第43話 破壊神
大介の打率は、六月は下がっている。
だがOPSは上がっている。
つまり出塁率と長打率が上がっているわけだ。
この月はここまで17本のヒットを打っているが、単打はたったの5本。
ホームランが一番多く、7本となっている。
また三塁打も一つ打っていて、得点に大きく絡んでいる。
頭のおかしな数字を生み出す天才的な才能と言えようか。
スターズ相手には負け越してしまったが、その次のカードから、ライガースはともかく大介は爆発する。
上杉との対決で敗北したことは、むしろ導火線に着火した程度のショックでしかなかったのだろう。
敗北するほど強くなる、というのはプレイヤーにとっては重要な才能である。
大介の場合は負けてようやく本気になった、という感触であるのだが。
敵地での第一戦、大介は最初の打席の初球を、ライトスタンドに叩き込んだ。
近年の彼としては珍しい、飛ばせるところまで飛ばす、というような打球。
かつて場外ホームランをプロでも打っていたが、再びそれが見られるのか。
ちなみにMLBでは特徴的なスタジアムが多かったので、何度か場外は打っている。
信じられない一撃、というのがそれを表現するものであった。
第二打席は歩いて、そして第三打席、角度のつかなかった打球はライトのグラブを直撃した。
奇跡的なライトライナーと思われたが、それをキャッチしたライトはうずくまり、そのまま交代。
後に指を二本骨折したと発表された。
そして第四打席、バックスクリーンを直撃し破壊。
甲子園のボードも大きく凹ましたらしいが、記念にしばらくは修繕はしないそうだ。
回ってきた第五打席、もうピッチャーは敬遠しても許される。
だが外に中途半端に外したボールを、大介のバットは捉えた。
引っ張りきれず、レフトフェンスを直撃するライナー。
下手にキャッチしていたら、これも負傷退場が出ていたであろう。
大介は生まれてから今まで、意図的に誰かを傷つける可能性のある、ダーティなプレイはほとんどしたことがない。
全くないと言えないのは、味方へのデッドボールの報復として、ピッチャーにその打球をぶち当てたことが何度かあるからだ。
基本的には報復としては、スタンドに放り込むというのが一般的だったが。
野獣である。
これとあれの息子であるのだから、昇馬も穏やかな肉食獣であることは誰もが理解している。
第一戦は大介のこの圧倒的なパフォーマンスに、カップス全体が萎縮してしまったようである。
上杉に敗れたのを、無関係のカップスに八つ当たりするあたり、本当に大介はいくつになっても大人げない。
もっとも直史なら、また別方向に悪逆の極みのような報復をしただろう。
第一戦での打撃により、六月の大介の長打率は、ついに10割を超えてしまった。
さすがに今年はもう60本塁打はないだろうと思われていたが、ここにきて一気に60本オーバーが現実味を帯びてきた。
無意識にセーブしていた、対戦相手を破壊するという行為を、強敵と対戦したことによって、リミッターを解除してしまったらしい。
第二戦、第一打席の初球を今度は、バックスクリーンに直撃。
弾道が低かったため、最初はセンターライナーかと思われたような打球であったが、途中で全く失速せずにそのまま入ったのであった。
もっともそれをキャッチしていたら、今度はセンターの手を破壊していたかもしれない。
この数日で大介は、そのバットで多くの物と心を破壊している。
それでも満足しないほど、今の大介は飢えている。
怖くてファンの子供が泣いてしまうような、そんな大介の姿である。
対戦しているカップスとしては、なんで自分たちがこんな目に遭っているのか分からない。
もちろん普通に大介は、全力でプレイしているだけだ。
(そうだよな。このノリだったよな)
プロ入りした初年度や、MLBに渡った初年度。
いや、初めての甲子園を経験したセンバツでも、こんな状態であったと思う。
二打席目は、外のボール球を強く叩いた。
殺人的な打球は、サード正面。
反射的にキャッチしたサードは、グラブの中でまたも指を骨折。
主軸でもあるスタメンを失ったことにより、ここから大きくカップスは失速していくことになる。
やりすぎだ、とライガースのチームメイトでさえ思ってしまっている。
もちろんほとんどのチームメイトは、かつての大介の姿を知らない。
だが千葉県の地方大会で大介と対戦している大原は、その恐ろしさが分かる。
