依代亡き付喪神

薬壺ヤッコ

プロローグ

80年前、陰陽師と祓魔師の争いは始まった。


 争いは現在まで続き、今を生きる少年少女までもが巻き込まれる。


 2週間前、祓魔師学園に入学した波座間はざまめぐるもそのうちの一人だ。


「なあ、ほとぎ


 廻は目の前に立つ同級生と目を合わせる。


「こんなことになるなら、学園になんて来ない方が良かったと思うか? 普通に今まで通り妹と暮らせば、幸せな毎日を送れたかもしれないだろ?」


「別に、後悔はしてないよ。……あのままだと、僕は秋の本心を聞けなかった」


「そうか、俺との学園生活は楽しかったのか」


「やっぱり後悔してるかも」


「ツンデレかよ」


「口を閉じろ」


 甌が廻の頭を手のひらで叩く。甌の手を濡らしていた血液が廻の髪に染み込んだ。


「お前、まだ止血してなかったのか」


「こんな状態では無理だからね」


「……なんかごめん」


「謝るな。僕に傷をつけたんだ、誇っていいぞ」


 廻の体は既に傷だらけだ。骨にはヒビが入ってるかもしれない。

 しかし、甌は廻の比じゃない。左腕がないのだ。甌の左腕が。抉られたような傷口から血が流れている。布で縛っているが、血は止まっていない。


「甌って、強いんだな。知らなかった」


「嫌味か」


「さあ? どう受け取るかは自由だよ」


「次は絶対僕が勝つ」


「待ってるよ」


 甌が睨み、廻が笑う。

 こうやってゆっくり話すのは、久しぶりだ。最近は色々ありすぎたから。


 その色々が一つに収束した結果。

 それが、二人の目の前に広がっている。

 

「それにしても、なんだよこの怪異の数」


 廻の視線の先には、数えるのも億劫な怪異の群れが。

 奇妙で人とも動物とも違う怪異の群れは、巨大な窪みから出ようと互いに互いを踏み台にしている。鳴き声がうるさい。


 祓魔師と陰陽師に二人が巻き込まれた結果がこれだ。

 この大量の怪異が街に放たれると、悲惨な結末になるのは想像がつく。


「なんだ、自信ないのか?」


 大量の怪異に嫌な顔をする廻を鼻で笑う甌。


「余裕だし。ハンデあってもいいし」


 陰陽師や甌と戦い、酷く疲労している廻。

 策にはまり腕を無くし、術式を暴走させられた甌。


 果たして余力はあるのか。

 

「なら、勝負しよう。 前にやっただろ?」


「入学式のあれか」

 

「そうそう。僕が勝ったやつ」


「俺が勝ったやつな」


「はいはい」


 うん、やっぱりこいつは気に食わん。右手も抉ればよかった。


「多く倒した方の勝ち。異論は?」


「分かった。それでいい」


 そこで会話が途切れ、二人は怪異の群れに目を落とす。

 数えるのすら億劫な怪異を前に、こうも余裕を持てる術者はそう多くない。

 死の恐怖、失う恐怖。これらが付き纏う限り、冷静を保つことは難しい。


 では、なぜ二人は余裕なのか。


 それは、


「「負ける気がしねぇ」」


 この二人が最強だからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る