男の娘魔法少女 ナイト
彩川 彩菓
第1話 男の娘魔法少女ナイト
この世は残酷だ。
世界は悪意に満ちていて、人は時に光にすら毒牙を向ける。人は弱くて未熟で、残酷なことに自分達の凶暴性にすら気が付かない。
邪悪で愚か、無知で無力、それでいて、人を愛し、何かをいたわる心を、烈しく揺れる感情を持っている。
理不尽なまでに邪悪で、息をのむほどに美しい。完全には程遠い、不完全で不揃いな生き物。
そんな彼らを、守りたいと、救いたいと願うのは間違っているだろうか?
きっとそれは、偽善に過ぎず、愚かな行為なのであろう。
しかし、愚かでもいい。石を投げられてもいい。たとえ守りたかったものたちに敵意を向けられようとも、彼らは戦いに赴く。
風が吹いた。彼らは悪魔と相対する……。
「「「「‐‐ッ!」」」」
声と光が……重なった。
新月の夜の出来事である。星だけが黒を彩る夜空の下。のどかな開発途中の港町。その下、広大な地下室に、けたたましいサイレンが鳴り響く。
灰色の床と壁と天井が真っ赤な光に照らされる。
真っ赤な光と、吐きそうなほどうるさいサイレンの中を駆け抜けるのは、青い髪をした少女である。
教会のシスターを思わせるデザインの服に下はミニスカート。露出した太ももと、それをぎりぎり隠さないロングブーツ、まるでコスプレのような格好で決して運動に適した服ではないが、黒髪の少女はそれを感じさせないほどのスピードで、小さな何かを抱えながら走った。
『ギギギギギギギギギギィ!』
少女は金属同士がこすれあったかのような嫌な音を、サイレンの中にあってもその少女は聞き逃さなかった。
風のようなスピードを押し殺し、その場にとどまる。
『ソレ』がやってくるのは前か後か。小堤程度の何かを少女は抱えなおしてやってくる『ソレ』に対する警戒を強めた。
ドゴォォォン!!! と、壁が大きなこぶしのようなものに吹き飛ばされた。
目の前にのそのそと黒い影が現れる。
大きな体に太い腕。たくましい肉体はまるでゴリラのようであるが、その体躯は実に三メートルはあるだろう。それも足を曲げていてなおだ。
その怪物は真っ赤な、小さな目で少女を見下ろすと、口を大きく開いて金属音のような泣き声を上げた。
狭い廊下で大きな怪物は森で育った木のように大きな腕を伸ばした。
少女はその開かれた手を前に軽く飛ぶと空中で横に回り、鞭のようにしなるけりを入れた。
『ガアッァァァァッァァアアアアアアアアアア!!!!!』
サイレンをかき消す悲鳴を怪物が上げた。怪物の指が吹き飛ばされて、ソレは地面に落ちる前に黒い靄になって消える。
指のなくなった怪物の手からは、血の代わりに黒い靄のようなものが漏れていた。
『ガウゥウウ……!』
怪物は金属が響くような唸り声をあげて、少女をにらみつけた。しかし少女は軽やかに再び飛び上がると、空中で体をひねって怪物の頭部をけり倒した。
凄まじい轟音と共に、怪物の体が壁と地面にめり込んだ。
動かなくなった怪物を踏み越えて、少女は走る。
「あと少し……あと少しだから……」
腕の中に抱きしめた何かにいとおしそうに話しかけながら少女は廊下を走る。まるで迷路のように入り組んだ道を、少女は右へ、そして左へ、どこに何があるのかわかっているように走る。
「サヨ、あなたのことは、私が守るから」
静かな決意は、サイレンにかき消される、しかし、その決意が届いたかのように、何かはもぞもぞと動いた。
その何かをしっかり抱きしめて、少女はまっすぐ、一目散に目の前に迫ってきた出入口を目指す。
まるでシェルターか、巨大金庫のように厳重そうな扉。
「連恋乱!」
少女が叫ぶと同時に、水色の光が扉を撫でた。それと同時に凄まじい轟音が鳴り響き、扉が消し飛ぶ、少女は……勢いよく外に飛び出した。
少女の肌を、冷たい夜風が優しくなでた、明るい星々が少女を祝福しているように見えた。
灯台のような建物の頂点に、少女は降り立った。
その時、静かな夜を叩き壊すように、大きな爆音が響いた。少女が先程までいた場所から、黒い煙が上がる。
「大丈夫だから……」
少女は、布の中でうごめく何か、赤ん坊を撫でた。余りにも小さな手が、少女の指をつかんだ。
