15話 下層民の少女


 何が何でも仮想金貨を稼ぎます。

 そうやって底辺の底辺から抜け出したお一心で、私は『転生オンライン:パンドラ』をプレイしてきたです。


 ナリヤたちに必死に食らいついて、八百長試合の儲け話にも食らいついて、どうにか稼ごうと必死になって。


 そんな私の想いを容易く砕こうとしたのは、目の前に出現した圧倒的な巨躯のモンスター、【石壁の巨人ウォールゴーレム】。

 アァ、やっぱり底辺の貧乏人が頑張っても世の中は甘くないし、ゲームですら甘くないんだなって。

 そうやって諦めかけた瞬間————


 私の目に飛び込んできたのは、自分の危険すら顧みずに手を伸ばしてきた……私よりも小さな少女だったです。


 なんて綺麗な髪色なんだろう。

 私がその子に出会って最初に抱いた印象は……本物の・・・月光とか星明かりとかって、きっとこういう銀色なんだろうなって感動だったです。


 彼女は私が【石壁の巨人ウォールゴーレム】にキルされるのを回避してくれた、命の恩人。

 感謝してもしきれないです。


 小さな身体を懸命に動かして、私の手を取って風のように脅威から駆け抜けてくれた。


 そんな恩人の名前はルーン。

 ルーンと同じ髪色のメルもすごくいい人で、PTを追放された私と一緒に狩りにいこうって誘ってくれたです。

 もちろんウタもほとんど巻き込まれただけなのに、ついてきてくれて嬉しい。


 3人ともすごく、すごく、優しいです。

 正直、このゲームにいる人達はいい人ばかりで戸惑ってるです。

 ナリヤやパンツマン、ウタイテだって魔物討伐をする時はすごく真剣に手伝ってくれたし、仮想金貨の要求だって少なかったですから。

 PTを組ませてもらって、稼いだ仮想金貨のうちたったの2割しか要求されなかったです。


現実リアルだったら、お父さんに半分以上持っていかれます。


 けれど、どんなにここの人が優しくても、甘い態度を取っちゃダメだ。油断したら最後、全てを持っていかれるですから。

 騙されて、奪われて、搾取されて、ズタズタになるです。私はそういう人をたくさん見てきたです。



「おに……ルーンちゃん、来る?」


 だから、メルがルーンを誘った時にすごい形相になってしまったです。


 ノンノン! 私の小さな小さな命の恩人は来ちゃダメ!

 Lv7なんかで、私達Lv11やLv13が行く場所についてきたら危険すぎるです。

 ノンノン! そんな愛らしい綺麗な目で私を見つめたってダメなものはダメ!

 もしあなたが死んじゃったら、私は罪悪感で死んじゃうです。

 あーもう可愛い。好き、好きすぎるです……!


 頭をなでたい。あー……あ!? 無意識になでちゃってたです!?


 しかも、ええ!?

 私にプレゼント!?

 人生初の……他人から何かをもらえる日が来るなんて……嬉しくて、嬉しすぎて笑顔がこぼれそうになって懸命に堪えるです。


 こんな大恩を着せられたら、後々にすごい対価を要求されるかもしれない。

 ここは強気に相手をディスってそれで終わりにするのです。


「ノンノン! 私ガ喜ブワケナイです! アナタ、偽善者です。コンナノで私ヲ懐柔デキルト思っテルなら反吐ガ出ルです!」


 でも、友達にだったらなりたいから——

 じゃなくて、なってあげてもいいから戦友フレンド申請を送ってあげるです。


「あー……その、はフレンドを作らない主義でな。またどこかで会ったら、共に語らおう」


 でも清々しいほどにキッパリと断られてしまったです。

 別にそれで気分を害したとかそういうのはないけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ残念だったのです。

 

 それからメルとウタと狩りに行っても、ルーンのことが気になって頭から離れなかったです。

 やっぱり私の態度がよくなかったですか?

 それとも本当にフレンドを作らないプレイスタイルを貫いてるのですか?


