七作品目「声の怪盗団」
連坂唯音
声の怪盗団
夜。
Youtubeをつける。トレンドに政治ニュースで話題になっている動画があったので、それを見る。政治家が映る。記者会見が開かれていた。
画面の右上に『海先議員、女性議員への性差別的発言を否定』と見出しが表示されていた。
「えー、私が先日、女性議員に対し発言した『あんたの顔じゃあ、安い水商売が関の山ってところだろ』という表現はいささか適切なではなかったかもしれません。私としては、とてもきれいな顔立ちをしておられたので可愛い顔とお伝えしたつもりなのですが、世間にはそう受け取ってもらえなかったようで。え? 言動を反省してるのかって? それはもちろん、反省、反省」
朝。
「Uくん、データ集まったよー。結構学習できたよー」
SHEの声で目を覚ます。Uはベッドから体を起こし、思い切り腕を伸ばした。近くにあった置時計に目を向ける。『AM8:13』と表示。Uはカーテンを開けて部屋に朝日を迎え入れた。Uの学生寮は常に陰湿な空気を漂わせているから、こうやって日の光を毎朝部屋に浴びせる必要があると、Uは思っている。
部屋の奥でSHEがデスクトップパソコンをいじっていた。タブの開かれたエナジードリンク缶が一〇本以上、SHEの脇に放置されている。
「SHE、お前ずっとAIとお喋りしてたのか?」Uが喋りかける。声を出すと喉の渇きを感じる。
「ほとんどターゲットの声を再現できるようになったよ。ほんと、音声合成AIの力って半端ないね。この技術だけで声優さんいらずに、アニメが完成しちゃうってことだからね。きっと声を盗まれたら声優さん仕事失うしかないよね」
パソコンの画面には「learn調整」というタブが縦列し、各列に夥しい数の音声ファイルが詰め込まれていた。
「そうだな。AIが声優の声を完全再現できるようになりつつ今、声の芸術性をつくりだせない弱者はAI学習用データという餌に成り下がるわけだ。SF映画でも見れなかった人口知能の脅威だ」
Uは、パソコンに繋がれたイヤホンをSHEの片耳からはずし自分の耳に入れた。
「なるほど。SHE、やはりお前は天才だ。この声ならいけるぞ。だが俺たち怪盗団が盗むのは、低俗な野郎の声だけだ」
「あたりまえっしょ。もうターゲットの台詞まで文字に起こして、あとは動画に声を当てるだけだけど、チャンネルにアップする?」
「そうだな。昨日SNSで打ち出した犯行予告はもう十万以上のリツイートにまで達している。おそらく今日の夕方のネットニュースで、俺たちの盗んだ声が誤報道されるだろうから、その時間に合わせてチャンネルにアップしてくれ」
「オッケー」
Uはそう言うと自分のベッドに戻り、再び目を閉じた。
夕方。
Youtubeをつける。トレンドに政治ニュースで話題になっている動画を見つけた。
性差別的発言をした政治家の動画だった。Uは音量を少し上げる。見る限り昨日の動画とまったく変わっていない。同じ記者会見の場面だ。
「えー。私はかつて女性差別主義者でした。私は深く反省しています。議員を辞職し、妻の育児をすべて私が行います。育児が終わったら、もう一度この党に戻って議員の女性比率を50%以上にする仕組みを作りたいと思います。この度は本当にまことに申し訳ございませんでした」
そのままUは動画のコメント欄を閲覧する。
コメントに、「これまじでAIが合成した音声なの⁉ ホンモノと遜色ねえw」「昨日の海先議員に限らず、政治家にはこう言ってほしい」「『声』の怪盗団の再現度やば(笑)。政治家の声ここまでAIで言わせられるのか」「海先議員の声盗んだんですね! まるで本物が喋っているみたい! もうテレビが誤報してますよ!」
Uはテレビのリモコンを取って、テレビをつけた。速報の映像は、SHEが作った海先議員のAI合成音声で捏造した映像だった。Uはガッツポーズをとる。
「Uくん大成功だね!」SHEがUに抱きつきていてきた。
「俺たち『声』の怪盗団は、目的通りターゲットの声、そして大衆の注目を盗んでやったぞ。この腐った社会に俺たちがまたひとつ混乱を落としたんだ。人を差別するような奴は俺たちの餌食さ」
「次のターゲット決まった? 決まってなかったら、わたし選んでいい?」
「もちろん。次も頼むぞ、SHE。少しずつこのくそったれ日本を変えるんだ」
七作品目「声の怪盗団」 連坂唯音 @renzaka2023yuine
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