黒い煙が夜空に上がる。爆音を聞いて異様を察知したのか深夜の町に明かりがともり始めた。
真っ暗闇を、星空と街の明かりが彩っていたが、空は、黒い煙に塗りつぶされつつあった……。
十六年後
「ふあぁ……」
街中で大きなあくびをした少女、晴野ハレノ 紗夜サヨを、ごく普通と形容するのには少し無理がある。
セーラー服を着た少女は五月も半ばになり差し掛かったというのにサヨはベージュ色のカーディガンを身に着けていたし、スカートの端にはレースがあしらわれていた。
まるでコスプレのような格好をしているが背中に背負った黒いリュックだけが生活感を生み出している。
きれいな黒い髪は肩のあたりで切り揃えられており、肌は色白で目は髪と同じ黒であり、マイペースそうな雰囲気をまとっている、身長は百五十センチ半ば、可愛らしい少女にはその容姿とかわいい制服のほかにもう一つ普通ではないことがある。
ソレは……『少女ではないということだ』。
「お、サヨ。おはよう」
「おう、おはよう」
サヨに向かって声をかけたのは、背の高い男だった。
道半ばの電柱にもたれかかってスマホをいじっていた男は長めの髪を後ろでくくっていた。長袖のシャツの上からでもわかる筋肉質な体をしていて、赤いバッグを片手に握った男の名前は雨宮鈴二アマミヤレイジサヨの幼馴染である。
「最近暑いよなぁ……」
「じゃあそのカーディガンぬげよ……」
「あんまし素肌さらしたくないんだよ」
「その割にはお前海とか大好きだよな」
「ここで暮らしてたら好きになるだろ?」
二人が暮らす鈴蘭市は海辺にある開発都市である。灯台をモチーフとして広がる町並みは西洋風の作りで観光地としても有名だ。
「まぁ、確かにな、ここの海はすっげぇきれいだからな」
そんなどうでもいい話をしながら二人は石で作られた道を歩く。
「あぁ、そうだ。レイジ、お前、例のニュース見たか?」
「あぁ、あれだろ? 魔法少女」
『魔法少女』そんなメルヘンチックな単語が飛び出した。
「そうそう、スゲーよな。魔法少女。街に現れた怪物を颯爽と……」
「そもそもその怪物が怪しいって話だけどなぁ」
鈴蘭市に流れる『魔法少女』の噂。その概要は鈴蘭市に夜な夜な現れる、人を襲う黒い怪物と、その怪物を退治する魔法少女がいる。というものだ。
いくらかの目撃情報とブレた写真こそあるものの信憑性はかなり低いといったものだ。目をキラキラさせるサヨと、日常の雑談レベルの、何処か冷めたような態度を貫くレイジ。
サヨは魔法少女のうわさを信じる派、レイジは信じていない派ということだ。
「いやいや、写真とかあるだろう? 目撃証言だっていっぱい……」
「お前、変わった色の風船をUFOとか思うタイプだよな」
「お前はこの広い宇宙に住んでるのが人間だけだと思ってるタイプだよなぁ……いると思うんだけどな、魔法少女な」
狩る愚痴をたたき合うと、サヨはわざとらしくほほを膨らませて唇をとがらせて、両手を頭の後ろで組んだ。
そんなあからさまなしぐさすら様になって見えるのは、サヨの美貌によるものだ。
「てかお前ほんと見た目に関しては女子だよなぁ、うらやましいぜ、女友達とかも多いことでよぉ」
「みんなそれ言うけど別にモテてるわけじゃないからな、ただマスコットみたいな扱いされてるだけだから。そこんとこあんま勘違いするなよな」
「しねぇよ、お前、ソレ自分で言ってて虚しくないわけ?」
「むなしいに決まってるだろうが……」
落ち込んだサヨを見て、レイジは苦笑いを浮かべた。何でもない日常のページを刻むうちに、建物の森を抜けた。
大きな宮殿風の建物が見えてくる。白い大理石で作られた清潔感あふれる建物が彼らの通う学校である。
スズラン学園。サヨとレイジの通う学校だ。小学校から高校までが一つとなった巨大な学校の門を二人はくぐる。
壁のように大きな建物がソコまで大きい理由は三つの建物が連なっているからである。その上にその建物一つ一つが大きいのだから、近くで全体を見ようとすれば首が痛くなりそうになるのも必然だ。
昇降口に入り下駄箱に口をしまい上履きに履き替える。ファンタジーアニメに出てきそうな清潔感のある廊下を二人は歩く。
「あ、弁当持忘れたかも……」
