笑いの『型』について

今回は以前お話した、笑いの『型』について解説したいと思う。


前回M-1王者の漫才を解説した際に触れたが、芸人にはその芸人ならではの独自の『型』を持っている者が存在する。


剣術で言うところの『流派』のようなものだが、この『型』に他人が容易に真似できない独自性があればあるほど、芸人としては実力があり、消えにくいと言えるだろう。


では、まずは漫才の『型』について考察してみよう。


判断のポイントは、歴代M-1王者の漫才に、そのコンビならではの『型』と呼べる独自性があるかどうかである。


【2001年 中川家】 『兄弟漫才』


コントと漫才が入り混じったような形式で、兄弟が漫才をするというのも特に物珍しいものではない。実力は確かなものがあるが、新しい漫才の『型』を切り開いているかと言えば、答えはNOであるかと思う。


【2002年 ますだおかだ】 『スベリ漫才』


ツッコミの岡田がスベることで、一周回った笑いを生み出す部分が独自性と言えば独自性だが、所々でこのような手法を用いる漫才師は他にも存在するため、これまでまったく見たことがなかった、ますだおかだ独自の『型』とまでは言えないように思う。


【2003年 フットボールアワー】 『正統派パワー漫才』


このコンビも中川家と同じく、コントと漫才が入り混じったような形式が多く、独自性という点に於いては足りない部分が多いように思う。所謂『正統派』であり、これまで見たことがないような新しい『流派』を興したというタイプではない。


【2004年 アンタッチャブル】 『パワフルコント漫才』


前回も書いたが、漫才師というより、コント師が漫才をやっているという感じであるため、独自性という観点からは高い評価はできそうにない。それでも爆笑をかっさらってしまうのだから、無論実力は飛び抜けたものがある。


【2005年 ブラックマヨネーズ】 『考えすぎ漫才』


基本は正統派の漫才師であり、新しい笑いの『型』を切り開いたとまでは言えない。考えすぎてあらぬ方向にどんどん発展していくという構成が独自性と言えば独自性だが、形式自体は従来の正統派漫才を踏襲したものであるため、評価としては正統派漫才からやや独自の変化をした漫才という評価に落ち着くかと思う。


【2006年 チュートリアル】 『妄想漫才』


真打登場という感じである。チュートリアルの妄想漫才は、正にこれまで誰も見たことがなかった、新しい笑いの『型』を具現化したものであり、独自性という点に於いて評価は非常に高い。妄想漫才という『流派』はチュートリアルが興したものであり、他の誰も真似のできないものである(本気で真似しようと思えばできないこともないのだろうが、それではチュートリアルのパクりと言われてしまうため)。つまり、この妄想漫才という漫才の『型』を、チュートリアル以外の漫才師が真似ることは不可能であり、それだけ笑いの文化に於いて偉大な発明をしたと言えるのだ。お笑い界にチュートリアルが残した功績は非常に大きい。


【2007年 サンドウィッチマン】 『ハイセンスコント漫才』


アンタッチャブルと同様、漫才の独自性という点に於いては特筆すべき点はない。非常に高精度のハイセンスコント漫才であり、それ以上でもそれ以下でもない。好きなコンビだけに心苦しいが、『流派』と呼べるまでの独自性はないと言える。


【2008年 NON STYLE】 『ハイテンポ漫才』


独自性があるかと言われれば、特にないと答える。間とテンポの良さは認めるが、そこにNON STYLEならではの漫才の『型』があるとは到底言えない。ただ、事件発覚後の『当て逃げ漫才』だけは、ある意味他の誰にも真似できない漫才だったとは言えるだろう。


【2009年 パンクブーブー】 『変幻自在漫才』


パンクブーブーに関しては評価が難しい。コント漫才をしたかと思えば、2010年に見せたような独自性のある漫才もでき、しゃべくり漫才もこなすことができるという、一見オーソドックスに見えながら、懐の深い様々な笑いの形を持っているコンビである。何故こんなことができるのかと言うと、おそらく売れるまでに非常に苦労したため、試行錯誤しながら様々なタイプの漫才を研究した結果と思われる。それ故に変幻自在であり、あまり他の漫才師には見られない特徴と言える。ある意味ではそこがパンクブーブーの独自性と言えるかもしれない。


【2010年 笑い飯】 『ダブルボケダブルツッコミ漫才』


唯一無二の漫才の『型』を生み出したことに疑いの余地はなく、解説は不要だろう。ダブルボケダブルツッコミは笑い飯の『流派』であり『プライド』であり『魂』でもある。漫才の『型』とはその漫才師の『アイデンティティ』であり、絶対に侵してはならない聖域なのだ。その独自性は紛れもなく最高評価。未だかつてなかった新しい漫才の形を生み出した二人に、改めて大きな拍手を贈りたい。


