6話 六芒星とネカマ


 最近、僕には『うたたねキラリ』という推しがいる。

 彼女は狂気の中に可愛さをはらむVTuberで、配信中は全力で歌いながら他プレイヤーをキルしまくるといったキチガイキャラだ。


 なぜそんな彼女を推しているのか。

 なんとなく、なんとなくだけど……彼女は自分の目指す理想の姿にはなれずに、もがいているように見えたからだ。何が何でも努力し続ける彼女の姿と、『可愛い』を望んでも手に入らない自分と重ねているのかもしれない。

 いつか彼女自身が納得のいく成果を出せば、きっと僕にだって叶えられるかもしれない。そんな淡い期待を胸に彼女の配信を見ている。


「お願いします! 私と一緒に転生人プレイヤーを虐殺しましょう……!」


 さて、なぜか猛烈に弟子になりたそうにこちらを見つめる金髪イケメンもまた、『うたたねキラリ』と同種じみた狂気をはらんでいた。



「え、えーっと……あっ、そろそろ推し活の時間であるからな。ひとまずはオチるのである。さらばだ、キラよ」

「そ、そんなぁぁ……ルンちゃん師匠ぉ……あっ、でもそろそろ私も配信の準備をしないとですね……!」


 どうにか彼を振り切り、その場で解散した僕は一度パンドラからログアウトした。

 それから僕はキラリンの配信を女装姿のままで堪能する。


『寝ても覚めてもキラッキラー☆ うたたねキラリだよー。今日はねー、とってもいい出会いがあったよー』


 なんだか今日のキラリンはいつもより上機嫌だった。

 

『あとね、もうすぐ新しいゲームの配信もするからよろしくー! きっとみんなの眠気も覚めちゃうぐらいに、すっごくぶっとんだゲームだからお楽しみに!』

 

 楽しみが増えるのはいいことだ。

 キラリンもこうやって頑張ってるのだから、僕も負けてはいられない。

 少しでも華奢で細い身体に絞るために筋トレ筋トレ筋トレ!

 最近は妙に筋肉のつきが良くなって、逆に太くなっているように見えるけど気のせいだ。

 ほら、脚なんか引き締まって絶対に細くなってるし?


「ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんっ!」


 そんな風に筋トレしながらキラリンの配信を見ていたけど、至福の時は唐突に終わりを迎えた。

 なぜなら自室の扉の前で人の気配がしたからだ。


「お兄ちゃん、ゲーム、してる?」


 女装姿でゲームや筋トレをするときは自室のドアの鍵をかけてある。

 なので妹はドンドンと容赦なくドアを叩いてくる。


「べ、別にしてないよ。寝てた。そうっ、うたた寝して、それから筋トレしてた」


 僕は大急ぎで服を脱いでメイクを落とし、数分後にはドアを連打する妹へ顔を見せた。

 

「……遅い」

「いや、芽瑠める……ドア叩きすぎだろ」


 自室の前に立っていた妹は、完全無欠の無表情だった。ただ、家族の贔屓目抜きでもかなりの美少女だと思う。

 くりくりの瞳は愛くるしい子猫を連想させるし、白雪のように穢れを知らない柔肌は多くの男性を魅了するだろう。

 そして艶やかな銀髪ロングを姫カットに切りそろえているのも可愛らしさに拍車をかけている。


 なにより!

 なにより中学二年の妹は!

 身長が! 骨格が! 小さい!


 僕が195cmに対して、我が妹はたったの142cm!

 そのくせ出る所はこれでもかと出ていて、中学生にあるまじき発育の良さを誇っている。

 あぁ……神は不平等だああああああ!


