第2話 少女は彼を魔法少女と呼んだ
リンリンと、扉についたベルの音がなった。
窓から朝日が差し込むのは街の一角にあるカフェだ。
「いらっしゃいませ! 二名様ですね? それではこちらの席にどうぞ!」
リンとした声で接客を行うのは、メイド服を身にまとったサヨだ。黒を基調としたロングスカートとフリルのあしらわれたエプロン。
落ち着いたデザインの中に可愛さが散りばめられたメイド服をまとった少女のような少年がウェイトレスを務める手狭なカフェ。
カウンター席の奥にあるキッチンでは丸坊主にサングラスの渋いマスターが、椅子に座り手持無沙汰に新聞を読んでいる。
それがこの閑散としたカフェのすべてだ。
そのカフェにおける角の席ですっかりレイジは委縮していた。
近くのはずのサヨの接客が遠くに感じていた。
ちょっと待ってくれ! そんなことを気軽に言ったサヨがレイジには恨めしく感じられた。
レイジは昔からこのカフェのマスターであり、サヨの親代わりでもあるハレノ ソウイチと言う男が苦手で仕方がなかった。
特に何か話さえたというわけではないが、その容姿といい、ドスの利いた声といい、どうも目の前にすると委縮してしまうのであった。
レイジもそれなりに恵まれた筋肉質な体であるがこの男はそれ以上。サングラスの向こうからにらまれているような気がして、まるで蛇に睨まれたように硬直していた。
目を閉じて、サヨがやってくるのを待つ。そうしてレイジが次に目を開けたのはテーブルの上に何かが置かれるのを聞いてであった。
きっとサヨが来てくれたのだろう。そうに違いない。
「待ちくたびれたぜサヨ……」
「……」
そこに立っていたのはハレノ ソウイチであった。サングラスのせいで目元は推し量れないが、いや、むしろそのせいでレイジはゾワっと震え上がった。
「あ、あの、自分何も頼んでなくて、」
「サービス。レイジ君には何時もうちのがお世話になってっからね。遠慮しないでよ」
「恐縮です……」
というか、なんで室内でもサングラスなんだ。冷静さを保つためにレイジは必死に心の中でそう叫んだ。机の上に視線を落とす。そこにはかわいい猫のラテアートが置かれていた。
「ハハハハハ! いや! お前ほんと笑えたぜ! 何がキョウシュクデス……だよ! 縮こまりすぎだって!」
人が完全にいなくなったカフェの角席で、メイド服姿のサヨはおなかを抱えて笑った。
「お、おい、声がでけぇよ、聞こえたらどうするんだよ」
「大丈夫だって! ソウイチさんああ見えてすげぇお人好しだから、そうでなきゃ行き場のなかった俺ら兄弟の面倒なんか見てねぇって! 元は赤の他人なのによ」
「ま、まぁそうだけど、どうもな……」
「気にすんなよ、中身は乙女みたいなもんなんだよ、だから可愛いラテアートとか作ってイメージ払しょくしようとしてるんだからさ。それにお前も目キラキラさせてたじゃないの」
「それとこれとでは別問題だろうが」
楽しそうに笑うサヨに反してレイジは恐るべきソウイチを横目で見ながらの小声だ。
「はは! まぁ怖い人じゃねぇし、いい加減になれろよな!」
「おい」
その瞬間、サヨの頭にごつごつした太い片手が置かれた。「
「「ッ!」」
「レイジ君来てるならちゃっちゃと部屋に案内しろや。今日はもう上がればいいから」
「う、うーい。りょうかーい」
そのまま立ち上がるサヨの頬にはどういうわけか薄い汗がにじんでいた。
「ま、適当なところに座れよ」
サヨはそう言いながらカフェの二階にある自分の部屋の扉を開いた。
白い壁紙と木製の床の部屋だ。備え付けのクローゼットやテーブル、勉強机とベッドはあるものの特にこれといった特徴はない。強いて言えば日当たりと眺めはいい位の部屋がサヨの部屋だ。
「おう……」
「着替えてくる……少し待っててくれな?」
「わかった。ゆっくりでいいぞ」
レイジの気遣いに感謝しつつサヨは戸を閉じて廊下を歩く。
「さぁて、どこまで話すか……と、言ってもがっつり見られてるわけだしなぁ」
サヨは悩んでいた。彼が正体を隠す理由は大きく分けて二つ。一つは周りの人をいざこざに巻き込まないため。そしてもう一つは……。