【2015年 トレンディエンジェル】 『ハゲ漫才』


少なくともハゲていないとできない漫才という点に於いては、独自性があると言える。今後他の漫才師が違うハゲネタをしても、トレンディの二番煎じと取られかねないのは辛いところである。ある意味ではトレンディにハゲ関連のネタを全て封じられたとも言え、他のハゲ漫才師が自分の最大の武器を封じられたことには、同情を禁じ得ない。ただでさえハゲで今まで損をしてきたと言うのに、それを漫才のネタにも使えないのであれば、一体何のためにハゲているのか、正に踏んだり蹴ったりである。ハゲ漫才というジャンルはもうトレンディの『流派』なので、ハゲている漫才師は何とか違う切り口で新しい『流派』を興す必要があるだろう。


【2016年 銀シャリ】 『ザ・しゃべくり漫才』


実力のある正統派漫才師であり、独自性には欠ける。そもそも独自性云々を論ずるスタイルではなく、本人達も理解した上で敢えて独自性を排し、徹底的に基本を忠実にしたスタイルである。ここまで正統派のしゃべくり漫才も、近年では逆に珍しいため、それがある意味では唯一無二の個性を生んでいると言えるのもしれない。


【2017年 とろサーモン】 『暴走型毒吐き漫才』


キワドイ毒を吐くという特徴はあるものの、それ以外は至ってオーソドックスな漫才。唯一無二の個性という点ではやや疑問符がつく面もあり、以前やっていた『スカシ漫才』の方が『型』としては独自性があったと言えるだろう(もっとも、それで結果が出なかったから現在のスタイルに変化した訳だが)。漫才にスカシを取り入れたのは称賛に値するが、それを爆笑が取れる独自の『型』にまで昇華できたかと言うと、そうではないように思う。確かに、スカシで爆笑を取るのは難しい。本来ボケとツッコミの掛け合いという原理によって笑いは増幅される訳であるから、そこにボケなかったりツッコまなかったりのスカシを入れることは、笑いの原理原則から外れたことをやっている訳である。スカシで爆笑を取るのが如何に困難なことかが分かるが、逆に言えばスカシ漫才は誰もやりたがらないため、まだまだ研究と発展の余地があるジャンルと言えるだろう。


さて、M-1王者の漫才の『型』に関しては、大体このようなところである。


非常に独自性の高い確かな漫才の『型』を持っているのは、チュートリアルと笑い飯だということがわかる。


他の独自の『型』のある漫才を挙げると、ナイツの『言い間違い漫才』やハライチの『ノリボケ漫才』、オードリーの『ズレ漫才』ジャルジャルの『フリースタイル漫才』などが挙げられる。


特にジャルジャルなどは毎回独自の『型』を発明してM-1に挑んでくるため、個人的にはとても高い評価をしているのだが、それがM-1審査員にはいまいち伝わらないのが口惜しいところである。


コントの『型』は漫才の『型』とはまた違い、独自性を出すことが非常に困難なジャンルである。


何故なら、コントには漫才とは違い、『決められたストーリーの中で決められたキャラを演じなければならない』という縛りがあるからだ。


アンタッチャブルやサンドウィッチマンの解説でも触れたが、コントを漫才でやることはできるが、漫才をコントでやることはできない。


理由はただ一つ。


漫才をコントでやった瞬間、それは『コントの中のキャラクターが演じる漫才師』になってしまうからだ。


よって、コントはコントをすることしかできないが、漫才にはコントをも包み込んでしまう深い包容力があるため、コントには漫才ほどの『型』の多様性は出せないだろうと予測できるのである。


東京03とジャングルポケットのコントは内容こそ違えど『型』は同様であるし、その他のコントも概ね『コメディドラマコント』という『型』の範疇を超えるものではない。


そのコントというジャンルの中にあって、唯一例外と言っても良いのが、松本がごっつ時代に見せたコントであり、人の格好悪さや哀愁を笑いにするという、非常に画期的で特異なコントの『型』だったと言えるだろう。


ピン芸の『型』に関しては、コントや漫才より自由度が高いと言えるかもしれない。


むしろ、独自性のある『型』を生み出せなければ、表舞台に立つことすらできないのがピン芸人の世界であり、面白くはないが独自性だけはある『ブルゾンちえみ』などは、その顕著な例と言えるだろう。


笑いの『型』については大体このようなところだが、いかがだったろうか。


お笑いとして日の目を見るためには、まずは『人が今までやっていない型』を目指すことが何より重要であり、それはお笑いに限らず漫画や音楽、ゲーム、映画、アニメなど、表現を志す者にとっては同様に言えることだ。


本文が笑いを愛する皆様にとって、一つの新しい笑いの見方となれば、筆者にとってこれほど嬉しいことはない。

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