 ルーン、ルンちゃん。

 新しくできた不思議な知人の名前を、つい何度も何度も胸の中で復唱してしまう。

 パンドラを始めてからは夢のような時間ばかりで、自分でも驚くほどこの世界にのめり込んでます。


 でもこれは本当の幸せじゃない。

 だからといって本当の幸せを諦めたわけじゃなくて、いつかはこのゲームでたくさん稼いで必ず【地上民】になるのです。


「おい! ノン! 仕事の時間だぞ! いつまでゲームなんてしてる!?」

「今イクから!」


 お父さんの怒鳴り声が私の至福を崩すです。

 私はすぐにログアウトしてVRメガネを大切にしまいます。

 ゲームの中の綺麗な世界とは打って変わり、暗く汚い現実の光景に引き戻されます。


 かび臭いカプセルベッドから起き上がると、姉たちは強制労働に備えて、錆びた鉄テーブルに置かれたご飯を咀嚼しています。

 昔はよく食べ物の取り合いで私を殴っていた姉も、私が小学校を卒業して働くようになってからは文句を言わなくなったです。

 会話もの一つもないけれど、パン一つと水一杯をお腹に入れられるなら問題ないです。


 私は無言の食卓を終えて外に出ます。

 いつ見上げても薄暗い地下都市の空……。

 そんなの地下だから当り前って、『転生オンライン』の空を見てしまった私は、もうそんな風には割り切れないです。


 ずっと夜が続く鉄臭い街並みには、月や星の優しい光とは違う、ギラギラとした欲望と暴力が渦巻く人工の光に満ちているです。


 どうしても『転生オンライン』で目にした世界と現実を比較してしまう。

 そんな事を考えていれば、労働工場に着くのもあっという間です。


「労働者番号320013。朝倉・ヴァレンツィン・ノンティナ」

「ハイ」


 私の名が労働教官に呼ばれます。


「お前はあと4カ月で14歳だな。そろそろ規定労働時間が6時間になるから覚悟しておけよ」

「ハイ」


 日本国には現在、3種の国民がいるです。

 一つは浮遊層ふゆうそうと呼ばれるお金持ちで、天空機構都市に住んでるらしいです。私は地上にすら行ったことないから見てはないけど、すごい豪華で天国のような場所だって聞くです。

