笑いのカリスマ松本の『凋落』はいつから始まったのか その半生に迫る

今回は絶対に永久保存版(?)、超久しぶりのお笑い考察として、ユーチューバーランキング等でも筆者が散々語ってきた、『松本だいぶ前からオワコン説』『ではいつから松本の巨大な才能の凋落は始まっていたのか?』という点を、筆者の知る限りの松本の歩みと交えながら紐解いて行きたいと思う。


まず、大前提として、松本人志は本当に笑いの天才『だった』。


昨今では、松本の現状のあまりのズレズレ、ゆるゆるぶりを見た、かつての輝きを知らない若い視聴者から、『松本ってどこが面白いの?』『ていうかこの人って元からそんなに面白くないんじゃない?』などと言われてしまっているが、けしてそんなことはない、昔の松本は筆者の知る限り確実に笑いの天才であり、その巨大な才能のきらめきは群を抜いており、他の芸人の追随を許さないものであった。


『松本の凋落のタイミング』を知るにあたり、まずは『凋落』の前の、松本が『本当に物凄かった』時期について。


デビュー当時こそ、その才能のとてつもない大きさを、全く見る目のないアホにより過小評価され、同期のトミーズ等の後塵を拝していたダウンタウンだが、大阪で主に若い層を中心に人気が爆発、東京に進出してからは皆さんご存知の通り、『ガキの使いやあらへんで』『ごっつええ感じ』等の才気溢れる番組を連発し、正に飛ぶ鳥を落とす勢いだった。


この時点での松本の才能は正に『右肩上がり』、笑いに於いて比肩する者はいないレベルでグングンと上昇し続けていた。


これを本稿では『松本第一上昇期』と呼称することにする。(デビューからガキの使い、ごっつ等を手掛けるまで)


では、松本の『第二上昇期』、そして才能の『完成期』はどこなのか、その松本の才能が一種の『完成形』、『頂点』にまで登り詰めたのではないかと思われるのが、入場料1万円ライブ『寸止め海峡』、そして松本のコントに於ける感性の粋を集めた『ビジュアルバム』である。


まずは『寸止め海峡』からだが、筆者が感心したのはその『タイトルの深い意味』についてだ。


一見すると、このタイトルに隠された意味が分からないと思うが、この伝説の1万円のコントライブは何故『寸止め海峡』だったのか?


この『寸止め海峡』に収められたコントの内容を見ると、『笑いになるか狂気になるか』非常にギリギリの線、その『狂気に振れるか振れないか』のギリギリの線で笑いにする、『狂気的なコント』が目に付くことが分かる。(このギリギリの『狂気寸前の笑い』は、松本のオリジナルビデオ作品『頭頭』や、一人ごっつでの『マネキンとコント』『鬼ババ』等の作品でも見られる)


ここまで言えば、筆者の言わんとしていることが分かるだろう。


『寸止め海峡』とは何か?


一体何が『寸止め』なのか?


つまり、当時のまだ『天才だった松本』は、『笑い』というものは『日常から狂気へのギリギリのライン』『狂気の直前』『寸止め』のラインに存在すると、タイトルで表現していたと思われるのである。(!!)(あくまでも筆者の見方)


筆者の見たところ、この時期から『ビジュアルバム』のあたりが松本の才能の最盛期であり、この時はまだその巨大な才能の『底』が見えていなかった。


人々が『こいつ何が出てくるか全く分からん』『どこまで底知れぬものを持っとんねん』と、その巨大な才能の『底』を『計りきれないでいた』のである。


これが松本の『第二上昇期』、そして才能の『完成期』だ。


そしてその才能が頂点に達した、このあたりから徐々に、緩やかに、しかし確実に『凋落』は始まっていく。


その『凋落』の契機となったのは、やはりテレビの窮屈な世界から松本が脱却を計った(単にたけしの後追いがしたかっただけという説もある)、『映画』業界への進出と言えるだろう。


この松本の映画、概ね全て『駄作』という評価であり、それら全てに目を通した筆者からしても、その世間の評価は間違いではないどころか妥当オブ妥当の評価なのだが、実はデビュー作の『大日本人』あたりまではまだ、『諸外国に蹂躙される日本』という問題提起、裏テーマを盛り込むなど工夫されているし、随所に松本らしい笑いは盛り込まれており、才能は徐々に下降線を辿ってはいたものの、まだ『才能の残り香』で一定の水準を保ってはいたのである。