「やっぱりヒーローは正体不明であるべきだよなぁ」
更衣室でメイド服を脱ぎながらサヨは悩む。
白いエプロンと黒いワンピースを脱いで上下おそろいの水色の下着だけになる。
フリルがあしらわれた下着の前で手を組みサヨはうなるような声を上げて悩んでいた。
「いや、よし決めた。もう洗い浚い話そう。ん、そっちのほうがいいだろ」
ロッカーの中にあらかじめかけておいた白いワンピースに体を通し、後々出かけることを考慮して上から一枚羽織っておく。
最後に内側の鏡に映る自分を見ながら髪型やリボンをちょちょい。と、整える。
「さぁいくかぁ……」
更衣室からでて、サヨは廊下を歩く。朝早い慣れ親しんだ家の廊下が妙に長く感じた。
「なぁ、レイジ……て、何してるんだお前」
自室の中で待っていたレイジは壁にかけられたセーラー服に指先で触れていた、少しした後にハッとした。
「いや、おまえ手先起用だよなぁって思って、このレースとかフリルとか、自分で改造したんだろ?」
「あーそういうことな。ま、この程度なら楽勝よ。ていうかびっくりしたぜ。お前が俺のそういうのに興味あるのかと」
「なわけねぇだろ。今更兄弟みたいな存在のお前に鼻の下伸ばすかよ」
「なんだよつまんねぇの……」
「さ、話してくれよ。昨日の夜のこと」
「……先ずは俺が魔法少女の力に目覚めた時。今から数か月前のことだ」
ある夜のことである。サヨは何の目的もなく夜の街を散策していた。
何か、漠然とした目的があったわけではない。ただぼんやりと歩く。そこに意識は介在していない。要するに気分転換の散歩というわけだ。
「?」
その時、サヨはふと耳に届いた異音に首を傾げた。
『ギィ……』
ソレは金属がこすれあうような音であった。不快な音がどこからか静かにきこえてくる。普段ならば気に留めないような音だったが、サヨは自分の心の奥でその音が共鳴しているような感覚を覚えた。
「だ、だれか……」
「!」
次に聞いたのはか細いながら確かな人の声であった。サヨはその場でてちどまった。
夜中の広場のど真ん中に立ち止まり耳を傾ける。まだほんのり冷たい風が植込みの木を揺らした。
「たすけてッ!!」
「そっちか!」
木々のざわめきの妨害がありながらもサヨは確かに聞いた。少女と思われる悲鳴が聞こえたその場所に、自分でも気が付かぬうちに自然と走っていた。
幸いなことにサヨは黒いズボンにオフショルダーのシャツという比較的動きやすい恰好であったため花壇をいとも簡単に飛び越えて、木々の合間をすり抜けて走る。
『ギィギッギギギッギ!』
「!? 何だあれ……!」
そしてサヨはその異音の正体を見たとき驚愕した。普段はちょっとした劇などが行われている広場の上で、真っ黒な生命体と思われるものが少女を追い詰めていた。
真っ黒な生命体の体躯は実に四メートルを超えるほどの大きさで、そのシルエットはタコに酷似していた。
大きな頭部と思われる部分とそこから延びる無数の触手。そして頭部と触手の間で輝く真っ赤な二つの光。恐らくは目だろう。
「誰か!!」
恐ろしい化け物に襲われる少女、その異常な光景を目の前にして、サヨは立ちすくんだ。
「た、助けを呼ばなきゃ……」
自分に言い聞かせるように口に出すがやはり体は動かない。足がその場に固定されてしまったような錯覚をサヨは覚えた。
背中に氷を当てられたような感覚とともに背筋に水滴が伝う。
『ギギギ……』
化け物の触手がゆっくりと少女に襲い掛かる。その光景を前にしてサヨは駆け出していた。
「ウヲォォォォォォォオオオ!!」
少女らしい恰好で雄々しい叫び声をあげながら化け物の間に割って入る。
「ッ!」
「え!?」
「君は安全なところへ!」
泣きそうになるのを抑えながら少女に向かって叫ぶ。こんなことしなくちゃよかった。後悔の念が一瞬のうちにサヨの体中を駆け抜けた。少女がこけながら走っていくのを後ろで感じながらサヨは化け物と対峙した。
恐怖と後悔が満ちていたが不思議と震えは止まっていた。
「か、かかって来いよ! ブサイクタコ野郎! お前なんか俺の右ストレートで……!」
『ギシャァァァッァアアア! ァァアッ! キュオオオオオオオォ!』
