夜中に目が覚めてびっくりした社会人百合

川木

夜中に目が覚めてびっくりした社会人百合

 ふと、目が覚めていく。

 全身が気だるい。自分がどんな姿勢でどこを向いてるのかも把握できない。このまま寝てしまいたい。だけど起きたことを察した体が猛烈な尿意を訴えてきて、私の意識はさらに浮上する。

 右向きに寝ている。つまり壁向きだ。いやどっちだったか。目を開けないとわからないが、目蓋が重い。


 夜中に目が覚めるのはよくあることだ。子供の頃はそうでもなかったのに、変な時間に目が覚めるのだ。寝る時間を適当にしてるせいだろうけど。

 だけどこんなに眠いのに起きてしまうというのは、膀胱が限界ということだろう。この年でおねしょをするわけにいかない。

 私は何とか手を伸ばしてスマホを探す。


「ん」


 ん? いまなにかにあたった!? そして私以外のなにかがいる!?


 聞こえた音と触れた何かに私は飛び起きた。目を開けるとそこはかすかに明かりのある部屋。起き上がって触れた方に目をやると、そこには目を閉じ眠っている裸の女がいた。


「……」


 意識がはっきりしてきた。頭を押さえる。そうだ。昨日、私はこの女とホテルにはいった。


 お酒を飲むのは好きだったが、今までずっと家で一人飲むばかりだった。それがなんとなく寂しく思えて、外で飲むことにした。会社帰りに寄りやすく、駅から近くて、評判のいい居酒屋。それを調べて、金曜日の夜。私は街に繰り出した。


 そしてそこで、この女と出会った。確か加山多美。初めての一人居酒屋は少し緊張したけれど、入ってしまえば普通の飲食店だ。

 頼んだお酒で緊張をといていくと、周りの喧騒が耳に入っていった。一人で家にいるとテレビの音しかしないが、ここでは色んな話し声や物音があちこちから聞こえた。

 それはどこか温かみを感じさせた。世界に私は一人ではないのだと、理性ではなく本能に理解させられた。


 そんな風にぼんやりお酒を楽しんでいると隣に人が座った。それがこの加山さんだ。


 居酒屋では知らない人同士が出会うこともある。さすがに初日からそこまで期待したわけではないけれど、いつかそんな風に出会いがあるかもしれない。そんな風には思っていた。


 だけどまさか、こんなことになるなんて。


 お酒に弱い方じゃない。昨日もちゃんと合間にチェイサーを飲んでいたし、記憶もある。さっきは寝起きで寝ぼけていたけど、どんなふうに声をかけられ、どんな感じの会話をして仲良くなって、どうやってこのホテルにはいってきたか。ちゃんと覚えている。

 

「……はぁ」


 恥ずかしい。出会いと言っても、こういうつもりじゃなかった。普通に友人ができればと思っただけだ。

 昨日初対面から声をかけてきた感じと言い、ずいぶんなれた感じだった。こういうのが好きな人なんだろう。まんまと引っかかってしまった。恋人もいたことがないのに、こんな風に全部済ませてしまうとは思わなかった。けど、悪い気分じゃない。

 加山さんは中々美人だし、昨日は楽しかったし、気持ちもよかった。まあ、悪くなかった、ということで。


 と、のんびりしてもいられない。私は起こさないようにしながら慌ててトイレに向かった。便座に座って用を足してから、裸の自分におかしくなる。手を洗ってから出て、ベッドに戻る。


「……おかえりなさい」

「あ、お、おはようございます」


 戻ると加山さんは起きあがっていた。記憶がないわけじゃない。だけどお酒がはいっていたのと素面の今、テンションが同じではいられない。ついつい敬語になってしまった私に、加山さんはおかしそうに笑った。


「ふふ。どうしたの? 敬語なんて」

「あー、いや。別に」


 隠そうともしないその様子に、私は何とも言えない気になってしまって頭をかいた。ひと眠りしただけで、まだ私には彼女の肌の熱もその感触もありありと思い出せる。それと同時に自分も裸なのが恥ずかしくなる。


 ベッドの隅に放り投げた自分の衣類を拾って着ていく。なんだかちょっと匂うし、湿気っていて気持ち悪いな。


「もう服を着ちゃうの? 折角起きたのに」

「普通に恥ずかしいし。加山さんはー」

「えっ、ちょっと、なにその呼び方。ちゃんと多美って呼んでよ」


 普通に怒られてしまった。えー。いやまあ、確かに昨日、そう呼べって言われたしそう呼んでたけど。でも冷静に考えるとまだほぼ初対面なのに。


「ちょっと恥ずかしいと言うか。その、多美とは、昨日会ったばかりだし」

「それはそうだけど、恋人じゃない」


 え? ……え!? 恋人!?