勝負をするたびにホームランを打たれていた。
それがこのプロの舞台でも繰り広げられている。
やりすぎだというのは、本当に大原でさえも感じている。
第三打席、完全に遅い変化球で、ハードヒットにならないように考えられたピッチング。
これを引っ張った大介の打球は、今度はセカンド正面。
グラブのポケットに入ったボールは、そのグラブが外れてこぼれ、ヒットになってしまった。
そしてセカンドは、骨折はしなかったが手首を捻挫して離脱。
これ以降、カップスはほとんどの場面で大介を敬遠することとなる。
ヒットがほとんど長打となる。
つまり速球も変化球も、確実にミートしているのだ。
対戦するチームとしては、こんな化物がどうして出てくるのだ、と神に祈りたくもなるだろう。
ただこの大介を召喚してしまったのは、この間の上杉のピッチングであることは間違いないだろう。
責任を取って怪物退治をしてほしいが、次に当たるとしても一ヶ月は先。
それまでにどれだけの破壊の嵐が吹き荒れるか。
誰でもいいから止めてくれ。
第三戦、それでも最初の打席、カップスはまともに投げてきた。
外に一つ外れたボールであったが、これを大介は掬い上げた。
レフト方向にこの打球は、高く高く舞い上がった。
たっぷり八秒の滞空時間の後、レフトスタンドへ。
三試合連続の、31号ホームランである。
三試合連続で、第一打席の初球を打っている。
前の二試合でそれは分かっているカップスであったが、もっと露骨に外せばよかったのだ。
大介は単に外のボールであるなら、MLBで散々に体験して慣れている。
普通よりも10cmほど長いバットを使っても、全く体軸がぶれることはないのだ。
あるいは回転するように、そのまま打ってしまう。
天性の当て勘が大介にはある。
ライガースのチームメイトは気づいていなかったかもしれないが、前の第二戦では、ライガースは今季初めて、相手を完封して勝っている。
10-0という圧倒的過ぎる大差であった。
それもエースクラスが投げている、という試合でもなかったのに。
そしてこの第三戦は、大原が先発として投げている。
大介は何も悪いことはしていない。
プロのプレイヤーとして、全力を出しているだけだ。
しかし上杉との対戦までは、もうちょっとこう、なんというか手心があったものであろう。
だが今は、痛くなければ覚えませぬ、とばかりに全力を試合で出している。
そんなペースでバッティングをしているのだが、塁に出れば盗塁もしかける。
ここで失敗してしまったので、少しは勢いが落ちるかとも思ったのだが。
第三打席、ライナーが今度はショートを襲った。
ここでようやくショートライナーと、ショートがその名手っぷりをアピールすることになった。
しかしここから一つ大きなファールを打っただけで、大介はもうこの試合、残りに打席も歩かされることになってしまった。
全力を出すと敬遠される。
プロでこんなことが起こるとは思わなかったが、これで投げる大原としては楽になっている。
8-0と二試合連続でカップスは完封負け。
主力の離脱と共に、しばらくは低迷することとなる。
この六月、大介の成績がえらいことになっている。
打率0.426 出塁率0.635
ここまではそれなりに、大介ならあるという数字である。
しかし長打率1.167にOPS1.802というのは、ポストシーズンの大介のノリになってしまっている。
「こんなに打ってたら、勝負されないんじゃないか?」
チームの中でごく少ない、気安く会話が出来る大原がそう言うが、大介としては上手くセーブ出来ないのだ。
それは一つには、上杉との対決の余韻が残っているということもある。
しかしもう一つ、ツインズ情報網に入ってきたニュース。
セイバーが今、日本に来ている。
彼女が動くとしたら、それは東京近辺であることが多いだろう。
そしてどうやって調べたのかは分からないが、千葉SBCが貸切状態になっていた日があったという。
直史は今、東京に残っている。
東京で何かが起こっていることを、大介の本能は感じ取っていた。
魔王復活の神託が下ったわけではない。
直史と大介の対決は、勇者と魔王の対決でも、善と悪の対決でもない。
純粋な力とベクトルの激突。
技と力、柔と剛。
どちらがより優れているかとは言わないが、対極的な二つの存在の対決である。
そして直史はようやく、その技術の全てを取り戻そうとしている。
