18話 屍姫ネクロマリア


 それは・・・三郎や力也のLvが上がって、【亡者】狩りも100体目を超えたあたりで起きた。

 俺たちとやや近い地点で、同じく【亡者】狩りをしていた2人PTの冒険者が悲鳴をあげたのだ。


「うそだろ!? おい、スイッチ早く!」

「な、なんで!? 待ってくれ、ぎゃあ!」


 月明かりを頼りに【鷹の目ホークアイ】で凝視すれば、2人ともLv3だと判明。そしてうごめく何かに引きずられるように、白い草原の中に消えていった。

 草の高さは膝上あたりで、腰より低い。

 つまり地中から【亡者】が出てくるエリアではないはずだよな?


「ねね、ユミヅカ。あっちの冒険者に何があったっすか? 俺等じゃこの距離だとはっきり見えなくて」

「彼らは【亡者】狩りの動きにも熟知していたよね。やられる可能性は低いはずだよね?」


「……見間違いじゃなければ、地中から出てくる【亡者】たちに殺されたと思うぜ」


 三郎は剣を、力也は斧を、それぞれが緊張感を伴って武器を握り直す。

 俺も俺で緩んだ意識を張り詰めなおすように、弓の弦をピンと引き伸ばす。


「【亡者】狩り、油断は禁物っすね」

「ああ……っていうか、おかしいよ。周りを見てみて!」


「……あれ? 俺ら以外、転生人プレイヤーがいない……?」


 急いで【鷹の目ホークアイ】を駆使してぐるりと見渡す。すると、かなり遠くの方にプレイヤーはチラホラいるけど、俺たちの周辺だけいつの間にか人っ子一人いなくなっていた。

 まるで月光の魔性に溶かされてしまったかのような、そんな不気味さを覚える。



「なあ、こんなことありえるっすか……?」


 不意に三郎が放った疑問は、納得のいく内容だった。

【転生オンライン:パンドラ】はリリースされてから、新人が後を絶たない。│転生人プレイヤーは確実に増え続け、だからこそ低レベル帯のレベリングポイントとして人気な【白き千剣の大葬原だいそうげん】に、こんな大規模な空白地帯が生まれるのは珍しい。

 考えられるとしたら————



「この辺の冒険者が【亡者】に狩り尽くされた……?」


「どうやって……? 【亡者】が集団で襲いかかったとかっすか?」

「そんな事態になっていたら大騒ぎだよ」


「とっくに転生人おれらだって徒党を組んで対抗してるはず————」


 そこまで言って俺たちに戦慄が走る。

 現に俺たちは自分たちが最後のPTになるまで、この異変に気付かなかった。そう、この状況は仕組まれた可能性がある。

 まるで俺らに悟らせないよう、疑問を抱かせないよう、他のPTと団結させないように……不自然に見えないレベルで、少しずつ転生人プレイヤーは削られていったのか?


 そこには明らかに知性と、組織立った動き……なおかつ暗殺者じみた意図を感じるぞ。


 おかしい。

【亡者】といえば知性のかけらもなく、意思もなく、ただフラフラと徘徊するだけのモブだろ。

 

「こっち! 【亡者】が2体来てるっす!」

「待て、あちらからも1体いるよ!」


 合計3体、不自然なポップ数ではない。

 それぞれの【亡者】には距離があり、各個撃破も十分に狙える位置だ。だが、どうにも疑念は払拭できない。


 なぜならその方角だ。

 ちょうど俺たち3人に合せるように三方向から【亡者】たちはゆっくりと歩み寄って来たからだ。


「まずは俺が仕留める」


 躊躇なく弓を射かけ、遠距離から二射で【亡者】の一体をほふる。次いで二体目に狙いを定めようとした瞬間、信じられないことが起きた。

 仕留めたばかりの【亡者】の足元から、新しい【亡者】が這い出てきたのだ。


 偶然とは言い切れない不気味さを感じた。

 そう、まるでそのフォーメーションには何者かの意思があるような……俺たちの注意をそれぞれ引き寄せておきたいような————


「ユミヅカ! 足元っす!」

「なっ、こっちもだぞ!?」

「ありえな!?」


 見れば俺たちの足元から【亡者】がそれぞれ2体ほど出現していた。

 ピンポイントで同じタイミング、合計6体もの【亡者】が出現するなんてありえない。

 三郎と力也は近距離武器もあってどうにかいなせたけど、俺はそうもいかない。【亡者】2体に組み付かれ、弓を射るどころの話ではなくなってしまった。

 たちどころにキルの恐怖が襲い掛かった。


「うおおお! 俺のレベルリングのせいで、ユミヅカをキルさせないっすううう!」


 三郎は未だに一体の【亡者】に取りつかれてるにも拘わらず、俺の上半身に掴みかかった【亡者】に体当たりをかましてくれる。その拍子でバランスを崩した三郎は転んでしまい、そのまま【亡者】の猛攻をくらうはめになった。


