、音すらも出なかった。引き金を引く微かな音だけだった。その音と同時に、エイジはいきなり力が抜けたように、受け身すらとらずに倒れた。痛みは感じなかったが、頭の中が真っ白で何も見えず何も考えることが出来なかった。


 体の大きさの故か、ウーにとってそれほどの効果はなかったようで、すでに立ち直りかけていた。入れ違いにぐったりとなったエイジの体を彼は抱きかかえて、立ち上がろうとする。

 と、少女が二人のすぐそばに立っていた。少女はウーたちに銃を向けていた。

 そして少女の、自分の髪の毛ほどに赤く小さな唇が、ゆっくりと動いた。


「ウ・ゴ・ク・ナ」


 その呟きは確かに、地球の共通語だった。少女はさらに呟く。


「地球の、子供、か?」


 その声を聞きながら、エイジはもがいた。意識はすぐに回復したが、身体が全然思うように動かない。ウーが、さすってみたりと努力をしているが効果はないようだ。

 エイジの身体をなでながら、ウーが弱々しい表情を少女へと向ける。

 得体の知れない科学力をその身をもって教えられ、すっかり怯えた目で、ウーは少女を見ていた。

 だが、ウーの表情が微かに変化した。少女……ではなく、その後方に焦点が行っていた。

 少女がそれに気づき、振り返ろうとした瞬間、木々に隠れていたカンツが少女の背後から飛びかかっていた。二人は地面に倒れ込む。下側になった、うつぶせに倒れた少女を、カンツはすかさず頭を押さえつけ動きを封じようとする。が、そうされる前に、少女は強引に体をひねり、カンツの顔面を殴りつけた。

 少なくとも、外見から彼等が判断していたよりも、遥かに強い腕力を彼女は有しているようだ。横殴りの一撃に、カンツは意識が遠くなったか足をふらつかせる。だが、少女が武器を持っていることを恐れているカンツは、このチャンスにその程度のことではひるまない。少女の体の上に馬乗りになって、体の自由を奪おうとする。

 エイジに目配せで合図され、ウーもその争いに加わった。常に少女の体は地面と接触する側にあったが、巧みに身を動かし、腕を極められる事を避けている。少年二人がかりでも、なかなか捕らえることが出来なかった。そして、ウーの巨体にカンツは邪魔をされた形となり、少女の右手が一瞬自由になった。と、その瞬間、


「野蛮だな、地球人はっ!」


 ウーの体が強烈な電流を浴びたかのように痙攣し、気を失った。

 倒れた彼の肥満した体重がのしかかってくる直前に、少女は体を回転させて逃げ出した。


 彼等に、少女はもう目もくれず、自分の乗っていた草色の巨人のもとへと駆け出した。


 ようやく、エイジの体の感覚が少しずつ回復してきていた。耳鳴りがしていた聴覚も、だいぶ正常になってきた。


 みな、呆然としている。エイジもなんだか狐につままれたような気分だ。

 だが現実であり、まだなんにも終わってはいなかった。

 彼等みなの、両の鼓膜がびりびりと振動した。少女の甲高い叫び声が飛び込んで来たのだ。


 巨人に、エイジの弟であるタクが乗り込もうとしていたのである。一体どうやってワイヤーロープの昇降操作をしたものか、すでに胸部の操縦席に入ろうとしていた。


「お前達にはそのシステムは扱えない。取り込まれて、人格崩壊する前に、ウーズィから降りろ」


 だがその叫びも虚しく、緑色の巨人、彼女の云う「ウーズィ」は動き出した。


「まさか」


 少女は目を見開いている。表情と気持ちとの対応関係が地球人と同一であるとすれば、彼女のそれはまぎれもなく驚愕の表情であった。


 まさかと云ってはみたものの、目の前で起きている事が現実である。少女は気を取り直したのか、尻餅をついた格好で手足を出鱈目に振り回すウーズィにゆっくりと近寄っていった。まだ垂れ下がったまま収納されていないワイヤーロープに手をかけた。よじ登ろうとするものの、激しい揺れにままならない様子だ。

 ワイヤーロープが出たままであることから、どうやら地球人の子供は、ただ強引に機体をよじのぼっただけのようだ。高い木々に囲まれている土地であり、木登りなどが得意なのだろう。


