第十一話 人は彼を魔法少女プレイヤーと呼ぶ

『うgyるるっるるうううぁああああああ!!!』


 スズラン市のど真ん中、CMタワーの真下。黒い何かが声のようなものを上げた。


 体は真っ黒で二メートルほどの球体。液体と固体の狭間のような体を動かしてソレは地面を這うように移動する。


「マジカルストライク!!」


 白い光の束が、そのワクナーイと思われる何かを包み込んで打ち抜いた。ソレはびちゃびちゃと言う音を鳴らしつつ地面を転がって最終的に壁にたたきつけられた。


「何だあれ……気持ちわりぃ、ワクナーイなのか?」


 ユウマを少し離れた場所に下したナイトが少し遅れて着地したカミリアの横に並び立った。


「たぶんそうだと思うけど……」


『うぎぎぎぎいぎっぎじゅるる……』


 ワクナーイがうごうごとうごめき体を起こした。水分の塊のような体が変質して無数の触手が伸びて、それらは一気に二人に迫った。


 即座に剣を虚空と光から取り出して二人は襲い掛かってくるものを即座に切り捨てる。


「ちっ! 再生してるのか!」


「このままだとじり貧だよ!」


 長いものを切り飛ばすたびにそれは再生して切り飛ばされた部分はすぐにワクナーイの体に吸収される。


 このままでは追いつめられるばかりだ。どうするべきが。旋風を起こさんとするばかりのスピードで自信を守りつつナイトはカミリアと目を合わせた。


「っし! やるぜ!」


 ナイトが一歩前に出た。二人分の攻撃をすべて一人で切り伏せる、押されかけつつもそれをやってのけるのは彼の多彩なる経験がなす技だ。


『ぎぃいい……』


 真っ黒な剣は派手に奇跡を描きナイトの姿をほとんど覆い隠す。それが逆にワクナーイの注意を引き付けた。


「マジカルストライク!」


 ワクナーイの視界から離脱して飛び上がったカミリアが上から光線を注がせた。触手が根元から吹きとび、魔法がごとく生み出された圧力によってワクナーイの体が強く石のタイルにたたきつけられる。


 徐々に光が弱くなっていきそれが完全に消滅する。土煙が上がっていた。


「よし! これでやったはず……」


 気を抜いたナイトの体を黒い触手が殴った。


「あがっ!」


 口から空気の塊を吐き出しながらナイトは勢い良く壁にたたきつけられた。


 触手がうごめいて、ナイトの体からナニカを吸い上げる。


「サヨちゃん! よくも……ッ!」


 カミリアは触手が伸びる場所に向かって走った。レイピアを片手に勢いよく駆け出して、煙の中に突き立てる。


「っ!」


 レイピアが、ピタっと静止した。黒いそれの一部が腕のように変化してレイピアを受け止めていた。




『ソ……の……テ、ぃ、ど?』


「こい……つ……!」


 金属をこすり合わせたような音ではない、明確な言葉が、明らかに人と異なる生命体とも思えない物体から発せられた。かすれた男のような声だった


レイピアが強く引っ張られてカミリアは大きく倒れかけた。


「!」


 倒れかけたカミリアの顔に強い衝撃が走った。ワクナーイから生えてきたもう一本の腕。それが鋭くカミリアを殴った。たたきつけられるように地面を転がったカミリアは壁に勢いよく叩き付けられてようやく止まった。


『たィしたコトなィ』


 ワクナーイは腕を消すと次に壁に固定しているナイトに視線を移した。


『ッ!?』


 しかしそこにはナイトはいない。触手は半ばで切断されて、ひび割れた壁だけがナイトの痕跡を残していた。


「ナイトインパクト!」


 藍色の光の塊が鋭くワクナーイをぶち抜いた。はじけるようにゲル状の体が吹き飛ばされて、次にその体を剣が切り裂いた。


「くぅッ!」


 切断されたワクナーイの体を次に藍色の光が包み込んだ。


『ふぎっぅッ!』


 ワクナーイの体が宙を舞う。そのワクナーイの体を上から光の塊が打ち抜いた。


「マジカルストライク……ッ!」


 はがしい音が響き、ワクナーイの体を地面にたたきつける。


「一緒に行くぞッ!」


「合わせる!!」


 二人が同時に剣を構えた。藍色の光と白い光がまとわるように剣に集まる。


「「くらえ!」」


 上と横から、光がワクナーイに襲い掛かる。それは……


『侮っていたよ』




 いともたやすく……受け止められた。




「!」




「あ、ありえない……」


 ナイトは絞り出すように声を漏らした。この事象は現実か? いま起こっていることは悪い夢ではないのか?


