第54話「あんまり見てない」

「アマテルっていったい何なんだよ!?」

 

 朝の教室で山野が騒いでいる。

 近寄りたくないなと思っていたら、甲斐谷さんが寄って来た。


「荒れてるねぇ、山野君」


 話題として出したわりにたいして興味なさそうなトーンな気がする。

 たぶん気のせいだろう。


「何かあったのかな?」


 山野はともかく甲斐谷さんはスルーできないので、質問してみた。


「アマテルってダンジョン配信してる人、知ってる?」


 逆にふわふわと質問を返されたけど、内容にドキッとする。


「一応、名前くらいは知ってるよ」


 ウソじゃない回答を何とか見つけ出した。

 

「山野くんがファンの探索者、アマテルって人のファンになったらしくて、それで荒れてるみたい」


 どことなく冷めた口調で甲斐谷さんは教えてくれる。


「へー、そうなんだ」


 正直、俺だってどうでもいい、というかよくわかんない。


 推してたアイドルに熱愛が発覚したようなものかもしれないけど、俺に推しはいないのでイマイチピンとこなかった。


「不死川くんって、ルシオラを知ってるんじゃなかったっけ?」


 と甲斐谷さんに聞かれる。


「知ってはいるけど、どうしたの?」


 知ってるどころか会ったことはあるけど、言わないほうがいいだろう。

 何で急にルシオラが出てきたんだ?


「ルシオラがアマテルのファンなんだってー」


「……へえ」


 甲斐谷さんの言葉を一瞬理解できなかった。

 

「驚いてるねー」


 と甲斐谷さんがじーっと俺を見ながら言う。

 観察されてるように感じるのは気のせいだろう。


「だって、全然想像もしたことない展開だから」


 何がどうしてこうなった? と叫びたいのが本当のところ。

 教室でそんなことできるはずがないんだけど。


 ルシオラとはほんのちょっと会っただけなのに。


「そうなんだ? 配信、あんまり見てないの?」


 甲斐谷さんが可愛らしく首をかしげる。


「うん」


 ルシオラの配信を見たのはほんの数回。

 アマテルの分は配信してる本人だから、見たとは言わないだろう。


 クーが力の一部を見せたこともあって、怖くてあのあとのことは調べていない。


 ダンジョン管理局の人たちが何も言わないくらいだから、とくに問題にはなってないと思うんだけど。

 

「ふぅん」


 甲斐谷さんは意外そうな顔をしていた。

 俺って配信見ていないと言ったはずなんだけどなあ。


 どこかで思い違いでもあったのかな?


「どしたん、機嫌よさそうだね」


 楠田さんがやってきて甲斐谷さんに話しかける。

 甲斐谷さん、機嫌いいのか。


 いつも通りゆるふわな笑顔にしか見えてなかったよ。


「別にー」


 と甲斐谷さんは答える。

 そこに烏山さんもやってきた。


「ほんと、何かめっちゃ機嫌いいじゃん?」


 彼女は目を丸くしながらなぜかこっちを見る。


「いいことでもあった?」


 と聞くときはさすがに甲斐谷さんを見ていたけど。


「何でもないってばー」


 甲斐谷さんはニコニコしながら答える。

 俺だったら何度も聞かれたことでイラっとしたかもしれない。


 やっぱり甲斐谷さんはほんわかと優しい人なんだな。

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