「……」


 いや、確かに昨日はそれらしい会話をしているけど。酒の場で会ってその勢いなのに、ちゃんとした恋人と認識されていたとは。てっきりそう言うのになれている人だとばかり。でも困った。そんなつもりがなかったと言えば、私の方がやり捨てするひどい人になってしまう。


「どうかした?」

「あ、いや、まあ、恋人と言うのになれていないから」

「私もあなたが初めての恋人だし、お互いさまよ」


 そうなの!? と言うか、恋人がいなかったことまで話したっけ? 具体的な会話の内容まではあまり覚えていない。うーん。まあ、いいか。


「そうかもしれないけど。まあ、とりあえず寝よっか」


 よくわからないけど、まあ、なったものは仕方ない。こんな勢いで恋人になったんだ。めちゃくちゃ相性がいいってことだろう。なら私にとってデメリットもない。そんなことなくてただただ酔った勢いだったなら、多美の方も私に愛想をつかしてすぐ別れるだろう。

 まだ時間は深夜と言っていい。普通に眠い。考えるのも面倒になってきた。今日のところは寝てしまおう。


 私はベッドにはいって、多美の頭をなでて寝具におしこみ、掛布団をかけた。これ以上肌が見えると睡魔に悪い。


「ん……そうね。おやすみ、照」

「おやすみ、多美」


 素直に私の手に従って寝転がった多美は微笑んで目を閉じた。隣に寝転がったその熱はどこか心地よく、私の名前を呼んだその声も優しくて、私はすんなり眠った。









 警戒感がないなぁ。普通は出会ったばかりでこんなことになったなら、私が悪い人じゃないかとか、お金とられてないかとか、そう言う警戒が必要でしょ。お酒はもう抜けてそうだったのに、全然気にせず寝ちゃうんだから。


「……ふふ」


 でも、そう言うところが好き。照、山田照。私と初対面だと思っているけど、本当はそうじゃない。私と照は同中だった。もっとも、クラスを一緒になったこともないし、高校も大学も違い、こうして就職している今、覚えているほうがおかしいのだろう。

 わかってる。


 私が一方的に照を知っていて、一方的に照を好きだったのだ。大らかで、細かいことを気にしない。きっかけは些細なものだった。転んでぶつかった私を助けてくれた。たったそれだけ。一瞬の邂逅。でもそれからずっと、目で追ってた。

 彼女の名前も、友人関係も全部把握していた。それがストーカーと呼ばれる行為であることをほんのり自覚はしていたので、高校が別になってしまったのをきっかけにやめた。

 だけど就職してしばらくして、気づいてしまった。私の働く会社のすぐ近くで照も働いていることに。一目でわかってしまった。

 地元は一緒なので何年も意図的に会わないようにしていたけど、それでもあの頃、たった三年足らずだけど毎日見ていて、忘れようとしても数年瞼の裏から離れなかった彼女。見てすぐにわかってしまった。

 近くのコンビニに行くのに社員証をつけたままだった時に名前も確認し、よく似た他人でもないことを確信し、それから、また私の恋が始まってしまった。


 駄目だとは思いつつ、だけどこれは運命なのだと感じてしまって、私は彼女の今の職場や自宅、通勤経路、交友関係、SNSアカウント、全部調べてしまった。学生時代ほど時間に余裕があるわけじゃないけど、その分お金や応用力もあったからだろうか、私の彼女への思いがついそうさせてしまったのだ。

 

「照……」


 そしてついに、照と。そう、彼女の名前を呼ぶ権利を手に入れた。勝手にじゃなく、照からも名前で呼んでもらえる権利を。

 嬉しい。嬉しくてたまらない。照のことなら何でも知ってる。好きな色、好きな食べ物、好きな言葉、好きな人。話題にすること、口癖、お気に入りの曲、最近はまってるもの、人に内緒にしてる趣味、性癖、自室での過ごし方。

