あるオーストラリアの田舎の夏

ジョセフ

あるオーストラリアの田舎の夏

第一章

 もし彼女の最初の父がこの赤い大地ならば、僕はいったい何番目の父親になるのだろう。

 僕が、まだこの仕事に就き始めた頃によくそのような事を考えていた。だが、僕は次第に理解した。このオーストラリアの壮大な大地の前でも、僕らの間に平等な身分などは決して存在しない事を。僕は彼女らアボリジニーを再教育する義務がある。それは、決して間違いではない。何故なら、この政策は僕らオーストラリア人とアボリジニーが理想郷を築くためには欠かせない制度だからだ。

 だから、僕らオーストラリア人は時には頑固な態度をとらなければいけない。そして、言語学者はアボリジニーの言語と文化を理解する人間として責任はさらに重い。が、このような立場だからこそ感じる事もある。僕はこの街の白人主義制度の責任者として、彼女たちに僕らオーストラリア人の文化を理解してもらいたい。それは、難しい事かもしれない。だが、それは彼女たちにとって大切な事になる。

 僕が初めて彼女たちに会ったときに強く願った。何事もなく、彼女たちが立派なオーストラリア人として育ちますようにと。そして、誓った。彼女たちの父親として共にこの赤い大地を歩んでいく事を。

 だが、僕はこの時にすでに知っていたのかもしれない。僕ら親子はどこか異なる絆で繋がっている事を。それはつまり、その絆は特別なものであると同時にいかに脆いかという事も。あの夏、僕ら親子は初めて出会った。


 第二章

 僕があの姉妹に出会ったのは、まだ蝉時雨が止まない1925年の十二月の夏だった。

 僕はこの街にあるコミュニティーホールで数名の女性アボリジニーを同僚と迎え入れた。

 まず始めに、僕は彼女たちに自分の自己紹介をした。僕は、赤ん坊でも簡単に聞き取れる英語で自己紹介を繰り返した。そして、僕は自分の名前を何度も繰り返した。僕が、母音と子音を繰り返している時に彼女たちを見てある事を思った。

 それは、この時が初めてこのアボリジニーの少女らが西洋文化に触れた瞬間だという事を。その為、彼女たちは僕らに対しておびえる素振りを見せる事は不思議ではなかった。しかし、その中でもある少女らが目に止まった。

 この町の保安官によると彼女たちはまだ幼い姉妹であると。彼女たちは、まだ十とハつだと。彼女たちはアボリジニー特有の黒い肌と明るい茶色の瞳が印象的だった。しかし、それよりも僕を驚かせたのは彼女たちの賢さであった。何故なら、この姉妹はすで僕の名前を完璧に発音出来ていたからだ。

 僕はこの政策の責任者としても言語学者としてもこの姉妹に強い興味を抱いた。

 その時、僕は彼女たちに興味を引かれた事をどう説明していいか迷っていた。しかし、僕は彼女たちが僕の名前を完璧に発音出来ている事実に何か不思議な縁のようなものを感じた。それは、まるで赤ん坊が初めて自分の名前を発したところを聞いた父親のような高揚感にも思えた。

「おい! 君!」と、僕は姉に対して威圧的にたずねた。

「……」

「だから、君だと言っているだろう!」

「……」

「君は英語を理解出来るのだろう? 英語を知っているのか?」

 この時、僕は彼女たちが学習する能力が長けている事を知った。そして、僕はこの白人主義制度で最も重要なプロセスを実行した。それは、彼女たちに新しい命を与えるようなことであった。そういうと、この式典も彼女たちアボリジニーの伝統的な儀式も本質的には変わらなのかもしれない。

 僕は、姉妹たちの鋭い眼光をじーっと見つめた。そして、僕の直感に間違いはなかった。その姉妹たちの瞳から宿る太陽のように激しく僕の魂を力強く握った。そして、僕は彼女たちに向かって指を指しながら言った。

「これから、君たちは立派なオーストラリア人になるために教育されます。それにあって、君たちは新しく名前を授けます。いいですね? 名前は一度しか言いません」

「…」と、彼女ら何の反応も見せなかった。

「アンソニー通訳を頼む!」と、僕は同僚のアボリジニーである通訳・保安官に頼んだ。

「わかりました」と、彼は通訳を快く引き受けて受けいれてくれた。この北オーストラリアに生息する無数のアボリジニー達の言語を数多く理解している人間がいる事は心強かった。それに、彼が政府の教育制度で立派なオーストラリア人になったということを他のアボリジニーに対しても模範になる。

