第22話 ラリーの作戦

 ラリーの学校通いはその後もちゃんと続いている。毎日お弁当を抱えてテクテクと出かけていく。楽しいともなんとも言わない顔で、学校までの5分の散歩が日課として組み込まれているらしい。

 その間の町の様子や通りの賑などを朝の食事の時に淡々とお祖母様に話す。学校というところは今のラリーにとって非日常で簡単に言葉にできないが何かと興味深いところらしい。

 同級生と上手くいっている。という感覚ではないにしろ、気持ちが動いている。その姿がお屋敷に明るさをもたらすのは当然なことだった。

「ごめんよマーラ。僕は今回の学校通いで、初めて自分が、この世界の空気を澱ませていたことに気がついたよ」

「この世界の空気?」

 マーラは首を傾げる。哲学的に聞こえながらそれをマーラにもわかり易く簡単に解説するラリーの世界。

「子供だからって軽く見ちゃいけないってことだよな。自分のことだよ。甘えてばかりいてはいけないって気付かされたんだ。マーラの明るさや聡明さがどれだけ周りに灯りを灯して物事の運びをスムーズにしているか、偏屈な僕には身に染みて反省させられる事だったんだ。明るいってそれだけで現実を変える。直ぐそばにこんなにわかり易い手本があるんだから…やらない手はない。

 確かに知恵はいる。何をするにしてもね。でも、僕にはユーモアも無くて周りを冷静に見る力もなかった。子供だからって甘えて、可愛く甘えるなら良いのに…お祖母様にもいつもトゲトゲと気を遣わせて家の中がギクシャクしていた」

 それは仙人のような澄んだ声だった。

「ケイトにも心配かけたし、使用人たちだってどこか疑心暗鬼で、噂話好きで、そんな連中に好物の後ろ向きな炎材を提供するばかりで一つも良いことなんてなかったんだよ」

「まあ、そんな事考えてたんですか」

 ラリーの独白に驚いたマーラが感想を漏らした。

「そうだよ。マーラが我が家にやって来て、僕からすれば子供だよ。マークの胸までしか身長がないんだもの。でも、あ、少しお姉さんのね。まだ13歳のさ、そのマーラがだよ。動かす世界が明るくて楽しくて僕は目から鱗の衝撃だったんだよ」

 ラリーからの称賛を聞いてマーラは驚いた。

「まあ、ビックリ!そう話すラリーがとても楽しそうで私も嬉しいわ」

 ラリーはそう言われて少し照れる。少しは努力しているところだから。今まで自分の播いてきた種をどうやって刈り取ろうかと自問自答している。

「学校って良いよ。案外知らなかった情報に触れたり出来る。それに集団生活だからね。気に入らないことやテキパキとやれなくて待つことも多い。その時間に思うんだ。こんな理不尽な時どうしたら楽しくいられるかってね。周りは関係ないんだ自分がね、どれだけ自由でいられるかって」

 マーラはラリーの話を目を丸くして聞いた。マーラにとっても勉強になる話だった。自分は学校に行ってないけど、ラリーの話を聞くと、どこに居ても何が有っても楽しんで自分次第で学べることはたくさんあるんだと思った。

「マーラ、手話って知ってる。身振り手振りで言葉を表すんだ。ろう者の人、耳の聞こえない人や声の出せない人が使う言葉。ケイトの場合文字を書けば意思は通じるけど、確実に聞こえてるしね。でも、面倒だろいちいち返事をするための紙を探すの。これ、覚えてみようと思うんだ。ケイトと一緒に」

 ラリーの手に一冊の本が有った。

「へ〜そんなものがあるんですか。聞いたこと無かった」

「学校もあるらしい。そう言うの勉強する。耳も聞こえない子供が多いらしいんだけど…ケイトに行くように進めるべきかな?」

 昔からこの辺りの使用人の子は学校へは行かないことになっている。たとえケイトが話ができて学校へ行きたいと願っても行くことは叶わない。マーラもお父さんのいる間は行っていたが、本人が使用人になって仕事を覚えるために学校に行く時間が無くなった。

「ケイトを学校へ?」

 ラリーの話は発想の飛躍だ。保守的な中で生きているマーラには想像を超えた話だった。

「僕ね。近々この部屋をライブラリーにして寝室を引っ越そうと思うんだ。初めはケイトが勉強しやすいようにお屋敷の中にライブラリーを作ろうと思ったんだけど、部屋なんてたくさんあるんだし、本を動かすより僕が移動したほうが簡単だからね」

「ここをライブラリーにですか?」

「うん、学習ルームに良いと思うんだ。明るい部屋だし、窓の外の大きなクスノキが揺れる感じも気持ち良いし、父さんの蔵書もたくさんあるし」

「わぁお屋敷の中にライブラリー」

 楽しい。本が積み上げられたライブラリー。読みたい本を探すのも楽しいし陽の差す窓辺で本を読むのも、なんて素敵なことなんだろう。今までプライベートなラリーの部屋に来ていたのにこれからは学習室に来ることになるのかとマーラは思った。

「楽しそうです。学校みたいで…素敵」

 学校を途中で辞めてしまったマーラはまだ学校に憧れが残っている。そんな香りのする場所がここに出来ることに期待した。

「僕にはやれることなんて限られてるからね。そのうちにどこかの大学に留学して箔をつけてお父様の仕事を覚えて…それからどうなるんだろう」

「お父様のお仕事がどんな仕事なのか想像もつかないから何を学んだら良いか解りかねますね」

「だろ、貿易の仕事って聞いてるけど、それって楽しいのかな」

「貿易の仕事?」

 益々混迷する二人だった。

 私の仕事はラリーの仕事よりわかりやすくって良かった。仕事って色々あるのね。

「でも、お父様のお仕事をお継ぎしないと駄目なのかしら。今度帰って来た時に聞いてみるのも良いかもしれない。お父様にも考えがおありかも」

「マーラのお父さんの仕事は?」

「家のお父さんは醸造家だったのかしら…ワインやビネガーの作り方を研究して特許をいくつか持っているらしいの。そんな話を家の農場主さんから聞いているわ」

「醸造家…それもピンとこない話だね」

「仕事って難しい。私は美味しいジャム職人になろうと思っているの。今はジャムに適した植物の研究をしているのよ」

「マーラはジャム職人。良いね。美味しそうだ」

「うん、僕もお父様の考えを聞いて色々考えてみよう。何を考えているか今まで一度も聞いたことはないから」

 扉の向こうでお茶を抱えたトーニンが二人の話しを聞いていた。色んな仕事を任せられるトーニンは今日はお祖母様のスパイ役で扉の向こうに居るらしい。

「お坊ちゃまもマーラも難しい話をしている。さてどう奥様に伝えよう」

 考えを巡らすトーニンだった。

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