 規則性のまったくないウーズィの動きに、赤毛の少女はロープにしがみついているのがやっとで、何をすることもできずただ振り回されていた。

 今回の騒動は最初から辛い悲劇という訳ではなかったが、眼前で演じられている物語は完全に喜劇の域へと変じ達していた。

 そうもあってか、父を負傷させられ自分も変な銃で撃たれて苦しい思いを味わされたエイジであったが、どうにもあの少女を憎しみの目で見ることが出来なかった。


「カンツ、あのデッカイのの中に、弟が乗っちまったようだ。降ろすの手伝って……」


 まだ麻痺が残ってたどたどしい口調でエイジが云いかけた、その時である、立ち上がりかけていた緑色の巨人ウーズィが、爆音と同時に、巻き起こった重く激しい風に真横に吹き飛ばされた。肩の装甲が、細い木にぶつかり、木はそのままへし折れた。ウーズィも地に崩れ、けたたましい地響きを起こした。

 閃光。あたり一面が、カメラのフラッシュのように光り、そして再度爆音。津波のように、見えない熱波が風に乗って襲ってきた。少女もその熱く激しい風を全身に受けた。華奢そうなその軽い体は簡単に遠くへと飛ばされた。咄嗟のことながら、体が無意識に反応し、受け身をとろうとする、が、間に合わなかった。下生えがクッションにはなったものの、激しく地面に叩きつけられた。少女は苦痛に、短く鋭い悲鳴を漏らした。彼女は朦朧としかけた意識の中、敵の姿を見た。


「ギ・グルーグか」


 さきほど戦っていた機体と同じタイプだ。流線型をした焦げ茶色の巨人である。しかも三機、崖の上に並んでいる。一機が飛び降りると、残る二機も続く。三機の姿は完全に木々の中に隠れた。微かな機械の駆動音が、風に乗って不気味に届いてくる。


 少女は意識を強くもった顔で両腕で這うように地を進み、ウーズィへと向かった。

 ウーズィは倒れており、胸部の操縦席に乗り込むのは簡単だったが、地球人の子供を降ろすのには時間がかかりそうだった。神経、筋肉の動きから情報を読みとるための、触手のようなセンサーが、すっかり体に固定されてしまっており、いちいち解除している時間もない。少女は、自分も操縦席に入り込み、少々のプログラム変更をした。気絶している子供同様に、少女の体にも触手が伸びてからみついた。そしていくつかのスイッチ類に手をやり、素早く動かす。手慣れたいつもの動作である。だが……


 少女の頭の中を、「何か」が襲っていた。熱く激しい衝撃。鈍器で脳味噌を直接殴られているかのような痛み。体をしぼられるような激しい圧力。ねじまげられる窮屈な感覚。細い細い道を強引に押され、詰め込まれ、体の形がどんどんねじくれていく。肉体ともども、精神までが醜くいびつに変形してしまいそうだった。

 通過すると、そこは真っ暗で広大な空間だった。宇宙のように見えるが、実際は異なっている。少女には、だいたいわかっていた。自分の精神の世界だ。だが……


「同調に失敗した時に起きる、あの感覚……いや……何か、違う……」


 ともかく、自己の精神が見せる世界に変わりはないはず。なら、何が違う? きらめく光の中で、自分の肉体が浮いていた。意識と云う名の身体が。……その世界には、さきほどまで自分の隣で気を失っていた地球人の子供もいた。

 そうか、これか……


 不意に感じる、溶けそうな感触……


 なかば恍惚とした気持ちの中、少女は考えた。……自分が同調に失敗したからではない。逆だ。そして、この子供も機械と同調している……それで……


 瞬時にして、暗黒と恐れの中にその感情は飛んだ。

 少女は否定する。


「そんなはずはない。ありえない。こんな生き物などが……」


 少女は叫んだ。否定した。その場を逃げ出した。その精神の世界を拒絶した。




 狭い操縦席の中、隣には地球人の子供が気絶していた。


 少女は額の冷や汗を拭った。

 緑色の巨人、ウーズィは立ち上がる。


「動きが鈍い。同調率が低下していく。当然か」


 地球人の子供が一緒にいるため。それと、自分自身の負った怪我のため。そのための同調率の低下。だが、今は都合がよかった。得体の知れない嫌悪と恐怖の世界から抜け出すために、自ら同調率を下げた程なのだから。「未知」は恐怖であり、危険である。だが今は敵の襲撃により自分の生命が危ない。考え事は、あとでゆっくりとすればいい。