化け物は怒りに狂ったような声を上げた。煽りが通じたのか、それとも獲物だった少女を逃がされたことに怒りを覚えたか。触手を地面にたたきつけながら機械音と叫びのはざまのような不気味な叫びをあげる。
「かかってこッ!!!」
己を鼓舞するために叫ぶ。しかしそれを最後まで言い切ることはできなかった。触手が横からサヨのことを殴った。
「ぁ……!」
鋭い痛みになすすべもなくサヨは舞台の壁にたたきつけられた。鋭い痛みと鈍い痛みが同時に襲い掛かってくる。
目じりに涙を浮かべながら空気の塊を喉の奥から吐き出す。
まともに息をすることすらかなわず、あえぐように浅い息を繰り返す。必死に空気を背肺に取り込もうとするうちに、サヨは全身にしびれたような感覚を残して痛みが引いていくのがわかった。意識がかすむ、息ができない。
「……ッ、ヒュゥゥ……!」
笛のような息を繰り返してサヨはなくなってしまったかのように感覚のついえた腕に必死に力を籠める。
痛みと、何よりも恐怖の前にサヨの心は完全に屈していた。
もう立ち上がることは叶わない。サヨは薄れる意識の中でそう思った。
しかし、かすむ意識の中でサヨは見た。化け物がゆっくりと少女を追いかけるのを。ゆっくりといえど人間の倍以上はある生き物だ、その一歩もかなり大きい、このままではきっと化け物は少女にあっという間に追いつくであろう。
だがしかしそれでいい。自分はよくやった。充分に頑張ったのだ。そんな安っぽい言葉でサヨは自分を慰めて……
「いいわけ……ッ! ないだろうが……ッ!!」
ドクン。と、心臓がはねた。
体に力がみなぎっていく。両足に力を込めて立ち上がる。
「待ちあがれバケモンが……!」
『ギィ……?』
化け物はまだ生きていたのかというように振り向いた。触手をうごめかせて這うように逃げようとする少女よりも先に、先ずはサヨを仕留めようと言わんばかりに触手で地面をたたいた。
「お前をここで……ッ! アッッッツ!!」
もう痛みもしびれも完全になくなっていた。その時だった。
サヨは右腕に火が付いたような熱さを覚えた。慌てて左腕でふれたときそこに何かが張り付いていることに気が付く。
「ブレスレット……?」
天面に青くて丸い宝石のついた黒いブレスレット。それがいつの間にか腕についていた。
ドクン心臓が脈打つ。
『グギギギ……!』
ドクン心臓が脈打つ。
あなたのことは、私が守るから。
成功例、お前たちにのみ与えられた特権。
奴らは人を襲う。しかしお前らなら……
圧倒的な力その容姿、名を関するとすれば……
心臓が脈打った。
「__!!」
触手が襲い掛かる。それを、青い光が防ぎ切った。
光に触れると蒸発するように触手がはじけて消し飛ぶ。光が晴れた瞬間。そこに立っていたのは。
黒いドレスをきた黒髪ロングの少女。いや、その体は少年のままであったが、その姿はまるで
「魔法……少女?」
逃げ遅れていた少女がかすれるような声でつぶやいた。
「すっげ……力があふれてくるみたいだ……」
体躯はそのままに、力がみなぎっていく。そんな感覚をサヨは覚えていた。
『ギッシャァァァァァアアアアアア!!!』
怒りのような雄たけびをあげながら再び薙ぎ払うような触手がサヨを横から殴った。
壁に体が勢い良くたたきつけられて土煙が上がった。
「すっげ……」
『グギ!』
「一ミリも痛くねぇ! それにすごいからだが軽い!」
サヨは壁をけるとそのまま空中で体をひねり怪物の丸々とした頭部を殴った。
『ギギャ!!!』
勢いよくステージにたたきつけられた。怪物はふらついたが、なんとか姿勢を立て直し、真っ赤な瞳でサヨを追いかけた。
「ここだ!」
勢いに乗ったまま、視覚に回り込むとサヨはまるで鞭のようにしなる足技を、ブヨブヨの頭部に上からたたきつけた。
『ガギ……!!』
座席がある場所に怪物をたたきつけ、サヨはかつてないほど高揚していた。
今まで口げんかの一つもろくにしたことのなかったサヨであったが、不思議とどうすればいいかわかる。
見えない何かに導かれるようにサヨの体は自然と動いた、ブレスレットの宝石に触れるとエネルギーが光となって可視化されて、それがこぶしに集まっていった。