大介の圧倒的なバッティングを、映像で確認する。
「これ、いつか死人が出るんじゃないか?」
樋口は新潟に帰ったが、ジンは元々近所であることもあって、直史の部屋を訪れていた。
ジンはあくまで高校野球の監督が本職であるが、プロに全く興味がないわけではない。既にプロに選手を何人も送り込んでいるからだ。
その目から見た大介は、今シーズン序盤はおとなしいものだなと感じたのだ。
既に三冠王ペースであったのだが。
直史としては強敵の復活に、今は喜ぶことなど全くない。
来年まで待ってくれ、と正直に言いたい。
それにしてもあれが本当に、今年で40歳になった選手なのか。
「他人のこと言えないだろに」
「俺は出力は常識的だぞ」
「パワーとスピードはね」
それ以外は全て異常なのは、ジンにはよく分かっている。
今季ノーヒットノーラン一度、マダックス6回、七完封というのは控えめに見ても化物である。
勝利数、勝率、奪三振、防御率、完投で投手五冠を余裕で達成している。
それなのに満足していない。
(どっちもどっちだよ)
苦笑しながらジンは、大介の試合を見る直史の横顔を見つめていた。
敵地フェニックスにて、レックスはカードを勝ち越した。
しかしライガースが三連勝したため、そのゲーム差は開いている。
多くの選手が今年のライガースの強さは異常すぎる、と感じている。
だが直史や豊田などからすると、あの年のレックスの強さは、ライガースをも上回るものであったのだ。
ジェネレーションギャップではないが、世代間による感覚の違いという意味では合っているのかもしれない。
「打撃のチームは失速することがあるからなあ」
豊田はそんなことを呟いていたが、その失速しかけたチームに、燃料が投下されたのだ。
大介のでたらめな打撃。
カップスの選手たちが、気の毒すぎて何も言えない。
「そんなことはどうでもいいだろ」
直接対決は七月に入るまではない。
それまでにこの爆発の連鎖が止まることを祈るのみだ。
まったく上杉も、困ったことをしてくれたものである、と自分を完全に横に置いて、直史はそう思った。
ただ今はそれは関係ないというのは本当で、目の前にあるのは三位タイタンズとの三連戦。
神宮での対決であり、レックスはここでオーガス、直史、三島という勝率の高い三人の先発で当たることとなる。
勝ち星を稼ぐ方のピッチャー三人を、一つのカードに使ってしまうことになるが、レックスの首脳陣の考えることはよく分からない。
ただ豊田からすると、元々現在の首脳陣は、育成のために編成された人間が多い。
ここまで順位が上がってしまうと、さすがに優勝を狙っていかなければいけないが、そもそも優勝する方法を知らない。
それこそ直史の方が、そういったことには詳しいだろう。
こいつは高校、大学、NPBにMLBと、特に大学以降はほとんどのシーズンで優勝している。
その貢献度は、大介よりも上なのだ。
コーチ兼任選手。
直史は技術的、精神的にはそれを教えることは出来るだろう。
だがその教えられたことを、再現出来る者がどれだけいるか。
完全に理論派ではあるが、そもそも理論を支える精神性が、他のプレイヤーとは違いすぎるのだ。
せっかくこうやってチームにいるのだから、若手はどんどんとアドバイスをもらえばいいだろうに。
ここのところの直史は、より近寄りがたい雰囲気を発している。
今日の先発であるオーガスとの調整を終えて、迫水がこちらにやってくる。
明日の先発である直史は、今日は調整のために軽く投げるだけ。
それが分かっている迫水に対して、直史は先に説明しておく。
「今日はキャッチボールした後、カットボールと沈む球を10球ほど試すからな」
「え?」
そんな反応になるのも仕方がないだろう。
先日の試合で、ツーシームが復活した。
フォーシームよりスピードのあるツーシームというのはなんなのか、という話であるが、一応理論上はおかしくないらしい。
あれで内野ゴロを打たせることが簡単になり、さらにフォーシームとの投げ分けで三振が奪える。
ピッチングの幅が急激に拡大したな、と迫水などはどこか畏怖していたりした。
ノンプロ時代、全く手が出なかったピッチャー。
それがさらに、全盛期の力に近づいている。
カットボールがあれば確かに、コンビネーションはさらに広がる。
そしてもう一つ、沈む球と言ったか。
(スプリット?)
