バッドエンドに直行する君と全てを手にする僕
あれい
第一週目
Side:エスト
「八年ぶりか――」
王都から十日間の馬車の旅ももうすぐ終わりだ。
窓から見える街並みは何もかも記憶のまま。
僕――エスト・アルノルドは自分に言い聞かせるように呟く。
「帰ってきたな。そして、これから責任重大だ」
ここはセントラル王国アルノルド男爵領。
東の辺境ではあるが、街の総人口は三千人ほど。
つまり、此度、国王陛下からアルノルド男爵領領主の任を拝領した僕は三千人の命を背負うことになる。
だから誓おう。出来うる限り「最善の行動」をしよう、と。
僕がそう決意を新たにした時、馬車がとまった。どうやら屋敷に着いたらしい。数人の使用人に出迎えられる。
そこで、おや?と気づく。
「彼女」の姿が見当たらない。
手紙であれだけ寂しがっていたから、まっさきに顔を見せると思っていたが。
近くにいた老執事に尋ねる。
「メアリは?」
「メアリお嬢様でしたら教会の孤児院で子供たちに読み書きをお教えしていらっしゃいます。もうそろそろお帰りになる頃合いでしょう。メアリお嬢様はこの日を大変お楽しみにしていらっしゃいましたが、残念ながらお館様のお出迎えには間に合いませんでしたな」
「そうか。だったら迎えに行こうかな」
「馬車は?」
「歩いて向かおう。ついでに街の様子も見てくる」
僕は護衛の兵士を一人連れて屋敷を出た。
Side Out
///
Side:リック
唐突だが、運命ってやつを信じるだろうか。
主義主張、色々あるだろうが、俺は信じている。
なぜなら――
「ちょっとー、暇なら手伝ってくださいっす」
ぼーっと店番をしていた俺――リック・レイヴンを現実に引き戻したのは、小柄でくりくりとした目の少女。
エルマ・コヴィットって名前の新人店員だ。
「給料分はきりきり働けー」
「うちは働いてるっす。働いてないのは若様ですってば、もー」
エルマは文句を言いつつ品出しの手を止めない。
忙しなく動き回る小動物のような可愛らしさを眺めていると、ドアベルが鳴る。
「リック、お昼を持ってきてあげたわよ!」
赤髪のポニーテールの少女が二つの乳房をゆっさゆっさ揺らしながら近づいてくる。いつ見ても眼福だ。
彼女――ネル・コリーは「赤い風船」ってパン屋の娘で、うちの商会と取り引きがあることもあって、長い付き合いだ。幼馴染みって言った方が分かりやすいか。
「今日はあんたの好物のカツサンドを作ってきたわ」
ネルがランチボックスを差し出してくる。
彼女は毎日、こうやって昼飯のパンを持ってきてくれる。
幼馴染み特権ってやつだな。
俺はさっそくカツサンドにかぶりつく。
「……どう?」
「いいんじゃないか。いつもとおんなじ感じだ」
「そ。じゃあ、あたし仕事に戻るから」
ネルはぶっきらぼうにそう言って店を出て行く。
ふと目をやれば、エルマがジト目でこっちを見ていた。
「なんだよ」
「若様、あの感想はないっすよ。美味しいと一言、言うだけで違うっすよ」
「うるせー、働け」
俺は手のひらを振ってエルマを追い払う。
言いたいことは分かるが、素直に言うって、なんか恥ずかしいだろ?
まして幼馴染み相手に。
まあ、俺の日常はだいたいこんな感じだ。
元々、俺は隣の領のジーマン伯爵領の出身だ。
そこでうちは伯爵様の御用商人をしていたのだが、親父は長男でないから跡を継げず、俺が十歳の時、つまり八年前に独立して、ここ――アルノルド男爵領でレイヴン商会を立ち上げた。
最初は伯爵領と比べて田舎の街並みに辟易としたが、今では住めば都っていうか、毎日充実している。
だって、エルマ、ネル、それからあと二人。
俺は四人の女と懇意にしている。
成功している商会の息子で、かつ女に困らない。
俺はそういう運命に生まれてきたに違いない。
だから俺がどんな「選択」をしようとも、明るい未来が待っているはずだ。
カツサンドを食べ終わり、再び店番でぼーっとする。
従業員がほとんど仕事をやってくれるから楽だが、暇だな。
そこへ教会の鐘が午後三時を知らせる。
まどろんでいた頭が一気に覚醒して、俺の脳裏に一人の少女の姿が思い浮かぶ。彼女に会うためには公園に行かなければいけないが――
+++選択肢+++
▷店番をする
▶︎公園に行く
+++++++++
今、一番会いたいのは「彼女」だ。
店番なんかより、ずっと重要だ。
俺は鏡で髪を整えるとジャケットを羽織り、店を出る。
店の前を掃除していたエルマに声をかける。
「ちょっと外回りに行ってくる」
「はぁ〜、今日もっすか。一回でも契約を取ってきてくださいっす」
「まあ、そのうちな」
「嫌味がきかない……若様、無敵っすね」