熱いものが拳を包む。それをそのまま
「くらい上がれ!!!」
振り下ろした。化け物の顔が思いっきりへこんで階段やいすの置かれた場所に亀裂が入ってほんの少しへこむ。すると化け物は、煙となって消滅した。
「ふぅ……」
月の光を浴びながら、サヨは自分の体を見つめた。
「あ、あの……」
「え? あぁ、どうかしたのかいお嬢さん?」
「あ、いや、えっと……ありがとうございました……!」
「あぁ、いや、突発的なことだ。気にすんなよ」
このくらいへでもない、とまだ怯えの収まらない少女の前でサヨは強がって見せた。
「あ、あの……何かお礼を……」
「あー。気にするなよ。別に好きでやっただけだから」
こんな風に言われるのは悪い気がしないな。などと考えながらサヨはほほをかいた。
「じゃあ、せめて、お名前を……」
「あぁ、そのくらいなら……」
そこまで言いかけてサヨはキラキラした少女の瞳を見つめて考えた。そして優しく少女の頭に手を置いて、なるべく明るく微笑んで見せた。
「魔法少女ナイト……それが俺の名前だ」
「魔法少女……! や、やっぱり本当に!?」
少女の顔が明るくなる。それを見てサヨ、ナイトは一種の満足感を覚えた。そしてある事を思いついたのだ。
(さっきみたいな訳の分からない化け物がいるんなら、この力があればきっと退けられる)
ナイトはその夜決意した。魔法少女となって、この街を守って見せる……と。
「と、いうわけだ。理解したか?」
長い話を語り終えたサヨは疲れたぁというように体を伸ばした。
「いや……ごめんわからんことが多々あるんだが」
「あぁ、化け物、ワクナーイの名前の由来か? それなら全然かわいくないからだな」
「いや、それもまぁまぁわからんけど、一番わからんのは魔法少女とか化け物、お前の言うところのワクナーイがどういう存在なのか……」
「あぁ。俺もわかんねぇ」
「は?」
「だから! 俺もわかんねぇって、なんかそういう存在なんじゃねぇの? 詳しくは知んねぇけど」
「なんじゃそりゃ! じゃあ何のために長々と語ってたんだよ!」
「そりゃお前、魔法少女誕生秘話をだなぁ!」
「くっだらねぇ! なーに危険にさらされてんだばぁーか!」
「はぁ!? 俺の英雄譚を聞いて感想がそれかよ!」
「自分で行っちまうところがもっともっぽいよな」
「なんだとぉ……」
互いが互いをぐぬぬとにらみ合う。
「まぁ、お前が散々危険なことしててアサヒさんに心配かけたかもしれない件とかは後で問い詰めるとしてよ、なんでお前、俺のピンチにちょちょいと駆け付けられたんだ? それだけじゃない、噂通りならば、ワクナーイあるところに魔法少女ありなんだろ? よく都合よくそんなことができるな。エスパーか?」
話を戻す。それにサヨはあぁ、と短くいって何もつけていない右手を掲げた。
「ここがなんていうか熱くなるんだよ。それでなんとなーくどこに現れたかとかわかるんだよ。ちなみに基本的に夜限定。だからたぶんワクナーイって夜しか出てこれないんじゃあねぇかな」
「今一つ根拠が薄い気がするけどなそれ……」
「まぁ細かいことは俺もわかんないからな……さ、これが俺の知ってる全部だ。ちなみに誰にも言わなかったのはそっちのほうがカッコイイからだ。何か質問あるか?」
「突っ込みどころしかねぇよ、そもそもお前が危険を冒す動機はなんだよ」
「は? そりゃお前、この街を守りたいからだろ? それ以外の理由あるか?」
まるでそれが当然だとでもいうようにサヨは平然とそう言い放った。
やれやれと、レイジは立ち上がると、固まった体を伸ばした。
「ま。いいか。お前らしくてむしろ安心した。よーし! 聞きたいことも聞けたし。せっかくだから今から、遊び行こうぜ。暇なんだろどうせ」
「いいねぇ! 俺お前のおごりで飯食いてぇ」
「ひっぱたくぞ」
二人は無駄な話をしながら階段を降りて朝の鈴蘭市に繰り出した。
「お。やっと出てきた……さて、スクープつかませてもらいますか……この街のヒーローさん」
カメラを片手に二人の背中をなめるように見回す。その少年は慣れた様子で二人の尾行を開始した。
「いやぁ……マジめっちゃ歌った……声ガラガラだわ……」