なんでも投げられる直史が、あまり投げていない球種である。
ただ落ちる球がカーブとチェンジアップしかないのであれば、速度のあるスプリットは確かにほしい。
キャッチボールを終えて、迫水は座る。
10球ほどしか試さないのなら、カットとスプリットを半分ずつか。
(けれどこんな短期間に、使えるようになったのか?)
さすがにそれは間違いで、今までもそれなりに練習していたのが、ようやく使い物になるようになったということなのだろうが。
直史のツーシームは、フォーシームより速い。
どういう理屈なのかと言うと、むしろ今はフォーシームストレートを、スピードより性質を重要視して投げているため、球速は出ないということなのだ。
グラウンドの中で高い位置にあるマウンド。
そこから投げられるボールは、空気抵抗もあいまって必ず、落ちてくるボールとなる。
その落下が一番少ない、地面と平行になるフラットなストレートが、直史の投げているストレートだ。
スピン量やスピン軸も優れているが、それだけではない。
リリースポイントを前に、そして低く。
ゾーンの高めに投げるのが一番、ホップ軌道に近く見える。
わずかにフォームを変えれば、そういったボールの性質も変わる。
迫水に投げられた初球。
(曲がるのか?)
カットボールなら左バッターへの膝元に、小さく曲がるはずだ。
しかしそのボールは、落ちながら伸びた。
ミットを潜り抜け、ファウルカップに当たる。
悶絶する迫水であったが、それよりも今の球はなんなのだ。
(ストレート並のスピードで落ち……いや、むしろ下に伸びていた?)
スルーだ。
名前だけは聞いたことがある、直史の投げる魔球のジャイロボール。
復活した魔法に、股間を押さえながらも迫水は興奮していた。
スルーというボールの特性を改めて確認する。
それはジャイロボールであり、普通にスライダーが抜けた時などに、確認されることがある。
特徴としてはライフル回転がかかっていて、変化球と違って失速しない。
ストレートがむしろホップの変化をつけていることを思えば、スピンは失速を防ぐためのものになる。
ホップ成分は少なく、自然と放物線を描く。
落ちるのではなく、沈むように伸びるのがこのジャイロボールの特徴だ。
空振りは取れなくてもいい。
今の直史にとっては、ゴロを確実に打たせるボールがほしいのだ。
手元で曲がるカットやツーシームも、その中の一つではある。
だが真下に伸び、バッターのスイングを差し込むこのボールが、一番内野ゴロを打たせやすい。
下手に空振りをさせると、キャッチャーの股の間を抜けていくことがる。
多くの変化球の中で、最もその軌道が自然であり、それであるがゆえに変化していない変化球と言える。
全く違うアプローチで、同じような効果を持つのがナックルである。
無回転であるがゆえに、風や空気中の水分、そして縫い目の影響で変化するナックル。
ただスルーのナックルと違う点は、環境に左右されないという点であろう。
日本でナックルボーラーが誕生しないのは、ドーム球場が多いからだ、という意見もあったりする。
直史はこの10球のうち5球で、スルーを投げた。
だが本人としては全てのボールをスルーにするつもりであったのだ。
変にすっぽ抜けることはなかったが、微妙なカットボールがゾーン内に入った。
左バッターにとっては膝元に入る、右バッターにとってはわずかに逃げていくボール。
しかしこれが一番の効果を発揮するのは、やはりスルーとして伸びながら落ちる場合である。
この人は中六日の休みの間に、いったい何をしていたのか。
キャッチャーとして迫水は、ピッチャーの無茶を止める立場にあると言っていい。
だが年上だとかベテランだとか、そういう点を全く別にして、直史は完全に常識外の存在だ。
エースクラスでも完投が、年に五回程度という現在にあって、直史は既に七回の完投をしている。
また当たり前のように敗北せず、上杉との投げ合いで勝敗がつかなかったのを除けば、全ての試合に勝ってしまっている。