「まず初めに、姉の方から名前を授けます。あなたをソフィと名付ける。そして、次に、妹の方に名前を授けます。あなたをエマと名付ける。そして、今後は僕の家でオーストラリア人になるために生活を共に送ります。いいですか?」と、僕が言うとアンソニーが通訳をした。

 すると、その姉妹は小さく頷いた。

 そして、ソフィとエマは自分の名前を何度も繰り返した。僕はまだこの仕事をはじめて日は浅かったが、彼女たちの適応能力が他のどの子ども達よりも優れている事が一発でわかった。

 すると、ソフィがアンソニーに質問をした。そして、アンソニーが僕に内容を伝えた。

「ソフィがあなたの事をなんと呼べばいいのかと…」

「そうか、ちょっと待てよ」と、僕はその場で考えた。

「どうしますか?」

「そうだな、それじゃ、とりあえずミスターにしよう」

 僕がそう言うと、アンソニーはソフィにそう伝えた。

 そして、僕はソフィとエマを観察した。ソフィは、姉だが小柄であるが力強い目力を感じさせた。一方、エマは彼女と変わらない女の子と比べると体格が幾分よかった。そして、エマの瞳はこの大地を照らす太陽のような凛として力強さを感じさせた。彼女たちの瞳は誰が見ても何か特別な力を宿しているようだった。

 何故かわからないが、彼女たちの目は誰かに選ばれたような不思議な瞳だった。

 僕は、やがて残りのアボリジニーの少女たちにも名前を授けた。だが、そのどれもがソフィやエマのようにたった一回で自分の名前を覚える者はいなかった。その後、僕らは彼女たちに新しい名前をアルフレッドで綴れるように何度も教えた。そして、セレモニーの最後として、僕らはピアノを伴奏にオーストラリアの国歌を斉唱した。 

 その晩、僕はソフィとエマを妻・ジェシカに初めて会わせた。

 僕の妻は嫌な顔をせずにソフィとエマを快く我が家に迎え入れた。ソフィとエマは長旅の疲れのせいで食事を食べたらすぐに寝てしまった。それも無理もないかもしれない。何故ならば、彼女たちは初めてオーストラリア人と一緒に食事をしたのだから。ソフィとエマは食事の前のお祈りもフォークとナイフもすべてが始めてだった。そのため、彼女たちは彼女たちなりにかなりの神経を使ったのに違わない。

 僕はいつものようにスコッチウイスキーで晩酌した。すると、妻も家事を終わらせると、共に晩酌をした。僕ら夫婦は中学を卒業すると同時に結婚をした。この北オーストラリアではそのような結婚はあまり珍しい事ではない。だが、僕ら夫婦は結婚になって十年近くなるがまだ子宝に恵まれなかった。その事もあって、僕ら夫婦は政府が推奨している里親制度に協力している。

「あなた、こんどの子ども達は本当に大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。今回は特別な何かを感じている」

「そう。それじゃ、彼女たちの様子を見てきて」

「わかった」と、僕は軽く頷いた。

 僕は妻の言う通りに家の二階に上がった。そして、僕はソフィとエマが寝ている寝室に向かった。すると、僕は寝室からすすり泣きが聞こえた。僕は、ゆっくりとドアを開けた。

 そこにはソフィとエマが毛布に包まりながら座っている。彼女たちは、小窓から外の夜空をじーっと見つめていた。そして、彼女たちは、自分たちの言葉で互いに何かを喋っていた。僕は、彼女たちの会話の内容を全て理解は出来なかったが、彼女たちが夜空を見たがっている事はよくわかった。

「おい! この家にいるときは英語だ!」

「…」と、ソフィとエマは無言だったが何かを伝えたい素振りを見せた。

「外に行きたいのか?」と、僕が窓の外を指すとソフィとエマも反応を見せた。

 僕は、彼女たちを外に連れていくか迷った。何故なら、この地域では夜中に出歩くと悪霊に魂を抜かれると信じられてきた。そのため、ここの地域では昔から夜空には虹色の大蛇が見守っているという言い伝えが存在した。それでも、夜中に家から出ることはあまりよくは思われていない。だが、それよりもこの姉妹の物寂しい夜を癒してやりたかった。

