第64話「わたしの真の名は」

 いざとなればエリがいるので何とでもなるだろうと思っていた。


 それにここまで感謝の気持ちをくり返し表してくれている人たちに、素顔を隠したままなのもどうかな。


 とエリにないしょ話で打ち明ける。


「なるほど、あなたの望むままに」


 エリは微笑む。

 

「あなたたちを信じて顔を見せます」


 俺は言って仮面を外す。


「おお」


「まぁ」


 三者三様の反応があった。


「ただのアジア人ですよ」


 外国人の基準だとどうなるのかわかんないけど、俺はしょせんひと山いくらの日本人にすぎない。


「そんなことはないです!」


 ジェニーさんがキラキラしたまなざしを向けてくる。

 これって何らかのバイアスがかかってるんじゃないか?


 とさすがに勘繰りたくなるね。


「信じてくれてありがとう。裏切るつもりはない」


 とソーク氏はエリを見ながら言った。

 彼女のほうこそがカギという見立ては間違っていない。


「口ではなんとでも言えます。行動で示してくださいね」


 エリは冷たい微笑を浮かべて答える。


 彼女がそんな簡単に信じるはずがないんだけど、もうちょっと言い方はあるだろうと肘をつつく。


「大丈夫だ。我々は立場をわきまえてるつもりだ」


 ソーク氏がきりっとした顔で言う。

 エリを怒らせたらやばいと察しているなら、何とかなりそうだと安心する。


「料理を頼んでも大丈夫ですか?」


 ホッとしたせいか腹が減ってきた。


「もちろんだ。すべて私が出すので、好きなものを何でも頼んでほしい」


 ソーク氏はにこやかに申し出る。

 ここは素直に奢られるほうがよさそうだと感じた。


「ハンバーグとトンカツが美味そうですね」


 メニューを見ながら率直な感想を言う。


「野菜も食べてくださいね」


 横からエリに釘を刺されてしまった。 


「くっ……」


 エリとクーはこういうところで厳しい、という点が共通している。


「わたしも苦手だから。おなじ。仲間」


 ジェニーさんはうれしそうに表情を崩す。


「ジェニーも野菜は食べなさい。彼を見習って」


「はぁい」

 

 母親に注意され、彼女は肩をすぼめる。

 彼女もなのか。


 何となくシンパシーを感じると視線がばっちりと合う。

 会食はなごやかに進行する。


 だいたいジェニーさんに質問され、俺かエリが答えるというパターンだったけど。

 年の近い女性、それも外国人に何を聞けばいいのかさっぱりわかんない。


 エリもこの点に関しては助け舟を出してくれなかった。

 彼女が気づかないとは思えないので、あえてスルーしてるんだろう。


「今日はとてもすばらしい日になった。どうもありがとう」


 レストランを出たタイミングでソーク氏にまたしてもお礼を言われ、奥さんとジェニーさんにハグされた。


 女性と体が密着するなんて全然慣れなくてどきどきしてしまう。


「わたしからもお礼」


 と言ったジェニーさんに左頬にキスされる。

 女性からキスされたのは初めてだ……。


「また会いましょう」


 と言われて、どうやって? と疑問が浮かぶ。


「おまえたちには特別に名乗ってあげましょう。わたしの真の名はエウリノームです」


 と不意にエリが言い放つ。

 彼女が自分の名前を明かすなんて初めてのことだ。


 自分でかまわないと判断したのなら止める理由はないけど、一応クーにはあとで共有しておこう。


「エウリノーム? どこかで聞いた覚えがある名前だ……」


 ソーク氏は考え込むが、奥さんとジェニーさんはきょとんとしている。

 まあ突然すぎたもんね。

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