 全部知ってる。知れば知るほど、愛おしくなる。部屋が散らかっていることも、お酒を飲むとテンションがあがりすぎてしまうので会社の飲み会では自重していることも、鈍感で告白されても気づかずスルーしてしまったところも、好き。可愛い。


「……」


 名前を呼んでも反応が無い。もうそのくらい、深い眠りについたのだ。寝つきがいいのは知っているけど、こうして肌で体感すると感慨深いものがある。


 夢みたいだ。ぬるい空気感すら、達成感で気持ちがいい。すぐ傍に照がいる。そっと胸に手をあてる。さっきとは違ってただ触れさせるだけ。そうして目を閉じると、どくんどくんと照の鼓動が感じられる。

 その振動が私の全部を震えさせる。好き。目を閉じたからか感覚が鋭敏になり、触れる肌、熱いほどの体温、吐息の音、呼吸と共にかすかに上下する掛布団、触れる髪の感触。そんな照の存在から発せられる何もかもを感じられる。

 すぐ傍にいる。それを実感させられる。真っ暗な中、照を全身で感じる。少しだけ体を寄せるだけで、ぴったりと肌がはりつくように寄り添える。

 寝る前に頭に触れた照の手はまだ頭上にある。髪に触れている程度のその指先がかすかに動く。お互いがお互いにほんのわずかな動きで影響を与えることができる。一方的に見るだけではない関係。落ち着いて実感するだけで幸せでたまらない。


 数呼吸その状態を楽しんでからゆっくり目を開ける。一瞬だけ暗闇に馴染んだ目が眩しさを覚えるけれど、すぐになれる。かすかな明かりの元、ちょっとだけ顎をあげて輝を見る。上を向いて堂々と眠る姿。

 何度見ても素敵。実際に目で見ることはかなわなかったからこそ、ずっと見て居たいくらいだ。今夜、一大決心をして照に自分から話しかけた。

 そうしてまっとうにアプローチして、とんとん拍子にここまできてしまった。いつも照を思っていたから、夢にみるほど思っていたから、照との夜は本当に夢のようだったし、うぬぼれじゃなければ照にもそのくらいには喜んでもらえたんじゃないかと思う。


 どういう声がいい時の声で、どういう間でどういう流れで感じるのか、そう言うことも全部知っていて、照に悦んでもらえるようたくさんシミュレートしてきた。その成果を存分に発揮できたはずだ。

 その甲斐あってか、酒の席でそのまま勢いのままの言葉を本気にしたふりをして、恋人だと言い張った私の言葉を否定しなかった。嬉しい。これからももっともっと、照を満足させ続けて、私なしじゃ生きていけないようにしたい。


 照を見つめていると、私の心臓はいつだってときめいている。だけどさすがにこのまま眠らないわけにはいかない。

 そっと照の手をとって、胸元にもってくる。その指先、爪の形まで愛おしい。好き。


「ん」


 そっとその手にキスをして、ぎゅっと胸に抱いてからまた目を閉じる。かすかに動いた指先が触れる。ドキドキと心臓がうるさい。

 だけど、これ以上焦ることはないんだ。必死に求めなくても、慌てて縋らなくても、目を閉じて、もう一度開けるまで、照は傍にいてくれるんだから。頑張るのは、目が覚めてからでいい。


 今日は私だって疲れている。照を前にしておしゃべりをするだけでも緊張しっぱなしで、まして流れとは言えホテルにきて、もう心臓もときめきすぎて疲れてクタクタだ。

 照と同じように、今すぐ眠ってしまったもおかしくない。


 一呼吸する。照の存在に胸はドキドキする。照の匂いもする。思わずそのいい匂いを追いかける様に首をうごかしてしまい、照の髪に鼻先をうずめる。安いホテルのシャンプーなのに、どうしてこんなに照はいい匂いなのか。はあ、好き。

