第26話

 夏休みも半ば。

 今は正午過ぎである。

 俺は体育館の裏にある蛇口から吹き出る水を、頭からかぶっていた。練習は気温が上がり切らない早朝から行われ昼前には終わる。

 他の奴らはすでに部室へ戻っていたが、俺だけ少し残って練習を続けていた。俺は午後からも自主練を続けるつもりだ。他の奴らも何人か残るらしいので、またミニゲームをしても良いかもしれない。

 だが、先ずは休憩。部室に戻って飯を食おう。

体育館裏からグラウンドを回り、部室を目指す。だが途中、意外な人物と出会うのだった。


「おっす! 涼太、お疲れー」

 陽菜である。

「あれ? お前、テニス部辞めたんじゃなかったっけ?」

「辞めたー!」

「じゃあなんで……あ、そーか制服。さてはお前、補習だな?」

 半袖のブラウスが少しだけ透けている。だが、中に何か着ている様で、その中身は見えない。

「あはっ、バレた? てか調査が足りない。休み前にわかってた事だろー?」

「知らねーし。一々チェックしねーから。つーか午後からも?」

「ううん、終わり。ウチの場合はね?」

「ウチの場合?」

「テキトーに嘘ついて出て来た。だからちょっと喋らない?」

「お前まじか? なのにクーラーがない外で話? 馬鹿じゃね?」

「うるせー。良いから早くメシ持ってこい」

 こいつのメシは背中のリュックにでも入ってるのだろう。

「わかったよ」


 陽菜には彼氏がいるし、俺もとっくの昔に吹っ切れている。それでも休みにこいつと話せるのは嬉しい。俺は部室から昼飯を持ってすぐに戻った。

「どこで食う?」

「人の居ない場所」

「んー、じゃあ日陰に行かね?」

 そう言って俺は校舎と体育館を繋ぐ、渡り廊下を目指す。そのすぐ近くに日陰のベンチがあるのだ。先客が居たなら別の場所にしても良いが、まずは一番良い場所を選びたい。

 果たしてそこには誰も居なかった。


「で? 何だ? 話って」

 俺は巾着袋を開けて銀紙で包んだおにぎりを取り出す。夏休み初日は張り切って弁当らしい弁当を作ってはいたのだが、段々と面倒になり、こんな感じに落ち着いていた。

「お前ー、ウチと二人っきりだってのに、ちょっとは意識しなよ?」

 陽菜はコンビニ袋を取り出す。中から野菜ジュースと惣菜パンが出てきた。マヨネーズとウインナーのやつだ。

「は? なんだそりゃ? 今更だろうが」

 本当に今更だ。少しも心は躍らな——くもないが、それは隠す。色々と面倒そうだから。


「ったく、それよりねー? 結衣、他校の男子と良い感じっぽいよ?」

 ——嶋田? 

 それも今更だ。だが少し気になる——未練かねぇ?

「ああ、そういやお前の彼氏らと遊んでたんだっけ? 夏休みらしくて良いんじゃね?」

 おにぎりをかじりながら優雅に話す。

「なんで知ってるのかなぁ?」

 ——なんだこいつ? いや、別に変わった事は言ってねーけど、なんか引っ掛かるな。 


「休み前教室で話してたろ、デッケー声で。つーかお前今日話し方キモいけど、どした?」

「キモくねーし。てか気にならない? 結衣が知らない男と遊んでて」

 陽菜はそう言ってジュースをストローで吸った。

「んー、ま、気になるかもな」

 気になる事は気になる。でもそれだけだ。あらかじめそうなる事はわかってたし、色恋沙汰に振り回されるのは、もう沢山だ。

「だよねー? ところで休み前、結衣誘って何してたの?」

 ——あん? 結局話ってそーゆー事か?

「嶋田に訊けば?」

 ニヤニヤ顔の陽菜に対し、俺は素っ気なく答える。わざわざ自分がフラれたのを話す必要はないし、嶋田だって嫌だろう。

 陽菜のニヤニヤ顔が段々と薄まって来た。


「ねぇ? なんで結衣に告ったの?」

 ——? やっぱ嶋田に聞いてたのか? ホント女子って口が軽いな。それにしても知ってるくせにそんな事を訊くなんてこいつ、前にも増して性格悪くなってねーか?


「嶋田がそう言ってたのか?」

 それでも俺はそんな事を言う。最近の俺は慎重だ。俺の問題を他に広げたくはない、だから迂闊な事を言いたくない。

「え? ああそうそう、結衣が言ってた」

 ——この反応。カマをかけてやがったな?

「じゃあそうなんじゃね? 知らんけど」

 俺は更にとぼけた。

 陽菜が真顔になる。

「なんで認めないの? 結衣が言ったって言ってるのに」

「いや、意味わかんないから。今日のお前、全体的に」


「わかれって。なんでウチには告んなかったのに、結衣には告ったの?」

 それを言われてどきりとする。

「あ、やっぱ気づいてたかー。俺中学の時お前の事好きだったんだよ」

 正直に答えた。

「じゃあなんで告んなかったの?」

「んー、告ろう告ろう思ってたんだけど、お前彼氏作っちゃうんだもん。タイミング逃しちった」

 これは嘘だ。告んなかったのは成功するか不安で怖かったからだ。その不安は正解だったと、この前知った。嶋田に告白したその時に。


「なにそれ? ウチ、待ってたのに」

 ——「なにそれ?」はこっちのセリフだ。なんで今更んな事言うんだ?

「うわー、勿体ねぇ事したなー?」

 段々、面倒くさくなってきた。段々、イライラしてきてもいる。楽しさが、薄まっている。

「なにその態度? 勝手に諦めて勝手に離れて、勝手に眼中にないって感じ?」

 本当に意味がわからない。

「そんな事ねえって。気まずくなったのは確かだけどな。それよりお前、やっぱいつもより変だぞ?」

「いつもより変ってどういう事?」

「良いから帰れよ? 暑いからおかしくなってんだ」

「おかしくない! 言われなくても帰るわよ!」

 陽菜は全く手をつけていないパンを袋にしまい込み、ガサガサぶらぶらさせて去る——途中で振り返る。


「涼太! 結衣はあんたのこと何とも思ってないんだからね!」

「知ってるから」

 俺の返答がお気に召さなかったのか、再びあちらを向いて歩いて行った。

 最後まで意味が、わからなかった。

 

 

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