常識という言葉が、この人にはない。
迫水がこの数ヶ月、直史と接近して感じていたもの。
本人は自分のことを、おそらく本来は牧歌的な人間と思っているということ。
判断などは極めて、常識的なものと思える。
ただ前提となる能力や基準が、大きく人間からはかけ離れている。
よって出される結論も、常識とは違ったものとなる。
どうしてこうなった、を体現しているのだ。
なんでも出来るピッチャー、というのがかつての直史の評価であった。
球速だけは平均程度だが、NPBならば充分に速球派。
基本的には技巧派であるのだが、追い込んだら普通に三振を奪っていく。
ゴロやフライを量産し、サトーなどという新しい基準まで作ってしまった。
なおこの基準が浸透して以降、直史以外にこれを達成したピッチャーは一人もいない。
そもそも完投すらもが珍しい時代なのだ。
そんなことを考えていたせいか、この日の迫水のパフォーマンスは振るわないものであった。
だが試合自体はレックスが上手く運び、磐石のリリーフ陣で一点差を競り勝つ。
僅差の勝負に強いというのは、本当に大事なところで勝てるということである。
まだまだ先のことであるが、やがて訪れるポストシーズン。
打撃力の高いライガースに勝つには、ロースコアゲームに持ち込むしかない。
翌日、三位タイタンズとの三連戦第二戦。
タイタンズは暗黒期と言うか、スターズとライガース、それにレックスが加わった悪魔のような時期を乗り越えて、最近はそれなりにまたAクラス入りしている。
今年もどうにかAクラス入りは出来そうかという出来であるが、ライガースとレックスがまるで別のチームのように変化した。
たった一人の選手の加入が、と思わせるものである。
ただこのたった一人の選手は、共に100年に一度ぐらいの記録を残している。
野球の歴史において、たった一人ずつの投打の要だ。
ピッチャーとしては上杉もまた同レベルの選手であるが、こちらはさすがにもう衰えた、と思ったらライガースを下して、そこから調子を上げてきている。
168km/hを42歳のロートルが出してくるのか。
タイタンズとしては、この二位レックスとの三連戦は、どうしても勝ちたい対戦であった。
だが勝ちたいのは、どちらのチームでも同じである。
第一戦を落として、第二戦の先発は直史。
これはもう試合放棄してリリーフ陣を温存した方がいいのでは、とBBSなどでは揶揄されていたりする。
直史が最初の引退をする前、一年目の途中からはもう、そんなことを言われていたりしたのだ。
上杉と投げ合って、両者が共にパーフェクトピッチングを達成し、そのため逆に参考パーフェクトになってしまった試合は、野球の歴史に永遠に残るだろう。
同日、ライガースはフェニックスを相手にホームの甲子園で試合を行っていた。
ここまで大介は、四試合連続でホームランを打っており、72試合を経過した時点で32本と、これまた60本オーバーのペースである。
もっとも量産体制に入ったこの最近のペースが続いてしまうなら、70本に到達してもおかしくはない。
大介は全盛期、二試合に一本の割合でホームランを打っていたので、そこにまで落ち着くとしても、67本前後になってもおかしくはない。
今日は神宮でレックスとタイタンズが対戦している。
直史が先発という時点で、事故が起こらない限りはレックスが勝利するだろう。
常勝ではないが不敗ではある。
何を馬鹿なと言われるかもしれないが、野球というスポーツにおいて直史の存在は深刻なバグだ。
この間の調子から見て、今日はどんなピッチングをするのか、試合が終わってから確認する必要があるだろう。
大介は第一打席からいきなり敬遠された。
先頭打者がツーベースで二塁まで行ったため、一塁が空いてしまったのが原因だ。
第二打席がやってくるまでに、ライガースは先制している。
初回からノーアウト一二塁を作っていては無理もない。
ライガースは大介以外は、あのスターズとの一戦を引きずりそうだったが、大介の個人的パフォーマンスが、空気をぶっ壊した。