「じゃあお兄ちゃんが作ってくれたお弁当あるから半分分けてやるよ」
サヨは背負っているリュックを上から叩いた。その中にお弁当箱が入っているというわけだ。
「おぉ! マジか! お前の兄ちゃん料理すげぇうまいもんな、楽しみだぜ」
「当然だ。誰の兄貴だと思ってるんだよ」
「お前料理下手だけどな」
「は? 何が言いたいんだよ」
「あ、おい、あれ見ろよ」
「話そらしてんじゃねぇよ」
そういいつつも親友であるレイジに従って彼が指さす方向にサヨは視線を持っていく。階段の下の壁となった場所に掲げられているのは恐らくこの学校の生徒が発行したであろう、いわゆる生徒新聞というやつだ。
大きな写真は真っ黒ではあるがかろうじて人型の何かを捉えている。
「スズラン学園新聞、魔法少女を追う……だとよ」
「なにこれ、新聞に掲載されてるのかよ」
はんぱねぇ。そんなことをサヨはいやそうにつぶやいた。
「なんでいやそうなんだよ。好きだろ? 魔法少女」
「好きだからだよ、許可もらってないだろこれ」
「正体不明の魔法少女にどうやって許可とれって?」
それはそうだけど、神妙な面持ちでそう言うと、サヨはそのまま黙った。
「ほら、そんなこと言ってないで早く教室行こうぜ、今日は一時間目から体育だからよ、早くいって着替えとかないと。体育のアカヤマの奴は怒ると怖いし、遅刻しねぇようにしないと」
「あぁ、そうだな。いこうちゃんと壁作って隠してくれよ?」
「ばーか」
二人は歩く。くだらない戯言を漏らしながら、二人は教室に向かった。
「だから! 俺マジで見たんだって!」
ざわつく教室。そのざわつきの中心にいる男子生徒が勢い良く立ち上がった。
「? 何があったんだろ?」
西洋風のつくりをした茶色い木製の扉を開けて、レイジはよそよそしいサヨに尋ねた。
「しらねぇ。虫でも出たんじゃあねぇの?」
「妙によそよそしいな。なんでだよ」
別に。そんなことを言って話を強引に終わらせようとするサヨの視線は一か所。そのざわつきの中心を見ていた。
「昨日の塾の帰り、大きいライオンが襲ってきてよ! そこに突然女の子が現れて! バシイ! って!」
「くどいぜアキラー! つくならもっとましな噓をつくんだな!」
「噓じゃねぇって!」
情けない声で叫ぶのは、おちゃらけた雰囲気の少年だ。クラス中からヤジを飛ばされながらも、ギャーギャーと何かを語っている。
「だから! マジで見たんだって! 今噂の魔法少女をよぉ!」
必死にそう叫ぶアキラに向けられる視線は生暖かいものだ。有名な噂である魔法少女の存在だが、いくら証拠があっても所詮は都市伝説程度。みんな話半分なのだ。
信じている人間の方が少ない噂だ。それ故にそれを熱心に事実であると吹聴するアキラに向けられる視線も子供に向けるようなものであった。
「魔法少女だってよ。お前以外にも信じてる奴いるんだな~。? サヨ? どうしたんだ? ボーっとして」
「え? あぁ、別に何でも……」
「ふーん……って、そうじゃねぇ。おーい、お前らー! 何してんだ! 早く着替えないと遅刻するぜ!」
沈黙の後、レイジが手をたたいたことによって人だかりは次第に解消されてゆき、やがて皆は魔法少女のうわさという超常的な話題から体育の話題へとすり替わっていく。
「なんだよ、ほんとの話なのに……な、サヨとレイジはどう思うよ? あ、そう言えば顔はあんまり見えなかったけど体型は丁度ハレノ。お前くらいでよ」
「下らないこと言ってないで早く着替えろよな。一人でも遅れたら連帯責任とか言って何させられるかわかったもんじゃねぇ」
「なんか冷めてるなぁ。お前魔法少女信じてる派じゃねのかよサヨ」
「そうなのかハレノ⁉ だったらわかるだろ? 魔法少女」
「あー! 俺もうきがえっからよ、見たいっていうなら別に止めないけど!」
サヨがわざとらしく大きな声でそう言うと、敵意のような視線が一斉にアキラに注がれる。
「な、なんだよ! 別に見たいとは言ってないだろ! 俺はただ」
「なんでテメェ! 興味ないアピールしてんじゃあねぇぞ! おい! こいつやっちまえ!」
「えぇ! おい! ハレノ! アマミヤ! 弁明を……ッ! ギャァァッァァァァァlッァァアァァアアア!!!!」
