第14話 ひそかな悩み

(1)

 

 翌日、昨日作っていた棺を朝一番で仕上げ、約束の時間通りに現れた葬儀屋に受け渡す。

 今回作った棺桶の主は相当な巨漢だったらしく、縦にも横にも幅が広い。葬儀屋とイアン、マリオンの男三人掛かりでさえ荷馬車まで運ぶのに苦労をしていると、外で洗濯物を干していたシーヴァが駆け寄ってきて手伝ってくれた。


「シーヴァ、手伝ってくれてありがとう。助かったよ」


 四人がかりで棺桶を荷馬車に積むと葬儀屋はシーヴァに礼を述べる。

『どういたしまして』

 シーヴァは軽く一礼し、再び洗濯物を干しに戻った。


「いやー、六年前に娼館から口の利けない女の子を引き取ったと聞いた時には吃驚したもんだが。シーヴァは器量が良いだけでなく働き者でよく気の付く、しっかりした良い娘に育ったねぇ」

「まぁな」

 感慨深げにシーヴァを褒める葬儀屋の言葉に嬉しさと共に照れ臭さも感じたため、わざと素っ気なく返す。

「シーヴァはもうすぐ十七になるんだっけ??そろそろ嫁に出す頃だな」


 またか。イアンは、この話題を人から持ち出される度に内心うんざりしていた。


「まぁ……、あいつは口が利けないし、それでもいいから嫁に貰いたいという物好きがいれば考えるが……」

「大丈夫だろ??この界隈の者は気の良い奴らばかりだから、本人がちゃんとした真人間であれば訳有りでも受け入れてくれる。実際、シーヴァがベビーブライドだったことは皆知っているけど、気にせず普通に接してくれてるじゃないか」

「それはそうなんだが……」

 返答に窮しているイアンに、葬儀屋は尚も続ける。

「なぁ、イアン。俺は前から言おうと思っていたんだが……。シーヴァを、俺の息子の嫁にくれないか??」

「は??」


 一瞬、何を言われたのか理解が追いつかず、間の抜けた返事をしてしまった。


「俺だけじゃない、家内も息子もそう望んでいる。お前も知っての通り、俺の息子は少々気が弱くて頼りない質でな。シーヴァのようなしっかりした娘を嫁に迎えたいと常々思っていたんだ」

「ちょっと、待ってくれ。そう思ってくれていたことは、俺としても嬉しい限りだが……。シーヴァの気持ちってもんもあるだろう??」

「そんなこたぁ分かってるよ。シーヴァが嫌だと言ったら、断ってくれて全然構わない。でもな、イアン。そうやって色々と理由を付けてはズルズルとあの娘の嫁入りを先延ばしにしていたら、そのうち貰い手がなくなるぞ??」

「…………」

「俺達もそろそろ四十になるんだ。先はそんなに長くない。マリオンはお前の跡を継ぐからいいけど、シーヴァはどうするつもりなんだ??」

「…………」

「まぁ、とりあえず、話だけでもシーヴァにしておいてくれよ、な??」

 

 葬儀屋はイアンの肩をポンと軽く叩くと荷馬車に乗り込み帰っていった。


 ここ一、二年程、イアンは周りの人間からシーヴァの結婚話を度々持ち掛けられるようになり、その都度、彼は丁重に断り続けていた。

 シーヴァは口が利けないし、所謂傷物だ。にも関わらず、彼女を嫁に欲しいと言う話は後を絶たない。父親代わりのイアンとしては嬉しい反面、非常に心苦しくもあった。


 シーヴァは身内の贔屓目抜きにしても、何処に出しても恥ずかしくないし、必ずや良い嫁になるとは思う、思うけれど。

 

