第33話

 帰り道、俺は美奈先輩を駅まで送った。彼女は歩きだった為、俺は自転車を手で押しながら。彼女は「悪いから良いよ」と言っていたが、夜の一人歩きは危ない。駅が学校から近かったとしてもどんな危険があるかわからない。あのシチュエーションで男が女を送るのは常識だし、義務だと思う。

 結果的にいつもよりも更に帰りが遅くなり、夕食を取るのが父さんよりも後になった。

 ——明日も早い。もう寝よう。

 するべき事を終わらせた俺は、朝行う日課の為にベッドへ早々に潜り込む。クソ真面目、確かにそうかもしれない。


 その日の夢。

 明るい。

 だが、そのオレンジ色の照明は、いつかの居酒屋を思い出す。明るさと暗さの調律が、その部屋に高級感を持たせていた。

 大きなソファ。大きなテレビ。木でできた小さな背の高い丸テーブルに、二つの木でできた椅子。それらが置かれていても広々と感じる適度な隙間。白い壁には銅色で縁取られた絵画が見える。大きなカーテンの開いた大きな窓の外は暗い。暗いが外の庭にも照明がある。それに照らされさざめく水面は池か、それともプールなのか。

 人が暮らす空間である事に間違いはないのだが、それでも俺には別世界の様に感じる。

 映像は、そんな空間の対面キッチンへと向いた。近づく。

 ズーム、というよりはキッチンへ歩いている感じだ。壁とキッチンの間に入ると右折する。銀色の大きな箱が見えた。冷蔵庫だろうか。金属質なそれを冷蔵庫だとは思えないのだが、キッチンの奥にある大きな箱が冷蔵庫じゃないのなら一体なんなのだろう。

 その手前の床に、小さな正方形の扉の様な物がある。

 近づき真上から見下ろす。

 ズームする。

 

 暗い空間があった。

 両脇の小さな照明が細やかに照らす——階段だ。

 ——地下室か? 

 何故その様なものがあるのだろう。

 映像が階段の下へと降りる。

 無機質な灰色の扉があった。

 それも貫通する。

 天井の小さな白色灯が照らす暗い部屋の中央で、椅子に座った人間がいた。男だ。


貴方あなたの選択は二つです——」


 カメラが声の主に向く。

 白いゆったりとしたTシャツと、白と黒のチェック柄のズボンを身につけている。こちらも男。

「私のお願いを聞くか、それとも断るか」

 ——選択? お願いを聞く? 断る?

 まるでこの夢そのものだ。


 再びカメラが椅子の男に向く。先程よりも距離が近い。

 正面から見た男の顔には、口には、がされていた。男は全裸だ。腕は背中に回っている。

 カメラがズームし、映像の両側から腕が生えた。猿ぐつわを外す。濃い腕毛がその腕を逞しく見せていた。

 映像は椅子の男から離れ、元通りの距離感になる。

「ぷはっ。せ、選択? 俺にこんな事をして……何をさせようと、する……?」

 困惑する男の声は小さい。

「お腹、痛くないですか? 貴方が寝ている間に、爆弾を入れておきました」

「ばっ……!」

 男が絶句する。

「それは温度に反応する爆弾です。体から出したり、貴方が死んだりすれば、途端に爆発する物です」

「……!」

「貴方にはとある場所に行って貰いたいのです。そのお願いを聞いてくれさえすれば、すぐにこのスイッチを押します」

 俺からそのスイッチとやらは見えない。

「……俺に死ねって、そう、言いたいのか?」

「いえいえ、これは爆弾の設定を解除するスイッチです。お願いを聞いてくれれば助けてあげますよ?」

「何処に、行けば良い?」

「ふふふ、良いですね。ご自分の状況をわかってらっしゃる。なに、貴方もよく知る場所ですよ。あのプラネタリウムです。先月、貴方はそこに行ったはずです」

「何故、だ。あそこに行くのに、何の意味がある?」

「ふふ、ナイショです。さて、どうしますか? 私のお願い、聞いてくれますよね?」


『分岐です。彼はお願いを聞きますか? それとも断りますか?』


 物凄く具体的な内容だ。だがそれでも、どちらを選ぶべきか、判断がつかない。

 ——爆弾を解除する? ならなぜそこに行かせる? 何の意味がある? 断ればどうなる? そもそもなんで爆弾なんか——。

 疑問は尽きない。

 そもそも、この二人の男はどういった関係なのか。


『まもなく時間です。カウント10で自動的に彼の行動が決まります』


 確実な事がある。

『10』

 本当に死ぬべきなのは、椅子に座る男ではなく、選択を突き付けている男の方だ。

『9』

 なのに俺が握るのは、椅子の男の行く末のみである。何故「死ぬべき奴の死」を選ぶ事ができないのか。

『8』

 くそ、この下衆野郎を殺したい。

『7』

 ——殺す? 

 そうか、俺は殺していたんだ。死刑になったあの男も、そうじゃない「失敗した奴ら」も。

『6』

 ——ああ、なんでだよ? 俺は。殺したくない人達を、殺したくない。

『5』

 違う、。俺は椅子の男を助けたい。

『4』

 時間は待ってくれない。

 ——よし、助けよう。「お願い」を聞けば、助かるのか? それとも解除は嘘で、そのプラネタリウムとやらで爆発するのか?

『3』

 その場合、断ればどうなる? 断っても死ぬのか? いや、。そういう夢のハズだ。

『2』

 約束を守るのか? 本当に助かるのか? だがそれは、下衆野郎にリスクがある。解除した途端に警察にでも行けば、この男は捕まる。

『1』


「……答えは、『断る』。これしかねえ」


 映像が、動き出す。

 

 

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