第24話

 今日の部活は散々だった。上の空だった。その理由を自覚してはいたのだが、どうしても練習に集中できないでいた。せめてミスはしないようにと無難なプレーを心掛けたが、そういう時こそミスをする。時間をただやり過ごそうとすると、どうしても動きが鈍くなる。

 しまいには陸から「ふざけんな! やる気ねーなら来んじゃねえ!」と怒鳴られた。事情を知らない奴が言うなら話は別だが、何故陸がそんな事を言うのか。そもそも俺をけしかけたのは陸である。あいつがあんな事を言わなければこんな事にはならなかったのに。

 くされた俺は練習がまだ途中だというのに部室に戻っていた。奴の言う通り今の俺は練習の邪魔だ——着替えるのも面倒くせえ、このまま帰ろう。

 そんな事を考えた時だった。

 開けたままのドアから誰かが入ってくる。


「おい涼太、今日のお前どうした?」

「タツヤくん?」

 他の二年生達と比べ比較的話す事の多い、あらかわたつ先輩である。坊主頭の焦げたジャガイモの様な先輩だ。

「勘違いするな? 怒りに来たワケじゃない。話を聞きたいだけだ」

 ——話を聞きたい?

「……話す事なんてナンもないっすよ。ただ調子が悪い、それだけっす」

「嘘つけ? 女だろ?」

 ——は? なんで知ってる?

「んなワケないじゃないっすか」

「んなワケあるからこうなってんじゃないのか? 良いから話せ」

「タツヤくんには関係ないでしょ」

 いつもの軽口とは違う、今の不貞腐れた心境そのままの態度だ。これでタツヤくんがキレたら俺も、逆ギレしてやる。大して上手くもなくこの間までやる気のなかった調子良いだけの先輩に、プライベートをうるさく言われる筋合いはない。


「フラれたの——」

「うるせえッッ!!」


 あまりにもデリカシーのない先輩に、俺はキレた。

「怒鳴るほどひどいフラれ方したのか?」

「だからうるせえ! あんたには関係ねーっつってんだろうがッ!」

 俺に誘われた嶋田の気持ちが今になってわかる。話す事もないのに話したくない内容を無理矢理話させようとしていたのだから。

「……関係ない、かもな。でも、俺は話して欲しいと思う。頼りないかもしれないけど、俺はせめて、良い先輩になりたい」

 ——良い先輩になりたい? 単なる自己満じゃねーか!

「それこそ俺には関係ねーんだよ! ほっといてくれよ!」

 放っておいて欲しい。お願いだから。


「実はお前が来る前、陸から聞いてたんだ」

「あ!?」

 ——陸から聞いた? あの野郎。

「ああ、あいつは悪くないぜ? 悪いのは口の軽い俺の方だ」

「……どっちもどっちっすよ」

「いや、陸は悪くない。もしお前の調子が悪かったら敢えてキツく当たる、だからフォローは俺に任せる、そう言ってくれたんだ。お前には言わないで欲しい、とも言われてたけどな?」

 ——? なんでだ?

「お前、あいつに言ったんだろ?『俺の問題だから余計な事するな』ってさ。だからあいつなりに気を使ったんだよ」

「……今のこの状況が余計な事っすよ」

「ははは、たしかに。?」

「さっきは、言い過ぎました。別にタツヤくんはウザくないっす……」

「そうか? ならウザくないついでに話してくれねえか? ちなみにあいつは俺にしかこの事を言ってない。もしお前の力になれる奴がいるなら、それは俺だと思うんだがな?」

 ——力になれる?