 イアンがシーヴァを嫁に出すことに消極的なのはちゃんと訳がある。

 シーヴァは男女問わず、他人に身体を触れられることを酷く嫌がるのだ。

 それは家族同然のイアンやマリオンに対しても同様で。うっかり肩や髪に触れようものなら思い切り睨み付けてくるし、酷い時には脛を蹴飛ばされることもある。


 シーヴァも馬鹿ではないので、外で他人に触られた時は嫌がる素振りは一切見せない。だが、家に帰ると必ず洗面所で吐いてしまうのだ。これは娼館で働いていた時からの癖だった。


 結婚すれば嫌でも夫婦の営みは付き物になってくる。きっと、シーヴァはその時は平気な振りをするのだろうが、その後は絶対吐くに違いない。彼女のその行動が原因で新しい家族との関係に亀裂が生じやしないだろうか。イアンはそこが気掛かりで仕方なかった。


「イアンさん、シーヴァが紅茶を淹れてくれたから、休憩しましょう」

 外で考え事に耽っていたイアンをマリオンが呼びに来た。思っていた以上に長い時間、外で考え込んでいたらしい。

「お、おぉ、今行くよ」

 思案は一旦中断し、マリオンに続いてイアンは家の中に戻っていく。




 ⑵

 

 イアンが中に戻ると、居間のテーブルにはすでに三人分の紅茶とシーヴァお手製の焼き菓子が並んでいた。


「ごめんなさい、イアンさんより先にお茶頂いてました」

『気にしなくてもいいわよ、マリオン。外でボォーッと突っ立ってるイアンが悪いんだから』

「お前なぁ……」


 誰のせいだと思っているんだ。

 イアンは心の中でシーヴァに悪態をつきまくった。


「シーヴァが焼いたマフィン、美味しい!!」

 イアンの懊悩など露知らず、隣の席でマリオンがマフィンに舌鼓を打っていた。

『マリオンの食べっぷりは見ていて本当に気持ちいいわね。まだ残ってるからどんどん食べて』

「やったぁ!!」


 小さな子供のように、口一杯にマフィンを頬張るマリオンを優しく見守るシーヴァ。その様子を黙って見ていたイアンは、ついこんな風に口走ってしまった。


「なぁ、マリオン。お前、シーヴァを嫁に貰う気ないか??」

「んぐっ!?」


 吃驚したマリオンは思わずマフィンを喉に詰まらせてしまい、慌てて紅茶を飲んで流し込む。シーヴァもシーヴァでハシバミ色の瞳を見開き、傍で立ち尽くしたままイアンを凝視する。


「イ、イアンさん……。いきなり、何、変なこと言うんですか……」

「別に変なことじゃないさぁ。シーヴァももうすぐ十七になるし、そろそろ嫁にいってもおかしくない歳だし。だけど、俺自身、大事に育ててきた娘をどこの馬の骨か分からん奴には正直やりたくない。その点、マリオンなら安心できる。まぁ、マリオンもまだ十四だから、あと二、三年くらい先の話になるけどな」

「…………」


 和やかな団欒の空気は一気に、張りつめた気まずいものへと早変わりしてしまった。あえて気付かない振りをしてイアンは続ける。


「まぁ、今すぐって訳じゃないし。でも、一応は二人の頭の片隅にでも置いておいてくれ」


 イアンは紅茶を一気に飲み干すと、呆然とする二人を置いて一足早く作業部屋に向かったのだった。






 ⑶


「……イアンさん。さっきの話は本気なんですか??」

 それから数時間後、葬儀屋から新たに注文された棺桶を製作中、マリオンがぽつりと尋ねてきた。

「あぁ。お前は嫌なのか??」

「嫌とか、そういう問題じゃないんです」

「何がだよ??」


 途端に、マリオンは口を閉ざしてしまう。イアンもそれ以上は追及せず、しばらくの間二人は無言で作業に徹していた。


「シーヴァは……、僕じゃ駄目だと思います。僕だけじゃない、イアンさん以外の人じゃ、駄目、なんです」

「は??」


 さっと顔を上げてマリオンの整った顔を見返す。追及を恐れてか、マリオンはイアンからさっと目を逸らし、、再び作業の続きに取り掛かっていた。

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