駄作揃いと評判高い(?)松本の映画の中で、筆者が実は一番良く出来ている(といっても他の名作映画と比較するとあまりにもドイヒーな出来なのだが。他の松本作品と比較すると幾分マシという話)と思うのは、デビュー作の『大日本人』。(1位大日本人、2位しんぼる、3位さや侍、4位圧倒的ぶっちぎり最下位でR100。皮肉にも制作順に筆者の中の評価が落ちており、これはつまり作れば作るほど、年が進めば進むほど『松本の才能が劣化していった』ことを意味している。デビューから大日本人前あたりまで才能が上がっていき、そこからガクッと下り坂に入ったイメージ)


では、松本が何故映画で失敗してしまったのかというと、松本にはごっつのコントで見せたような『短い笑いの瞬発力』はあるが、それを映画のような『長い時間にまとめあげるストーリー作りの能力』がなかった、いや、正確には自分を『天才だと過信していた』松本は、思い上がって『映画にコントで培った方法論がそのまま通用すると勘違い』して、映画の作り方やストーリーテリングの基本を何の勉強もせず、そのまま『コントの作り方の流用』で作ってしまったのだと筆者は考える。


だから、コント番組のような短い尺であれば粗が目立たないものも、映画のような長尺になるとそれを埋めるために短いコントを『つぎはぎ』しているように見えて『息切れ』をしてしまう。(短距離走の金メダリストが「俺は世界一速いんだ」とフルマラソンの走り方を何も学ぼうとせず、途中で息切れしてスタミナ切れの状態のままダラダラと走っているようなもの)


その『息切れ』の部分が松本の映画がつまらないと酷評される本質であり、松本が笑いの天才である自分には勉強など必要ないと映画を舐めてかかり、思い上がったまま創作に走ってしまった部分なのではないかと筆者は思う。


松本は映画『R100』で、既にビジュアルバムに収録された『寿司』の劣化版焼き直しを出した。


あの常に『新しい笑い』に貪欲で『ギリギリの笑い』を模索、探求していた笑いの求道者、『同じことをするぐらいなら舞台の上で死んでやる』ぐらいに笑いに対して誰よりもストイックで厳しく、誇りとプライドを持ってやっていた男が、これはなんという悲劇だろうか、ついに才能が下降し『過去の面白かった自分』にすがってしまったのである。


当時この映像を見た瞬間筆者は思った。


『ああ、いつの間にかもうこんなところまで急速に劣化が進んでいた』のかと。


前述の『寸止め海峡』で、この時期はまだ松本のその巨大な才能の『底』が見えていなかった、人々が『こいつ何が出てくるか全く分からん』『どこまで底知れぬものを持っとんねん』と、その巨大な才能の『底』を『計りきれないでいた』と書いた。


それとは逆に、この『R100』の時期には既に松本の笑いの『パターン』や『手品の種』が、分かる人が見ればバレ始めていており、松本の才能の『底』が見えてしまった。人々に『気付かれてしまった』のだ。


『ああ、もうこのビックリ箱からあの時以上のものが出てくることはない』のだと。


正にこの『瞬間』こそが、松本が『天才』から『普通の人』に『凋落』した瞬間であったように筆者には思える。


これが才能の『完成期』から少しずつ下降線を辿っていき、ついにはその才能が枯渇した『松本下降期』、そして『凋落期』である。


かつて『天才』『カリスマ』と呼ばれていた天才性、笑いの先進性は今や見る影もなく、近年では『ドキュメンタル』や『フリーズ』など、たとえ才能が枯れかかっているとはいえ凡百の芸人とは一味違うレベルの笑いを生み出してはいるが、やはりそれも所詮は『演者の面白さ』に助けられてという面も多く、松本本人の面白さとはなかなか言い難いものがある。(とはいえ若干ではあるがここで少し盛り返した感はあるため、落ちていく一方だった下降線から『才能の残滓』で少しだけ線が上昇を描いたことは記しておきたい。ここから更に上昇するようなことは恐らく、というか間違いなくないだろうということが何よりも哀しい)


と、上記のような考察を持って筆者はユーチューバーランキングを書いていたのだが、昨今の兼近擁護で松本は完全に自分で自分にトドメを刺し、『オワコン期』に拍車がかかっているように感じている。


以上で、笑いのカリスマ松本の『凋落』はいつから始まったのか、その考察を終わりにしたいと思う。

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