「これから初めての家族行事をする。みんなで外の夜空を見るぞ」と、妻に伝えた。

 そして、僕は上着を羽織ってからランプを持った。

 外に出ると、冷たい夜風が僕ら家族に吹いた。ソフィとエマは、外に出る途端に夜空を見上げた。僕は用心深く彼女たちを監視した。しかし、ソフィとエマはまるで抵抗する気配もみじんに感じさせなかった。妻は、ソフィとエマに近づいて言った。

「ソフィ。エマ。私たちはこれから家族になるの。だから、少しづつ英語を覚えて。それで、少しづつあなた達の事も教えて」と、妻は彼女たちを優しく抱いた。

「ソフィもエマも頭が良いからすぐに喋れるようになるさ」と、僕は姉妹の頭を撫でた。

 そう言うと、僕ら家族はホットミルクを飲みながら夜空を見た。

 僕はこのときに見た星空を決して忘れない。そして、願った。

 この星空に住んでいる大蛇が僕ら家族を見守ってくれますように。


第三章

 我が家に彼女たちが加わって、三年の月日が流れた。

 僕と妻は、ソフィとエマに何不自由ない生活を送らせるために最善の努力を尽くした。

 その甲斐あって、彼女たちが中学校に進学するときには完璧に英語で意思疎通が出来るようになった。

 ソフィは小柄ながらとても活発的な少女に成長した。彼女は、妻の勧めもあってこの街のコミュニティーホールで様々なスポーツを楽しんだ。その中で、彼女はオーストラリアで人気のネットボールに夢中になった。ソフィは持ち前の運動神経でチームの中心選手になった。

 その一方で、エマはどちらかというと外でスポーツするよりも、イギリス人やオーストラリア人の詩人が綴った詩集などに強い関心を示した。それは、僕にとって意外な事であった。何故なら、彼女アボリジニーたちは特有な文字などを持ったないからだ。その代わり、彼女たちは伝統的な儀式の際にドリーム・タイム・ストーリーという物語を語り部から教わる。そして、どの物語もアボリジニーたちにとっては大切に伝承されてきた。

 ソフィとエマと英語でコミュニケーションが出来ることはとても心強かった。

 だが、英語でやりとりが出来る事は時には問題にも発展した

  それは、まだ残暑が残る夏の出来事であった。

  僕が家で仕事をしていると、ソフィが泣きながらネットボールの練習から帰宅した。

 ソフィの怪我を確認すると、どうやらチームの誰かと喧嘩をしたようであった。

 僕は、慌ててソフィに何が起きたか訊ねた。しかし、彼女はどうしても何が起きたか教えようとしてくれなかった。僕は彼女に誰にも言わないから教えてくれない再度聞いた。

すると、ソフィは涙を必死に拭いながら言った。

「どうして、私はみんなと違うの?」

「へ? どういう事だい? 何があったんだい?」

「実は…」と、ソフィは事の真相を教えてくれた。

 ソフィが説明によると、事件は練習終わりに起きたらしい。

 ソフィたちのネットボールチームの練習が終わると、彼女たちはいつものようにロッカールームで着替えた。しかし、ソフィはいつものように他のオーストラリア人のチームメートが着替え終わるまで外で待っていた。それは、白人主義制度ではあたりまえのマナーだった。いつもなら、ソフィは一人ロッカールームで着替えを済ませていた。しかし、今回ばかりは違っていた。

 ソフィのチームメートのエリザベスがその事に対してあまりよく思わなかったらしい。エリザベスによると、彼女の父親の使用人たちはアボリジニー専用の建物で着替えたり食事などをしているらしい。その為、エリザベスはチームで唯一のアボリジニーのソフィは同じようにどこか違う施設で着替えなどをするべきだと大言した。

 この事を聞いた時、僕は複雑な立場であった。僕は、ソフィとエマの里親である。が、僕はこの街の白人主義制度の責任者でもあった。だから、僕はどのような言葉をソフィにかけるべきか迷った。

