異世界探訪―世界にひとつだけの依頼―

@Librabbit

第1章―世界にひとつだけの依頼―”第1話”

2084年。

人類は、地球を再現することに成功したという。





「ねぇ、イセタンもう予約した?」


「え?なにそれ」


「えぇ、知らないの!?異世界探訪!最近広告よく流れてない?」


「あぁ、そういえばちらほら見かけるような……」


「そうそう、新世代のVRMMOってやつ!4分の1くらいの大きさの地球を再現したってやつ!!もうすっごい楽しみで昨日から予約開始だったんだよ?待ちきれなくて2時間前からパソコンの前で待機しちゃった」


「えーあたしも予約しておこうかなー」


「しようよ!絶対おもしろいって!!なんか最先端のAIとか使ってるらしくって、クエストとかもNPCが自動生成するからおんなじのがないって噂だよ?ぜーんぶユニーククエ!」


「なにそれ、すごくない?」


「めっちゃくちゃすごいってこれ!」



電車の中で女子高生が姦しく騒いでいた。

どうやら最近巷で噂の異世界探訪というゲームについてのようだ。

それについては自身も連日調べているので知識があった。

曰く、地球の4分の1スケールの新世界を作り出した、と。

剣と魔法の要素を足した新世界ですべての生き物に最新鋭のAIが積まれており、本当に生きているといっても過言ではない、と。

クエストやイベントも、実際にNPCたちが生活する中で見舞われるトラブルがそのまま使われるらしく、いつどこで何が起こるかわからない上に、ユニーククエスト(世界に一つだけのクエスト)である。

まさに異世界。

開発に30年以上の月日がかかっているという噂が出ていたが真実はどうだろうか。

それにしてはあまりにもタイトルが簡素では、という意見もあったが逆にここまでくれば清々しくもある。


異世界を訪ねて見て回ってほしいという想いをまったく誤解の余地なく伝えてくれる素晴らしいタイトルではないか。


遊ぶには有料のアプリを購入する必要がある。

もちろん即座に予約した。

PC前で4時間は待機した。

まったく胸躍る。

待ちきれない。

発売までまだ1カ月ある。

期待とワクワクで心臓が爆発するんじゃないかという勢いだ。


ああ、楽しみだ。

















「うぅい、おっちゃん、どんなよ」


「丸坊主だよクソが」


「今日もかよ。飽きねーな」


「うっせぇ。これやるからあっち行ってろ、ほれ」


「お、やったぁ!あんがとぉおっちゃん!また来るねー!」


「何しに来たんだおめぇ」



村のはずれの森に入って数分程歩いたところに、開けた場所がある。

腰掛けるにはちょうどいいくらいの大きさの岩がある川辺で、川の真ん中あたりは成人した男性の胸の高さほどの深さがあり、泳いで渡るには早すぎるほどの荒々しさもあった。

それでいて水底が見えるほどに透き通ったきれいな川だった。


川辺で釣りをしていると村の子供が寄ってきた。

インベントリから”甘ささっぱりさくさくクッキー”というアイテムを2つ取り出す。

薄い白布に個別に包まれたそれを2つ投げて渡すと、子供はそれを受け取って去っていった。

ここに来た時にいろいろあって、仲良くなった子供だった。

この釣り場はその子供に教えてもらった場所で、お礼にと上げたあのクッキーがずいぶんとお気に召したようだった。

毎日のように、釣り始めてしばらくすると様子を見に来て、クッキーをあげると去っていく。



異世界探訪がサービス開始してから4カ月が経った。

最初の頃はそれはもう世界中を旅してやる気持ちで始めたもんだったが、気が付けばとある村にもう2週間以上世話になっている。

村の少し外れの森に綺麗な川があって、そこで日がな釣りをして、世話になっている民家に釣果を持って帰ってはログアウトするという毎日を過ごしていた。



それもこれも、この村に訪れた2週間前に遡る。








「うおおおおお無理無理無理無理怖い怖い怖い怖いわぁああ!!!」



森の中を大声をあげて走る男がいた。

歳は30ほどに見え、雑に後ろに結った黒髪を弾ませながら、薄い無精ひげにひっついた葉も気にせず、黒に見えるほどの濃い緑のマントをたなびかせて駆け抜けていた。

手には邪魔になったのか、腰につけてあったはずの鞘に入ったままのロングソードが一本。

器用にもかろうじて見分けのつく獣道を、木の根を飛び越え、たまに幹を蹴って三角飛びで草むらを飛び越えたりして爆走してゆく。

それはステータスのごり押しでもあり、またゲームの仕様上、集中することですこーしだけ時間をゆっくりに感じることができる、いわゆるゾーンのようなものの恩恵でもあった。