 ソレは、攻撃を受け止められたことではない。いや。それを上回る衝撃。


 二人の攻撃を受け止めたのは……人だった。


 黒い装飾の少ないワンピースに身を包んだ人物、真っ黒な髪に白い肌、しかしながらその瞳は赤く。ギラギラと光っている。それを除けば少女にしか見えないその姿は。




「魔法少女……?」




 離れてみていたユウマが、ナイトの思考の先を口にした。


「!」「うぐ!」


 魔法少女と思わしき存在は受け止めた剣を振って二人の体をたたき合わせて投げ飛ばした。


『魔法少女……ねぇ……悪くない』


 少女のような声だった。喉から発せられるその声にはその場にいる全員に聞き覚えがあった。


「サヨちゃんの声……」


 それが分かった瞬間三人の背中に悪寒が走った。黒い髪、黒い衣装の魔法少女と思われるそれはナイトの特徴と一致する。その顔に、何処か心優しい少年の面影をちらつかせてそいつは嗤う。


『俺は新たな魔法少女……アーミーとでも名乗ろうか? お前たちの弟ってやつだ』


 冗談っぽく、大げさに語る、何処かふざけたその姿は、まさにサヨそのものだ。真っ赤な瞳、その異様な姿、本来は女装少年と似ても似つかないはずだ。それなのに何故か、サヨの面影をちらつかせるソレは喉奥を鳴らして笑う。


「ッーー!!!」


 ナイトが地面をけってアーミーに殴り掛かった。怒りのこもったこぶしはいとも簡単に受け止められる。


「ざっけんな!」


『オニイサマは怒りっぽいねぇ……? もっと楽しもうぜ?』


 ワクナーイはそのままナイトの体を地面にたたきつけると腹に踵を突き落とした。


「ぐっ!」


『アッハハハッハハハハ!!』


「やめろ!!」


 つぎに走ったのはカミリアだ。光の束をアーミーに向かって放つ。しかしソレも水泡に帰す。アーミーが腕から放った黒い塊が魔法の光線とぶつかった。


「このッ!」


『つまんねえなァ!』


「!」


 黒い塊はカミリアの光を突き返して、そのままカミリアを壁に叩きつける。


「う……あ……」


 ズタボロになったカミリアが。ツバキに戻って落ちる。倒れ込んだツバキ一瞥しただけで済ませたアーミーはつぎにナイトをにらんだ。


『さぁ! 終わりだぜ!』


 アーミーの、声が響いた。あたりに絶望が色濃く満ちた……。






 目の前で起きる悪夢のような事象を、ユウマはただ茫然と眺めていた。


(なんだ……これ……)


 目の前で起きる圧倒的な蹂躙、何かをしなくては。しかし体は動かない……。


(俺が出て行ったところで……何かができるわけではない)


 ユウマは自分の呼吸が浅くなるのを自覚した。早くこの場から離れろと、これを目の前にして自分の本能が告げている気がした。


 ゆっくりと後ずさる。ぼろぼろの二人を前にして、ユウマは後ろに引き下がった。


(自分が戦っても何もできない……コレは、仕方がないことなんだ)


 自分に言い聞かせて、後退する。




そうやって、自分を友と呼んでくれたものとの時間すらも偽物にするのか?


「お、俺は……」


巫女としての自分、金儲けの道具としての自分、それらをすべて無視して、自らを友といった人間を見捨てるか……?


