第22話 解決編(後)

 すると、話を聞き終わった五十坂がこんなことを言い出した。


「まあ、それはこの際、置いておきましょう。話を進めていいですかね、亀森警部」


「ん、あ、ああ。続けてくれ」


「こうして日和が死に、平和が訪れたかに見えた秋嶺山荘でしたが、そこから脱走した連中がいた。ケンタ、ユメナ、カンジの年長組三人だ。ところが脱走は簡単には行かなかった。夜の森の中を走る三人の前に、良谷弥五郎が出現したからです」


 五十坂は無意識にジャケットの胸ポケットに手を伸ばした。タバコが吸いたくなったのだろう。それに気付いて手を止め、小さく照れ笑いを浮かべる。


「おそらく良谷弥五郎はずっと以前より、山荘から脱走した子どもを連れ戻す役目を日和義人に与えられていたんだ。日和が死んでも、その仕事を律儀に守っていたんでしょうな。だが今回は勝手が違い思わぬ反撃に遭ってしまった。結果、良谷弥五郎は瀕死の重傷を負い、三人の子どもの脱走は成功した。かに見えた」


 ケンタに向き直り、五十坂は微笑んだ。


「何か間違ってたことはあるかい」


「いいえ、僕の知ってる範囲ではありません」


「そいつは良かった。で、一応聞いておきたいんだが、何で脱走なんかした。日和義人はもういないんだぞ、ここはおまえらの思い通りの場所になるはずだろう」


「思い通りになんてなるものか」


 吐き捨てるかのようにケンタは言った。


「日和がいなくなっても、ここには夜叉がいる。いや、仮に夜叉がいなくなっても、世の中は僕らのことを施設の内側で守られた子ども、秋嶺山荘とセットの存在としか見ない。ここには自由なんてないんだ」


「だから人を殺してでも外の世界に出たかった、てか」


「ああ、そうさ。おかしいかな。確かに僕らには障碍がある、だけど三人で力を合わせることができれば、お互いの不足分を補いながら生活できれば、何とかやって行けると思ったんだ。そんなにおかしなことだろうか」


 問われた五十坂は、口元を緩めて首を振る。ただし目は笑っていない。


「いいや、おまえはおかしくない。普通だ」


 我が意を得たり、微笑みを浮かべたケンタに、だが五十坂はこう付け加える。


「おまえはこの世の中にゴロゴロ転がってる、ほんの少しの特徴と、ほんの少しの才能を持った、普通で平凡で当たり前の、単なるその他大勢の一人だよ」


 ケンタの顔にカッと血が上るが、五十坂は見て見ぬ振りだ。


「ケンタたちにはおそらく、外の世界に協力者が何人もいたはずです。お互いの顔も見知らない。有象無象の協力者がね。金を工面したり宿泊施設を手配したりしたんでしょう」


「……アンタは違うと思ってたのに。アンタは普通の大人じゃないと思ってたのに」


 だからおまえを呼んだのだ、ケンタの燃える目はそう訴えている。だが、対する五十坂は風に吹かれたほどにも感じていないようだった。


「俺は普通の大人さ。どこに出しても恥ずかしくない、立派な常識人のつもりだぜ」


「僕は単なるその他大勢じゃない。いろんなことができるんだ。アンタなんかよりもっとイロイロ凄いことができる力を持ってる!」


「誰かが協力してくれれば、だろ」


 そのとき五十坂の顔に浮かんだのは、憐憫れんびんか。


「そんなのを当てにしてる時点でただのガキなんだよ。人間は勝手な生き物だ。協力し合うなんてのはお題目に過ぎないし、欠点を補い合うなんて滅多なことじゃできない。大人ってのはそれを前提条件にして考えられるヤツらのことだ。いまのおまえはほど遠い」


