第39話「それは仕方ない」

「何事もなかった?」


 帰宅した俺に対するクーの第一声だ。


「うん、大丈夫だったよ」


 いろいろな波紋が起きていた気がするけど、それは許してもらいたい。

 あと、エリの沸点が想定していたよりもだいぶ低かったのは誤算だ。


 俺の制止を聞いてくれたから助かったけど。


「やまとの力を疑う愚か者がいましたが」


 エリは頬に手を当てて、困った顔でクーに報告する。


「ほう? しっかりとこらしめたか?」


 とクーは聞き返す。


「俺が止めたんだよ!」


 彼女たちの会話に割って入った。

 ほうっておくと絶対に不穏な方向に話が転がっていくからね。


「やまとがダメだと言うので」


「それは仕方ない。わたしでもあきらめる」


 残念そうなエリに向かってクーは真顔でうなずいている。


 ……本当はダンジョン管理局の人たちの話をいろいろと聞きたかったんだけど、ぶっちして帰って来て正解だったんだろうなあ。


 エリの怒りのポイントがどこにあるのか、俺だって全部は把握してないので。


 もしあとからでも話を聞かせてもらえるなら、クーやエリには留守番しててもらうしかない。


「護衛ならジャターユとファリでいいよね」


 ふたりは温厚で自分から戦いを仕掛けない性格だ。

 

「は?」


「え?」


 クーとエリがすごい勢いでこっちを見て、ぐいっと顔を近づける。


「どうしてわたしじゃないの?」


「そ、そうですよ。わたしたちが護衛から外されるなんて、ありえなくないですか? どうかご再考を!」


 自分のことしか考えてないクーと、一応クーのことも考えているエリは対照的だ。


「いや、気に入らないことがあればすぐに殺気を飛ばすやつって、護衛としては不適切だと思うんだよね」


 俺のために怒ってくれるのはうれしいけど、彼女たちが殺気を飛ばすと周囲がえらいことになるからね。

 

「くっ……」


 クーは悔しそうにうなる。


「こ、これからは気をつけますから!」


 エリはあわてて言う。

 クーが続かないのは、自信がないからだろう。


 正直なところは好感を持てるけどね。


「ね、お願い。許して」


 エリは俺の両手をつかみ、上目遣いですがってくる。

 めちゃくちゃ可愛くて、男の気持ちをゆさぶるしぐさだった。


 子どものころから見慣れてるエリ相手じゃなかったら、俺も即座に陥落していただろう。


「む、エリ、やまとをまどわすな。殺すぞ?」


 カチンときた様子でクーがエリに殺気を飛ばす。

 注意した矢先にこれか……いや、クー自身には自覚あるんだけど。


「ではあなた様は護衛から外されもいいのですか? やまとが心配ではないのですか? あなた様の気持ちはその程度ですか?」


 エリはきっとにらんでまくしたてたが、これはやばいと直感する。


「ああああああ?」


 クーの殺気がいままでとはけた違いに濃密になり、家がガタガタと震えてるような錯覚を引き起こす。


「おまえごときが、わたしの気持ちを疑うのか?」

 

 オニウズカズラに向けた敵意の比じゃない。

 さっきまでと違ってエリから余裕が消えて、冷や汗がいくつも流れている。


「クー!!!」


 俺が力いっぱい叫ぶと、クーの殺気はすぐに霧散した。

 エリはふーっと息を吐き出す。


「やまとがいて命拾いしたな」


 殺気が消えただけで怒りの形相はそのままだった。


「いまのは失言でした」


 エリはぺこりと彼女に頭を下げる。

 

「クー」


 言い過ぎたのは事実だろうけど、反省しているようなので俺からも頼む。


「……やまとのために必死だったのは認めてやる」


 クーは舌打ちをして、無表情に戻る。

 よかった、あやうく家が壊れるところだった。

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