 僕はソフイに何が出来るか考えた。そして、僕はソフイに説明した。

「ソフィ。君たちアボリジニーが、僕らと同じみたいには絶対になれない」

「でも、私はこんなに英語を覚えたのに?」

「きみはどのアボリジニーよりも、僕らオーストラリア人の言葉や文化を理解してる」

「それじゃ、なんでなの? 何で?」

「きみは周りのオーストラリア人とは違う。でも、それだから僕がきみの事を嫌いとは違う。それに、君は大切な家族だ。けど、ソフィは周りのオーストラリア人と違うから、きみにしか出来ない役目がある」と、僕はソフィを慰めるように説明した。

 でも、僕はその言葉にどこか引っかかりなどを感じていた。果たして、ソフィとエマのようにいち早くオーストラリア人と同化しているアボリジニーの子どもは、この国の将来にどのような役目を担うべきなのだろう。

 その後、僕らはソフィのチームメートのエリザベス家に謝りにいった。しかし、エリザベスの父親は厳格な白人主義者で、今回の喧嘩の事をよく思っていなかった。僕は、必死にエリザベスの父親にこの事がもう起きないようにしつけをすると説得した。だが、彼はそのことを納得してもらえなかった。エリザベスの父親は、ソフィに地域のネットボールチームを辞めるべきだと言った。

 そんな時、アンソニーが事の事情を知って駆けつけてくれた。

 アンソニーは、元アボリジニーだが僕よりも遙かに話が美味かった。そして、アンソニーはこのような事が起きたら、ソフィには謹慎制度を設けると説得した。エリザベスの父親は、どこか納得がいかなかった様子だった。

 だが、アンソニーを怒らせると大変な事になる。何故なら、アンソニーはこの街で最も権限を持っているアボリジニーだからである。彼の呼び声で町中のアボリジニーがストライキを起こす可能性もあった。

 僕らは、エリザベスの父親が自宅に戻った後にアンソニーにお礼を言った。

 だが、いつも礼儀正しいアンソニーはどこかいつもと違っていた。

「悪いが、後でコミュニティーホールに来てくれないか?」

「ここじゃ、ダメなのか?」

「ああ。何時でも構わない」

「わかった。夜になるが構わないか?」と、僕が言った。

 すると、アンソニーは頷いた。

 そう言い終わると、僕とソフィは自宅に戻った。

 ソフィは、これからもネットボールが続けられる事が嬉しそうだった。そして、僕ら家族はいつものように食事の前にお祈りをしてから、夕食をたべた。そして、僕は少量のウイスキーを飲んでから、コミュニティーホールに向かった。

 僕が、コミュニティーホールに着いた時には、アンソニーはだいぶ出来上がっていた。

 そして、彼は大声で泣いていた。その時、僕は事の重大さを知った。

「どうした? 君らしくないじゃないか?」

「昨日、死んだんだ! ついに死んじまった!」と、アンソニーは大声で言った。

 それは、アンソニーにとって自慢の姉が死んだという事だった。

 それは、ソフィとエマの実母が死んだという意味でもあった。

 

第四章

 その日、僕はアンソニーと一晩飲んだ。

 だが、いくら酒を飲んでも彼の気持ちは収まる事は知らなかった。アンソニーにしてみれば、姉だけだが唯一の肉親だったのだ。それだから、彼は姉に対して強い絆を持っていた。彼ら兄弟は、幼い頃に両親を開拓民たちに殺されてからは、オーストラリア人として初めて再教育されたアボリジニー達だった。

 アンソニー兄弟は、最初に教育されたアボリジニー系・オーストラリア人として政府から期待は大きかった。だが、彼らは大きな問題にぶつかった。それは、言葉と人種の問題。

 幸いにも、アンソニーは恵まれた体格で街の保安官として働く事が出来た。しかし、彼の主の仕事は街や集落のアボリジニーの子どもたちをさらう事であった。それは、全ては政府が掲げるオーストラリアとしての国の理想郷に近づくためだった。そして、生きるためだった。

 一方、アンソニーの姉は必死に英語を覚えたが良い働く口が見つからなかった。だが、やっとの思いで彼女は仕事を見つけた。その仕事は、工場でただひたすら縫い物をするという雑務だった。彼女の仕事場の労働条件は厳しく、工場を辞めるものは後を絶たなかった。しかし、アンソニーの姉は工場で運命的な出会をする。