鈴蘭市商店街のカラオケルームから二人が出てきたとき、すっかり日は沈んでいた。
「お前よくあんな高音出るよな、尊敬するわ」
「あのくらい余裕だって」
声を少しからしながらもサヨは元気にそう言った。
「それがすごいってんだよ……あーにしても腹減ったな。どっか飯食いにいかねぇ?」
「お、そうするか。どこ食いに行くよ?」
「ファミレスにするか、それともどっかで適当に買ってその辺で済ませるか……」
「悩みどころだよなぁ。俺的にはどっちでもいいけど」
「んー。よし! じゃあファミレスにしよう。ゆっくりもできるし、適当にしゃべっとこうぜ!」
「うし、それでいくか。ドリンクバーで三時間は粘ってやる」
「いや普通に飯食えよ」
その時、サヨが突然足を止めた。
「ん? どうしたんだよ、早く行こうぜ?」
「ワクナーイだ……」
「え?」
「ワクナーイが出た!」
「は!? マジかよどうするんだよ!?」
「どうったって、倒すに決まてるだろ! 行ってくる!」
「あ、おい!」
止める間もなくサヨが駆け出した。それに続いて少し迷った後にレイジが続く、さらにそのあとを一つの影が追尾した。
『ギルウルルルウルルル!!!』
機械のような異音が暗い空に向かってとどろいた。
噴水のある広場でけたたましく叫ぶのは真っ黒な影、カニのような外骨格をまとった二本の鋏を腕にはやしたその三メートルほどの巨大な影をたとえるならばカニ怪人。
「出あがったなクソワクナーイ!」
サヨの宣戦布告のような叫びにワクナーイは振り返ると威嚇のようにバチバチと鋏を鳴らした。
「まだひとは襲ってないみたいだな、だけど、ここでぶっ飛ばさせてもらうぜ、この街のヒーローとしてな!」
サヨは堂々とした態度で宣言すると腕を空に掲げた、すると光が掲げた右腕に集まっていき青いブレスレットを創る、そのブレスレットの天面につけられた宝石をサヨは左手の指先で叩いた。
「マジカルチェンジ!」
青い光がブレスレットからあふれ出た。
あふれる光はサヨの体を包み込み身にまとう服装を、髪型をほんの少し変化させる。
「魔法少女ナイト……見参!」
『ギィ!!』
ナイトの余裕釋種といった態度が通じてか、ワクナーイは体を落として威嚇した。
横に開く口を鳴らしながら挟みを開いては閉じてを繰り返して威嚇する。
「ぶっ飛ばしてやるぜ!」
サヨは先手を取ると言わんばかりに一度跳躍してから左腕を振りかぶった。
ゴン! という工事現場を思わせる激しい音とともにナイトのこぶしは分厚いはさみに防がれた。
『ギギャオォッス!!』
ワクナーイがないとのこぶしを弾き飛ばすために腕を振る。その前にナイトは体をはねさせると軽やかに石畳の上に着地した。
「かってぇ……厄介だなぁ……」
強化されているはずなのにひりひりと痛む腕をプラプラとさせてナイトは舌打ちしたくなる衝動をグッとこらえた。
何故ならば彼の中のヒーロー像はそんなことはしないからだ。
『ガァァァァァッス!!』
「うわっと!」
叫びをあげてまっすぐ突撃して来たワクナーイが放ったのは鋏をぴったり閉じて、ハンマーのようにしたうえでのボディーブロー出会った。何とか防げたものの鈍くて重たい感覚が腕を伝って前進を駆け抜ける。
「直接殴ってもダメってんならこれでどうだ!」
ナイトは落ちていた小石を拾うとワクナーイに向かって投げつけた。
人間離れした魔法少女の力でなげだされた小石が空気を引き裂きながら弾丸のようにワクナーイに向かっていく。
しかし、小石はワクナーイの骨格に軽く火花を散らせた程度で砕けて消える。
(無理か……先ずはあのかってぇ甲羅をどうにかしねぇとな)
『ガァァァァァァン!!』
ナイトの施行を断ち切るようにワクナーイは悲鳴のような音を上げて鋏を激しく動かした。
重たい音を立てながら鋏が動く。
(あれに挟まれたら一たまりもなさそうだ、そうなると遠くから攻撃したいが……)
しかし、広い噴水広場には遠距離攻撃がかないそうなものは一つもない。ゴミ一つない美しいこの場所が今はにくくすら感じる。
「うおっと!」
『ギッシャァァ!』