エルマが何か言っているが、俺は足早に表通りを行く。
突き当たりを左へまっすぐ行けば、教会がある。
俺はその途中の、まあまあの広さの公園に用がある。
木陰に隠れてスタンバイが完了する。
「来た――」
教会の方から歩いてくるのは女神って言ってもいい程の美少女。
ゆるくウェーブのかかった髪を風になびかせながら、あっという間に公園の前の道を過ぎ去ってしまった。
「……あれ?」
アルノルド男爵領で知らぬ者はいない美姫の彼女――メアリ・アルノルドは、いつもならばこの公園のベンチに座って休憩するか、詩集を読むかするはずで、俺は偶然を装い、声をかけるっていう作戦なのだが。
今日は失敗か。
俺はガックリ肩を落とすも諦めきれず、彼女の後を追うことにした。
何か急用だろうか、急いでいる感じだ。
すると、前を行くメアリの前に数人のチンピラが立ち塞がった。
メアリは振り切ろうとしているようだが、しつこく声をかけられる。
「チッ、ナンパか」
ちょうど運悪く辺りに人気がない。
よし、ここは俺の出番だな。
イザベラ師匠に鍛えられし剣技をお見舞いしてやる――
+++選択肢+++
▷助ける
▶︎様子を見る
+++++++++
と思ったが、ここは様子を見よう。
よく考えれば、今俺は丸腰の状態だ。
それに、メアリはイザベラ師匠を護衛に連れているから大丈夫なはず。
そういや、イザベラ師匠がいない?
まさかメアリのやつ、護衛もなしに一人で出歩いたのか。
俺が焦っていると、調子に乗ったチンピラがメアリの方へ手を伸ばし――背後からやってきた優男によって阻止された。
「見ない顔だな、誰だ?」
優男は懐から銀色のメダルを取り出してチンピラに見せた。あれを持っているってことはどこぞの貴族か。そう考えているうちにチンピラは尻尾を巻いて逃げ去った。まあ、メアリを助けてくれたのは褒めてやってもいいか。
だが、信じられないことに優男がメアリの頭を撫で始めた。
「あのヤロウッ、メアリに軽々しく触れやがってッ」
急いで男をメアリから引き離すため歩み寄ろうとして、足が止まった。
「……は?」
俺の目の前で、メアリの方から優男の腕に抱きついたのだ。
そして二人は楽しげに語らいながら歩き去って行く。
見間違いようもない現実を突きつけられ、俺は思考停止のまま、呆然と立ち尽くすのだった。
Side Out
///
Side:エスト
八年ぶりの街並みを確認しながら僕は教会の方へ向かっていた。
そうそう、教会へ行く途中には公園があったな。昔、よく遊んだことを思い出し懐かしんでいると、何やら前方が騒がしい。
そのうちの一人を見てすぐに「彼女」だと分かった。
そして、どうやら彼女はチンピラにナンパされているらしい。
護衛がいないことに疑問は残るが、僕は大股で歩み寄る。
彼女へ伸ばされたチンピラの手を掴み、捻り上げる。
「いってぇ!?」
「なんだ、このガキ!」
「悪いね、彼女は僕の大切な人なんだ」
そこで僕と彼女――メアリ・アルノルドの目が合う。
メアリはハシバミ色の目を丸くするくらい驚いて、
「……ぁ、お兄様」
八年ぶりだったから心配したが、向こうも僕のことがわかったようで何より。あ、僕が連れてきた護衛が剣を抜く気配。手で制してやめさせる。
僕は懐から貴族家の当主に国王陛下から下賜されるメダルを取り出して、チンピラに見せる。
「これが何か分かるだろ? 今なら穏便に済ませてやってもいい」
「け、貴族がなんだってんだ!」
「俺たちはオークデン金融の用心棒だぞ!」
オークデン金融?聞いたことがないが。それでも、だから何だと言うのだろう。たかが用心棒だろうに。
「最後通告だ。私はここ、アルノルド男爵領領主、エスト・アルノルドである。もう二度は言わんぞ?」
「げぇ、領主かよ!」
「こんなガキがぁ!?」
「あぁ、せっかくの上玉だったのによぉ!」
チンピラたちは口々に罵って行ってしまった。
オークデン金融、少し注意した方がいいかもしれない――
と、今は彼女の方だ。
せっかくの再会だが、ここは叱らなければならない。
「メアリ、僕の言いたいことが分かるね?」
「はい、ごめんなさい……」
「イザベラはどうした、どこにいる?」
イザベラ・ホーネストは僕も既知の人物だ。メアリとは公私共に仲がいい。ホーネスト家は武官の家で、代々アルノルド男爵家に忠誠を誓っている。手紙ではイザベラがメアリの専属護衛を務めていると書いてあったが。
「イザベラは今日は非番でいませんの」
「だから、一人で出歩いたと? はぁ……メアリ、僕もこの街の人の良さは分かっているつもりだが、何事にも絶対はないんだ。現に、今日襲われそうだった。もう二度と軽はずみなことはしないと約束してくれ」