 その相手はアンソニーと同じアボリジニー系・オーストラリア人の青年であった。彼は、アンソニーの姉よりか若く生真面目な性格であった。そして、アンソニーの姉は夫の間に二人の娘を授かった。その娘たちが、ソフィとエマだ。だが、家族に突然の不幸に見舞われる。それは、まだ三十代半ばで、その青年は病を患って他界してしまった。

 アンソニーはソフィとエマの叔父として責任があった。そのため、アンソニーの姉は病気が深刻になる前に娘たちを里親制度でなるべく早く裕福なオーストラリア人の基で教育してもらう事を望んだ。アンソニーは、自分の姉の遺言通りにソフィとエマをオーストラリア人として教育するべく自分の目が届く町に連れてきた。

 そして、アンソニーの姉は数日前に結核の感染症で死んだという。

 結局、アンソニーは朝日が昇るまでウイスキーのボトルを二本ほど飲んだ。

 そして、アンソニーは僕に言った。

「いつも、ソフィとエマを大切にしてくれて感謝している」

「だが、今回の事はどうする?」

「ああ…。そのことなんだが、あなたに委ねようと思っている」

「僕に?」

「今のソフィとエマの父親は、あなたです。だから‥・」

「…分かった。でも、本当に僕の口からでいいのかい?」

「はい。考えた結果です」

 そうアンソニーがそう言うと、僕はソフィとエマにこの事をどう伝えようか迷った。

 そして、僕は心の中でどこか不安だった。僕たち家族に隔たりが生まれる事を。

 

第五章

 僕とアンソニーは、馬を乗りながら必死にソフィとエマを探した。父親として、僕は自分の軽率な行為に嫌気を覚えていた。もし、僕が彼女たちの気持ちをもっと理解していればこのような事にはならずに済んでいた。

 僕が悲観的になっていると、アンソニーが僕の事を慰めてくれいた。そして、アンソニーは自分にも責任があると述べた。だが、そうではなかった。

 問題なのは、オーストラリア人として教育されている最中のアボリジニーの姉妹が里親から逃げた事だ。それも、その脱走した子どもたちが町の白人主義制度の責任者が受け持っている姉妹であること。

 僕の頭の中は混乱していた。そして、とても悲しくなった。今までこんなに仲睦まじく生活していた家族がいともたやすく崩れてしまったの。僕は、どんなに僕ら里親が頑張っても実母には勝てないのかと自問自答した。そして、僕は改めて家族とはどういう意味なのだろうか迷った。はたして、どんなに頑張っても僕らオーストラリア人とアボリジニーの間には埋められない何かが存在するのかと。

 何せよ、僕らの戦いが始まった。

 僕とアンソニーは、ソフィとエマが脱走したと確認してから一晩ほど待った。この近辺には街灯などがさほど存在していないから夜は極めて危険だ。そのため、日が昇ってから計画を立てる事にした。

 僕らは、何人かのチームでソフィとエマを探す事にした。そして、チームリーダーのアンソニーが地図から候補地を示した。その多くは、この街の南方を中心としたところであった。その事を確認しつつ、僕らはそれぞれの班に散った。僕とアンソニーは同じ班として共に行動する事になった。

 集合場所に向かうと、そこにはアンソニーがいた。アンソニーの口から信じられない事を聞いた。

「ソフィとエマの居場所の目星がついた」

「え? どこですか? 教えてくだい!」

「いや、正確にいうと目的地ですね」と、アンソニーが言うと地図を広げた。

 そして、アンソニーはオーストラリアの中心に指を指した。そこは、オーストラリア人でもアボリジニーでも誰もが知っている場所だった。アボリジニーたちの間ではウルルと呼ばれ、オーストラリア人はエアーズ・ロックと呼ばれる巨大岩だ。

「なんで、こんなところに? ここからだと数百キロはありますよ」と、僕は尋ねた。

「…考えられることは、彼女たちの母親が原因かもしれません」

「…」

「とにかく、なるべく早く行きましょう!」と、アンソニーが言った。僕らは、その場を離れた。そして、エアーズロックを目指して馬を走らせた。僕は件名にソフィとエマが休みそうな場所を探しながら捜索した。