「くそ、くそ! 【二連ち】!」


 三郎のおかげで自由になった両腕を駆使し、下半身にまとわりつく【亡者】の頭部に一呼吸で矢を放つ。続けて三郎を援護しようと弓を構えるが、すでに三郎は……首を食いちぎられちまった。


「嘘……だろ……?」

「何をぼーっとしてる!? ユミヅカ! 逃げるよ!」


「あ……ああっ……」


 どうにか【亡者】を振り切ろうと俺たちは走りだす。

 だが、またここで不可思議な現象が起きた。

 俺たちの進行方向に、今までの比でない【亡者】たちが地面から湧き出たのだ。ぼこぼこと【亡者】のが前方にえる様は、地獄の光景そのものだった。


「10体近くも!? まるで壁みたいに!?」


 壁……確かに、その先にいる誰かを守るような出現の仕方だな……?


「くそ! ならこっちへ行くぞ!」


 不思議と別の方角は【亡者】の数がそこまで多くなかったので、必死になって駆ける。途中、力也が放った『まるで壁』という言葉が気になり、本来であれば俺たちが進むはずだった地点を【鷹の目ホークアイ】で盗み見る。

 そこには草の影からでも伺えるほどの密度で、土から上半身だけを出した無数の【亡者】が俺たちを見つめていた。


 その中心には髪の長い——多分、アレは少女?


「ぐおおお!? 私はダメだ! ユミヅカは先に行けえええーっ!」


 ついに力也も足を掴まれてしまったのか、派手に転んでいた。そして為す術もなく群がる【亡者】の波に呑まれてしまった。

 俺は草が少しでも揺れた箇所を避けつつ、必至に駆け続けた。

 時には矢を射かけて牽制し、だけども絶対に足を止めたりはしない。


「ふむ、やはりLv5以上の転生人プレイヤーを【亡者】で狙うのは難しいか」


 どこからか、美しい音色が聞こえたような気がした。

 必死に逃げるあまり幻聴まで聞こえるようになったのかと懸念した刹那、俺の視界は一縷の望みを捉えた。

 

「おい、見ろよナリヤ! 【亡者】から逃げてくる転生人プレイヤーがいるぜ!」

「ハッ、貧乏人のザコは情けないな。よし、この俺様がLv4に下がった恨みを晴らしてやるかあ!」

「ちょうどいいストレス解消相手だぶひい」


「おい! そこの3人! 助けてくれ————」


 そう叫ぼうとするが、その3人はまさかの俺に剣や槍の矛先を向けてきた。

 こいつらには俺の後ろから追いかけてくる【亡者】の大群が見えないのか!?


「おいっ! 今はPvPしてる場合じゃなくてだな!?」


 注意喚起も含めて後ろを振り返って指さすも、なぜかほとんどの【亡者】の姿が掻き消えていた。

 ちがう、【鷹の目ホークアイ】で白い草々の間をよく見れば、地面に下半身を埋めているだけだった。

 だが目の前の転生人プレイヤーたちは、【鷹の目ホークアイ】なんて技術パッシブを持っていようはずもなく、俺の注意を無視して各々が仕掛けてきた。


 ああ、これはキルされたな。

 そんな喪失感と諦めが胸中いっぱいに広がる。

 

