全部カミナリのせい

宿木 柊花

第1話

 ずっと見ていた。


 同じ場所にいたはずだった。

 私の方が先に始めていたし、言ってしまえば私の方が上手く描けているはずだ。


 なのに……なのにあの子は今、目の前の壇上にいる。


 世界の幸せを一身に浴びて、高飛車に輝く金のリボンをつけられた作品の前に立っている。

 真っ赤なドレスがやけに鮮やかで私の目を焼いた。

 殺意が沸くほど彼女は輝いていた。


 困ったように笑う顔が今は憎らしい。

 実力が全ての世界ということは頭では分かっている。だが、心では理解したくない。


 私の作品はリボンすら付かず人目にすら付かないような場所に立っている。

 非常灯のほのかな緑に照らされた作品を見たとき、私の中で何かが確かに壊れる音がした。

 薄いガラスのような、枯れた樹木のような、放置された廃校のような、確かにそこにあったものが崩れて割れて散っていく。


 私は何をしていたのだろうか。


 あの光に照らされることを夢見て作り続けてきたのは紛れもない事実だった。

 自信もあった。

 最高傑作ができたと思った。

 家のことも学校のことも全部やって自分の時間というものは全て捧げたはずだった。


『本当に?』

 ━━だれ。


『ワタシは知ってるよ』

 ━━やめて。


『家庭のせいにして、学校のせいにして、作品を育てることをやめていたこと』

 ━━そんなことない。


『息抜き、インプットとしょうして時間を溶かしていたこと』

 ━━違うあれは……。


『本当にあれが最高傑作だと思える?』

 ……。


『どこかで見たものを切り貼りしたんじゃないの? 〝あの子より自分の方がうまい?〟笑わせるな! あんな金箔より薄いハリボテがうまいわけないだろ』

 ━━それでも私は。


『〝重みがない〟前回もそう評論されたよね。中身がないんだよ、実際』




「やめて!」

 会場が静まり返り、その場の視線が一身に降り注ぐ。雪より冷たく矢より鋭く、骨身を貫いた。

 壇上の彼女と目が合った。

 そんな顔で見ないで。




 ◇

 会場から逃げ出したはいいけれど、土地勘のない場所で私の行ける場所などなかった。

 結局私は会場のあるビルの裏で小さく膝を抱えてそこに顔をうずめることしかでしない。


「どこまでも惨め。こういう時にみんなは〝草生える〟と言うのかな?」


「いつの時代ですか」

 彼女が目の前に座っていた。

 綺麗にセットされていた髪は溶けたアイスクリームのように崩れて首筋に貼り付いている。


「お……おめでと」

 素直に発せない声帯がかすれぎみに告げる。


「無理しなくていいですよ」

 彼女の余裕のある顔はやっぱり私の干ばつした心を逆撫でする。

 もしハリネズミだったら油断した手の上で丸まってやるくらいだ。


「主役が逃げ出していいの?」

 来賓も多く、最優秀賞の作者が逃走とはシャレにならない。


「いいんです、あんなのは別に。私はがずっと見たかったんです」

 彼女の白い手がひんやりと頬を包む。細い指で撫でながらその手は首筋に移動する。

 妖しく輝る彼女の瞳に捉えられ、声を発することもできなかった。


「先輩どうですか? の中の居心地は」


 私は燃えていく。

 私が燃えていく。

 目の前のコイツを押し倒してやりたいほどの衝動より、自分自身に対する恨みや憎しみの方が大きく激しくぜる。



「うるッさい!」

 その時、初めてができた気がした。



「やっと戻りましたね」

 やっぱりコイツの笑顔は嫌いだ。


「黙れ転校生」


「ふふふ、黙らせたいならちゃんと作品でお願いしますね」

 蒸した空気を吹き飛ばすようにビルの間を突風が吹き抜ける。いつの間にか、くすんですすけてしまった心にようやく風が通る。

 まだ埃はあるけれど、澄んだ気がした。




 高二の夏、私は二度目の雷に撃たれて忘れていたことを思い出した。


 中二のあの日、私の周囲は真冬の落雷で変化し、いつしか大切なものを失くしていた。


〝ハリボテ〟確かにそうだ。

 私は忙殺されていく中で緩やかに殺されていた。心がそこになくとも作品はできる。


 私は新たに燃える。

 現実は変わらないけれど、今度は〝ハリボテ〟でない作品が描ける。そんな自信がある。


 それもこれも中二の春に出会った雷のようにうるさく光るコイツのせいだ。

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