どんな技術か、一般人が自衛が常識の異世界に飛び込むにあたって与えられたギフトの一つだった。

一応、本物のそれとは異なるものらしく、システムが負荷を担うため脳にはほぼ影響のないもの、とのことだったが調べても専門用語だらけでまったく理解はできなかった。


それはともかく。


大声をあげて森を爆走する男の後ろを、一泊遅れてガサガサと、不自然に草が揺れていく。

狼だった。

それも1匹や2匹ではない。

全体はわからないが、少なくとも男が視認できたのは4匹までだった。それ以上は数える前に逃げ出した。



ゲームのサービスが開始して3カ月はたったのだから、まあ男もそれなりに戦闘は数こなしていた。

チュートリアル専用の、自分以外のプレイヤーのいない空間で、やりたいチュートリアルをこなしてから始めるゲームだったので、操作方法と戦い方、街で見ておいた方がいい場所、おすすめの観光地などを確認していた。

そしてチュートリアルが終わり、異世界に降り立つ前にいくつかの注意事項を受けて、大きな都市のそばの草原に放りだされたのだった。

その大きな都市で依頼をこなし、資金をため、草原で草食動物を狩り、たまに出てくるゴブリンの討伐を経てついに旅に出たのだが。



「リアルすぎる狼こええええええええええ!!」



実にファンタジー!なモンスター入門編ゴブリンさんとは異なり、現実世界でも立派な狩人として現役活躍中な狼の姿が、驚くほど男の生存本能を煽っており。

さらに不用意に足を踏み入れた森で狼の縄張りを踏んだのか、片手で足りないほどの狼に囲まれると男の勇敢な戦闘意欲はあまりにも萎び果ててしまっていた。

幸いにもステータスによって下駄を履かされた身体能力は、まるで庭だといわんばかりに軽やかに駆ける狼にすぐさま追いつかれるほどのものではなかったようで、この愉快な逃走劇を作り上げたのだった。

とはいえ、そのうち男のスタミナが先に底をつくのを予想しているようで、狼たちは一向に縮まらない距離に焦れるものの、あきらめる様子は無いようだった。

男もそれはわかっているようで、せめて戦うにしても少しでも視界を確保するために開けた場所を探しているようだった。

なお、既に来た道はわからなくなっている。


果たして運はどちらに味方したのか、そこだけ妙に木のない開けた場所があり、森を抜けたわけではないが、遊具が2~3個は置けそうな公園程度の広さがあった。

真ん中にいれば草むらからの不意打ちは免れるだろう。

男はまっすぐに中央へ。そして振り向いた。

12匹の狼がこちらへ牙をむき出しにしていた。



「うぉぉおおおおおおおおああああ!!!」



男は大声を出し、手に持ったロングソードを引き抜いて振りかぶった。

先頭の狼が一瞬怯む。

その瞬間、即座に反転する男。走り出した。

手に持ったロングソードを鞘に戻し、全力で駆け抜けていく。



「12匹は多すぎるだろぉおおお!!!!」



男は逃げ出した。

狼は追いかけた。


いったいどれだけの時間走り続けたのか、息も絶え絶え、そろそろ狼の晩御飯といったところの男ではあったが、日頃の行いがよかったのか、はたまた粘る男に神さまからのお恵みか。