「俺様の気まぐれでしねえええゴギャッ!?」

「【亡者】もろとも死ぬブヒィィッ!?」

「な、なんだ!? 俺の槍が弾かれた!?」


 瞬間、ナリヤと呼ばれた転生人プレイヤーが、体をくの字に曲げながら虚空へと吹き飛んでいく。

 続いて取り巻きの転生人プレイヤーも盛大にはじけ飛んだ。

 3人目の転生人プレイヤーは、自身が繰り出した槍の矛先が大きく弾かれて驚愕している。



の獲物だ」


 そこにはひどく小さな女の子がいた。

 月明かりよりも美しい銀髪をなびかせ、揺らめく炎よりも輝く紅玉色ルビーの瞳。そしてあどけなさすぎる相貌に不釣り合いな胸のふくらみ。

 その美少女は、まるで襲われた俺を守るように立っていた。


「えっ?」


 訳の分からない状況に俺が疑問の声を上げると、少女はビクッと身体を揺らしてこちらを凝視する。


「あっ……」


 何かを盛大にやらかしてしまった、そんなような声音でフリーズする。


「あー……と、とにかくと逃げるがよい……!」


 少女の小さな手が懸命に俺の手を掴み、一緒に逃げようと引っ張ってくる。予想よりも力強い引きに、諦めかけた俺の闘志が再び燃え上がる。


「お、おうっ! 助かったぜ!」


 それから少女は奇跡のような立ち回りで、俺を誘導してくれた。

 あんなに逃げ切るのが困難だと思えた逃走劇も、少女はまるで初めから助かるルートがわかっているかのような、そんな全能感を漂わせていた。


「ぐっ、くそおお! なんで【亡者】ごときにいいい」

「また転生ぶっひいいい」

「パパに言いつけてやるかんなああ……!」


 現に先ほどの転生人プレイヤーたちは【亡者】たちに呑まれて消えていった。

 だが、俺と少女は【亡者】の魔の手からすり抜けて、【白き千剣の大葬原】を駆け続けている。

 

 ————導き。

 そう、俺は今、救世主を目にしているかもしれない。

 いや、彼女の存在こそが奇跡なんじゃないか? と錯覚してしまうほどに、俺は感動していた。

 だってあの絶望的な状況を見事に切り抜けてしまったのだから。


「ここまで来ればよかろう。街に戻るがよい」

「えっ、いや……でも……なんかヤバイのがいたっていうか、ここは危険だからキミも一緒にオールドナインに戻った方が……」

「心配無用である」


 そう言って少女はすぐに草むらの影に隠れてしまった。


「やっ、ちょ……待ってくれ……」


 ろくにお礼も言えないまま姿を消した転生人プレイヤーの名は、無表記だった。しかし【鷹の目ホークアイ】で捉えた少女の身分は【修道女】。

 やはり、俺を救おうとしてくれた少女は心優しき存在なのだろう。

 ただ、どうしてすぐに逃げてしまったのかだけは疑問が残った。

 

 あの見目麗しいキャラだからこそ、普段から男共の誘いがひっきりなしとか? もしかしてナンパを懸念して俺からも回避した?

