第18話
映像だ——チッ、またこの夢だ。
いつもの夢に俺は今日もうんざりする。
居眠りなんかをしている時は別の夢を見たりもするのだが、ちゃんと眠る時は大抵、というか全部、この夢だ。
以前はもっと普通の夢を見ていた。いや、もしかしたら忘れているだけで、その前からもこの夢を見ていたのかも知れないが、夢の中の俺が覚えているのはここ最近のこの夢達だけである。ある日急に他人の生死に責任を負わされた、そんな感覚だ。
しかもこの夢を観ている時にしか、この夢の事を覚えていない。起きている時にまでこの責任を引きずらないのは日中の俺にとっては良い事なのかも知れないが、夢の中の俺にとっては良い事ではない。
考える時間が極端に少ない。
この夢への対策ができない。
登場人物もシチュエーションも難易度もランダムなこの夢に、その場その場で対応しなくてはならない。
それなのに失敗した時の苦痛がデカすぎる。
失敗していなくても苦痛を感じる事もある。
それでもうんざりする程度に感じられるのは、夢の中のこの俺がこの夢に慣れてきた証拠なのだろう。余裕が生まれてきた証拠だ。
昨日、陽菜の死を回避できた事が、その大きな要因になっているのかも知れない。
今日、陽菜との関係を修復できた事も、大きな要因なのかも知れない。
この夢は悪い事ばかりではない。
考え様によっては、見知らぬ誰か、知っている誰かの助けになれるかも知れない。
気持ちを切り替えよう。
今日は一体、どんな分岐があるのか、どの選択が最善か、本気で、ぶつかろう。
映像は昼間だ。
平日か休日かはわからないが人で賑わっている。レンガの様な、石畳みの様な、そんな道路の上を人々が行き交っている。道路の両脇には洋服屋、リサイクルショップ、薬屋、ラーメン屋、ゲームセンター、クレープ屋と思わしき看板を掲げた店達が並んでいた。
カメラがその内の女性——いや女の子か?
ふわふわした半袖のブラウスにカーキの短いスカートを着た女の後ろ姿にズームする。生脚に厚手の白い靴下を履き、緑色のスニーカーですたすた歩いていた。手には大きめの紙袋を下げている。何処かのショップで買った物だろう。
カメラが別の奴へと移る。
黒いキャップ、黒いTシャツ、黒いズボンを穿いた少し腹が出ている男だ。デカいリュックを背負っている。それも黒だ。歳は、わからない。オッさんにも見えるし若い男にも見える。何故かキョロキョロしていた。そいつにズームする。
『分岐です。彼女はこの男性に近寄りますか? それとも避けて歩きますか?』
映像が止まった。
簡単だ。
きっとこいつに近寄ったら危険、そういう事だろう。しかし違うかも知れない。イメージだけで判断するのも危険——さて、どうするか。
この男に対するイメージ、それは先日の「陽菜の夢」から来ていた。制服を着た女子高生が夜道を一人で歩くのは危険、それが一般的で常識的な考えである。幸い陽菜は危険を回避する事ができたが、もし「左に行く」を選んだならば、どんな危険があっただろうか。
通り魔か。
連れ去りか。
それとも変質者か。
そういう事をする奴はどんな奴なのか。
極力目立たない見た目をするはずだ。
暗く地味な服を着る奴は、目立ちたくないからそうするのだ。
もちろん個人の趣味かも知れない。黒い服は俺も着る。アーティストだったりアスリートのマネをする事もある。その場合は色以外にも何かカッコつけた事をする。
これは偏見だが、的を射ている自信がある。
『まもなく時間です。カウント10で自動的に彼女の行動が決まります』
俺は文字を意に介さない。まだ時間に余裕がある。
——で? こいつの場合はどうだ? カッコつけてるか? いや違う。
見た目に気を使うのが嫌だから、気を使ってる様に見せたくないから、目立ちたくないから地味な服装をしているのだろう。
『10』
だが、こういう格好の奴らは沢山いる。だがおかしな事をする奴は大抵、こういう奴らの中に居るはずだ。
『9』
今の行動が既に怪しい。
何故目立ちたくないのに人混みにいるのだろう。
何故キョロキョロしているのだろう。
何をしているのだろう。
何をしようとしているのだろう。
様子がおかしい。
『8』
彼女の危険がこいつじゃない場合はどうだろうか。どんな危険があるだろうか。
こいつを避けようと離れた時に転ぶかもしれない。
離れた所に本当に危険な奴が居るのかもしれない。
看板が落ちたりだとか、そういう事故があるかもしれない。
『7』
じゃあ何故この男がズームアップされた?
関係ないただの風景なら目立たせる必要がないのではなかろうか。選択肢に組み込む必要がないのではなかろうか。
『6』
いや、ただ彼女がこいつに気をとめただけ、という可能性もある。
普段の俺は、周囲や他人をここまで深く観察し、ここまで深く考える事はない。だがこの夢がそうさせる。この夢が、悩ませる。
『5』
今まで見た夢達と共通する部分はないだろうか。生き残った場合に共通するものと、死んでしまった場合に共通すること。
『4』
ない。
共通点なんて何もない。
その夢その夢を個別に見ていくしかない。
だが、わからない。
死の可能性が高そうなのは「男に近寄る」だ。どう考えてもそうだ。
なのに何故迷うのか。
人の命がかかっているからである。
俺の選択で人の生死が決まるのだ。
『3』
だが決めなければ。
もう一度考えろ。どちらにするか。
『2』
結局俺は、初めに感じた自身の直感を信じる事にした。
「——『避けて歩く』だ!」
映像が、動き出す。
彼女は
他の通行人の中にも、そいつを冷笑したり、気味悪気に見たりしている奴らが居る。だがそいつの近くを通る時には誰も目を合わせない。
「——ああああ! なんでだよ!?」
突然男が叫んだ。
「——俺はあああ! くそぉおおお!!」
尚も喚く。
人々が更に離れる。
不意に別の男が一人、近づいた。そして怒鳴る。
「うるせえ!」
怒鳴られたそいつは、眼を丸くして一瞬黙る。
が——。
「なあああ!」
「だからうるせえ!」
再度怒鳴られるそいつだが、もう驚いた様子は見せない。
ぐるん、と振り向き、自分の後ろを歩く女性に目を向けた。
背負っていたリュックを下ろし手に携え、奇声を上げながら近寄って行く。
「何しようとしてんだコラ!」
怒鳴った男がそいつの肩を掴んだ。
そいつが向く。リュックから何かを取り出そうとする——が、それを蹴られた。
中身が飛び散る。
財布、くしゃくしゃになったレシートが数枚、何かのカード、ペットボトルのジュース、潰れたおにぎり、コンビニ袋の塊、タブレット、ペンほどのサイズの懐中電灯の様な機械。その機械はケーブルで充電器の様な別の機械と繋がっていた。
そして——包丁。
俺は包丁に詳しくないので種類はわからない。だが色々な所でよく見る、包丁の形をした刃物だ。
「う、あ、あ……」
「てめえ! んなもん持って何しようとしてやがった!?」
「ああああああああああああ!!」
そいつは包丁に手を伸ばすが、それを蹴られた。胸ぐらを掴まれ殴られる。突き飛ばされた。仰向けに倒れる。馬乗りにされて起き上がれない。手足をバタバタさせる。
泣き叫ぶそいつ。ざわめく観衆。
映像の主役の女は足早に去って行った。
映像が薄くなる。
どうやら正解だったようだ。
夢が終わる。
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