「可哀想に……」
「お前のせいだろあれ……」
何のことかわからない。そういった風にサヨは肩をすくめた。
その日の晩のことである。日は沈んで、夜空には月が。
淡い街灯と、黄色い満月が海辺に街を照らし出していた。海が輝く、街に宝石のような輝きがちりばめられている。
その町で、真っ黒な影がうごめいた。真っ黒な体を持ったその影は馬のような顔をした二メートル近い人型の怪物だ。
巨大な体を重たそうにしながら町中を闊歩していた。
瞳は真っ赤でそこに生物的なきらめきは感じられない。その機会じみた瞳が噴水を見ながら座る男を捉えた。ベンチに腰かけて缶コーヒーの中身を口の中に流し込む男の名前はレイジという。
勉強中、ふと襲ってきた眠気を押し殺すために風が冷たい中自動販売機のコーヒーを買いに来たのだ。
『シュルルルルルルルル……』
まるでワイヤーが巻き取られるような音を怪物は喉と思われる場所から上げた。
「?」
幸か不幸か、その音に気が付いたレイジは視線をそこに向けた。べったりと塗りつぶしたような黒の中で、真っ赤な光を見た。
「ッ!」
ビリビリした感覚がレイジの背中を撫でた。ゆっくりと、体を起こす。緊張で震える手から、音を立てて缶が地面に落ちた。
中から、黒い液体があふれ出た。
『ギシャルルル!!』
怪物が叫んだ。それと同時に凄まじい速さで駆け出した。
両手を地面につけて、四足歩行で走る。軽自動車を思わせる黒い影が、路地から、噴水を突っ切って走り出した。
「うわぁぁっ!!!」
絶叫と、鈍い音が重なった。
「ッ!」
レイジは、その一瞬の中で、自分の体がぐちゃぐちゃにされて、地面に押しつぶされる。そんな未来を想像して、目を閉じていた。
数時間にも思える時間だった、しかしそれは瞬きの時間にも満たないほど一瞬だったのだろう。
次の瞬間レイジが見たのは、月明かりにてらされる少女であった。
青みがかった黒い長髪。月を思わせる装飾の施されたカチューシャを付けた顔は、よく見えなかったが、黒いワンピースを思わせるドレスは蔵波の中でもよく見えた。
白い素肌はほとんど丸出しで黒い靴だけが少女の足を覆っている。
そんな余りにもか弱そうな少女が、横から飛んできて、怪物の横顔を殴りこんでへこませた。
「!」『ギャグギッ!!!!』
悲鳴のような影を挙げて、怪物は地面を転がった。濡れたからだが地面を息を勢い良く転がって植え込みを飛び越えて、街路樹にぶつかって止まった。
「っと、えっと、大丈夫だったか? 少年」
怪物を殴り飛ばした右手を空中でプラプラ振りながら少女は微笑んだ。その元気そうな笑顔に、何よりその顔立ちに、レイジは既視感を覚えずにはいられなかった。
「え、さ、サヨ?」「あーっと! 魔法少女の中の人を詮索するもんじゃないぞ少年!」
黒いドレスをまとった少女は自分の本名を指摘されると、細い人差し指をシィーっとレイジの口元に押し当てた。
「いや、そういうのいいから。お前紗夜だよな? 何してんだ? お前。え? まさか魔法少女って……」
「あー! やめろ! その話はあとでしてやるから。今の俺は……夜の魔法少女ナイトってことで!」
目の前で微笑む魔法少女ナイトを見て、レイジは遅れてやってきた衝撃に後頭部を殴られたかのような感覚を覚えた。
「お前が……魔法少女だったのか……」
「……その話は後だ」
ナイトがそういうと同時に吹き飛ばされていた怪物がゆっくり体を起こした。
「っ。お、おい、あれは何なんだよ!」
「数か月前からこの街をにぎわしてる怪物さ」
「それって都市伝説じゃねぇのかよ!」
「俺は個人的にワクナーイって呼んでる」
「聞けよ!」
『ギルルルルルルウル!』
「っと! くるぜ!」
ワクナーイが叫ぶと同時に、レイジは自分の体がグンっと浮く感覚を覚えた。
「ッ! これって!」
風の抵抗と小さくなった怪物を見て、レイジは自分がサヨに持ち上げられたことを悟った。両手で体を抱えられる、いわゆるお姫様抱っこで筋肉だるまのようなレイジの体をナイトはやすやすと持ち上げる……と、そのまま少し離れたところに音もたてずに着地した。
「そこの陰に隠れておいてくれ」
ナイトはレイジにそう指示すると、ワクナーイと向かい合って……手を開いて閉じた。