 それとも単純に恩に着せないプレイスタイルなのか。

 口調はすこぶる偉そうだったけど……どのみちとても清々しい少女だ。


 俺は疑問が尽きないまま、【剣闘市オールドナイン】に帰還した。そして転生した三郎や力也と合流を果たす。


「うあーまた死んじゃったよ俺ら……でも今度は身分【旅人】に転生したっす!」

「私はまたまた【村人】だああああ」


「それはそうと、ユミヅカがキルされなくてよかったっす。でもよく逃げ切れたっすね」

「あの【亡者】の大群からどうやって逃げおおせたの?」


 二人の疑問につい呟いてしまった。



「たぶん……奇跡ってやつかもしれない」


「はっ。あの奇跡嫌いのユミヅカがそんなことを言うなんて意外っスね」

「なんだかユミヅカ嬉しそうだね。どういった奇跡だったの?」


「うーん……聖女様、に導いてもらった、が一番しっくりくるか」


「ん? なんで急に聖女って単語が出てくるっすか?」

「なになにユミヅカにも推しができたの? 推しの大切さがわかったの? なら私のお勧めライバーは『キラリン』と言って————」


「うるせえ。なんとなく、言ってみただけだって」


 こいつらと無駄話してるヒマがあるなら、俺は早急に共有しなきゃいけない情報があると気付く。


「多分……大量の【亡者】に襲われたのは原因があると思う。その証拠に俺は見たんだ」


 俺は逃走劇の途中で、しかばねの壁によって守られた何かについて語る。

 あれはきっと見間違いではないはずだ。


 できるだけ多くの転生人プレイヤーに危険を知らせなくては。

 これが聖女様に救われた身として、せめてもの振舞いだろう。


「なあ、やっぱパンドラは未知にあふれていて面白いな」

「っすね!」

「キルされたのは悔しいけど、初期フィールドであんなギミックがあるなんて、まだまだ隠された秘密はたくさんありそうだねえ」


 これだけ面白いなら、クラスメイトの姫路ひめじを誘ってみるのもありかもしれないな。最近彼女と別れたっぽいし、ちょうどいい気晴らしになるだろ。


 そんな風に思いながら、俺は酒場のドアを叩く。

 そこに集う転生人プレイヤーたちへ、今しがた遭遇した危機を流布して回るために。





「ふうー、大量大量」


【亡者】による転生人プレイヤー狩りは概ね順調な結果となった。

 もちろん採集の方も大量で、あとはこれらを高値で取引きしてくれる商人でもいれば、一気に金貨を稼げそうだ。


「しかし転生人プレイヤーが逃げの一辺倒になってしまうと狩り辛い……【亡者】の低い素早さを考慮した包囲網をどう形成するか、それが今後の課題よな」


 僕は転生人プレイヤーキルの算段を立てながら、何食わぬ顔で【剣闘市オールドナイン】に戻る。

 それから、より多くの冒険者が集う狩場がどこなのかを調べるために、酒場へと足を運んだ。情報収集と言えば、酒場が相場と決まっている。

 入店してしばらくカウンターの端っこに座っていると、熱を帯びた話し合いが耳に入ってきた。


「【亡者】の冠位種ネームドが発見されただと!?」

冠位種ネームド? なんだそりゃ」


「まだLv差がありすぎて正式名称が見えないモンスターの総称だよ。転生人プレイヤーが独自の呼び名をつけて流布するって感じだ」

「んで、【亡者】の冠位種ネームドがいるって本当なの?」


「本当だ。暗がりで距離もあったし、月明かりだけが頼りだったから、はっきりとは見えなかったが……亡者たちを従える髪の長い……多分アレは女性だ」

「【亡者】に命令を下す女王ってか」


「ああ、確かに見た。間違いなく女性型の魔物が指示してたはずだ! 次々と【亡者】を地面から生み出してたんだ!」

不死者ネクロマンスを生む母ねえ……」


「いや、母というよりは少女のような——そう、ちょうどあれぐらいの年頃の可愛らしい少女っぽさが————って、ぶっ!?」

「おい、ユミヅカよぉ……いきなり吹き出すなや……汚すぎるだろ」


「わっ、わるい……」


 そう言って僕を指さす転生人プレイヤーは、さきほど救出したばかりの1人だった。

 というか、せっかく追い詰めたのに他の転生人プレイヤーに横取りされそうになったので、それを阻止するためにグーで転生人プレイヤーを吹き飛ばしたら姿を見られてしまい……結果的に助けざるを得なかっただけの存在だ。


 ん? キャラ名がユミヅカ……?

 たまたま同級生と同じ名字に興味を引かれたけど、それ以上に覚えたのは警戒だ。


 あの距離でシルエットを把握されていたとは……あの時は急にこちらにダッシュし始めたから、とっさに【亡者】の壁を作ってしまったけど、逆にそれが僕の居場所を特定させる仇になったのかもしれない。

 今後の転生人プレイヤー狩りはより慎重にやらないとか……。


「うお!? めちゃくちゃ美少女だな!? さすがにあんな可愛い魔物はおらんやろ」

「あ、あの娘は……そ、それより俺の話をしっかり聞いてくれ!」


「わかったわかった。んで、その冠位種ネームドは、さしずめ【屍姫しきネクロマリア】とでも呼ぶか?」

「そうだ。そういうのがしっくりくる」


「おいおい、面白そうな話してんじゃねえか!」

「そいつを討伐したら特殊な技術パッシブやスキルがドロップするかもしれないぜ!?」

「で、出現条件は?」

「あんなのは初めてだったし……一つ考えられるのは『天候:月夜』とか?」


 噂の炎にまきはくべられ、その熱気はより増していった。

 多くの転生人プレイヤーが集まれば、一気に金貨を集めやすくなる。それこそ高レベル転生人プレイヤーが多ければ多いほど、その旨味は増していくはず。


 転生人プレイヤーたちが集う狩場を探すのではなく、自ら作ればいいのか。

 僕は笑みをどうにかこらえ、素知らぬ顔でその場を後にした。


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