 ウーズィの巨大な手が、転倒した時に落ちた銃を拾う。だが、もう残り弾がない。再び地面に放り捨てた。

 左腰の刀を外し、右手に構える。銀色の鈍い光沢を放つ刀に、次第に薄いピンク色の、霧のような光がまとい始める。

 再び敵、ギ・グルーグの砲撃だ。今度は狙いは正確だったが、少女は木々の向こうに見える銃口の先が輝く発射のタイミングを瞬時に判断し、ウーズィの巨躯を右へと跳躍させた。後ろの巨木がバリバリと音を立てて、裂けた。燃え出した。


「あまり、地球を壊すな」拡声器を通して、ウーズィの中にいる少女の声が聞こえた。「中身は全く違うのだろうけれど、同じような姿をしてる地球人の……あの目で睨まれると、夢見が悪くなる」


 その言葉は、ギ・グルーグの行動には何も影響を与えなかったが。

 ウーズィは再び砲撃を受けた。しかも今度は単発の攻撃ではなく、大まかな狙いを定め連続して撃ってきた。爆発、爆音、土が舞い上がり、嵐のような風が周囲の木々を揺さぶり、枝を折り、葉を吹き飛ばした。


 巻き起こった風もおさまらぬうち、攻撃の二幕目が上がる。もうもうと吹き上がる煙の中から、刀を振り上げたギ・グルーグが踊り出、ウーズィの頭部めがけて振り下ろした。ウーズィは、咄嗟に後ろに飛びすさりながら刀を真横に薙ぎ敵の刀を払う。バランスを崩してやったつもりだったが、次の瞬間、ギ・グルーグの蹴りが腹部を直撃、ウーズィは背中を木に叩きつけられた。


「アロ・イーグじゃなくとも、こんなやつら……」


 操縦者の意識が遠のく一瞬を狙って、ギ・グルーグが素早く次の攻撃に出るが、ウーズィに乗る赤毛の少女は驚異的に早い立ち直りを見せた。ギ・グルーグの勢いをつけるために両手の刀を天高く振り上げる行為は、ただ大きな隙を作るだけのもの、自分自身を死の世界へと送り込むためだけのものでしかなかった。ウーズィの頭部、両頬が唸り、火花が散る。激しく上り立つ水蒸気。地球の古い兵器にあるバルカン砲の類だろうか。一つ目の巨人、ギ・グルーグのそれぞれの目を覆っていた半透明の装甲板が、すべて砕け散った。おそらく、三機とも視界は完全に奪われているに違いない。

 それでも、ギ・グルーグは防御を何も考えず、両手の刀を振り下ろした。だが、ウーズィはすでに、その振り下ろした先には存在していない。その刀は虚しく地面に突き刺さる。ギ・グルーグの腹部から刀の先端が突き出てきた。背後にウーズィが立っていた。刀を抜く。うっすらと、赤黒い液体がこびりついていた。再び刀を一閃させると、今度はギ・グルーグの首が飛んだ。


 ギ・グルーグはまだ二機、残っている。だが、メインカメラを完全に破壊され、すでに戦闘力は無い。機体を脱出するつもりだったのだろう。二機の胸部扉が同時に開いた。だが、その直後、軽く跳躍するように二機の間に割って入ったウーズィは、一機の胸部に刀を突き刺し、もう一機の胸部に右足を蹴り込んだ。二機のギ・グルーグは胸部から火花を散らし、ほぼ同時に後ろに倒れた。木々が折れ、轟音があがる。刀で貫かれたほうの機体が、小さな爆発を起こし、操縦席から炎と煙が噴出した。


 少女はウーズィの操縦席の中で、大きく息を吐いた。

 キーを操作し、地球人に絡みついたセンサーを外していく。そして自分の分も外し終えると、扉を開いた。

 見える木々は今まで超高解像度スクリーンに映っていたものと同じだが、流れ込む空気が体にまとわりつく感触が、映像ではないことを教えてくれる。かなり汚染されている大気ではあるようだが、それと戦闘後にまだ命のあることを感じ風を浴びることの心地よさとはまた別の問題だ。


 地球人の子供を抱きかかえようとした。が、赤毛の少女はふと思ったように子供から手を離し、身を前方へと屈めた。外へ出る前に、弾切れになったままの銃にエネルギーを込めておこうと思ったのだ。足下付近にある小さな引き出しを引っ張る。少女はそこから、手のひら大の鉛色の箱を取り出し、銃の尻に当てる。エネルギーの充填は一瞬で終わった。


 だが、少女は降りて来なかった。

 中で椅子に腰をかけたまま……そしてタクを抱きかかえたまま、気を失っていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る