第14話

 今日は土曜日だ。

 自転車をいつもの駐輪場に停めた俺は、真っ直ぐに校舎の外にある部室へと向かう。の壁で作られたそれは、部室というより物置きと言った方が正しい。

 まだ誰も来ていない。

 今はテスト準備期間中なのでこれがあるべき自然な姿だ。だがその本音は、平日は残って皆んなで練習したい、でも土日は学校に来たくない、そんな所だろう。五月の中間テストの時は俺もそうだったし、今は六月の終わり、くそ暑いのにワザワザ学校に来たくない気持ちはわかる。

 では俺は何故ここに居るのか。

 モチベーションが上がっている事も理由の一つだ。

 だがモチベーションが低かろうが来る奴もちゃんといるハズである。皆んな基本的に暇だから。たとえ少人数だったとしても集まった奴だけで練習するのは、それはそれで面白い。温度差は人それぞれだが、それでも好きで部活に所属しているのだ、何もしないで家に居るよりはよっぽど良い。

 だから来た。俺がここに居るもう一つの理由は、気分転換の意味もある。

 今朝目を覚ました時、とても気分が悪かった。昨日の様な体調不良ではなく、単にゆううつな気分に襲われていた。何故そうだったのかはわからないが、そういう時は好きな事をするに限る。むしろ昨日練習を休んだ事が憂鬱の主な原因なのかもしれない。

 俺はドア近くにある小さな三角コーンの下に隠してあった鍵を使って、部室のドアを開けた。本来は職員室で借りて来なければならないのだが、一々借りるのは面倒なので俺達はいつもこのスペアを使っている。顧問にも承諾済みなので何か変な事をする奴がいない限り、何も問題はないだろう。というか、他の部の奴らも似た様な事をしてるに決まっている。俺達の通うこの高校は、ユルいのだ。

 泥と埃と汗の入り混じった匂いが漏れ出す。俺は窓を全開にし、外へその匂いを追い出した。ジャージを脱いで半袖短パンになった俺は、サッカーシューズに履き替え、一応レガースもソックスの中に収める。その後、、UFOみたいでカラフルなマーカーコーンが重なる塊を持って、グラウンドへ向かった。その内他の部員達も現れるだろう。というか、俺が来た時間が早過ぎる。遠くにある野球グラウンドでは何人か準備をしているらしい奴らも見えるのだが、それ以外の部の奴らは見当たらない。

 一人でアップを終え、さあ練習するぞという時、聞き慣れた声達が集まって来る。

「お前ー! 自分の分しか用意しねえなんてどういう了見だ? ああ?」

 先輩だ。

「おぜやーす! 来ないかも知れなかったんで!」

 俺は爽やかに挨拶する。

「来るに決まってんだろ!」

「決まってはいないじゃないっすか!」

「決まってんだよ!」

 よく見ると部員全員集まっていた。先輩達の後ろからはボールの入ったカゴをガラガラ引いて来る同級生もおり、陸は手ぶらでヘラヘラしている。ヘラヘラする様な顔ではないが。

「——やる気があるのは自分だけだと思うなよ?」

 ——おお。

 何故かわからないが、あんなにやる気のなかった先輩方が燃えている。さては昨日俺が休んだ時、何かあったのか。

「皆んな集まった事だし、ちゃっちゃとアップ、始めましょ?」

 陸が仕切る——何様だ?

「俺アップ終わってるんで、皆さん早くして下さい!」

 それに乗っかり俺も軽口を言う。

「お前やっぱ調子こいてんな?」

 一番話しやすい先輩である「タツヤくん」が、そんなを言って来た。

「んな事ないですってー! 調子に乗った事ありません!」

 今日も良い日になりそうだ。くそ暑さも気にならないくらいに。

 やっぱり、練習に来て良かった————。

 

 やがて一日が終わり、俺は今日も充実した気持ちで夜、眠りに就いたのだった。


 

 第一章 

 俺は夢を覚えていない。


 終わり。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る