 しかし、僕たちの初日の努力は報われなかった。アンソニー言うには、普通の子どもなら移動する際に足跡を残すものだと。

 つまり、ソフィとエマは徒歩で移動していないか、わざと足跡が見つかりにくい地勢を選びながら移動している。

 夜になると、僕らはキャンプをする事にした。

 僕とアンソニーは、手軽な缶詰料理を食べる事にした。その際、僕は家族写真を見ていた。そのセピア色の写真には、僕と妻とソフィとエマが笑いながら写っていた。僕らは、滅多に写真を撮らないので貴重な写真であった。それだから、この写真はとって気に入っている。

 アンソニーが食事を終わらせると、僕が見ている写真をまじまじと見た。

「いい写真だな。すみません、姪っ子たちのせいで」

「いや、大丈夫。それに今回の件は僕ら家族の問題でもあるから」

「家族か…。わたしの里親もそんな風に思っていてくれていたら」

「アンソニー...。でも、きみはこんな立派なオーストラリア人になったじゃないか」

「ありがとう。でも、実際は難しい心境だ」と、そういううとアンソニーは自分の置かれている立場の複雑さを教えてくれた。

 アンソニーが説明するには、彼らアボリジニーでオーストラリア人として再教育されたものは、どっちつかずの状態にいると。彼らはいくら英語を完璧に習得出来たところで、肌の色が違うためにオーストラリア人みたいに政府から恩恵を受けない。

 さらに、アンソニーみたいにオーストラリア人と一緒に暮らすアボリジニーは裏切り者のレッテルを貼られる。そして、群れから離れたものは二度と仲間として呼ばれない。僕は、アンソニーみたいなアボリジニーたちの現実をはじめて知った。だから、僕は疑問に思って仕方がなかった。

 はたして、僕らオーストラリア人白人主義制度は理想郷に繋がる政策なのだろうか。そして、僕はアンソニーたちアボリジニーに申し訳ない気持ちにもなった。何故なら、彼らは必死に新しいオーストラリア人として再教育されるが、彼らは多くは白人の為に奴隷に近い身分でしか働かせてもらえない。

 この時に思ったことがあった。

 オーストラリア人とアボリジニーに本当は人間的に違いは存在しない事を。

 僕らは共にこの過酷な大地で精一杯に暮らしているだけなのだ。だからこそ、この政策の責任者としても、オーストラリア人にもアボリジニーにも平等な身分になってもらいたい。それだけが、僕がアンソニーたちに返せる気持ちだと思った。

「なあ、アンソニー」

「何ですか?」

「ごめんな」と、言うとアンソニーがびっくりした様子で。

「いや、生きているうちにオーストラリア人に謝れるとは思いませんでした。それに…」

「それに?」

「叔父として、ソフィとエマ達を家族だと言ってもらえると嬉しいです」

「そうか。でも、ソフィとエマがそう思っているか」

「彼女たちも、きっとあなたの事をそう思っていますよ」

「ありがとう。今日は寝るか」と、僕が提案するとアンソニーは頷いた。

 そう言うと、僕は明かりを消した。

 

第六章

 次の日、僕らはエアーズロックを目指して馬で走った。

 夏頃の北オーストラリアはいつも炎天下であった。だからこそ、僕はソフィとエマの安否が心配であった。もちろん、彼女たちはアボリジニーなのでこの北オーストラリアの地理を知り尽くしているだろう。だが、彼女たちは少しの水とクッキーしか持ち合わせていない。だから、脱水症になるリスクが高い。

 さらに、僕はある疑問がわいった。もし彼女たちが脱走したいのなら、どうして数百キロもあるエアーズロックに向かうのだろうか。いくら、その事を聞いてもアンソニーは答えてくれなかった。彼は、ソフィとエマに直接聞いた方がいいと言った。

 僕らが、ソフィとエマの捜索を始めてから三日目にある進展が起きた。

 僕たちに初めて彼女たちの足跡らしきものを見つける事が出来た。初めて、僕たちは自分たちが考えた仮説が正しいかもしれないことと分かった。そんなときに、ある出来事が起きた。僕が、空を見上げると、ぽつぽつと雨が降り出した。

