第30話
今は二限目、生物の授業中。
真面目な俺は自分のノートを見直している。
——うーん何つーか。やっぱ今の俺らはキッチリ自分のポジションを守るっての、何か違う気がすんだよなぁ。
俺が見直すのはサッカーノートだ。このノートには夏休み中に行われた地区予選での良かった点、悪かった点がメモしてある。もちろん練習中の気になる部分なども細かくメモしているので、このノートは俺が持つ他のどんなノートよりも、ページ数が進んでいた。
ブロック予選はたったの三試合ではあったが、全勝である。というか全勝でなければ決勝トーナメントへは進めないのであるが。
俺達のプレーを観た奴らの目には、急に俺達が強くなった様に映っていただろう。
たしかに俺達は強くなった。だが個々人を見たならわかりやすく上手いプレーをする奴なんて、陸と数人の先輩達くらいのものだ。
では何故勝てたのか。
俺達はルールを作った。
俺達だけが守るべきルールを。
それが一番の要因だろう。
俺達は浮いたボール、転がるボール、どんなボールを処理する時も、足元で止めない。必ず進行方向、或いは余裕を持ってキープ出来る方向へ動かす。もちろん直ぐにパスを出しても構わない。とにかくボールを動かしつづけるのだ。
ボールのキープにも時間制限を設けた。三秒以上待ち続けない——いわゆる「三秒ルール」だ。
ただしこのルールは絶対に守らなければならないモノでなく、シチュエーションによっては一人でドリブルして相手に切り込まねばならない時もある。だからあくまでも「なるべく三秒以上は持たない様にしようね!」ってな感じのユルいルールである。
この二つのルールによって、全ての練習の質が上がった。
ボールが常に動いた状態、しかも一人がボールを持つのは三秒以内、必然的に離れた位置に居るプレイヤーも動き続ける事を余儀なくされる。ボールを持った奴が時間制限を守るには、味方にパスを出しやすい状況を「他の奴ら」が作り出してやらなければならない。
相手の動きやボールの動き、状況の流れと味方の意図、それらを全てのプレイヤーが先読みし、チーム全体の選択肢を増やすのがこのルールの目的だ。
全ての責任をボールを持つ奴に押し付けない。ボールを奪う時も奪われた時も、点を獲った時も獲られた時も、チーム全体の結果である。
試合中の各フェーズを意識した練習や、局所的なシチュエーションを想定した練習時にもそれを取り入れる事により、同じ様な練習でもその日その日、その時その時でプレーの内容がガラリと変わっていた。練習を進める度、新たなシチュエーションが見つかる。それらを想定して蓄積する事により、俺のノートも更に埋まる。
そういった練習を続ける内に思う事があった。
——ポジションが邪魔だ。
そんな事を、考えた。
この間のトーナメントで俺達は4—4—3のフォーメーションで戦った。ディフェンダー四枚、ミッドフィルダー四枚、フォワード三枚という、比較的ポピュラーな構成である。自分達はボールを支配しやすく相手の様々な動きにも対応しやすい、そんなフォーメーションである為、他校の多くもこれを採用していた。
常に味方が味方をフォローし合う俺達の戦術にも使いやすい。
だが時折り、味方を邪魔に感じる時もあるのだ。俺はこのまま前に進めたい、その先にはアイツが居るからそこにパスを出す、でもそれは敵にも見えている為簡単にボールに詰められる、一旦下がる必要が生まれ、選択肢も減る。
ブロック決勝ではそんな風に自分達で自分達の動きを制限していた様に感じた。勝てたのは相手側のミスが多かった事も大きい。この先の相手が皆万全だという前提で考えるなら、もっと詰めなければならない。ただでさえ強い連中と戦うのだから。
——どーにかならんモンかねぇ?
俺はチラリと陸の席を見る。
閉じて重ねたノートと教科書を枕にして、堂々と幸せそうに眠っている。
陸はそんな奴だ。
先生の声は耳に入っていない。でも黒板に書かれた文字達が消されて行くのだけはわかる。ノート提出の前に誰かに写させて貰えば良いだろう。
——ってか、一年の俺が頭ん中だけで考えても
昼休みが待ち遠しい。
今の俺にとっては授業が一番、邪魔だった。
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