 そして中間層とか地上民って呼ばれているのが、地上の街で生きてる人達。税金をちゃんと納めてる限りは地上民でいられるです。

 最後が下層都市で暮らす私たち。下層民とか地下民って言われてるけど、本当に国民の一員として扱われてるのかはよくわからないです。


 ただ、わかっているのは歳を取るにつれて強制労働時間が長くなっていくのと、労働教官に100万円を支払えれば地上民としての市民権をもらえるのです。


 時給30円の私たちには到底無理な話だけど、たまに地上に行ける人もいます。去年、過労で死んだタケじいの友達は、奥さんを5人も作って子供を20人産ませたって。

 子供が一人生まれると5万円の給付金が出るから、20人子供を産めれば地上民になれるです。

 そして、自分だけ地上へと出て行った男はクズだと思います。


 だからなのか、タケじいは私に嫁になってくれって何回も言ってきたです。

 うちも4人兄妹だから、お父さんは20万円もらってるはずです……でも日々の食費とか雑費で、諸々消費されちゃってます。

 せめて大人になったら時給が100円に上がるとかってなればいいのに。

 私もお父さんも、ここに住む全員が時給30円ぽっちです。


「朝倉ノンティナ! 手が止まってるぞ! さっさとパーツを組み立てろ!」

「ハイ」


 パーツとパーツを組み合わせて、隣に立ってる人に渡す。

 それを5時間永遠に繰り返すです。

 私は一体何を作らされてるのです? 隣の人もきっと何を作ってるのかは理解できてないはず。理解できるのは、隣の人はもう18歳で私より長く働くってだけです。

彼女は一日10時間労働を義務付けられていて、その向こうにいるニ十歳の彼は1日13時間労働です。

 お父さんは15時間労働。働いて、寝て、起きて、働いて、寝る。

 下層都市の大人はみんなそうして生きているです。


 そうなる前に、まだ時間があるうちに、私は『転生オンライン』で100万円を稼ぎ切るです。


「おい、ノンティー」


 労働教官に気付かれないよう、小声で話しかけてきたのは左隣のまさるです。

 彼は私と同い年で、男子の中心メンバーみたいな存在です。


「ナニ?」

「『転生オンライン』やってんだろ? どうなんだよ」


「別ニ……」

「いくら稼げたん?」


「百円グライです?」

「は? 少なすぎだろ?」


「ノンノン。その認識、間違ッテルです」


 将もやってみたらわかるです。Lv上げとか記憶集めとか、装備を買ったりで仮想金貨をけっこう消費するから、なかなか稼ぐのが簡単じゃないです。

 自分を強化せず、ザコ敵ばっかり倒して稼ぐなんてナンセンス。だってドロップする仮想金貨が少なすぎるです。もっと効率よく稼ぐには、もっと強い魔物と戦うしかないです。

 そのためにはLvアップは必須です。


「くっそー……俺にもVRメガネと『転生オンライン』が配布されてたらなあ……ぜってーお前なんかより稼げたのによ」

「ソウイウ文句は労働教官ニ言ッテください」

「言えるか馬鹿」


 私が『転生オンライン:パンドラ』をプレイできるのは、ひとえに二週間前に始まった特別措置のおかげです。

 子供を対象に抽選で3000人にだけVRメガネと『転生オンライン』が配布されました。それらは労働教官の管轄下で、脳に埋め込まれたIDチップと紐づけられる仕組みになってるそうです。

 なぜなら、VRメガネを売ったりした者やその家族は容赦なく処罰するため。同時に、窃盗を目論んだ者も実行した人も厳罰の対象です。


 3000人しか当たらない抽選で、私が引き当てたのはすごく幸運だと思います。

 でもこれから第二回や第三回の抽選も行われるらしいから、子供の間ではすごい話題になってたりするです。


「あ、そうだ……由紀子、いたろ? お前と同じ『転生オンライン』が配布されたさ」

「ソロソロ黙るです。労働教官にバレタラ嫌です」


「まあ聞けって。あいつ……2万円まで稼げたけど、ポシャッたらしい」


 ユキコは確か16歳だったはずです。一日の労働時間は8時間で、睡眠時間を考えるとログインできるのは最長で8時間から10時間が限界。

 そんな縛りがあって、こんな短期間で2万円も稼げたですか……【無法と栄光の闘技場ホーナー・オア・デス】で、大金を賭けて出場したです……?


「ドウイウことですか?」

「『転生オンライン』で2万円のクレジット借金しちまったんだと……」


「ソレって臓器委員官か、感情抽出官ニ連れて行カレタってコトですか?」

「ああ……多分臓器の方だって周りは言ってる」


 私たち下層民は2万円以上の借金をしてしまうと、臓器を摘出される罰則があります。もしくは感情の一部を抽出されて心を失うです。噂だと取られた臓器や感情は浮遊層たちが何かに使っているらしいです。


『転生オンライン』は仮想金貨を用いたギャンブルができる施設がいくつかあるけど、私たちがそこで賭けに出るのは……命賭けと同じです。


 ……私は由紀子みたいなヘマはしないです。

 やるからには勝てばいいのです。


「ノンティー、お前は大丈夫なのかよ」


「ノンノン、心配ハいらナイです。私ハ誰ヨリモ、本気でゲームをシテルです」





●モンスター図鑑●

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石壁の巨人ウォールゴーレム】Lv28

〈命値15 信仰2 力17 色力2 防御14 俊敏7〉 種族値+9


まだこの街が『剣闘市オールドナイン』となる遥か昔、一人の殺人鬼がいた。

人形の錬金術士ドールマーダー』と呼ばれた悪魔は、夜な夜な人を狩っては、人間の魂が人形や物質に定着する実験を繰り返す。

その産物が古き壁にて未だに蠢くゴーレムの正体である。

夜道、特に古い路地裏は気を付けるべきである。なぜなら、ゴーレムには創造主の猟奇的な性質と、壁に埋め込まれた人物の苦痛がくすぶり続けているからだ。


〈ドロップ:金貨13枚(10%) 『動く巨石ゴーレム・ストーン』(10%)』

人形の魔石ドール・コア』(5%)〉

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