 僕らは、慌てて雨具を取り出した。すると、そんな時にアントニーがある事を言った。

「まずい。このままじゃ、ソフィとエマの命に危機が」

「どういうことだよ?」と、僕は声を荒げながら聞いた。

「いや、もし彼女たちが雨具などを持ち合わせていなかったら、雨で体温を奪われて低温症になる恐れが。でも、これはあくまでも可能正の問題です」

「なんだよ、それ! それじゃ、どうするんだよ?」

「ここは慌てずに、近くにキャンプを作ってか雨が降らなくなまで待ちましょう」

「そんな事をやってられるか!」と、僕がそう告げると馬に乗ったままソフィとエマを探した。アンソニーは僕を必死に行くなと叫んだ。

 僕はひたすら走った。

 ただただ雨が降る中、一気に走った。

 そして、僕は願った。僕らオーストラリア人とアボリジニーを見守ると言われている虹色の大蛇にソフィとエマの安否が大丈夫でありますようにと、そう願いながら、僕は馬をひたすら蹴っては早く走るようにと促した。そして、時間と居場所を忘れるぐらいに走り続けた。やがて、馬が息を切れて走るのをやめた。

 すると、僕の後ろから馬の足音が聞こえた。そこには、アンソニーがいた。すると、アンソニーは言った。

「死にたいのか! この砂漠で一人行動は自殺行為だぞ!」

「分かっている! でも、娘たちの事を考えると…」と、そう言うと、雨が次第に止み始めた。そして、砂丘のてっぺんを見ると二つの人間の影法師らしきものが見えた。そして、完璧に太陽が雲から現れた時に、そこにはソフィとエマがいることが分かった。

「ソフィ! エマ!」と、僕は叫んだ。

 すると、ソフィとエマが砂丘のてっぺんから降りてきた。

 そして、彼女たちは何度も謝った。

「ごめんなさい。ごめんなさい…」

「もう大丈夫。お腹は空いてないか? 寒くはないか?」と、彼女たちを抱きしめた。そして、僕は遠方を見るとあるものを発見した。それは、エアーズロックだった。

 

第七章

 その晩、僕たちはエアーズロックが一望できる付近でキャンプをした。

 そして、ソフィとエマはやっと僕にエアーズロックに行きたかったのか理由を説明してくれた。その理由は、アボリジニーにとってエアーズロック又は先祖たちの墓だと。そのため、多くのアボリジニーたちはこの神聖な場所に死者とつながっていると考えている。

 その為、ソフィとエマはこの場所亡き母と再会したかったと言う。そして、最後にお別れの言葉を伝えたかったらしい。僕は彼女たちになんと言えばいいのか分からなかった。

 それは、僕でも立ち入る事が出来ない聖域なように感じた。そして、次第にエマが泣き出した。そして、それを追うようにソフィも泣いた。

「お母さんに会いたいよ」と、エマが言った。

「エマ…」

「大丈夫! この夜空に住む大蛇様に願えばきっと叶う!」と、アンソニーが力強く言った。そして、僕らは必死に願った。

 出来ることなら、ソフィとエマに母親に会わせてやって欲しいと。

 すると、ある事が僕らの前で起きた。

 なんと、あのエアーズロックが白い光線のようなものを発していた。僕らは、エアーズロックの方から何らかの言葉のようなものが聞こえてきた。僕は、その言葉を理解する事が出来なかった。

  僕はただただその不思議な怪奇現象を聞くだけだった。でも、僕は何故かその見知らぬ言葉がとても温かく感じた。僕は、どこかアボリジニーにしかち踏み入れないものを感じたような気がした。

 やがて、光線も落ち着き、言葉も少しづつ聞こえなった。

 すべてが終わると、ソフィもエマもどこか悲しげだった。

 だが、ソフィとエマが僕のところに近づいてきて言った。

「ごめんなさい。もうこんな事をしません」

「そうだな。本当にお父さんもお母さんも心配したんだぞ!」

「ごめんなさ…」

「今は帰る事を考えよう。お母さんからの説教はそれからだ!」と、ぼくは彼女たちを撫でた。

「わかったよ。お父さん‥・」と、彼女たちはそう読んでくれた。

 そして、僕らは街を目指して帰った。


 僕は帰る道中に考えた。

 将来、本当の意味でオーストラリア人とアボリジニーの理想郷が築かれるという時代を。それは、どっちかがどっちかに依存しているのではなく、どっちらも協力している社会を願いたい。そして、どんな事があろうかと、いつか大きなオーストラリア人もアボリジニーも大きな枠組みで家族である事を。そして、その大きな枠組みは虹色の大蛇にいつまでも見守れられ続けられている事を。

                                                                     おわり

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