あの後に無失点で勝った試合が、二つ続いたのも良かっただろう。
今年のライガースは、打撃戦こそ強いものの、悪くもないはずの投手陣がいまいち締まらない。
殴り合いをしたら少なくとも、直史が投げるレックスには勝てない。
一点ぐらいは取ったとしても、直史なら一点で抑えてしまうのだ。
現実的にはシーズンを一位で通過しアドバンテージを持ち、直史以外のピッチャーを打つのが確実な攻略法だ。
試合中に、他の球場の状況も流れてくる。
当たり前のようにレックスの試合は、一点も取られていない。
ただ大きなざわめきが、ベンチの上から聞こえてくる。
「え、六回でまだパーフェクトやってんの?」
「そうそう、それでもう三振10個になってるから、今度こそパーフェクト濃厚」
これに大介は反応した。
ベンチから出て、その上を見上げる。
「ナオのやつ、パーフェクトやってんの?」
試合中に選手から話しかけられ、若いファンは驚いていた。
ライガースベンチも慌てて大介を引き戻すが、目の前の試合ではなく他球場に注意が向けられているというのは、普通ならば面白くない。
「面白くなってきた」
もちろん大介は普通ではない。
直史と試合において対決した場合、大介は本気を出さないと決めている。
もちろん状況は限定しており、直史がパーフェクトを継続中であれば、という状況に限る。
大介は直史には、色々と借りがあると思っている。
真琴の病気に乗じてプロの世界に引きずり込んだのは、世界的に見れば素晴らしいナイスプレイだが、人間として見れば外道である。
そういう自分の欲望に忠実なところが、大介にはある。
野球の歴史的に見れば、大介のやったことは間違いなく正しい。
結果だけを見れば直史は、その後の人生をより充実して過ごすための、七年間を大介のおかげで送ったという見方も出来る。
ただそれとこれとは話が別で、今度は大介が譲る番だ。
もっとも本気でやったとしても、そうそう勝てるものではないと、大介も分かっているのだが。
この試合、大介はなかなかヒットが出なかった。
歩かされることが二回、大きなフライが一本と、さすがに連続本塁打記録など、ここで切れてもおかしくはない。
ただ大介は過去には、もっと長い期間、連続本塁打を打っていたこともあるのだ。
集中力が足りていない、ということもあったかもしれない。
直史がさっさとパーフェクトを達成してしまえば、もう何も手加減する必要はなくなるのだ。
レックスの試合の方が、こちらよりもずっと早く終わる。
直史が投げると、試合というのは本当に早く終わるのだ。
高校時代など、確か一時間もかからなかった試合もある。
もっともあれは、打線が爆発してコールドになった試合でもあったのだが。
(終わったか)
4-0というスコアで、完全な勝利である。
だが問題は、パーフェクトを達成したかということなのだ。
「うわ、またノーヒットノーランだよ」
「今季二度目って、そんなピッチャーいるんだな。小さい頃は上杉がやってんの見たけど」
「佐藤ってパーフェクトも一人で何回もやってるし、ピッチャーとしての性能が何かおかしいよ」
どうやらパーフェクトはならなかったようである。
大介は四打席目のバッターボックスに入る。
ここまで二度敬遠気味となり、バットの届いたボール球は大きなフライになった。
試合自体はライガース打線が途中から空回りして、フェニックスにリードを許している。
この打席、大介からのプレッシャーを、フェニックスのピッチャーは感じられていない。
(さすがに試合も決まったよな)
ランナーもいない状態であるので、もう一度ぐらいはまともに勝負しないと、ライガースファンに夜道を襲われる。
そう思って内角膝元に投げたボールを、大介はバットを一閃。
打球は高く舞い上がり、またもバックスクリーンを直撃するホームランとなったのであった。
これにて五試合連続のホームラン達成であった。
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