 口をわなわなと震わせて黙り込んだケンタに、思わぬ方向から助け船が出た。


「そのくらいにしてあげてください。子どもを追い詰めるのは大人げないですよ」


 八科祥子が二歩、三歩と前に出る。


「それにこの子たちが脱走したのは私に誘導されたからです。責任は私にあります」


「何言ってんだ、アンタ」


 困惑するケンタを余所に、八科祥子は平然と言葉を続ける。


「あのタイミングで脱走者が出れば警察の捜査も混乱するのではないかと考えた私は、ケンタたち三人の行動を想定しながら、あえて隠し通路から人目を遠ざけました」


「嘘だ、アンタは僕らの行動に気付いてなんていなかった」


「良谷氏との遭遇は不幸な結果になりましたが、軽挙妄動は子どもの常です。罪に問われるべきは保護責任者でしょう」


「違う!」


 八科祥子がケンタたちをかばっているのは明らかだった。それをケンタは受け入れられないし納得できない。


 そして亀森も同じく。


「八科さん、あなたの言動は子どもたちをかばうため、自身に罪を集中させようとしているようにしか思えない。我々は真相を知らねばならんのです」


「では私の言葉は辻褄が合っていないと」


「いや、そうは言わないが」


「証拠もない、証人も目撃者もいない、外部の人間が組み立てた辻褄が合っているだけのストーリーを真相と言うのなら、私の言葉の方がより真相に近いはず。それとも、私が嘘をついていると証明できますか?」


 確かに八科祥子の言う通り、証拠らしい証拠はまだ見つかっていない。唯一の証人である良谷弥五郎はいまだ意識不明であり、現段階で八科祥子の「自白」を否定する根拠は何もないのだ。


 もちろんそんな自白をして彼女に何のメリットがあるのかという疑問は持ち上がるが、自首や捜査への積極的協力は情状を酌量しゃくりょうするに足る要件である。先々のことを考えればメリットはあると言える。


 警察の立場としても都合がいい。話の辻褄は合っているし、容疑者が自身の犯行を認めている。後は相応の証拠さえ見つかれば、何の問題もなく検察に送れるのだから。


 刑事とて人間、楽ができるものならしたい。その誘惑には抗い難い魅力があるものの、亀森警部は歯を食いしばった。視線の先には五十坂を捉えたまま。


 やれやれまったく。そう言いたげな五十坂は笑みを漏らすと、顔を一度なでた。


「証拠もなけりゃ証人も目撃者も居ない。そう言いましたっけね、八科先生」


 八科祥子は平然とうなずき返す。


「ええ、何か間違っているでしょうか」


「いいや。正解ですよ、極めて妥当な指摘だ」


 八科祥子の眉がわずかに寄った。やや相手の意図をはかりかねているようだ。


 対する五十坂は楽しんでいるようにも見える。


「ただ、世の中にはいろんなヤツが居る。それは違うって思ってるヤツが、いまここに居たとしても不思議はない」


「つまり異論があるとおっしゃりたい」


「まさか。俺にそんなモノがある訳がない」


 五十坂はおどけた顔で驚いてみせた。これが八科祥子の癇に障る。


「ハッキリ言いなさい。どういう意味ですか」


「ちょっと意見を聞いてみたいヤツが一人居ましてね。アンタにそれを許可してもらいたい」


「許可? 何故私の許可が要るのです。証人が居るなら勝手に連れて来ればいいでしょう」


「つまりOKってことですね。そいつはありがたい、じゃあ早速ここに呼びましょう」


 そして五十坂の口から飛び出した名前に、秋嶺山荘の一階ホールの空気は驚愕に満ちた。


「八科先生が許可してくれたぞ。ジロー、こっちに来い」


 見つめぬ者などない。その場にいた全員の視線を集めながら、少年は他の子どもたちの後ろから前に出てきた。これはここに暮らす者にとって、驚天動地の現象。名前を呼ばれて前に出てくるジローなど誰も見たことがなかったし、ジローにそれができると考えていた者は一人も居なかったのだ。


 上げない視線に誰もが知るかたくなさを残しつつも、しかし水晶のように透き通った目で虚空を見つめながら、ジローは一歩一歩進む。唖然とする八科祥子の視界の中で、五十坂の前にたどり着くまで。