考える間に今度はカバっと開いた鋏が襲ってきた。ナイトはすんでのところでそれを交わすとはさみはそのままその後ろにあった街灯を切断する。バジッという音がしてランプの光が消えた。
「おっと!」
支えを切断された街灯は当然のように傾くが、ナイトはそれをチャンスだととらえた。ナイトは倒れ掛かけた街灯を両手で包み込むようにつかむと化け物の頭におおきく振りかぶってたたきつけた。
ゴン! という鈍い音と共に街灯がひしゃげてワクナーイの外骨格に僅かな亀裂を走らせた。
「はぁ!? まじで言ってんのかよ! こいつ!」
驚愕、その瞬間にはワクナーイはナイトが武器とした使おうとした街灯ですらバラバラにしてしまった。
『ギギギ!!』
バランスを崩したサヨの頭に再びハンマーのようになった腕が振り下ろされる。
「ッ!!」
サヨの頭が揺れた。体が無意識のうちに地面に倒れこみ、その勢いは広場にまでも伝って床が割れてないとはそこにめり込んだ。
『ッ!』
ワクナーイが短い声を上げて腕を下す。まるで勝ち誇ったかのような声だった。
『ッ!?』
ワクナーイが短い声を上げ。振り下ろされた腕が空中で静止した。
ワクナーイの腕が黒い、棒状の何かによって抑えられている。靄のようなソレは倒れこむナイトから伸びていた。
倒れ伏していたナイトが体を起こすと棒状のものも持ち上がってワクナーイを完全に弾き飛ばす。
立ち上がり息を荒くして棒状の何かをつかむとそれは次第に姿を変えて禍々しい一振りの剣に変化した。
不気味な形の剣を、可愛らしい少女にしか見えない少年が握っている。
『ッ!』
その時、ナイトがまとっていた不気味な気迫にワクナーイは思わずたじろいだ。
「なんか出た……だが。こいつならお前を両断できそうだぜ……!」
歪んだサーベルを思わせる剣の先をワクナーイに向けて、ナイトは駆け出した、怯むワクナーイの体の下に潜り込み、剣を横一線に振り払う。
『グッスッ!』
「チッ、この流れは普通瞬殺できるだろ……ッ!」
剣は恐ろしくかたい外骨格をえぐるだけに終わった。しかし、手ごたえはある。
ワクナーイの股下を滑りぬけてサヨは剣を構えなおした。
「サヨっ!」
「と、レイジか!? 悪い、ここは危険だから……」「関節だ!」
「は?」
「今さっきこっちから見てたんだが、そいつ腕を振り上げたときに見えた間接は……弱そうだった」
レイジは最後に自信なさげに多分……。と付け足した。
「なんだよそれ……けどまぁ、試してみる価値はあるかもな……ッ!」
振り下ろされる鋏を交わしながらナイトは剣を握り直した。このままチマチマ固い所を削った所でじり貧でしかない。
『ウグルギゴォォォォオオオオ!!』
かすれた悲鳴のような雄たけびを上げてワクナーイは体の大きさを主張するように腕を上げた。
「チャンスだ!」
ナイトはそれを好機と言うように剣を振りかぶった。
鋭い刃が、ワクナーイの体を鎧のように包む外骨格の間に滑り込む。わずかな抵抗感の後。シュッという音と共に腕の片方が切り飛ばされた。
『ギィィイイイイイイイイイイイ!!!』
つんざくような悲鳴。その直後に残ったはさみががぱっと開いてナイトに襲い掛かった。
「ーっ!」
今度は鋏がかみ合う場所に刃を押し当ててそのまま鋏を使い物にならなくする。
『ヒュッ!』
呼吸のようにワクナーイの腹部が動いた。ナイトは駆け出すとまっすぐにその部分に剣を突き立てた。
剣が光の塊となってワクナーイの体に風穴を開けた。
『ッグフ』
ドンッ! という音を立ててワクナーイの体が煙となって消え失せた。
「ふぅ……結構強かったな」
「お疲れ様。サヨ」
煙が晴れたときそこに立っていたのはただのサヨだった。近寄ってくるレイジに片手をあげるだけで応じて首を鳴らすような動きをした。
「うい、サンキュー。にしてもお前結構やるなぁ。お前がいなかったらどうなってたか」
「いやいや。俺なんて全然」
言葉では謙遜するが、顔は絵に描いたようなドヤ顔をしていた。
その二人をカメラ越しに捉える人物がいた。
「魔法少女は確定か……」
その人物は撮った写真を眺めて頷いた。
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