「違う……」




「そんなことをできる奴は……にんげんじゃあねぇ……!」


 重たい足で前に出る。


「こんな俺でも……友達は見捨てない!」




『さぁ! 終わりだぜ!』


 アーミーの、声が響いて


「やめろッ!!」


 鋭い声が叩き割った。








「ユウ……マ!」


「だ、め……逃げて!」


 サヨとツバキが悲痛な声を上げる。アーミーがゆっくりとユウマに視線を移した。


「逃げない……友達をおいて逃げることなんか、俺にはできない!」


『へぇ……かっこいいねぇ?』


 アーミーがあざ笑いながらユウマを見つめた。


「友達として、俺はここで逃げない……どんな結末が待っていようとも!」


 自殺行為。そんなことは誰もが知っている。しかしユウマは前に進み出た。


『ハハハハハ! 馬鹿が! まずお前から死ね!』


 アーミーが走った。


「ッ!」


 前に進み出たものの反撃の手段はない。二人の悲鳴が聞こえた。アーミーが迫ってくる。ユウマは強く目を閉じた。






その祈り聞き届けたり




『な!?』


「コレは……!」


 アーミーの攻撃はユウマには届かない。攻撃を防いだのは半透明の壁。バリアのように現れたそれが完全に攻撃を防いでいた。


「……そうか」


 ユウマは小声でつぶやく、気がつくと彼の手の中には縦笛のようなものが握られていた。


 本来穴が開いているはずの部分には宝石がつけられていて本体の材質は木に見えるがニスを塗ったように光っている。


 心に灯がともったような気がした。


『この感じ……まさかお前!!』


 宝石が包み込まれるように握られた。口をつけて息を吹きこめばさえずりのような音が反響する。


 暴風のようなものが生まれて、アーミーの体を吹き飛ばした。


「! これって……」


「体が……」


 サヨとツバキが体を起こす。不思議そうに体を見てからユウマに視線を向ける。


「ユウマがやったのか? これ……」


「ええ。どうやらそのようです」


「すごい、まるで魔法みたいな」


 ツバキはそこまで言ってハッとした。小さな笑みを口元に浮かべるユウマと目が合った。


「そういうことだと思います」


「こりゃあ心強いな」


 サヨはニヤッとしながら体を起こすワクナーイをにらみつけた。


「行きますよッ!」


『ふざッ……けるなッ!!』


 アーミーと対峙して、三人は横に並んでうなずく。


「「「マジカルチェンジ!!」」」


 三人の体を色とりどりの光が包み込む。藍色、白色、そして、赤。


 最初にナイトとカミリアが前に出た。笛の音が響く。少し遅れて、彼は前に出る。


 真っ赤なスカートはながく足を覆っていて上は白。顔は紙で口元以外は隠れていて大きな袖口からは白い手が見えていて、その姿を言い表すならば巫女服だ。


 ショートカットであり、意志の強い目をしている、よく見るとかわいらしいその顔立ちはユウマのものだ。


「俺は……戦う。自分自身を示すために。今名乗ろう。俺は魔法少女プレイヤーだ!」


『ほざくな!!!』


 アーミーが叫んで虚空から真っ黒な剣を取り出した。大きな剣をグンと振りかぶってそれを三人にふるう。


「すぅ……」


 笛が奏でられる。穏やかな音が反響してアーミー渾身の攻撃はあっさりと防がれる。


 半透明のドームが展開して三人を守った。驚愕の顔を浮かべながらアーミーはさらに攻撃を押し込んだ。


「ふぅ……」


 再び笛が奏でられる。どこからか飛んできた雷がアーミーの体を吹き飛ばした。


「今です! ふぅ……」


 三度笛が吹かれた。それと同時にナイトとカミリアが飛んだ。


「すげぇ! 力があふれてくるみたいだ!」


 それもまたユウマ、いやプレイヤーの影響か。ナイトは藍色の光で包まれたこぶしを勢い良くアーミーに振り下ろした。


『コイツ! 強くッ!!!』


 腕を重ねて防御しようとも威力は殺せない。殴られたアーミーはそのまま勢い良く吹き飛ぶ。


「マジカルストライク!」


 アーミーの体を強烈な光が吹き飛ばした。


『この……!!』


 吹き飛ばされながらアーミーは白と黒の魔法少女を睨んだ。


『はッ!?』


 さらに笛の音が響いた。何処か現れた炎が、雷が、風の刃がアーミーをめちゃくちゃに叩きつける。爆音が響いてアーミーはそのまま地面を転がった。


『なめ……るなぁッ!!!』


「行きますよ! 二人とも!」


「おう!」「分かった」


『ぶっ壊す!!!! 死ね!!』


「マジカルストライク!」「ナイトインパクト!」「プレイエレメント!!」


 アーミーが放った黒くうごめく波動と、白い光線、青い光の塊が、そして金色に輝くエネルギーの塊が衝突する。


『ッ!!!』


 徐々に蠢くものが押しつぶされていき。大きな爆発が起きた。




 煙が晴れてそこに立っているアーミーの姿が見える。


『かはッ! はぁはぁ……ッ!』


 アーミーが、その場に膝をつく。真っ赤な瞳に始めて感情のようなものがともったように見えた。


『で……すむと……ぉもうなよッ!!』


 倒れたアーミーが煙となって消える。








「やっっっっっったぁぁぁぁっ!!!!!!」


 カミリアが叫んでその場に手を広げて倒れこむように寝転がろうとした。


「っと! 大丈夫ですか?」


 流石にソレはとプレイヤーはそれを抱き留めた。


「やったよ! サヨちゃん! ユウマ君もやったんだよ! みんなで!」


「……」


「ナイト?」


「え、!? あぁ! 悪い! そうだな! 俺たちやったんだ!」


 少し遅れてハッとした。三人は達成感と共に息をつく。


「ところでユウマ。魔法少女かぁ……へぇ、かわいいじゃねぇの!」


「あ、あなたたちになぞらえただけですよ」


 スズラン市シンボルマークCMタワー。二人の魔法少女は新たなる仲間を加えていつまでも笑っていた。




「実験はいよいよ最終段階」


 青年はモニターを眺めながら笑った。


「魔法少女……フフふざけているくせにいいじゃないか」


 青年は目の前にあるカップを傾けて口の中に苦い液体を流し込む。その間も青年の視線はモニターの中に向けられている。三人の魔法少女を見つめて青年は立ち上がる。


「ありがとう……君たちのお陰でこの世界は救われる」


 青年は大げさに両手を広げた。実験は最終段階。計画も直ぐにおおとりだ。唯一の不満要素を除いてもはや計画は成功したといっても過言ではない。


「さすがは我が息子たちだ……」


 青年は、いとおしそうに呟くと立ち上がって真後ろにある機械を見つめる。


 両手でも抱えきないほどに大きいその機械の中央には桃色のブレスレットが置かれている、そのブレスレットに手を触れて青年は笑った。


「全ては世界のために……」






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