「……いったい、これはどういう」


 混乱している八科に、五十坂はニッと歯を見せる。


「さっき言った通りですよ。ジローには言いたいことがあるかも知れない、だからそれを聞いてみたいんです」


 だが五十坂の背後から「馬鹿な」と声がする。振り返ればケンタが青ざめた顔で見つめていた。


「言いたいことなんてない。ジローにそんなものあるはずがない」


 フンと鼻先で五十坂は笑った。


「ジローには他人の物真似しか取り柄なんてないってか」


「そうだよ! だっていままで一緒にここで暮らしてきて、誰も、そんなジローの言いたいことなんて」


 ムキになって大声を上げるケンタに、ジローは視線すら向けない。五十坂は呆れたようにため息をついた。


「おまえ、不思議に思わなかったのか、あのとき」


「あのとき?」


「俺たちがジローと最初に会ったとき、おまえの物真似しかしないのかとたずねた俺の言葉を、ジローは真似して見せた。あれは物真似しかできないという条件的な縛りのある中で、俺の質問に対する的確な回答だった。それができるだけの知恵があるヤツに、言いたいことがないはずなかろうよ」


 ケンタは思い出そうとしていた。過去、ジローと接したときのことを。だが思い出せない。それは彼にとって意味のある情報ではなかったから。何の重要性も、何の価値もない切り捨てられた記憶。


 五十坂は続けた。


「ジローは確かに空気も読まずに物真似をする。だが、二十四時間ぶっ続けで物真似をしてる訳じゃあるまい。物真似をしてるときと、してないときがあるはずだ。その差は何だ。タイミングなのか、相手なのか。もしくは何か、誰かに対して主張があるときなのか。それを考えたことがあるか」


 ケンタは口をつぐんだ。考えたことなどある訳がないからだ。それは彼にとって、彼らにとって、切り捨てた現実。


 五十坂はさらに続ける。


「考えたことなどあるはずがない、考えたってわかるはずがない、だからジローに言いたいことなんてあるはずがない。それがおまえらの理屈だったし常識だった。だが、そんなものは小さなコップの中だけで通じる話だ。真実でも事実でもない」


 淡々と話す口調は別に誰かを責めるものではなかったが、ケンタの表情はまるで顔を張り倒されたかの如く歪んで行く。それを五十坂は無視した。


「さあジロー、おまえが見たモノを教えてくれ。おまえが俺たちに伝えたかったことを伝えてくれ」


 しかしジローは反応しない。ただ虚空を見つめたまま立ち尽くしている。これを見て八科祥子は硬い笑顔を浮かべた。


「無理です、その子に説明はできませんよ」


「説明なんてしなくていい」


 五十坂は言い切った。


「ジロー、おまえは見たモノを見たまんま形にして出せるはずだ。説明は俺がしてやる、出してみろ」


 それでもジローは動かない。三、四、五秒。長い長い五秒が経ったとき、不意に視線が上がる。


「やあみんな、元気だったかな。ピロロ三世だよ」


 突然ジローがしゃべり出した。


「今日は本題に入る前に、みんなにお願いがあるんだ。教えてもらいたいことがあってさ。だいたい二十年前。二十年ほど前のこと、覚えてる人いるかな。N県の県庁所在地で真昼間、女子高生が通り魔に刺し殺された事件があったんだけど、その事件の担当した検事っていま何してるのか調べててね。何か情報がある人はコメントくれると助かる」


「よしストップ」


 五十坂の声にジローは口を止めた。五十坂は笑みを浮かべて見つめている。蒼白な顔で愕然としている八科祥子を。


「八科先生。いまのが誰の物真似なのか、わかりますか」


「それは、私にはわかりません」


「じゃあジローに聞こう。いまのは誰の物真似だ。しゃべる必要はない、指をさすだけでいい」


 ジローはまた動かない。だが五秒ほど間を置いて、その右手がゆっくりと持ち上がった。人差し指の先に居たのは、ケンタ。


「う、嘘だ、デタラメだ!」


 明らかに動揺し、焦っているのは見え見えだったが、本人はもうそこまでコントロールできなくなっているのだろう。


「僕は知らない、何の関係もない!」


「このときおまえは、おそらく三階に居たんだろう。あの暗い空間の中に、自分しかいないと思って。だが実際には、おまえの居た反対側にはジローが居たんだ。ジローはそれを伝えたかった。ケンタ、ピロロ三世の正体はおまえだよな」