「お母さんがご飯だって。一階、降りて」

「あ、わざわざありがとう」


 いつも通り抑揚のない声音で用事を淡々と説明する妹だけど、今日は珍しく会話を重ねてきた。


「いい。それよりお兄ちゃん……本当にゲーム、してなかった?」

「……え?」


「【六芒星ろくぼうせい】のみんな、【転生オンライン:パンドラ】で遊んでる。だからお兄ちゃんも————」

「ゲームはしてない」


 妹の言葉を遮る僕。

 そんな僕に芽瑠めるは一瞬だけ黙り込み、それから背を向けて階段を降り始める。


「一応、伝える」


 一歩一歩、妹が段差を降りるたびに、母さん譲りの銀髪がぴょんぴょん跳ねる。

 その後ろ姿は、まるで何かにワクワクしているような感じがした。

 そんな風に思っていると、芽瑠は無表情のまま振り向きながら言った。


「お兄ちゃん、パンドラするなら、私もする」


 どこか冷たく言い放つさまは、何かを察しているようで気が引けた。

 しかしそれよりも気になったのは妹の現状だ。


「ん? 芽瑠めるはしてなかったのか?」


 てっきり【六芒星】のみんなと、とっくにパンドラデビューしていると思っていた。


「してない」


 感情の伺えない応答のあとに、妹はポソリと何かをつぶやく。


「……お兄ちゃん、してないから」


「ん? 僕が、してないから?」


「……気にしないでいい」


 そうやって妹はわずかな表情変化を見せる。それは長年一緒に過ごしてきた家族だからこそわかるぐらいのレベルだ。

 うっすらと口元が微笑んでいるのは、きっと僕を気遣っているのだろう。

 僕には本当に出来すぎた妹だった。





 僕は中学二年の頃、学校に行けなくなった時期があった。

 それはちょっとした事がきっかけで、クラスメイトに女装趣味がバレてしまったからだ。


 不登校になった僕は家にこもりながら、当時流行っていた『ファイナルファンシー14』というオンラインゲームに夢中になった。

 現実逃避だったのかもしれないけど、すごく楽しかった。


 その時に知り合ったのが【六芒星ろくぼうせい】のメンバーだ。

 妹の芽瑠も含めて、6人のメンバーでFF14の世界を駆け巡った。


 画面越しだけの関係でも、あの時の僕たちには確かな絆があった。

 多くの冒険を共にして、多くの強敵に立ち向かい、そして多くを語り合った。

 全部が大切な思い出だし、それはきっと芽瑠めるも同じだと思う。


『ルンちゃん・・・毎日遅くまでインしてるけどリアルだいじょぶそ?』


 それはメンバーからの些細な質問から始まった会話だった。


『実は、とある趣味がバレてから学校に行きづらくて……だから明日も休みでゲームはし放題……!』


『ルンちゃん学校に行ってないのか! 実は俺も行ってない!』

『自分の好きなことなら、何だって堂々としてればいいさ』

『俺なんか男同士でいちゃつくBLが大好きだけど、友達に布教しまくってるぜ?』

『ルンちゃんの趣味が何かは知らないけど、自分の大切な何かをバカにする奴になんて、どう思われてもどうでもいいってことだ』


 みんなはいつも温かくて、僕の居場所だった。

 僕には【六芒星】のみんながいるから、学校の人達にどう思われてもいい。

 そうやって強くなれたから、彼らのおかげで、僕はまた中学校に通うことができた。


『なあ、俺たちこうやって毎日この世界ゲームで顔を合わせてるけどさ、リアルでも一緒に遊んでみないか?』


 ある日、リーダーのエクさんがそう言った。


『おっ、それいいね!』

『うっほおおおお楽しそうww』

『ルンちゃんとメルちゃんってリアル姉妹・・なんだろ? 楽しみだああ』


 メンバーのみんなが盛り上がるなか、僕と妹だけは違った。


 そう、僕がネカマをしていたから。

 ネットオカマ……いわゆるリアル女性のフリをしてゲームをすることだ。


 現実では決してできない可愛いキャラになりきって、自分が思い描く究極の可愛い女子になりきっていた。

 そしてなぜか妹も乗り気で、一緒になって姉妹ムーブを楽しんでくれた。

 


『お兄ちゃん、嫌なら……私もオフ会、行かない。今さら言いづらい、わかる……私も同罪、一緒に謝る?』


 ぜんぶ自分が悪いと思う。

 それに巻き込んでしまった芽瑠めるにも悪いと思っている。

 それでも、みんなと築いてきた関係が壊れるのが怖くて……なかなか言い出せなかった。


 何度も苦しくなって伝えようとしても、今まで失ってきたフレンドたちが脳裏をよぎったのだ。



『あの僕、リアルは男なんだ』


 いつも優しくしてくれた人にそう話した時————


『え、まじか……まあ、うん。俺は別に気にしないぜ? じゃ、じゃあ、またパーティー誘うなー!』


 それから二度と彼からのお誘いはなかった。



『僕って可愛いキャラ使ってるけど、中身は男だよ?』


『は? きもすぎ。どうせゲームやるなら可愛い女子と一緒に楽しみたいわー、遊んで損したわー』

 

 いつも親切だった彼にも正直に伝えたら、フレンドごと切られてしまった。


 当時は【六芒星】のメンバーにも同じことを言われるんじゃないかってビクビクしてた。

 いや、きっと彼らならそんな反応はしないってわかっていた。わかってはいたけど、やっぱり不安だった。


 そんな日々が続き、僕は高校受験を理由に中学3年に進級した時点でFF14を引退した。他にも家族に色々・・・・・あって・・・、とてもではないけどゲームをしている場合じゃなかった。

 だから結局、僕と芽瑠だけはオフ会に参加せずに終わった。


 それでもたまにグループチャットの方で連絡は来ていたけど、みんなを信じられずに打ち明けられなかった僕には……彼らと仲良くする資格なんてないから、自然と連絡は取らなくなった。



「フンフンフンフンフンフンッ……僕は何やってるんだろ……仲良くなんてしちゃダメなのにさ」


 僕は夜の筋トレを終えてからパンドラにログインする。

 そしてフレンドリストに表示されたキラという名前を見つめる。 


「また同じことを……繰り返してはならないな……」


 自分が男だってハッキリ言えないのなら、仲良くなる資格なんてない。

 一緒に遊んで、彼に何かを期待させて、彼の時間を奪ってはいけない。


「フレンドを切らねば。うむ……がこの可愛いキャラで、可愛いが好きなら、可愛いになりきりたいのなら、誰ともフレンドなどになってはならない」


 また騙すことになる。

 嘘つきになる。

 誰かを失望させたり、苛立たせたりする。


 ふと、頬にぬるい雫が落ちた気がした。

 指先で触れると、それは確かに涙だった。


「ほう……今どきのゲームは高性能よな……」


 現実ぼくゲームキャラがリンクする細かい仕様に————

 感動しているフリをした。



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