『グルルルル……』
「さぁかかって来いよ!」
ワクナーイは真っ赤な機械じみた両目をギラギラさせると口のような機関をがぱっと開けた。
そこから真っ白な煙が漏れる。
『ギャァァッァァァァァッ!!!』
吠えると同時に、ワクナーイが駆け出した。体を落とし初速から高速道路をかける車のようなスピードのワクナーイは瞬きする間もなくナイトのもとにたどり着く。
しかしそれを意に介さないようにナイトは握りこぶしを振りかぶった。ブレスレットだけを付けた白くて小さなこぶしがワクナーイの頭部をとらえてそのまま軌跡を描いて貫通するように振るわれる。
「っら!!!」
掛け声とともにワクナーイは弧を書いて石畳の上にたたきつけられた。
ビシッと稲妻上の亀裂が石畳に走る。めり込んだワクナーイは素早く体を起こすとそのまま拳を真上にいるナイトに向かって振り上げた。
「っと!」
下から脇腹にかけての一撃を、ナイトは細い腕で防いだものの、衝撃は体に伝わり、小さな体が持ち上げられてそのまま斜めに吹き飛ぶ。
『ギシャァァァッァアアア!』
ワクナーイが吠えた。ナイトは空中で回りながらなんとか自分が先ほどまでいた場所を視界にとらえる。
(いない!?)
眼下に広がるのは噴水広場と亀裂の入った地面のみ、それを認識した次の瞬間、空中で体をひねるとすぐ真後ろまで迫っていたワクナーイの腕を蹴りで防ぐ。
空中で黒い怪物と黒い少女が激突した。
二つは空中で重力を無視して止まっているかのようにぶつかり合ったのちに弾けるように離れると、少し離れた場所に着地した。
石を可愛らしい靴がたたく子気味良い音と重たいものが落下した音が響く。
互いが互いをにらみ合う、空気が張り詰めていく。どれだけの間魔法少女と怪物はにらみ合っていたのだろう。一分か十分か。否、その間は十秒にも満たない時間であったのだろう。
ワクナーイと魔法少女が再びぶつかる。
まずはナイトの右ストレートがさく裂した。ワクナーイの筋肉質なわき腹が圧力を加えられてへこむ。
『ギガッ!!』
ワクナーイが振り下した左腕はナイトによってやすやすと防がれる。そこに生まれたすきに、ナイトは一回転してから回し蹴りを入れた。
連続攻撃にワクナーイはたじろいで後退ってから膝をついた。
その後、ワクナーイの機械的な瞳に初めて感情のようなものがともった。ソレは焦りだろう。
「かましてやるぜ! 問答無用!」
ナイトがブレスレットに触れると青い光がそこに集まっていく。それはこぶしにエネルギーの束となって収縮していき……鋭く強い光をこぶしが薄くまとった。
『ギッ!!』
短い悲鳴のような音が怪物から漏れた。目にも止まらぬ閃光が一直線にワクナーイの体をうがった。
「ナイトインパクト!」
ワクナーイの体に爆発のような衝撃が加えられて、その余波で植込みの木々が揺れて、空気が振動した。
「夜の星に還れ」
ナイトがワクナーイに背を向けると同時に『ボンッ!』と破裂音が響き、ワクナーイの体は黒い煙になって消滅した。
黒い煙幕の中、ナイトは息をつきながらブレスレットに触れた。藍色の光がないとの体を包み込む。
そこに立っていたのは黒いパーカーの少年であった。大きめの衣服で体を包んでいるためか素足は何もつけていないように見える、ほとんど丸出しだ。
黒い髪を風に揺らすのは、服装も相まって少女のようにも見える少年。
「サヨ……」
ハレノサヨその人だ。
「あ、やべ、変身といちまった」
やってしまったと。サヨは頭に手をやった。しばしの間沈黙が訪れる。
「聞きたいことが山ほどある」
「ま、そりゃあそうだよなぁ……。はぁ、わかった。お前になら全部話してもいいだろ。だけど今日はもう夜も遅い。詳しくはまた明日話す。店きてくれ」
「絶対だからな?」
レイジは訝しげな瞳を向けたままそう言った。
二人は、二人だけの間で約束を交わした……つもりであった。
「とんでもない種をつかんでしまった……」
陰に隠れてそこにカメラを向ける人影に気が付けないで、二人は別れた。そして約束の朝が来る……。
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