 煽るような五十坂の言葉に、ケンタは黙っていられなかった。


「違う! だいたい僕には学習障害があるんだぞ」


「学習障害に何の関係があるんだ」


「え?」


 ここでようやくケンタは気付いた。自分が余計な一言を口にしてしまったことに。


 五十坂は獰猛に笑う。


「俺はおまえが動画を撮影しただの、ノートPCで編集しただの言った訳じゃない。だがおまえはそう思わなかったみたいだな。何故だ。何故おまえはピロロ三世を知っている。何故ピロロ三世の活動内容を知っている。もしかして、おまえ動画撮影や編集ができるんじゃないか。周囲が思ってるほど学習障害が酷くないとかでない限り、話は通じないんだろうが」


「それは誘導尋問です!」


 厳しい声を飛ばしたのは八科祥子だったが、五十坂はピクリとも動じない。


「ああそうだよ、誘導尋問だ。警察官が取調中に誘導尋問したなら調書の証拠能力が疑われるところだが、生憎と俺は一般市民でね。一般市民同士の会話で犯罪の暴露が行われただけの話だ、これ自体に証拠能力もクソもない。ただ警察が捜査のとっかかりにすることには、違法性なんぞないはずだろ」


 八科には何も言い返せなかった。


 そして五十坂は再びジローに向き直る。


「さて、次だジロー。他にこれは出しておきたいってことはないか。あるなら見せてみろ」


 するとまた例によって例の如く、ジローは五秒ほど固まると、ふいに気弱そうな顔をして、目の前が暗くなったかのように両手を伸ばし、手探りで歩き出した。


「ごめんなさい、私目が悪くって」


 かと思うと、今度はガッシリした男と見られる力強い歩き方に変わり、笑みを浮かべて首を振る。


「いやいや、お気になさらず。ところで、ここに何かあるのですか」


 ジローはまた気弱そうな顔で振り返る。まるで落語家のようだ。


「別にここに何かがある訳じゃないんです。ただ、特別なお客様を招待する特別な空間で。狭庭様には日和オーナーから夕里江さんに関して特別な提案があると聞いています」


「特別な提案ですか……おや、あの音は」


「あれはエレベーターの音ですね。ああ、そうだ狭庭様、私をエレベーターの近くにまで連れて行っていただけませんか」


「ええ、それはいいですが。手を取りましょうか」


「申し訳ありません、よく見えないもので」


 そしてジロー演じる二人は歩き出し、エレベーター近くに到着したのだろう、やがて止まった。


「着きましたよ、ここで何かするのですか」


 ジローは太い男の声でたずねた後すぐ、同じ口で気弱そうに答えた。


「ありがとうございます。ではこれを」


 何も見えないが、その手には何かを握っているようだ。それを相手の頭らしき部分にストンと乗せると、突然ドンと全力でぶつかり押した。それっきり。ジローはまた動かなくなった。


 しばらく沈黙していた亀森が、眉間にシワを寄せてたずねる。


「いまのは」


 さも当然といった顔で、五十坂は答えた。


「最後のは、首に縄をかけてから縦穴に突き落としたんだと思いますよ」


「それは、つまり」


「つまり狭庭真一郎が殺されたときの様子でしょうね」


「しかし、だとしたら」


「ええ、直接手を下したのは日和義人でもなきゃ八科祥子でもない」


 さっきまでと打って変わって、五十坂は苦虫を噛み潰したかのような顔だ。


「ジロー、狭庭真一郎を殺したのは誰だ。指をさしてみろ」


 また五秒、ジローは静かに虚空を見つめたかと思うと、右手をゆっくり持ち上げた。人差し指の先にいたのはケンタ、ではなく、その後ろに立つユメナだった。


 これにはさしものケンタも凍り付く。


「ユメナ……おまえ」


「しょうがないじゃない! だってオーナーが優しくしてくれるって言うんだもん! 嫌だったの、夜叉を怖がるのも、子ども扱いされるのも、みんなみんな嫌だったの!」


 では自分についてきてくれたのは何だったのだ。自分を選んでくれたのではなかったのか。ケンタはそれをたずねたくて、でも怖くて訊けなかった。


「言うまでもないが」


 しんと静まりかえった一階ホールに五十坂の声だけが響く。


「未成年の、それも物真似が証言として採用されたなんて話は聞いたことがない。だからジローなんざ無視して証拠はない、証人は居ないと言い張るのもいいだろう。だが真相はここにある。その事実を動かせると思わない方がいい」