「はい……」
しゅんとした彼女の頭に手をのせる。やわらかな髪を撫でて、もう怒ってないとアピールする。メアリは目をそっと上げて、こちらの表情を見て顔色を明るくさせる。
「ただいま、メアリ」
「お帰りなさい、お兄様!」
屋敷に戻ろうと歩き始めると、メアリが僕の腕に抱きつく。
「年頃の娘がはしたくないか?」
「私はお兄様の婚約者で、未来の妻ですよ?」
「婚約者ね……その話はまた夜にしよう」
メアリがこくりと頷く。
婚約者云々はこんな人目がある場所でする話ではないので話題を変える。
「それにしても、イザベラは意外だったな」
「意外ですの?」
「ああ。イザベラの性格からして非番の日でもメアリのことを自主的に護衛しそうなものだが」
「前はしてました」
「今は違うと?」
「ええ。イザベラに想い人ができて、今日は非番なので、その想い人に会いに行ってますの」
「……は?」
「クスクス、なんですの、その間抜けな顔は。イザベラも女の子なのですから恋くらいしますよ」
八年前のイザベラしか知らない僕にとっては青天の霹靂だった。彼女は剣に恋するような人物だと思っていたが。
その後、色々と聞いてみると、イザベラの想い人はリック・レイヴンというらしい。レイヴン商会の一人息子だそうだ。
レイヴン商会は僕が王都へ行った八年前に入れ違うようにして隣の領のジーマン伯爵領から移り住んできたとか。
ついでにオークデン金融についてメアリに聞いてみるも知らないとのことだった。最近、できたのだろうか?
屋敷に戻り、日も暮れると、皆が僕の帰郷と領主就任のパーティーを開いてくれた。身内だけのものだったが、旧交を温めるには十分だった。
イザベラを見つけたので、リック・レイブン氏との恋模様を聞いてみる。どうもまだ片想い中で想いを打ち明けてさえいないらしい。しかも、今日はせっかく店に行ったが、リック氏には会えなかったそうだ。
そのまま酒の勢いでからかっていると、八年間で磨かれた彼女の剣の冴えを堪能することになってしまった。
楽しいパーティーが終わり、夜も更けた。
僕の寝室に夜着に着替えたメアリが訪れる。
改めて彼女の姿を見る。
ランプの淡い灯りに浮かび上がる、彼女の美貌と均整のとれた肢体。
思わず口に漏らす。
「……綺麗になったね」
「い、いきなり恥ずかしいですの。お兄様も、その……かっこよくなりましたわ」
羞恥に頬を染めるメアリを椅子に座らせる。
「さて、僕と君の婚約の件だが」
「はい」
「僕はこの八年間で王都の貴族学校に通い、方々に根回しをした結果、無事にアルノルド男爵領の領主の任を国王陛下から拝領された。だから、アルノルド男爵家の正当な血筋である君と婚約し続ける理由は薄くなった」
「はい」
「そして、僕は最後に君と会った時に言ったよね?この八年で好きな男、もしくは気になる男ができたら嘘偽りなく教えて欲しい、と。君との婚約を解消しても構わない、と」
「はい」
「それではメアリに聞こう。好きな男や気になる男ができ――」
「いませんの」
「食い気味ではっきり言い切ったね。だが、もう少しよく考えてご覧?本当にいないだろうか。なんだったら後数年は待とうか。僕はメアリには是非とも幸せになって欲しいのであって――」
僕の言葉を遮るように立ち上がったメアリがこちらの胸へ飛び込み、首に腕を絡め、そのまま、そっと唇を押しつける。
「うだうだ言うお兄様はかっこ悪いですわ。私のファーストキスを捧げましたの。責任をとってください……」
目の前の潤んだ瞳を見つめる。
僕にとってメアリは妹みたいな存在だった。
だから、彼女への想いを心の奥底に封印して蓋をした。
解き放ったら認めなければならないだろう。この想いを――
「愛してるよ、メアリ」
「私もです、お兄様」
今度は僕の方から彼女に口づけを落とす。
そして、ランプの灯りを消し、二人でベッドに倒れ込んだ……。
――――――――
〈第一週目 リザルト〉
→ メアリルート、ハーレムルートの消滅。
(おまけ)
+++選択肢+++
▶︎店番をする
▷公園に行く
+++++++++
〈リザルト〉
→ イザベラが訪れてエルマに注意されるまで楽しく会話します。
→ イザベラの好感度up
→ メアリルート、ハーレムルートの消滅。
+++選択肢+++
▶︎助ける
▷様子を見る
+++++++++
〈リザルト〉
→ チンピラは所詮チンピラ。助けるのに成功します。メアリがリックのことを異性として気になり始めます。エストとの婚約は一時解消します。
→ メアリの好感度up
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