 目を閉じても、何をしても落ち着かずにときめいてしまうし、照の存在に心動かされてしまう私だったけど、体力も限界だったようでときめきながらも意識は遠くなった。


 照、絶対に、離さないからね。









 多美と恋人になって、一年がたった。いや本当にあっさりと時間がたった。多美との関係は良好だ。多美はちょっと行動的すぎるというか、一か月ほどで押しかけてきて同棲することになってちょっと面食らったりもしたけど、家事を率先してしてくれて、なにくれと世話をしてくれるので非常に助かる。

 もはや日常生活において多美がいなくなると非常に困る、くらいには依存している。だって疲れて帰ってきてご飯ができてるのが最高すぎる。お金払ってもいい。家賃とかは私が払ってるけど。


 とは言え私が一方的に甘えているわけじゃなく、多美はちょっと束縛癖があったり精神的に不安定でたまに急に泣き出すような時もあるので、精神的には多分5050でイーブンじゃないかと。

 と言う訳で、なんか流れで付き合ったけど、つまり相性がよかったのだろう。そんな感じで多美とは仲良く暮らしている。


「ただいまー」

「おかえりなさい、照。もう、遅いから心配したんだから」


 今日は久しぶりに実家に帰ってきた。親からそろそろ私の部屋を片付けるから整理しろと言われたので、仕分けだ。必要なものはほとんどないはずだけど、やっぱりこう、捨てるのは惜しいものはあってつい残してたんだよね。

 夕方、五時には帰ると言っていたのだけど乗換ミスって15分遅れただけで文句を言われてしまった。ちゃんと5時過ぎた時点で連絡いれておいたのに。


「はいはい、心配かけてごめんね。それよりこれ見てー」


 言っても別にこの後用事もないし、だいたい五時と言っていたし、ちゃんと連絡も入れてる以上私に非はない。なので軽く流して私は実家から持ってきた戦利品を机に出す。


「なに? 何かお宝でもあったの?」

「私の家は秘境か。じゃん、私の卒業アルバムだよ。で、これ見て! なんと、多美、同級生だったんだよ!」

「えっ」


 地元同じじゃん、と言う話はしていたけど、別に必要もないので特に経歴とかお互いにしなかったけど、まさか中学同じだったとは。片づけしながら何となく捨てる前にと見てたら普通に多美がいてびびったので持ってきたのだ。なお他のは捨てた。昔取ったプリとか、もらった手紙とか、当時気に入っていた服やCD,全部、今必要かって言われたら必要ではないかなとなったので。

 私は多美にわかりやすいよう、私のページと多美のページをぺらぺらして見せてあげる。


「どっかで会ってたかもしれないんだよ? すごくない?」

「そ、そうね。びっくりー」

「だよねー。なんかちょっと運命感じるね」

「……」


 あれ? なんか様子おかしいな。今の会話で病む流れあった?


「あ、あの、もし私が、中学一緒だったって知ってたとしたら?」

「え? そうなの?」

「もし、もしそうだったら、どう思うのかなーって?」


 なんだ、知ってたのか。それでリアクション変なのか。でも、なんなら私に忘れてたのかと怒ってるとかならわかるけど、むしろ黙ってたのを多美が怒られると思ってる? んー? 別にどうでもいいけど。実は生き別れた実の姉妹、とかならさすがに言えよって思うけど。実は同中とかどうでもよすぎて。いや、意気揚々と報告した私が言うのもなんだけども。


「黙ってたってことはさてはー、私のこと好きだったな! いやー、私ってモテるから」

「……」


 え、反応が無い。一方的に覚えてるってことは実は嫌われてたのかな? 中学時代どっちかと言うと騒がしいタイプだったし。いやでもだったら今恋人なわけないか、と思って言ったのに。反応ないなんて。まさか本当に嫌われてた?


「多美、過去のことなんてどうでもいいでしょ。今、私は多美のこと好きだし、多美も私のことが好き。それでよくない? 幸せにするよ、多美」


 とりあえずキスして誤魔化すことにした。


「……ええ、そうね。ありがとう。もちろん今のは例えで、全然知らなかったけど。同じ中学なんて、びっくりね」

「だよねー」


 よし。とりあえずこの卒業アルバムは明日のゴミにだしておこう。


 こうしてちょっとしたハプニングがあったものの、私と多美はこれからも仲良く暮らしていくのだった。うんうん。仲良きことは美しきかな!

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