 視線の先には、凍てつくような気配でにらみつける八科祥子が。怒りに震える口が開く。


「あなたは自分のしたことがわかっているのですか。真相究明という美辞麗句に溺れて、この秋嶺山荘に暮らす子どもたちの未来を奪ったのですよ」


 その鬼気迫る表情は、まさに夜叉。しかし五十坂は「へっ」と鼻先で笑った。


「そいつは悪うございました。けど俺はフィクションの中の大泥棒じゃないんでね、元からありもしないモノを奪えるはずがない」


 ギリギリと歯がみの音が聞こえる。八科祥子は鬼の形相をジローに向けた。


「どうして、何故こんな男に協力なんてしたの。あなたが何も言わなければ、他のみんなはこの山荘で、いままで通り暮らし続けられる可能性だってあったのに。その幸せを打ち砕くなんて、何故!」


「ジローが何も言わなければ、アンタがすべての罪をかぶっていたかも知れない。アンタはそれで満足だったんだろうさ」


 五十坂の言葉に八科祥子は激しく反応する。


「ええ、満足でしたとも! それが私の生きる意味だった! 価値だった! ここにいる存在意義だった! なのに!」


「なるほど、夜叉だ」


 五十坂の顔に浮かぶのは、苦笑。そしてほんの少しの哀れみ。


「鬼になると、こんな簡単なこともわからなくなるんだな」


「……何ですって」


「ジローが何で俺に協力したと思う。コイツが、普通に考えてこんなヤツが、ここ以外の場所で生きて行けるか? んな訳ゃないわな。アンタならわかるはずだ。ジローにはここしかない。ここが世界のすべてだった。だがコイツはその世界を切り捨てた。それが何故だか本当にわからないか」


 八科祥子の顔に浮かぶのは、困惑。そして大きな混乱。混沌とする頭の中に響く五十坂の声。


「守りたかったんだろうよ。たとえ世界を敵に回しても、誰からも嫌われて一人ぼっちになって人生が詰んでも、それを承知で守りたかったんだろう、アンタをな」


 その瞬間、八科祥子の身体から力が抜けた。まるで憑き物が落ちたかのように。へなへなとしゃがみ込み、重みに耐えかねたかの如く頭を両手で抱える。


 五十坂は亀森に目を向けた。


「このくらいでどうです。だいたい出尽くしたでしょう」


 と、そのとき。


 受付のドアが開き飛び出してきたのは、衛星電話を手にした刑事。


「警部」


「どうした、何があった」


「それが」


「構わん、話せ」


「はい、S川の河口でカンジの死体が見つかりました」


 八科祥子が思わず顔を上げ、亀森も振り返りケンタをにらみつける。


「殺してない」


 しかしケンタは動揺することなく、蒼白な顔で亀森を見つめ返した。


「他はともかく、カンジは殺してない」


 それはほぼ自白。亀森が五十坂に目をやれば、相手は「結果オーライ」と言わんばかりにうなずいている。これに警部もうなずき返した。


「未成年二人は少年課に保護を依頼する。式村くん、そちらの指揮は任せる」


「は、はい」


 いまさっきまで自身を単なる傍観者だと思い込んでいたであろう式村は、突然の指名に冷や汗をかいている。


「八科さん、あなたには改めて任意同行を願います。ご了承いただけますね」


 八科祥子は呆然としたまま、小さくうなずいたかのように見えた。


「鶴樹警部補、良谷弥五郎についてはT県警にお任せします。吉報をお待ちしておりますよ」


「お任せください、T県警の全力を挙げて新たな情報と証拠を探し当ててご覧に入れましょう。では!」


 やる気満々な鶴樹は亀森に敬礼をすると、部下を引き連れ玄関へと向かう。そして亀森もまた。


「早急に三名を県警本部に移送する。各手配急げ!」


 号令一下、刑事たちは走り出した。

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