目の先に川が見えたのだ。飛び越えるには大きすぎたが、流れが速く、深そうだ。

男は飛び込むことにした。狼の晩御飯になるよりは、桃になったほうが未来がありそうだったのだ。

生きたまま喰われるのと溺れて死ぬのはどちらが辛いのだろう。

狼に煽られ続けた生存本能により、男はまるでここが現実だと錯覚していたのだった。



「ごがっ……ぼぼッ……」



もちろん、ただの服だけではなく、金属装備や革の防具をつけていた男は沈んだ。


溺水デバフ:気絶(溺水中永続)。


ぼやける視界にでかでかと表示されるデバフ表記。

選択肢は、待つ、リスポーン、ログアウトの三つだ。

ちなみにログアウトしてもこの状態では体は残るので死亡するだろう。







「――!―――か!し――――ろ!」


溺水デバフ:気絶(2秒)。

あと2秒、あぁやっとデバフが解ける。


「―――ごはッ!げほッ!えほッえほっ……」


「おお!よかった!息を吹き返したぞ!」



まるで水中のようにくぐもって、しっかりと音の聞こえない、さらに目が開けられず前が見えない状態から解放された男の眼前には、2人の狩人のような男がいた。


男は川辺で2人の狩人に水揚げされていた。賭けに勝ったのだった。

そこはとある村のそばにある川辺で、男たちは獲物を狩った帰りで森から出てきたところだったという。

村から森の入り口につながる川に、森から人が流れてきたのだから、それはもう騒ぎになった。



「いやー森の恵みが流れてくることはたまにあるが、人が流れてきたのは初めてだよ」


「本当に助かった。ありがとう。あのままだと初めての墓石が川底に建つところだった」


「いいってことよ!俺はリリウッド村の狩人、テルーだ。そんでこっちが相棒の」


「同じくリリウッド村の狩人、ビルだ。よろしく」


「あぁ、名乗りもせずに申し訳ない。私は探訪者のカイトという。改めて、助けてくれて本当にありがとう」


「おお!あんた探訪者だったのか!初めてみたよ」



この世界ではプレイヤーは”探訪者”という呼ばれ方をする。

これもチュートリアルで習ったことだった。

”どこどこ村”の”なんとか”、”なになに”だ。という名乗りが一般的に広まっている世界で、女神に導かれてこの世界を見に来た探訪者たちは、”探訪者”の”なになに”だ、と名乗ることを推奨されている。

探訪者は突然現れ、突然消えるため、この世界の住人にとっては不思議な存在であると同時に、大きな恵みをもたらすとされているため、自らが探訪者であることを明かす方がいろいろ便宜を図ってくれる、と。

男、カイトがその名乗りを初めて行ったのは始まりの都市の門番相手だったが、あまりにぎこちなくてちょっと笑われたのは恥ずかしい思い出だ。よくあることなのでにやにやされた、といった雰囲気だった。

それも3カ月以上前の話。それなりの回数名乗りをこなした今は、もう一端の探訪者である。


テルーとビルからしても、初めての探訪者の名乗りには、少し見慣れないものを感じて、不思議な気持ちになったものの、それ以上に出会いのインパクトが強すぎてなんとも言い難い表情になっていた。

そんな表情を見て取れてしまったカイトは、初めての探訪者が森の恵みと同じ採れ方をしてしまったことに若干の申し訳なさを感じているのだった。



さて、丁度帰るところだったからとそのまま村に案内してもらったカイトだったが、村へ向かう道中少し気になっていたことがあった。

テルーは言っていた。”探訪者を初めて見た”と。

サービス開始から3カ月。宣伝通りの大きさであれば、確かに3カ月程度では未開の地は山ほどあるだろうが。

自分は3カ月近く、始まりの都市で準備期間を過ごしていたのだ。

同じくらいか、それ以上に最初の街を楽しんでいる勢ももちろんたくさんいるが、それ以上に旅立っていった探訪者の方が多かった気がする。

なんせ初日に比べて明らかに宿に空きが出ていたからだ。

最初は泊まれなくて広場とか、路地裏とか、民家に世話になっていた人もいるし、なんならお願いして留置所に入った人もいたとかなんとか。

それが一週間もすれば普通に宿に泊まれるくらいになっていたのだから、それはもう旅に出た人数は尋常ではないだろう。

ならば、街から出て最初の森からつながる村なんてすぐに到達した人が多数いるのでは。


そんな違和感が首をもたげていた。





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