奇妙

 人気のない森に響き渡る小声の囀り。僕はこの音が好きである。

 しかしながら、”数年前”奇妙な体験をした。それを話したい。


 いつも通り森に足を運んだ時のこと。その日は黒いTシャツにジーンズという、なんともありふれた格好をしていた。

 そしていつものように黄昏ていると、中の方からすーっと何かが通っているような気配がした。

 この森は滅多に人が訪れることはないので、不安になって少し探してみることにした。

 その気配は木に隠れたような気がしたので、まずは木を一つ一つみていこうとする。

 その時、後ろから何かで突かれるような痛みを感じた。

「痛っ!!なんだよ......」

 言い終わったその瞬間、今度は周りから囲まれるようなそんな視線を感じ、僕は固まってしまった。

 ずっと汗をかき、疲れていたとしても、動くことはできない。

 三〇分ほど経って、ようやく動けるようになったその時、僕は血を流して倒れていた。

『え?え?!なにこの血......』

 疑問と不安が頭から離れない。

 そして僕は息絶えた。


 そこで終わっていたら話は単純だったであろう。

 この話は僕にとっては過去だが、世間的にみたら未来である。


 息絶えた後、光が僕を焼いていた。

 目を開けると、先ほどいた森と同じところにいることに気づく。

 でも、大量の血はどこにもない。

 そもそも森の風景も微妙に違った。

「ここはどこなんだ?」

 そして森を出てみることにした。

「なんだここは......」

 そこには僕の知らない世界が広がっていた。

 そして謹賀新年の文字。それを見ると、

「2021年......」

 僕は2070年にいたはずなので、49年前に戻ってしまった。

 しかし、そう簡単に信じられずにいた僕は、町を走り回ってさまざまな場所をみて回った。

「本当に2021年に来てしまったのか?」

 僕はほぼ確信した。タイムスリップしていることを。


 僕はとりあえず、戸籍の存在を確かめようとした。区役所に行き、僕の名前をたずねた。

「すみません。山岸樹ってこの区の住民ですか?」

「少し待ってくださいね。」

10分ほど経ったのち、

「はい。この区の住民です。」

「ありがとうございます。」

僕はこの区で生活できるという希望を持ちながら、この奇妙な世界を生きていくことを決意した。

「寝泊まりはどこでしようか。」

僕はタイムスリップする前に住んでいた家へ行ってみた。

 不思議なことに、僕の家には山岸の表札があった。

 そして、持っていた鍵で開けることもできる。

「なんなんだ。この中途半端なタイムスリップは」

 僕は疑問を持ちながらも、何も知らない状態じゃなくて良かったと思った。

 家に入ると、何もスイッチを押してないのに、電気がつく。僕は驚きを隠せなかった。

 その瞬間、インターホンの音が家中を震わせた。

「誰だ?」

 僕は続く不可解な現象に多少嫌気が差しながらも、丁寧に応答ボタンを押した。

「誰ですか?」

 しかし、30秒以上待っても反応はない。

「おーい。誰かいるんだったら返事ください」

 ドアアイを覗き込んだが、そこにも誰かがいるような気配はない。

「不思議だなぁ」

 そのときだった。

「青年よ」

「え?!誰だ!?」

 いきなり僕の後ろの方から声が聞こえた。いや正確に言ったら頭の後ろ側だろうか。

 耳からではなく、頭の骨の振動から聞こえたという感覚があった。

「今こうしているのはただごとではないということを理解していただきたい」

「はぁ」

「申し遅れた。私は山を支配しているいわば精霊のようなものだ」

「なるほど......」

 僕は半信半疑ながらも、この不可思議な状態ですがることができるものが彼しかいなかったので、一旦彼を信用してみようと思った。

「ところで、僕は今どういう状態なのですか?」

「現時点では詳しくはいえないが、敵とだけはいっとくかな」

「なるほど。わかりませんね」

 僕は混乱しているので、深く考えられる余裕などなかった。

「では青年に3つの命令をしよう。1つ目は現代人に未来の情報を伝え、社会を混乱させることだ。2つ目は普通の人となんら変わらない生活を送ることだ。3つ目は、未来で叶えられなかった夢を叶えることだ」

「なるほどわかりました」

 彼はゆっくりとその場所から去っていった。

 これが、僕の予言者物語の始まりであった。

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