 調子の良い先輩だ。

「タツヤくん、口上手いっすね」

「このやろう、嫌味言えるくらいには余裕が出てきたな? 話してみろって。もっと楽になるかもしれないぜ?」

 この人、こんな人だったのか——。


 俺は話した。嶋田との会話の内容も、その時俺が何を感じどう思ったのかも、全て。

「——なるほどな、うん、わかるわかる。俺も初めて告った時はそんなんだった」

「ホントっすか?」

 少し上から目線のこの先輩に、俺は若干イラッとする。

「マジだって。他の奴から何を言われても信用できない所とかな?」

「う」

「でもお前バカだなー。部活なんて休めば良かったじゃん。まぁ毎日休まれたら困るけどよ」

「んな事するワケないでしょ? 遊ぶ為にサボるなんて」

「なんで?」

「は?」

 また「なんで?」か。今日はこの言葉が多い気がする。

「ぶっちゃけその時お前、練習を邪魔くさく思わなかったか?」

「……思った、かも」

 確かに俺はそう思っていた。

 部活さえなければ何も考えずに明日嶋田と遊べたのに、と。

「なら休め休め! やりたくねーのに出る必要ねーって」

「でも皆んなに迷惑かかるじゃないっすか。女を理由にサボる奴が居たら、やる気なくなりません? せっかく今、良い雰囲気で練習できてるのに」

「今日のお前は迷惑じゃないのか?」

「それは……」

「それは?」

「たしかにそれは、『それな?』ですけど」

「だろ? どのみち迷惑かけるんなら好きな方選べよ」

「ムリです。俺は八月の大会、どうしても勝ちたいんですから。先輩達にとって最後の大会でしょ?」

 ウチの高校の三年にインターハイはない。全ての部活がそうである。予選に参加するくらいなら出れそうなものだが、取らぬ狸の皮算用、とでもいうのか。県予選まで勝ち進んでしまったなら受験に身が入らない、とかなんとかだ。

「俺らの事は良いんだよ。俺らは俺ら、お前はお前。お前はその子と付き合いたかったんだろ? なら『お前の為なら喜んで休む』くらいの嘘言えよ。女なんてコロっと騙されるぜ? 付き合っちまったならこっちのもん。あとはテキトーな事言って部活に集中すれば良い」

 ……この人は。

「——大事なモンなんてその時々ですぐに変わる。俺もそうだしお前もそう。きっとその子だってそうなんじゃね? 当たり前の事を当たり前にすれば良いんだよ。付き合った後にもしかしたらお前の部活サッカーも大切にしてくれるかもだろ?『自分を大切にして欲しい』なんて言う奴には相手の事も大切にする義務がある」

「そう、っすかね?」

「そうそう。そうじゃなかったらお前には悪いけど、その子はクソだ。お前が付き合う価値はねー。違うか?」

「嶋田はクソじゃないっす」

 嶋田を知らない人間に、嶋田の悪口を言われたくはない。

「ならやっぱお前はその子と付き合う為に、どんなに調子の良い嘘でも言うべきだった。つーか練習の一日や二日くらい休めば良かった。お前はどうしたかった?」

 ——くそ。好き勝手言いやがって。


「それでも、それでも俺は、今のメンバーで勝ちたい、です。俺個人の色恋沙汰なんかよりもずっと、タツヤくん達と、先輩方と、少しでも長く、サッカーがしたいっす」

 負けても俺達一年には冬の新人戦がある。だが先輩達にはそれがない。もし勝ち進めたら、もし全国まで行けたなら、先輩達と冬まで一緒にプレイができる。どんなに望みが薄かろうと、俺はその為に全力を尽くしたい。

「くくっ、ふふふっ、あははっ! お前そんなに俺らの事大切に想ってくれてたのか? なんか照れるな」

 言ってから恥ずかしくなる。

「茶化さないで下さい。正直言うと、入ったばかりの時は先輩達の事、あんまり好きではありませんでした。でも——」

「今は俺らの事大好きってか? ははっ! じゃ、どうすれば良いかわかるよな?」

「……はい」

「よっしゃ! まだ今日も時間はある。一緒に頑張ろうぜ!」

 タツヤくんは白い八重歯を輝かせながらそう言った。


 本当に、口の上手い先輩だ。

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